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第四部 王都の新たな日々

第343話 旅路の間の中と外③

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 「う、ん……へへ。だめだぞぉ、シュリ。えっちないたずらは」


 夢を見ているのだろう。毛布を胸にぎゅうっと抱え込んで、ジェスがにま~っと笑う。


 「……自分が狙われてるって分かっててこれだけ無防備に寝てられるジェスって、結構大物よね~」


 気持ちよさそうに眠るジェスをすぐそばで眺めながらそんな言葉をこぼすのは、ジェスと同室のフェンリーだ。
 彼女はちょっぴり上気した頬で、あまり寝相のよろしくないジェスを熱心に観察していた。


 「ま、それだけ私を信頼してくれてるってことだし、それは嬉しいけどね」


 かすかに微笑み、ジェスのほっぺたを指先でつつく。
 その刺激を受け、再びジェスがにまぁっと笑い、


 「わ、よだれ、よだれ! ったくぅ、世話が焼けるんだから」


 ジェスの唇の端からとろっとこぼれた液体を拭いて上げつつ、そうやってジェスの世話が出来ることが嬉しいと言わんばかりの表情を浮かべる。

 ジェスを好きだと自覚してからずっと、己の気持ちがバレたら距離を置かれてしまうと、そう思っていた。
 近くにいるためには、気持ちを隠していた方がいいのだと。
 共に過ごす時間が長くなればなるほどそんな思いは大きくなり。
 このままずっと、想いを告げずに生きていくのもそんなに悪くはないと思っていた。
 男っ気のないジェスが、いつか誰かに恋をするのを近くで見るのは辛いだろうけど、それでも警戒されて距離をおかれるよりはいいに違いない、と。


 「そう、思ってたんだけどね。ほんとう、シュリには感謝だわ」


 色々な誤解が錯綜したあの出会いの日。
 あの少年のお尻問題から同性愛疑惑が浮上しなければ、フェンリーがうっかり口を滑らせることはなく、結果、今も秘密を抱えていたことだろう。

 シュリ。
 ジェスが好きになった男の子。

 ちょっと年が離れすぎだろう、と思わないでもないが、恋が理屈ではないことは、他でもない自分が1番よく分かっていた。
 年が離れていようが、性別が同じだろうが、好きになってしまうときは好きになってしまうものなのだ。


 「どさくさに紛れてうっかりバラしちゃった瞬間は、もう終わりだって思ったけど」


 シュリとジェスの再会のアレコレに紛れ、言うつもりのなかった想いを告げてしまったのは、シュリに恋していることを隠そうとしないジェスを見たせいもある。
 恋愛対象として見るには幼すぎる少年へのジェスの恋心を目の当たりにして、なんだか自分の想いを頑なに隠し続けるのがばからしくなった。

 それでつい、想いをこぼしてしまった。
 こぼれ落ちた言葉に、友人が驚いたような戸惑った顔をした瞬間には、もう後悔していたけれど。

 拒絶されるだろう、と思った。
 ジェスにその気がないことは、長年共に過ごす間にとてもよく分かっていたから。

 まあ、女だけの傭兵団という性質上、女同士のカップルもいないではないし、ジェスも特に構えずにそういう団員とも接しているから、嫌悪感を示されるとまでは思っていなかった。
 ただ、距離はおかれるだろう、と思った。
 今までのような近しい距離感で付き合うのはむずかしいだろう、と。

 でも、シュリに恋したジェスは、思いの外寛容だった。
 フェンリーの想いに戸惑いつつも拒絶することなく、距離を置くという選択肢も選ばなかった。
 ただきっぱりと、自分が好きなのはシュリだから、想いには応えられないと告げられはしたけれど。

 フラレはしたが、フェンリーは今、非常に幸せに過ごしている。
 同じ部屋で過ごすことも拒絶されていないし、軽いスキンシップも拒絶されることはない。
 一緒に風呂に入るときは少し恥ずかしそうな様子を見せるが、それでも一緒がいやだとは言い出さなかった。
 まあ、イヤだと言われても、その時は乱入するだけなので、どちらにしろジェスに選択肢はなかったと思うけれど。


 「それもこれも、ジェスの恋の相手がシュリだったから、よね」


 もしジェスの恋した相手が年頃の見合った男性で、2人が見事おつき合いをはじめたとしよう。
 ジェスの恋人は果たして、同室に住む女が己の恋人を狙っているという状況を許してくれるだろうか?
 たぶん、許してくれない気がする。
 その点、シュリはそう言うところがなんとなく緩い、ように思えた。

 といっても、シュリはまだジェスの恋人ではないし、これからもそうなる保証はない。
 更に言うなら、シュリが将来的に、独占欲バリバリなヤキモチ焼きさんにならない保証もないのだが。


 「不思議な子だわ」


 ジェスの寝顔を眺めながら、シュリの事を思う。
 先日初めて会ったばかりの、まだほとんど知らないと言える関係性の少年。
 普通に考えたら、好きになる要素などない。
 年下すぎるし、フェンリーの好きな女性の心を奪ったにくい奴、なのだ。

 なのに、なぜか、どうしようもなく心が惹かれる。
 ジェスへの愛情も恋心も、己の胸の中にちゃんとあるというのに。


 「なんでだろう? 気づいてなかっただけで、私ってばものすごく年下の男の子が好きだった、とかないわよね」


 もしや隠された性癖があったのでは、と己に問うも、その答えは分からない。
 だが、今までにだって、シュリと同じ年頃の少年を見たことはあるが、シュリに対するような気持ちになったことはない。

 ジェスが彼を好きになるのは、まあ、分かる。
 ゴブリン退治で、危ないところを助けて貰ったという、惚れてもおかしくない理由があるのだから。

 なら、自分に理由はあるのだろうか?
 シュリを好ましいと思うような理由が。
 実は、1つだけ思い当たる理由があった。


 「綺麗な目だ、って、言ってくれたのよね」


 脳裏にシュリの声で再生されるのは、いつも眼帯で隠している人とは違う瞳を見て、シュリが言ってくれた言葉。
 ジェスが想いを寄せる少年を脅かしてやろうと見せたはずなのに、怯えもせずにまっすぐ見つめてくる瞳と、嘘のない言葉に好感を覚えた。

 それが、きっかけだったような気がする。
 コンプレックスだった人外の瞳を、綺麗だと……好きだと言ってくれたその事が。

 今の己の片目を隠す、シュリがプレゼントしてくれた眼帯の輪郭を指先でなぞる。
 脳裏には変わらずシュリの顔が浮かんでいて、目の前に好きな女の顔があるというのに、なかなか消えてくれようとしない。
 その想いを振り払うように首を振り、


 「ま、私のシュリへの好意なんて、あわよくばジェスと3Pをって欲望を成就させる為だけのものなのよ。そうに決まってるわ。あんな小さい男の子を本気で好きになる、なんてねぇ?」


 やっぱりないわよね、とフェンリーは苦笑する。


 「そりゃ、可愛いとは思うけど。あれだけ可愛い生き物を前に可愛いと思わない方が難しいもの。だから私の思いは、純粋に可愛いものを好きって思う気持ちと一緒なのよ。小さいものって、無条件に愛しくなるし、ジェスへの恋愛感情とは全く違うわよね」


 言いながら、フェンリーはジェスの唇に手を伸ばす。そしてそのまま指先で愛しい人の唇をなぞり、うっとりと目を細めた。


 「ジェスにはキスしたいと思うけど、シュリとは……」


 キスしたいとは思わないものね、と言い掛けて、フェンリーははたと言葉を止めた。
 そう言えばさっき、シュリとキスしたいと思ったわね、と。


 「いやいや、まさか。私、そんなに気の多い女じゃないし。ジェス一筋だし。今だってジェスにキスしたいし、あわよくばそれ以上の事だってしちゃいたいって思ってるし!」


 己に言い聞かせるように言葉を継ぎ、ジェスの唇の上に置いたままだった指を、そのまま彼女の頬に滑らせた。


 「ねぇ、ジェス。起きないの?」


 密やかに、そう問いかける。


 「起きないなら、キスしちゃうわよ?」


 起きない友人に、己の望みを告げる。起きないならば、本当にキスをしてしまおうと思いながら。
 でも、それでも友人の寝息に変化はなく。
 フェンリーはそんな彼女へ顔を寄せ、その唇をそっとついばむようにキスをした。

 キスをしてから、伺うように友人の寝顔を見る。
 が、触れるだけのキスが、彼女の睡眠になんら影響を与えることはなく、もれ聞こえる寝息は穏やかなまま。
 フェンリーは更なる欲望がもぞりと動くのを感じながら、再び顔を近づけ、友人の唇を奪った。さっきより少しだけ深く。


 「ん……っはぁ。しゅ、り」


 ジェスの唇が紡ぐ、自分とは違う名前。
 普段とは違う甘い響きのその声音に、少し前に見せつけられた2人のキスを思い出し、胸がうずいた。
 ヤキモチとは少し違う甘いうずきに、フェンリーは思わず苦笑する。

 ジェスに出会うまで、ろくな生き方をしてこなかった。
 その結果、ジェスにはとても言えないような特殊な性癖も覚えてしまっている身体は、どこまでも浅ましい。

 好きな女と気になる少年。
 そんな2人のキスシーンに欲情する自分は、ちょっとおかしい、と我ながら思う。
 思うが、3人での行為を口に出して望んだ事実があるのだから、2人のキスシーンで常ならぬ気持ちになるのは別におかしいことでもないのか、とも思わないでもない。

 ジェスの幸せを心から願っていたが、でももし他の男にジェスを奪われたら穏やかな気持ちではいられない気がしていた。
 実際、今回だって、シュリを実際に知るまでは、かなりイライラしていたのだ。

 でも、シュリに会い、シュリを知り、ほんの少しの好感を抱いた瞬間、それまで感じていたイライラが、不思議になるほどきれいさっぱり霧散した。
 ジェスへの想いに変化があった訳ではないのに、なぜかシュリならいい、と思えた。


 「……本当に、シュリって不思議な子だわ」


 キスをしていてもなにをしていても、不思議と生臭さを感じさせない。
 まだ幼いから、と言われてしまえばそれまでだが、幼い子供が全て純真かと言われてそうだと言えないのがこの世界だ。
 幼くともゲスはいる。
 フェンリー自身、そんな例をいくつも見てきた。

 でも、シュリのような少年に会ったのは初めてだった。
 大人顔負けのキスをするのにイヤらしく感じさせず、純真な子供だと思えば、世慣れた大人のような印象を受ける時もある。
 守らなければいけない年頃の少年なのに、シュリに任せれば全て大丈夫と思わせるような、あの何とも言えない安心感は一体なんなのだろうか?

 今回のことだって、本当なら止めるべきだったと思う。
 依頼を受けた本人、アガサ・グルモルがどれほど望んだとしても、悪魔という恐ろしい存在が関わる案件に、幼い少年を巻き込んではいけない、と理性はそう訴える。

 だが、なぜだかそう主張する気が起きないのだ。
 シュリなら大丈夫だ、と会って間もないフェンリーでさえそう思ってしまう、そんな包容力がシュリにはあった。


 「なんでか分からないけど、シュリならどうにかしてくれる、って思わされちゃうのよね」


 シュリって本当に不思議、とフェンリーは繰り返す。
 だが、そうとしか表現しようがない。

 上位のドラゴンを眷属にしていて、初めて目にするすごくて奇妙なスキルを持っていて。
 シュリにはきっと、他にも色々な秘密があるに違いない。
 普通の人にはない、びっくりするような秘密が。

 でも、どんな大きな秘密が隠されていたとしても、それも含めてシュリなのだ。
 今まで生きてきて、そこまでの感情を抱けたのはジェスとシュリだけ。
 ジェスは分かるが、会ったばかりのシュリをそこまで信じてる、という事実に我が事ながら驚きしかない。


 「会ってすぐの人間にここまで心が動かされるなんて、ほんと、びっくりよね。もしかして、これもシュリの秘密のスキルのせいだったりするのかしら」


 口にしてすぐ、まさかねぇ、と心の中で否定する。


 「人に違和感を感じさせないで魅了できるようなスキルなんてあるわけないわよね。魅了された人間を見たことあるけど、端から見るとすごく不自然だったし。シュリが魅了系のスキルを持ってるって線はないか」


 うん、ないない、と心の中で繰り返し、フェンリーはその考えをすぱっと捨てた。
 一連のフェンリーの独り言をもしシュリが聞いていたら、きっと冷や汗を流したことだろう。
 フェンリーの独り言は、正解には届かなかったが、限りなく正解に近かった。

 シュリがみんなに好意を寄せられる主な原因はスキルにあり、それを色々な称号が助長している。
 ただ、そのスキルは魅了のスキルとは違う。
 そのスキルが行うのは魅了ではなく、好感度をあり得ないスピードで上げてしまうだけ。
 ただし、年上限定で。

 でも、誰がそんなスキルの存在に気づくことができるだろう。
 魅了のように急激に無理矢理気持ちを動かすのではなく、人間の自然な心の動きをただ促進させているだけなのだ。
 その証拠と言うわけではないが、元から嫌悪の感情を抱かれている場合や、他に好きな相手がいる場合は効果が薄い。

 だから、フェンリーが感じるシュリへの感情は、ジェスと比べると上昇は非常に緩やかなものなのだが、でも緩やかであるが故に、疑問を挟む余地があったのだろう。
 一気にシュリに惚れぬいてしまったメンバーは、正直疑問を挟む余裕などなかったはずだ。
 それが、シュリだけに与えられた[年上キラー]というスキルだった。

 だが、そんな事実を知るはずもなく、フェンリーは頭を切り替えて、再び己の恋する相手の観察に戻った。
 2回もキスをしたというのに、起きる気配が全くないのはどう言うことなんだろう。
 これはもしや、もっといたずらしていい、という神様からの啓示だろうか。
 フェンリーは、己に都合の良すぎる状況に、ついついそんなことを考えてしまう。
 そろっと顔を動かし、周囲を伺う。誰もいないと分かっていても、後ろめたさがなんとなくそうさせるのだ。
 そうして周囲を見回し、誰もいないことを確認し。


 「ジェス?」


 恋する相手の名前を呼ぶ。


 「起きないと、エッチな事をしちゃうわよ?」


 でも、よほどよく寝ているのか、そんな問いかけにも返事が返ってくることはなく。ジェスの唇は、再びフェンリーの唇に奪われた。
 最初は様子を見ながら遠慮がちに。でも、相手が起きる様子がないことを確信出来てからは少しだけ大胆に。


 「らめ……。えっち、すぎる」


 キスの合間にこぼれたジェスの言葉に、ついついいたずら心が頭を出した。
 ジェスの頬をなで、少年らしい声を意識して、


 「エッチな僕は、きらい?」


 シュリの口調を真似してそう返す。


 (っていうか、これだけキスしてても起きないジェスって、ある意味すごいわね)


 心の中でそんな風に感心しつつ。


 「……きらい、りゃない」

 「じゃあ、好き?」

 「……うん。すき」


 夢を見ているせいか、いつもと違った口調のその答えは、なんだかちょっと幼げに響いて、フェンリーの理性にぶっすりと突き刺さった。


 (なんなの、これ。可愛すぎない!? 可愛すぎるわよね!?)


 心の中で悶えつつ、気がつけば己の理性がかなり心許ない状態になりつつある事態に気がついた。
 ちょっとしたいたずら心とスケベ心で仕掛けた事だったが、これ以上はシャレにならなくなる。
 そう分かってはいたが、恋する相手の「すき」という言葉の威力はものすごかった。例えそれが、自分に向けられたものじゃないと分かっていても。


 (あ~……。ごめん、ジェス)


 ちょっと止まれそうにない、と判断したフェンリーは心の中で先に謝っておく。
 フェンリーの恋心を否定しないでくれた友人は、今度も許してくれるだろうか。もしかしたら、許してくれないかもしれない。
 もしそうなったら、死ぬ気で謝ろう。それしかない。
 己を止める事を放棄したフェンリーは、熱に酔ったような瞳でジェスを見つめながら、彼女の上衣の裾からそっと手を滑り込ませた。
 その時だった。


 「だめだよ、フェンリー」


 フェンリーの耳元で、その声が響いたのは。

◆◇◆

 イルルとの念話を終え、ジェスとフェンリーの部屋の前に立ったシュリは、幼い頃からの経験で問答無用でつちかわれた第6感のようなもので、室内の桃色な空気を敏感に察知していた。


 (うあ~。だから別の部屋にするつもりで用意してたのに)


 シュリは心の中で唸りつつ、頭を抱えた。
 タペストリーハウスは1人部屋しかないので、最初はきちんとジェスとフェンリーに別々の部屋を用意したのだ。
 でも、それをジェスが1つでいいと言い出した。
 自分達はいつも同じ部屋だし、それで十分だ、と。

 ベッドも1つしかないし、2人だと狭いよ、と反論したのだが、もっと狭い部屋だったこともあるし、1人はソファーを使うから大丈夫、と一蹴されてしまった。
 まあ、そこまで言うなら、と2人1部屋にさせて貰ったのだが、シュリは少しだけフェンリーの理性を心配していた。

 別にフェンリーが性欲大魔神だなどと言うつもりはない。
 でも、ジェスへの恋心が本人にバレて、隠す必要がなくなった今、フェンリーの理性のブレーキは少々緩みを見せているのではないかと思うのだ。
 更に、いつも一緒に行動している傭兵団のみんなと別行動の旅先というシチュエーションも緩みを助長するに違いない。
 違いない、のだが。


 (ジェスはなぁ。色々と鈍感で無自覚だからなぁ)


 よく言えば大らか、悪く言ってしまえば、正直そっち方面についての勘所はかなり鈍そうだ。
 鈍いと自覚のあるシュリから見てもそう思うのだから、きっとかなりのものだろう。
 端から見れば、正直どっちもどっちなのだが、知らぬは本人ばかり、である。

 扉の前で、シュリは真剣に悩んでいた。
 突入するべきか、見て見ぬ振りをするべきか。

 ちょっとした戯れ程度なら見ない振りをしてあげるべきだろう。
 フェンリーの想いを知っているくせに無防備なジェスが悪い。
 だが、もし一線を越えてしまいそうな事態になっているとしたら……


 (その時は、止めて上げた方がいいんだろうなぁ)


 止めたその瞬間は恨まれるかもしれないけど、長い目で見たらその方が絶対にいい。
 熱に浮かれた状態が収まれば、フェンリーもきっと後悔するだろうから。
 やはり、そう言うことは、お互い合意の元にやるべきだ。
 少なくとも、お互いが意識がはっきりしている時に。

 シュリは心を決め、頷く。
 そして、とりあえず中の様子はどんなもんかを探るべく、いつものアレを起動した。

 とたんに、シュリの銀色の髪の間から可愛い猫耳がにょっこり顔を出し、お尻からはしっぽが生えて、ズボンの上からにょろりんとその全貌を表す。
 しっぽの勢いに負けたズボンがずり下がり、ちょっぴり見えてしまっているお尻が寒かったが、そんなことは言っていられない。

 シュリは猫耳スキルの能力を最大限に使い、全力で聞き耳をたてた。
 猫耳を通して脳に送り込まれた情報を吟味して思う。
 これは止めた方が良さそうな感じだな、と。
 やや暴走気味のフェンリーは、もう自分では止まれないだろう。

 フェンリーの恋心を思えばもう少し放っておいてあげたいところだが、それは相手の意識がはっきりしていれば、の話だ。
 ジェスが眠ってないで起きている状態なら、シュリも無理な介入は控えただろう。
 起きてさえいれば、ジェスは自分できちんと対処できるはずだから。

 でも、今、彼女は眠っていて。しかも夢の中での相手はシュリらしく、今の彼女のウェルカムな態度は、フェンリーにとっては毒にしかならない。
 寝言とはいえ、恋する相手から好きと言われるのは、正直かなりの劇薬だ。


 (元はといえば、寝てるジェスにちょっかいをかけたフェンリーが悪いのは分かってるけど……)


 でも、フェンリーの理性を信じすぎたジェスもちょっとは悪いと思う。
 恋心を告白した相手が男性だったら、ジェスだってもう少し警戒したはずだ。
 いくら信頼している相手だったとしても。

 ジェスの警戒心が機能しなかった原因は、相手が女性で、しかも心を許す相手だから、という点にあるのだろう。
 かつてシュリも経験したことがあるが、警戒心は同性であるという時点でだいぶ下がるし、相手への信頼感で更に下がるものだ。

 前世のシュリ……瑞希は、とにかく女性にモテたものだが、同性への警戒心が薄れる法則から逃れきれず、よくピンチに陥ったものだった。
 例えば、信頼する女性上司から告白されたがお断りし、お互い納得の上で上司と部下としてこれからも付き合っていこうという話になって安心していたら、会社のソファーでうっかり襲われそうになったりとか。

 事の発端は、風邪気味で具合が悪かった瑞希に、ソファーで休んだらどうかと上司が勧めてくれたこと。
 平社員の瑞希と違い、会社の重役の一員だった彼女が自分の執務室を持っていた故にでた言葉だった。
 もちろん親切心から出た言葉だ。
 己のデスクしか自分のスペースがない状態ではゆっくり休めなかろう、と。
 でも、お互いの為を思うならきちんと早退して家に帰るべきだった、と今なら分かる。

 しかし、その時の熱に浮かされた頭は全く回らず、上司の言葉に飛びついてしまった。
 もちろん、上司だって最初からよこしまな気持ちがあったわけではないだろう。
 だが、無防備に眠る瑞希を見ている内に、つい思ってしまったのだという。
 キスくらいなら、いいんじゃないか、と。

 起きていたなら、瑞希だって一言くらいもの申しただろう。
 風邪が移るから止めた方がいいですよ、と。
 上司も、その一言で我に返ったはずだ。
 でも、瑞希は市販の風邪薬のおかげでこの上なくよく眠っていた。

 結果、危うく丸裸にされてしまうところだったのだが、あまりの寒さに目が覚めて事なきを得た。
 まあ、キスはされただろうし、胸くらいは触られたかもしれないが、そんなの、女子校に通っていればよくあることだしなぁ、と瑞希はあまり気にならなかったが、真面目な上司は可哀想なくらい小さくなっていた。

 それからなんとなく気まずくなって、徐々に距離が開き。
 そんな状態の中、彼女の転勤が決まって。
 結局、関係を修復できないまま、彼女と再会することもなく疎遠になってしまった。

 そんなことがあってから、瑞希はなるべく好意を示してくれた人に対して、2人きりで無防備な姿をさらさないように気をつけるようにしたが、友人の桜からは、


 「あんたは無防備すぎて目の毒だわ。もうちょっと気をつけなさいよ」


 としばしば苦言を頂いていたので、あまり改善されてはいなかったのかもしれない。


 (僕はまあ、無い胸で逆に申し訳ないなぁ、なんて思う程度だったけど、ジェスはそう言うの、気にする人かもしれないし! 2人がぎくしゃくしちゃうのは僕もイヤだし)


 過去の事例を思いだしもう1度頷いて、シュリはノックをしてから様子をうかがう。
 だが、中からの反応は無く、仕方がないので扉を開けて中に入り込んだシュリは、今にもジェスの服の中に手を突っ込もうとしているフェンリーに歩み寄り、


 「ダメだよ、フェンリー」


 その耳元で、そっとその言葉を告げた。

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