上 下
7 / 545
第一部 幼年期

第七話 旅立ち、そして

しおりを挟む
 水の月、7番目の日。

 その日は旅立ち日よりの、とてもいい天気だった。
 ジョゼと、その妻ミフィー、息子のシュリの3人は、旅の荷物と共に乗り合い馬車に乗り込んで、馬車の出発を今か今かと待っていた。

 見送りには、ミフィーの女友達が3人、駆けつけてくれた。
 3人とも、とても別れを惜しんでくれていた。主にシュリとの、だが。

 別れを惜しんでくれるのはいいが、いい大人が鼻水を垂らして泣くのには閉口した。
 っていうか、これが今生の別れという訳じゃないんだから、そんなに悲しまなくていいのにと思う。
 数ヶ月後にはまたここに帰ってくるんだから、とこの時のシュリはそんな風に軽く考えていた。

 母の腕に抱かれたままで、シュリは軽く周囲を見回す。
 古ぼけた幌馬車の中はまだ大分空きがあった。
 これからこの馬車は、途中の村で人を乗せながら、終点の地方都市・アズベルグへと向かう。

 ジョゼとミフィーの話を盗み聞いたところによると、そのアズベルグがジョゼの生まれ故郷であるらしい。
 そこには、ジョゼの兄さん夫婦とその娘達、それからジョゼの両親が暮らしているようだ。
 シュリからすると、おじさん夫婦と従姉妹達、それから祖父母、ということになる。

 彼らは下級貴族らしい。
 代々アズベルグの領主として生計を立てており、領地はその周辺地域をわずかに持っている程度。
 かつては武を誇り、王の覚えもめでたかったようだが、今ではただの貧乏貴族に過ぎないようだ。
 まあ、それでも、他の親類から見ると、かなり裕福な方らしいのだが。

 ジョゼは15歳の時に、堅苦しい貴族の生活に嫌気がさし、家を飛び出したのだという。
 それからはもともと素質の合った剣の腕を生かし、冒険者として身を立て、良く出入りしていた冒険者ギルドで働いていたミフィーと恋に落ちたらしい。
 そして、やることをやったらミフィーのお腹にシュリが出来て結婚、という流れだったようだ。


 「とーたー、やー(父様、やんちゃだったんだな)」


 生まれて一年がたち、少しましになった発音で話しかけながら、ジョゼの顔を見上げる。


 「ん?どうした、シュリ。抱っこか?」


 ジョゼは息子の言葉を見当違いに解釈し、ミフィーの腕の中からシュリを取り上げた。
 もちろん加減はしているものの、筋肉質な腕にぎゅーっと抱きしめられ、ひげ剃り後の残る顔でじょりじょり頬ずりをされ、シュリは途端に不機嫌になる。


 「ひー、やー(髭が痛いからやっ!)」


 必死に訴えるが、息子にめろめろな父親には通じない。
 ジョゼは息子を抱っこできて非常にご機嫌だ。


 「みー、だー(ミフィー、助けて!!ミフィーの抱っこがいい)」


 ミフィーを見つめて手を伸ばす。


 「ジョゼ?楽しそうなところ悪いけど、シュリは私の抱っこがいいみたいよ?」


 流石は母親。
 シュリの言いたい事を正確に察知して、ジョゼの腕から息子を取り返す。
 ぽよんと柔らかな胸に抱かれて、シュリも満足顔だ。
 ジョゼはそんな息子の顔をのぞき込みながら、


 「そおかぁ?シュリは父様の抱っこも好きだよなぁ?」

 「やー、みー(やだっ。ミフィーの抱っこがいい!)」

 「ほら、俺の抱っこも好きだって言ってるぞ?」

 「まぁた適当な事言って。シュリは、私の抱っこの方がいいっていってるわよ?ね~、シュリ?」

 「うー(うん)」


 シュリはこっくり頷き、ミフィーがにっこり笑う。
 ジョゼは納得してない顔だが、でもすぐに笑顔になった。
 親子三人での他愛ないふれあい。それは、普段は仕事で家を空けることの多いジョゼにとって本当に楽しい、得難い時間だった。


 「ぼちぼち馬車を出すども、準備はええかね?」


 馬車の御者が、そう声をかけてくる。
 乗っている人々が口々にそれに答え、


 「ああ、大丈夫だ。よろしく頼むよ」


 ジョゼもそう答えを返す。
 これからしばらく、家族三人で同じ時間を過ごす事ができる。
 楽しい旅になる、そのはずだった。

しおりを挟む
感想 221

あなたにおすすめの小説

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

処理中です...