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第四部 王都の新たな日々

第336話 タペストリーハウス

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 その洋館の玄関ホールは、豪華ではあるが飾りすぎておらず、程良く上品だった。
 さっきまで森のただ中にいたはずの3人は、目をぱちくりして自分が立つその場所を見回した。


 「……え~っと。森にいたわよね? 私達」

 「……そうだな。森にいたな」


 フェンリーとジェスが呆然と呟く中、


 「すっごいわね、これ。どうなってるのかしら?? どうやったら再現できるかしらね?」


 アガサはいち早く立ち直って、あちこちを見て回り始めた。
 あっちの置物を眺め、こっちの置物をなで回したり持ち上げたり。
 アガサはせわしなく動き回りながら、


 「シュリ。こういう置物も付属物なの? それとも持ち込んだ?? どうやればこんなアイテム作れるわけ??」


 そんな質問をぶつけた。
 質問を受けたシュリは苦笑しつつ、


 「スキルの産物だから、作り方は知らないよ」


 シンプルな答えを返す。
 そんなシュリにアガサは食い下がった。


 「まあ、そうよねぇ。ね、このアイテム、しばらくの間貸し出してくれない? 徹底的に調べてみたいんだけど」

 「イルル達の家だからダメ。持ち出し禁止」

 「今回持ち出してるわけだし、移動させられない訳じゃないんでしょ? いいじゃない。ちょっとだけだから! ね?」

 「だぁめ。持ち出したのは僕が一緒だからだよ。僕の目の届かない場所で、僕以外の誰かにこの家を預けるわけにはいかないよ。大事なものなんだから」

 「そうよねぇ~……。そう簡単に人に預けられる物じゃ無いわよね。仕方ないわね。このアイテムを持ち出すことは諦める」

 「そう? よかっ……」

 「その代わり、シュリの家に通って研究する事にするわ!」

 「へ?」

 「持ち出せない状態で研究するなら、そうするしかないでしょう? そうすれば研究も出来るし、シュリにも会えるし。よく考えたら、持ち出せない方がメリット大きいわね」

 「えーっと。アガサ??」

 「大丈夫よ、シュリ。ヴィオラにもお屋敷の人にも、ちゃんと話は通すから。あ、もちろん、アズベルグのお屋敷の許可も得ておくつもりよ。シュリが守りたい秘密はちゃんと守るから、どのあたりを隠してどんな建前を用意するか、後でちゃんと話し合いましょうね」

 「う、うん」


 いい笑顔のアガサに、ずっと居座られると邪魔だから来ないで欲しいとも言えず、シュリは押し切られたように頷いた。
 そんなシュリの微妙な表情になにを思ったのか、その目を色っぽく細め甘く微笑み、そしてシュリの耳元に唇を寄せた。秘密の話をするように。


 「研究の為に行くのは間違いないけど、シュリといちゃいちゃする時間もたっぷり用意するから安心して?」


 耳に吹き込まれたそんな言葉に、


 (え~っと。いちゃいちゃする時間が欲しい、なんて一言も言ってないんだけどなぁ……)


 なんでそうなった!? 、とシュリがあんぐり口を開けてアガサを見上げると、内心の文句を言葉にする前にアガサの唇に口をふさがれた。
 存分に味わわれ、それでも文句を言ってやろうと唇を尖らせたら、横から突き刺さる物欲しそうな視線に出鼻をくじかれた。


 「シュリ……」
 「シュリぃ……」


 ジェスとフェンリーが仲良く並んでこちらを見ている。
 アガサとシュリのキスにすっかり当てられてしまったらしい。
 シュリはそんな2人を半眼で見上げる。
 ジェスはまだいい。
 だが、フェンリーはどうなってるんだ、とシュリはむむっとさらに唇を尖らせた。

 フェンリーは別にシュリに惚れてるわけじゃない。
 一応、自重を知らない[年上キラー]の影響を受けてはいるようだが、彼女が好きなのはあくまでジェスのはず。
 なのにどうして発情した顔をシュリに向けてくるのかが分からない。

 発情する先は隣のジェスでしょ!?
 発情する先がおかしいよ!?
 僕に発情するくらいなら、隣で発情してるジェスの唇を有無を言わせず奪っちゃえばいいのに!?

 ……と、ジェスが聞いたらちょっと泣いちゃいそうな疑問が心の中で渦巻くが、それで2人の発情状態がどうなる訳でもなく。
 だが、彼女達はシュリの愛の奴隷ではないから、お答えする義務など無いわけで。
 彼女達の要望をお断りするべく、ぷいっと顔を逸らしたら、ジェスはわかりやすくショックを受け、その場に崩れ落ちた。
 その見覚えのある姿に、彼女のキスをお断りするのは2回目だという事に気づき、ちょっとだけ可愛そうになる。

 基本、シュリにキスという行為へのハードルは限りなく低く、時と場合さえ選んで貰えればあまり断る事はない。
 更に言うなら、押しに弱いので、今はちょっとどうだろうか、という時でさえ、断りきれる事はほぼ無かった。

 だが、前回も今回も、キスを求めるジェスの間は微妙で、有無を言わせぬ強引さもなく。
 彼女のキスは、断られるべくして断られた、と言わざるを得ない。
 シュリ自身は、別にジェスを嫌ってもいないし、キスをいやがっているわけでもないのだが。


 「なぜだぁ。前も断られたしシュリは私の事が嫌いなのか……。そ、そうだよな。私なんか色気も無いし。私なんか……わたし、なんかぁ」


 うぐぐっと呻き、今にも泣き出しちゃいそうなジェスに、シュリはうっかり、そんなことないよ、と慰めつつキスをしちゃいそうになったが、その前にジェスに特攻する人がいた。


 「そんなにキスしたいなら私としましょ? 私の唇だってシュリに負けないくらい柔らかいと思うし、テクニックも抜群だし。ね?」


 発情した表情もそのままに、いそいそとフェンリーがジェスににじり寄る。
 そのままジェスの頬に手を伸ばし、速攻で唇を奪おうとしたフェンリーだが、ジェスはそう甘くは無かった。
 肩をぷるぷる震わせていたジェスは、涙目できっとフェンリーをにらみ、


 「私の欲しいキスは、お前のじゃない! シュリのキスだけだぁっ!!」


 叫んだジェスは、そのまま色ぼけしたフェンリーの頬に右の拳を叩き込んだ。
 全く情け容赦ない打撃に、フェンリーは見事なまでに吹っ飛ぶ。
 それで色々吹っ切れたのか勇気がでたのか、ジェスは飛んでったフェンリーをするっと放置し、熱のこもった眼差しでシュリを見つめた。

 そして床に崩れ落ちていた姿勢のまま、そう遠くない場所にいたシュリににじり寄ると、手を伸ばしシュリの頬に指を這わせた。
 己の行為が拒否されない事を確かめ、少しだけほっとした表情を見せたジェスは、生真面目な性格そのままの真剣な色をまとった瞳でシュリを見つめ、


 「私がキスしたいのはシュリだけ、なんだ」


 そんな己の欲望を素直に伝える。
 有無を言わせずに唇を奪われる事の多いシュリは、そんなジェスの生真面目さに思わず微笑む。
 その生真面目さを、好ましく思いながら。


 「キスしても、いいか?」


 恐る恐ると言うのがふさわしい口調でジェスが尋ねる。
 シュリは黙って笑みを深め、それからそっと目を閉じた。
 ジェスの問いかけに答えるように。

 唇に触れる、ためらうような息づかい。
 だが、それもほんの少しの間のこと。
 覚悟を決めたように触れてきた唇は、緊張の為か、少しだけ冷たかった。

 ついばむように触れてすぐに離れていく唇を、シュリの小さな唇が追いかける。
 ジェスの頬を両手で挟み込み、しっかりロックオンしたシュリは、狙いを外すことなくジェスの唇を己のそれで捕らえた。

 攻勢に転じた少年の熱に怯えたように、反射的に身を引きそうになったジェスが逃げられないように、深く唇をつなぎ合わせる。
 そしてそのまま、甘く情熱的に彼女の唇を味わった。


 「シュリからのキス……いいわね。私も我慢してたら、あんなキスをして貰えるのかしら?? でも受け身のシュリも可愛いのよね。どっちがいいか、悩ましいところだわ」


 アガサは、シュリからすればどうでもいいような事で真剣に悩み、


 「くっ、うらやましいくらい情熱的なキスね。でも、私ってばどっちに焼き餅焼いてるのかしら。ジェスにキスしてるシュリをうらやましいって気持ちもあるし、シュリにキスされてるジェスがうらやましいとも思うし。ふ、複雑だわ……」


 フェンリーは己の気持ちに振り回され、混乱しているようだ。
 そのせいか、シュリとジェスのキスを止めようとする様子はまったく見られず、これを幸いとシュリは存分にジェスとのキスを楽しんだ。
 色々許容範囲を越えたジェスがくったりし、なかなか来ない主とその客人を心配したポチが玄関に迎えに来るその瞬間まで。
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