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第二部 少年期のはじまり

第九十五話 初心者の祖母と孫の関係性

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 色々と事後処理をして。
 シュリは現在カレンの抱っこにて移動中だ。
 隣にはさっき初対面を果たしたおばあ様の、まるでおばあ様に見えない姿がある。

 見た目的には、ミフィーの色違いのお姉さんと言う感じで、おばあ様と呼びかけるのも申し訳ないほど。
 そんな見た目なのに、シュリのもう一人のおばあ様であるハルシャの倍も生きているのだというのだから驚きだ。


 (これが種族の差、寿命の差ってやつなのかぁ)


 そんなことを思いながら、シュリはしみじみとヴィオラというダークエルフ族の女性の横顔を見つめた。
 その視線に敏感に反応したヴィオラがちらりとシュリへと視線を向け、にっこりと微笑む。
 そしてそのまま視線をカレンへと向けると、


 「カレンさん、だっけ?ずっと抱っこしてて重くない?良かったらかわるけど?」


 そんな提案。シュリを抱っこしたいと満面に出したその提案に、カレンは思わず微笑んで、


 「そうですね。重くはないですけど、独り占めも良くないですよね。じゃあ、ちょっとの間、シュリ君の足役をヴィオラ様にお譲りします」


 言いながら、シュリの体をそっとヴィオラの腕の中へ。
 ヴィオラはちょっとおっかなびっくりシュリを受け取ると、壊れ物を扱うようにそっと抱きしめた。


 「うわぁ……かっるい。こんなちっちゃな子抱っこするなんていつぶりだろう。もしかしたら、ミフィーの子供の頃ぶりかも。ふふっ。かっわいい」


 不慣れな感じながらも、何とかシュリの体を腕の中で安定させ、その体を揺らさないようにとそろそろと歩き出す歴戦の冒険者の姿に、カレンは微笑ましそうな目を向ける。
 そして、


 「あの、ヴィオラ様?私のことはカレンと呼び捨てでいいですから」

 「そ?じゃあ、私のことも呼び捨てでいいわよ?」

 「さ、さすがにそう言うわけにも。仮にも主のおばあ様なわけですから」

 「主ってこの子の事?あなたを雇ってるのはルバーノの領主様でしょ?この子は護衛対象ってだけじゃないの??」

 「えっと、そうですね。確かに、私は領主様に雇われて給金をもらっている身ですが、私の身も心も忠誠も、すべてシュリ君に捧げていますから。なので、私が主と呼べる存在はシュリ君以外にいないんです」


 キリリと表情を引き締めて、きっぱりとそう答えるカレン。


 「ほほ~。身も、心も……ねぇ」


 そんなカレンの言葉を受けたヴィオラはにまりと笑い、彼女の全身を舐めるように眺めた。それこそ上から下まで、隅から隅まで。
 そして、全てのパーツの中でも特に目立つ二つの膨らみに目を止めて、


 「そんなにご立派なものを持ってるのに、身も、心も捧げちゃってるの?この、5歳のちみっ子に??うわぁ、もったいなぁい。あなたくらいの良い女なら、粉をかけてくる男なんてはいて捨てるほどいるでしょうに」


 まじまじと彼女の胸を見ながらそんな言葉。カレンは困ったように頬を染めて、ちらっとシュリの顔を見る。ただの言葉の文だと誤魔化そうかどうしようかと迷うように。

 シュリとしては特に、どうしろというつもりはなかった。
 今のところ、ルバーノ家の面々やミフィーにはカレン達とシュリの繋がりの全てを明かしている訳ではない。
 何となく暗黙の了解でそうしていたのだが、ヴィオラに関しては少しイレギュラーな感じはしていた。
 今までほかの家族からこんな風にまっすぐに切り込まれたことは無かったし、何となくだが、彼女に適当な嘘を並べても見破られてしまいそうな、そんな予感もしていた。

 カレンは少しだけ迷って、だがその心はすぐに決まったようだ。
 柔らかく愛おしそうな笑みをシュリに投げかけ、それからヴィオラをまっすぐに見た。


 「そうですね。言い寄られることがないと言ったら嘘になります。世間一般的に魅力的だと言われる男性に求められることも。でも、だめなんです」


 そう言って、カレンはへにゃっと笑った。
 困ったような、でも嬉しくてたまらないようなそんな顔で。


 「私には、もうシュリ君以外目に入りません。シュリ君よりすてきな男性は、いないと思ってますから」

 「なるほどねぇ。あなたはちゃんと、このチビちゃんを男としてみてるのね?」

 「おばあ様であるあなたから見れば、不適切な感情だとは思いますが……」

 「ん?別にいいんじゃない?愛の形は色々あるし、年の差なんて大した問題じゃ無いわよ」


 言いながら正直に答えたカレンによく出来ましたとばかりに微笑みかけ、それから感心したようにシュリへとその視線を移した。


 「しっかし、我が孫ながら末恐ろしいわね~。5歳にして、女を一人、こうも見事に虜にしているなんて……」

 「えっと、一人じゃありません、けど?」

 投下された爆弾に、ヴィオラはかくんと首を傾げた。


 「はい?」

 「一人じゃ、ないですよ?シュリ君に夢中なのは。私と同じレベルでシュリ君に想いを寄せる女性が、少なくともあと二人います」


 カレンはまじめな顔で言い切った。
 その二人とは、勿論ジュディスとシャイナの事である。


 「えーっと、そのお二人のお年の頃は?流石に全員年上なんてことは……」


 無いわよねぇと言おうとしたその言葉にかぶせるように、カレンが答える。


 「二人とも、大体私と同じくらいの年だったかと。私に負けず劣らずシュリ君を愛し、敬っています」

 「……は~。なんて言ったらいいか。シュリ?」

 その言葉を受けたヴィオラは、感心したような呆れたような吐息を長々ともらし、己の腕の中の孫の、可愛らしい顔を見つめた。


 「はい。おばあ様」

 「さすがは私の孫だね。でもね、ちゃーんと男の甲斐性を見せるのよ?無責任は絶対ダメ!いっとくけど私、女性を大事に出来ない男は、生物として認めない事にしてるから、注意しなさい」


 にっこりと凄みのある笑顔を向けられたシュリは、まるで動じず平然として可愛らしい微笑みを返した。


 「おばあ様とは気が合いそうです。僕も女性の扱いに関してはまるっきり同意見なので。勿論、カレンもジュディスもシャイナも、僕の側から離すつもりはないし、一生面倒をみるつもりです。みんなが、僕を嫌いにならない限りは、ですけど」

 「私がシュリ君を嫌いになる事なんて、天地がひっくり返ってもあり得ないですけどね!」

 シュリは堂々とそう返し、カレンはふんすと鼻を鳴らして胸を張る。
 そんなカレンを愛おしそうに見つめてから祖母を見上げ、


 「……だ、そうです」

 「はいはい。ごちそーさま。でも、ま、あんたにその覚悟があるなら、私も反対しないわ。むしろ、応援してあげる」

 「ありがとう、おばあ様」

 「でもさ、素朴な疑問なんだけど、シュリ、あんたのそんなところ、ミフィーも知ってんの?」

 「いえ、母様にはまだ。母様にとっての僕はまだまだ小さくて可愛い息子だし、夢を壊すのは流石にまだ早いかなぁと。母様の前ではもうしばらくの間は可愛い息子でいたいんです。だから、秘密にして下さいね?家族の中で知っているのは、ヴィオラおばあ様だけなんですから」


 それを聞いたヴィオラは軽く目を見開いた。


 「何で私だけ?私なんてさっき会ったばかりじゃない」


 信頼関係も何も無いはずなのに、なぜ秘密を打ち明けるのかと、真顔で問う祖母の顔を見上げながら、シュリも考えるように首を傾げる。


 「なんで、かぁ。直感、でしょうか。おばあ様にはなんだか隠し事が出来ない気がして。下手に隠し事をすると、そっちの方が後で酷いことになりそうな予感がしたんですよね」


 出てきたのはそんな言葉だ。
 それを聞いたヴィオラは何となく納得したように何度か頷いた。


 「なるほど。でも、まあ、それは正解だったかもね。私、嘘つかれるのって嫌いだし。しっかし、我が孫ながら興味深い存在だわ。うん。育てがいがありそう」

 「は?育てがい??」


 思わずこぼれた言葉にシュリが反応したので、ヴィオラはあわてて誤魔化すように笑った。
 今すぐ、その件を話すつもりは無い。詳しい話は、ミフィーの了解を得てからと即座に判断し、


 「あー、うん。何でもない。そうだ、シュリ。私に敬語は禁止ね?堅苦しくてあんまり好きじゃないのよ。そうすれば、私もシュリとの秘密を守ってあげるわ」


 そんな約束を取り付ける。
 シュリもすぐに頷いて、


 「うん。わかった。僕もこの方が話しやすいや。呼び方も、ヴィオラさんとか呼んだ方がいい??」


 そんな提案。
 だが、それにはヴィオラがすぐに首を横に振った。


 「あ、それはおばあ様で」

 「それはそっちでいいの?」


 驚いたように目をまあるくする孫を面白そうに眺めながら、


 「ええ。中々呼ばれない呼び方だから新鮮だわ」


 そう返す。その言葉に嘘はない。
 ヴィオラをそう呼べるのは世界中でただ一人、シュリだけ。
 そう思うのもなんだか楽しかった。

 おばあ様がそれで良いなら良いけど、となんだか釈然としない表情の孫を見ながら、ヴィオラは思う。これからしばらくは、退屈とは無縁な毎日を送ることが出来そうだと。
 そして、くるくると表情が変わるシュリを間近で見つめながら、孫ってこんなに可愛いものだったのね~としみじみと孫愛を実感するおばあ様初心者のヴィオラなのだった。
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