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第二部 少年期のはじまり
第九十二話 もう一人のおばあ様への手紙
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シュリの誕生日から遡ること数日前。
シュリはミフィーと一緒にアズベルグの冒険者ギルドへ来ていた。
護衛にカレンが同行し、最近すっかり板に付いてきた貴族の若奥様風の装いのミフィーは、周囲の視線をはねのけつつ、ギルドの窓口へまっすぐに歩み寄った。
もちろんシュリも、母親に手を引かれながら彼女と共に窓口へと進み出る。
それをみていた窓口の職員は、何とも場違いなお客様に目を白黒させていた。
因みにその職員さんはちょっと気弱そうなメガネ青年である。
(お~、メガネ!!こっちの世界にもあったんだなぁ。ジュディスにかけさせたら似合いそうだな)
シュリは、ジュディスが耳にしたら即座にメガネを買いに走りそうな事を思いながら、純情そうな青年のそばかす顔を見上げた。
彼は、戸惑ったようにミフィーを見つめながら、
「冒険者ギルドへ何かご用でしょうか?護衛の依頼とかそう言ったものでも?」
丁寧にそう尋ねた。
ミフィーは頷き、用意してきた手紙をそっと窓口のカウンターへ乗せた。
「あの、ある冒険者に手紙を送りたいんですけど、送れますか?」
「ああ、なるほど。大丈夫。送れますよ。その冒険者の名前やホームの場所はお分かりですか?場合によっては時間がかかると思いますが、何とか調べられると思いますよ」
ミフィーのように、冒険者に当てての手紙や伝言の依頼は多いのだろう。
青年はなにやらパソコンのキーボードのような端末を取り出しながらミフィーに笑いかけた。
ミフィーも青年の柔らかな応対にほっとしたように微笑み、
「あ、ホームって、あれですよね??冒険者が拠点にしてるギルドの事でしたよね?」
ちょっと小首を傾げて確認をする。
「ええ。その認識で間違いはありませんよ。まあ、世間一般的には流れの冒険者も多いんですが、ホーム登録をすると素材の換金率や、依頼の達成報酬が少しだけ優遇されるので、拠点を決めてホーム登録をしている冒険者もそれなりに居るんですよ。まあ、優遇される代わりに、ホームのある地域に異変があった際は強制依頼が発動されますが、そんな事は滅多なことでは起こりませんからね」
「なるほど。ホームがどこかは分からないんですが、名前なら分かります」
「じゃあ、教えていただいてもいいですか?同名の人物が居ることもありますので、簡単に身体的な特徴なんかも教えていただけると助かります」
言いながら、青年は手慣れた様子で端末の操作をし、さあ、どうぞとばかりにミフィーを見上げた。
ミフィーは頷き、
「えっと、名前はヴィオラ。ヴィオラ・シュナイダーです。私が知らないうちに結婚とかしてなければ、ファミリーネームも変わって無いはずですけど」
「ヴィ、ヴィオラ・シュナイダー、ですか?本当に?ちょ、ちょっとお待ちください。同名の方が居ないか今すぐ調べますので……」
「ありがとうございます。あ、身体的特徴ですけど、髪と目の色は私と同じで銀髪に蒼い瞳です。肌は褐色で、種族はダークエルフなんですけど……」
「名前がヴィオラ・シュナイダーで、種族がダークエルフ……。それって、やっぱり……。いや、でも、まさか……」
「あ、あの。何か問題でも……?はっ!!もしかして、偉い人に逆らって指名手配されてるとか、ギャンブルにはまって借金まみれだとか、悪い人を叩きのめして大けがをさせたとか、財布を落として食い逃げしたとか……」
青年が余りにうんうん唸っているので、さすがのミフィーも不安になってきたのだろう。
ちょっと青い顔でそんな風に問いかける。
それを聞きながら、例えが随分具体的だなぁと、シュリはちょんと首を傾げた。まるで、その人がそんな行動をするところを、ミフィーが実際にみていたかのような。
「いえいえ。そう言う訳じゃないんです。ヴィオラ・シュナイダーという冒険者が余りに大物だったのでちょっと驚いてしまって。おそらく、あなたのお探しの人と同一人物とは思いますが、最後にもう一つだけ確認させて下さい」
「は、はい。どうぞ?」
「あなたのおっしゃるヴィオラ・シュナイダーさんの冒険者ランクをご存じですか?」
「冒険者ランク……」
「はい。ご存じでしたら教えていただきたいのですが」
「ここ最近は音信不通だったので、今のランクは分かりません。ただ、私が子供の頃、一緒に過ごしていた頃は確か、A級だったと思います。確か、A級に上がったときに自慢してましたから。お母さんはすごいんだぞ~って」
「なるほど。でしたら、今はもっとランクが上がっていてもおかしくはないですね……ってお母さん!?あなた、ヴィオラ・シュナイダーの娘さんなんですか!?」
「はい。まあ、一応」
すごい勢いで食いついてきた職員の様子に、ミフィーは苦笑をしながら頷いた。
「し、失礼ですけど、あなたの肌の色を見るに、ダークエルフには見えないんですが??」
「ああ。肌の色は父から。父はエルフ族なんです。その代わり、髪と瞳の色は母と同じなんですけど」
その言葉に、シュリは軽く目を見開いた。
今までずっと、ミフィーは人間とエルフのハーフだと思っていたのだがどうやら違っていたらしい。
ということは、シュリには人間と、エルフと、ダークエルフの3つの種族の血が入っていることになる。
なんとまあ、ファンタジー好きの間でも人気の高いエルフとダークエルフの血を引いているとは。
ファンタジー世界の夢の種族の血が同時に二つ。
(これで獣人の血が混じっていたら完璧だったなぁ……あっ、でも猫耳なら出せるのか……)
などと、他人事のように思いつつ、母と青年の会話に耳を傾ける。
「ああ。確かに。エルフ族で銀色の髪の毛は滅多にないと聞きます。逆に、ダークエルフ族は銀色の髪の人が多いんでしたね。なるほど。そう言う事でしたか。納得しました」
「耳が短いので、よく人とエルフのハーフに間違われることはあるんですけど、そうすると今度は髪の色で首を傾げられてしまうことが多いんですよねぇ。耳は、どうも、母が言うには突然変異か先祖帰りか何かだろうって。まあ、適当な母が言うことなので、本当の所はどうなのか、よく分からないんですけどね」
うんうんと頷く青年に、ミフィーがあははと笑いながら返す。
シュリもなるほどなぁと思いながら母と青年を見上げていると、青年の目が不意にシュリの方へと向けられた。
「と言うことは、その坊ちゃんは、ヴィオラ・シュナイダーのお孫さん!?」
「あ~……はい、まあ、一応」
「あなたは、冒険者ではないんですよね??」
「はい。私はそっちの才能はあまりなくて。でも、この子の父親は冒険者でした」
「なるほどっ。それは素晴らしい!!これは、もしもの時の話なんですが、もし息子さんが冒険者になりたいと少年らしい夢を持つようなことがあれば、ぜひ当冒険者ギルドへお連れ下さい。誠実な師匠もおつけしますし、色々と便宜を図らせて頂きますので!!」
青年は目をランランと光らせて、食いつかんばかりの勢いで身を乗り出した。
ミフィーは若干身を引きながら、ひきつった笑みを浮かべる。
「あの、母は、そんなに有名、なんですか?」
そんな基本的な質問に、青年の瞳がキラリと光った。
「なんと!お母様の偉業をご存じないと!?」
「は、はあ」
「では、僭越ながらお教えしましょう」
「あ、別に無理にと言うわけでは。私としては、手紙さえ預かっていただければそれで……」
「いーえっ、ご遠慮なく!!」
手紙を押しつけてさっさと帰りたいーそんなミフィーの思いなど知ったことかと、青年はそれはもう嬉しそうに、ヴィオラ・シュナイダーという類稀な実績を持つ冒険者について語った。
彼曰く、
一つ、ヴィオラ・シュナイダーは史上初のSSランクに到達した冒険者である。
一つ、ヴィオラ・シュナイダーは王国を脅かす古のドラゴンを単独で撃破し、国王より龍殺しの勇者の勲章をもらっている。
一つ、ヴィオラ・シュナイダーは悪を嫌い、善を行う心正しき冒険者であり、世界中の冒険者達の中で唯一SSSの高みに到達できるであろうと言われている。
などなど、それ以外の細かいエピソードも含めて怒濤の如く彼は語り、彼の顔の輝きと反比例するように、ミフィーの顔がひきつっていくのだった。
最後には、まだ話したそうにする青年に無理矢理手紙を押しつけて、逃げるように冒険者ギルドを出た。
そして周囲の冒険者達が遠巻きに、ヴィオラ・シュナイダーの関係者が居るらしいとそわそわし始めたので、変に絡まれないようにととにかく大急ぎで冒険者ギルドを離れたのだった。
冒険者ギルドから大分距離を稼ぎ、やっと足をゆるめたミフィーが大きな吐息を漏らす。
シュリはそんな彼女を見上げながら、
「母様。僕のもう一人のおばあ様って、ものすごい人だったんだね??」
そう話しかけた。そんな息子の言葉を受けて、ミフィーは何とも言えない顔で苦笑する。
そして、少し懐かしむように目を細めて、
「うーん。そうねぇ。さっきの人の話すヴィオラって人と、私の記憶の中にいるお母さんはちょっと違うかな。確かに強い人だったから、SSになっててもおかしくないし、龍を一人で倒したって話もなんだか頷けるけど、悪を嫌い善を行うって件はちょっとねぇ」
「んーと、おばあ様は強いけど、そんなに善人じゃなかったってこと?」
「いや、いい人なのよ?単純だし、涙もろいし、情に篤い人ではあるのよ。ただ、なんというか、空気を読まないというか、わがままというか、自由気ままというか、母親業を舐めているところがあるというか……」
「なるほど。一緒にいると周りが苦労するタイプってこと?」
「うん、まあ。間違っては、いないかな」
「ふうん。じゃあ、子供の頃の母様は大変だったんだね?もしかしておばあ様のこと、あんまり好きじゃない?」
「ん~、嫌いじゃないわよ?親としてみなければ結構好きだし。ただ、親としては無責任きわまりないタイプだったから、あんまり母親って感覚はないんだけど。どちらかといえば、年の離れた姉とか、友人、みたいな?ほら、あの人、生粋のダークエルフだから、あんまり老けないし、見た目的にも母親っぽくないというか」
「そっかぁ」
考えながら己の母親のことを話すミフィーの横顔を見上げながら、シュリは頷く。
そんな二人の会話に、斜め後ろからカレンが言葉を挟んできた。
「そういえば、私も聞いたことありますよ?ヴィオラ・シュナイダーという凄腕の冒険者の話は」
「ふうん?どんな話を聞いたことがあるの?」
「まあ、さっきのギルドの青年の話した事に尾鰭がついた程度の話でしょうか。ただ、彼女にあこがれる冒険者や兵士は沢山います。私も一時は憧れていた事もありました」
「へえ~、憧れてたの??おばあ様の、どんな所に」
シュリが見上げると、カレンはシュリと目を合わせて優しく微笑んで、そうですねぇと少し考え込んだ後、
「私が憧れたのは、彼女の強さと自由さ、でしょうか。そしてその憧れの根幹にあったのは、彼女が女性であるということですね。彼女がもし男性だったら、私はそれほど興味を抱かなかったと思うんですよ」
「おばあ様が女で、なおかつ強かったから憧れたって事?おばあ様の位置に立つのがもし男の人だとしても、冒険者の頂点に立つような人なら憧れるに十分だと思うけど、それじゃあだめって事なんだ?」
「そうですね。冒険者や武門の世界はまだまだ男性が優位です。彼らの方が肉体的に優れているのは確かですから。でも、そんな中で女性が冒険者達の頂点に立った。その事が、とにかく感動的だったんです」
「ふうん」
目をキラキラさせて、自分とは別の存在を誉めたたえるカレンを見るのがちょっぴり面白くなくて、ほんの少しだけ唇を尖らせる。
そんなシュリの様子に目ざとく気づいたカレンは、なんだか嬉しそうに目を細め、
『でも、今の私が憧れるのも、尊敬するのも、愛しているのも……全部あなただけですよ。シュリ君』
念話でそんな言葉を伝えてきた。
なんだか見透かされたようで面白くないような気もしたが、そんな思いに反して思わず口元が緩んでしまった。
それを見たカレンの笑みが深くなり、それに気づいたシュリは気を取り直すようにコホンと咳払いを一つ。
そんな息子に気づいた母親が、どうしたのと見下ろしてきた瞳を見上げてにっこり微笑み、
「なんでもないよ、母様。ヴィオラおばあ様って面白そうな人だね。僕も会ってみたいな」
子供らしい無邪気さでそう告げれば、
「多分、会えるんじゃないかしら。さっきの手紙にシュリの事を書いてあるし、一応シュリの誕生日のお祝いにも誘っておいたから。好奇心旺盛な人だから、きっとそのうちにひょっこり顔を出すわよ」
ミフィーから返ってきたのはそんな言葉。
そんなものかと、シュリは頷き、
「そっかぁ。楽しみだね、母様」
ミフィーの手をきゅっと握って、再び満面の笑みを浮かべた。
そんなシュリを見ながらミフィーは何とも言えない顔をして、規格外の人だからびっくりしないでね、とせめてもの忠告をするのだった。
シュリはミフィーと一緒にアズベルグの冒険者ギルドへ来ていた。
護衛にカレンが同行し、最近すっかり板に付いてきた貴族の若奥様風の装いのミフィーは、周囲の視線をはねのけつつ、ギルドの窓口へまっすぐに歩み寄った。
もちろんシュリも、母親に手を引かれながら彼女と共に窓口へと進み出る。
それをみていた窓口の職員は、何とも場違いなお客様に目を白黒させていた。
因みにその職員さんはちょっと気弱そうなメガネ青年である。
(お~、メガネ!!こっちの世界にもあったんだなぁ。ジュディスにかけさせたら似合いそうだな)
シュリは、ジュディスが耳にしたら即座にメガネを買いに走りそうな事を思いながら、純情そうな青年のそばかす顔を見上げた。
彼は、戸惑ったようにミフィーを見つめながら、
「冒険者ギルドへ何かご用でしょうか?護衛の依頼とかそう言ったものでも?」
丁寧にそう尋ねた。
ミフィーは頷き、用意してきた手紙をそっと窓口のカウンターへ乗せた。
「あの、ある冒険者に手紙を送りたいんですけど、送れますか?」
「ああ、なるほど。大丈夫。送れますよ。その冒険者の名前やホームの場所はお分かりですか?場合によっては時間がかかると思いますが、何とか調べられると思いますよ」
ミフィーのように、冒険者に当てての手紙や伝言の依頼は多いのだろう。
青年はなにやらパソコンのキーボードのような端末を取り出しながらミフィーに笑いかけた。
ミフィーも青年の柔らかな応対にほっとしたように微笑み、
「あ、ホームって、あれですよね??冒険者が拠点にしてるギルドの事でしたよね?」
ちょっと小首を傾げて確認をする。
「ええ。その認識で間違いはありませんよ。まあ、世間一般的には流れの冒険者も多いんですが、ホーム登録をすると素材の換金率や、依頼の達成報酬が少しだけ優遇されるので、拠点を決めてホーム登録をしている冒険者もそれなりに居るんですよ。まあ、優遇される代わりに、ホームのある地域に異変があった際は強制依頼が発動されますが、そんな事は滅多なことでは起こりませんからね」
「なるほど。ホームがどこかは分からないんですが、名前なら分かります」
「じゃあ、教えていただいてもいいですか?同名の人物が居ることもありますので、簡単に身体的な特徴なんかも教えていただけると助かります」
言いながら、青年は手慣れた様子で端末の操作をし、さあ、どうぞとばかりにミフィーを見上げた。
ミフィーは頷き、
「えっと、名前はヴィオラ。ヴィオラ・シュナイダーです。私が知らないうちに結婚とかしてなければ、ファミリーネームも変わって無いはずですけど」
「ヴィ、ヴィオラ・シュナイダー、ですか?本当に?ちょ、ちょっとお待ちください。同名の方が居ないか今すぐ調べますので……」
「ありがとうございます。あ、身体的特徴ですけど、髪と目の色は私と同じで銀髪に蒼い瞳です。肌は褐色で、種族はダークエルフなんですけど……」
「名前がヴィオラ・シュナイダーで、種族がダークエルフ……。それって、やっぱり……。いや、でも、まさか……」
「あ、あの。何か問題でも……?はっ!!もしかして、偉い人に逆らって指名手配されてるとか、ギャンブルにはまって借金まみれだとか、悪い人を叩きのめして大けがをさせたとか、財布を落として食い逃げしたとか……」
青年が余りにうんうん唸っているので、さすがのミフィーも不安になってきたのだろう。
ちょっと青い顔でそんな風に問いかける。
それを聞きながら、例えが随分具体的だなぁと、シュリはちょんと首を傾げた。まるで、その人がそんな行動をするところを、ミフィーが実際にみていたかのような。
「いえいえ。そう言う訳じゃないんです。ヴィオラ・シュナイダーという冒険者が余りに大物だったのでちょっと驚いてしまって。おそらく、あなたのお探しの人と同一人物とは思いますが、最後にもう一つだけ確認させて下さい」
「は、はい。どうぞ?」
「あなたのおっしゃるヴィオラ・シュナイダーさんの冒険者ランクをご存じですか?」
「冒険者ランク……」
「はい。ご存じでしたら教えていただきたいのですが」
「ここ最近は音信不通だったので、今のランクは分かりません。ただ、私が子供の頃、一緒に過ごしていた頃は確か、A級だったと思います。確か、A級に上がったときに自慢してましたから。お母さんはすごいんだぞ~って」
「なるほど。でしたら、今はもっとランクが上がっていてもおかしくはないですね……ってお母さん!?あなた、ヴィオラ・シュナイダーの娘さんなんですか!?」
「はい。まあ、一応」
すごい勢いで食いついてきた職員の様子に、ミフィーは苦笑をしながら頷いた。
「し、失礼ですけど、あなたの肌の色を見るに、ダークエルフには見えないんですが??」
「ああ。肌の色は父から。父はエルフ族なんです。その代わり、髪と瞳の色は母と同じなんですけど」
その言葉に、シュリは軽く目を見開いた。
今までずっと、ミフィーは人間とエルフのハーフだと思っていたのだがどうやら違っていたらしい。
ということは、シュリには人間と、エルフと、ダークエルフの3つの種族の血が入っていることになる。
なんとまあ、ファンタジー好きの間でも人気の高いエルフとダークエルフの血を引いているとは。
ファンタジー世界の夢の種族の血が同時に二つ。
(これで獣人の血が混じっていたら完璧だったなぁ……あっ、でも猫耳なら出せるのか……)
などと、他人事のように思いつつ、母と青年の会話に耳を傾ける。
「ああ。確かに。エルフ族で銀色の髪の毛は滅多にないと聞きます。逆に、ダークエルフ族は銀色の髪の人が多いんでしたね。なるほど。そう言う事でしたか。納得しました」
「耳が短いので、よく人とエルフのハーフに間違われることはあるんですけど、そうすると今度は髪の色で首を傾げられてしまうことが多いんですよねぇ。耳は、どうも、母が言うには突然変異か先祖帰りか何かだろうって。まあ、適当な母が言うことなので、本当の所はどうなのか、よく分からないんですけどね」
うんうんと頷く青年に、ミフィーがあははと笑いながら返す。
シュリもなるほどなぁと思いながら母と青年を見上げていると、青年の目が不意にシュリの方へと向けられた。
「と言うことは、その坊ちゃんは、ヴィオラ・シュナイダーのお孫さん!?」
「あ~……はい、まあ、一応」
「あなたは、冒険者ではないんですよね??」
「はい。私はそっちの才能はあまりなくて。でも、この子の父親は冒険者でした」
「なるほどっ。それは素晴らしい!!これは、もしもの時の話なんですが、もし息子さんが冒険者になりたいと少年らしい夢を持つようなことがあれば、ぜひ当冒険者ギルドへお連れ下さい。誠実な師匠もおつけしますし、色々と便宜を図らせて頂きますので!!」
青年は目をランランと光らせて、食いつかんばかりの勢いで身を乗り出した。
ミフィーは若干身を引きながら、ひきつった笑みを浮かべる。
「あの、母は、そんなに有名、なんですか?」
そんな基本的な質問に、青年の瞳がキラリと光った。
「なんと!お母様の偉業をご存じないと!?」
「は、はあ」
「では、僭越ながらお教えしましょう」
「あ、別に無理にと言うわけでは。私としては、手紙さえ預かっていただければそれで……」
「いーえっ、ご遠慮なく!!」
手紙を押しつけてさっさと帰りたいーそんなミフィーの思いなど知ったことかと、青年はそれはもう嬉しそうに、ヴィオラ・シュナイダーという類稀な実績を持つ冒険者について語った。
彼曰く、
一つ、ヴィオラ・シュナイダーは史上初のSSランクに到達した冒険者である。
一つ、ヴィオラ・シュナイダーは王国を脅かす古のドラゴンを単独で撃破し、国王より龍殺しの勇者の勲章をもらっている。
一つ、ヴィオラ・シュナイダーは悪を嫌い、善を行う心正しき冒険者であり、世界中の冒険者達の中で唯一SSSの高みに到達できるであろうと言われている。
などなど、それ以外の細かいエピソードも含めて怒濤の如く彼は語り、彼の顔の輝きと反比例するように、ミフィーの顔がひきつっていくのだった。
最後には、まだ話したそうにする青年に無理矢理手紙を押しつけて、逃げるように冒険者ギルドを出た。
そして周囲の冒険者達が遠巻きに、ヴィオラ・シュナイダーの関係者が居るらしいとそわそわし始めたので、変に絡まれないようにととにかく大急ぎで冒険者ギルドを離れたのだった。
冒険者ギルドから大分距離を稼ぎ、やっと足をゆるめたミフィーが大きな吐息を漏らす。
シュリはそんな彼女を見上げながら、
「母様。僕のもう一人のおばあ様って、ものすごい人だったんだね??」
そう話しかけた。そんな息子の言葉を受けて、ミフィーは何とも言えない顔で苦笑する。
そして、少し懐かしむように目を細めて、
「うーん。そうねぇ。さっきの人の話すヴィオラって人と、私の記憶の中にいるお母さんはちょっと違うかな。確かに強い人だったから、SSになっててもおかしくないし、龍を一人で倒したって話もなんだか頷けるけど、悪を嫌い善を行うって件はちょっとねぇ」
「んーと、おばあ様は強いけど、そんなに善人じゃなかったってこと?」
「いや、いい人なのよ?単純だし、涙もろいし、情に篤い人ではあるのよ。ただ、なんというか、空気を読まないというか、わがままというか、自由気ままというか、母親業を舐めているところがあるというか……」
「なるほど。一緒にいると周りが苦労するタイプってこと?」
「うん、まあ。間違っては、いないかな」
「ふうん。じゃあ、子供の頃の母様は大変だったんだね?もしかしておばあ様のこと、あんまり好きじゃない?」
「ん~、嫌いじゃないわよ?親としてみなければ結構好きだし。ただ、親としては無責任きわまりないタイプだったから、あんまり母親って感覚はないんだけど。どちらかといえば、年の離れた姉とか、友人、みたいな?ほら、あの人、生粋のダークエルフだから、あんまり老けないし、見た目的にも母親っぽくないというか」
「そっかぁ」
考えながら己の母親のことを話すミフィーの横顔を見上げながら、シュリは頷く。
そんな二人の会話に、斜め後ろからカレンが言葉を挟んできた。
「そういえば、私も聞いたことありますよ?ヴィオラ・シュナイダーという凄腕の冒険者の話は」
「ふうん?どんな話を聞いたことがあるの?」
「まあ、さっきのギルドの青年の話した事に尾鰭がついた程度の話でしょうか。ただ、彼女にあこがれる冒険者や兵士は沢山います。私も一時は憧れていた事もありました」
「へえ~、憧れてたの??おばあ様の、どんな所に」
シュリが見上げると、カレンはシュリと目を合わせて優しく微笑んで、そうですねぇと少し考え込んだ後、
「私が憧れたのは、彼女の強さと自由さ、でしょうか。そしてその憧れの根幹にあったのは、彼女が女性であるということですね。彼女がもし男性だったら、私はそれほど興味を抱かなかったと思うんですよ」
「おばあ様が女で、なおかつ強かったから憧れたって事?おばあ様の位置に立つのがもし男の人だとしても、冒険者の頂点に立つような人なら憧れるに十分だと思うけど、それじゃあだめって事なんだ?」
「そうですね。冒険者や武門の世界はまだまだ男性が優位です。彼らの方が肉体的に優れているのは確かですから。でも、そんな中で女性が冒険者達の頂点に立った。その事が、とにかく感動的だったんです」
「ふうん」
目をキラキラさせて、自分とは別の存在を誉めたたえるカレンを見るのがちょっぴり面白くなくて、ほんの少しだけ唇を尖らせる。
そんなシュリの様子に目ざとく気づいたカレンは、なんだか嬉しそうに目を細め、
『でも、今の私が憧れるのも、尊敬するのも、愛しているのも……全部あなただけですよ。シュリ君』
念話でそんな言葉を伝えてきた。
なんだか見透かされたようで面白くないような気もしたが、そんな思いに反して思わず口元が緩んでしまった。
それを見たカレンの笑みが深くなり、それに気づいたシュリは気を取り直すようにコホンと咳払いを一つ。
そんな息子に気づいた母親が、どうしたのと見下ろしてきた瞳を見上げてにっこり微笑み、
「なんでもないよ、母様。ヴィオラおばあ様って面白そうな人だね。僕も会ってみたいな」
子供らしい無邪気さでそう告げれば、
「多分、会えるんじゃないかしら。さっきの手紙にシュリの事を書いてあるし、一応シュリの誕生日のお祝いにも誘っておいたから。好奇心旺盛な人だから、きっとそのうちにひょっこり顔を出すわよ」
ミフィーから返ってきたのはそんな言葉。
そんなものかと、シュリは頷き、
「そっかぁ。楽しみだね、母様」
ミフィーの手をきゅっと握って、再び満面の笑みを浮かべた。
そんなシュリを見ながらミフィーは何とも言えない顔をして、規格外の人だからびっくりしないでね、とせめてもの忠告をするのだった。
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