♀→♂への異世界転生~年上キラーの勝ち組人生、姉様はみんな僕の虜~

高嶺 蒼

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第一部 幼年期

第八十四話 愛と美の女神

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 籠の上から、蜂蜜色の髪に青い瞳の綺麗な男が顔をのぞかせる。
 見た瞬間思った。顔は良いけど性格は悪そうだな~、と。
 そして、決して自分はこうはなるまいと己を戒めつつ、彼の顔をまっすぐ見上げた。

 シュリと目があった瞬間、ガナッシュの顔に驚愕の表情が広がった。
 だがすぐに、それは隠しようのない殺意へと取って代わる。
 ガナッシュの手が、自分に向かって伸びてくるのを見ながら、ちょっとやばいかも、とシュリは身構える。
 ザーズがシュリを売り飛ばそうとしていたから始末される心配はしていなかったが、ガナッシュは明らかにシュリを殺そうとしていた。
 だが、その手がシュリに届く前に、時が止まった様にガナッシュの動きが止まる。
 そしてシュリは、ピンク色の悪趣味な空間に引っ張り込まれていた。


 (なんだ?ここ??)


 警戒しつつも、周囲を見回す。
 周囲はとにかくピンクだった。それ以外に表現しようもない程に。


 (これって、運命の女神様と会った空間とちょっと似てるかも?色は違うけど)


 そんなことを思った瞬間、なぜかいきなり唇を奪われていた。


 「む~~~!!!」


 叫ぶが、相手はお構いなしだ。
 なかなかのテクニックでしっかり舌までからませて長々と口付けしてやっと解放されて相手の顔を見れば、運命の女神様とは違ったベクトルにぶっ飛んだお人がそこにいた。

 ピンク、である。全てはそれに尽きる。
 だが、それでは少々不親切かもしれないので、ちょっぴり説明を加えれば、髪は濃いめの鮮やかなピンク、瞳は銀色にピンクを混ぜ込んだような神秘的なピンク、唇は赤みがかった色っぽいピンク、服ももちろん様々なテイストのピンクで構成されている。
 ちょっと幼い顔立ちの美人さんなのだが、ピンクという印象が強すぎて、ピンクとしか言えない。
 とにかく、ピンクなのであった。

 目の前の存在が余りにぶっ飛びすぎていて、シュリは呆然と彼女を見つめるばかり。
 ピンクの人は、なぜだかとても嬉しそうにニコニコしていた。


 「あの……?」


 どちら様で?と問おうとしたら、それにかぶせるように彼女が口を開いた。
 その唇からこぼれ落ちるのは、鈴を鳴らすような可愛らしくも美しい声だ。


 「あなたにアタシの加護をあげるわ」


 彼女はシュリに抱きついたまま、可愛いくも妖艶な笑みを浮かべた。
 その笑みを間近で見ながら思う。っていうか、あんたはいったい何者だ、と。
 そしてその思いのまま、シュリは素直に口を開いた。


 「えーと、神様?あなたはどちらの神様でしょうか?」


 シュリの問いかけに、目の前の女神は一瞬きょとんとした顔をし、それからはじけるように笑った。


 「あー。自己紹介、まだだったね。アタシは愛と美の女神。あなたが余りに美しかったから、アタシの加護を与えに来たのよ」


 愛と美の女神ーその響きにシュリの目が据わる。
 愛と美の女神こそ、ガナッシュに力を与え、増長させた元凶とも言える存在だ。
 彼女はガナッシュに加護を与えていたはずなのに、なぜシュリの元へ来たのか。ガナッシュから乗り換えるつもりなのだろうか。


 「女神様。女神様は今、他の人にも加護を与えていらっしゃいますよね?僕に加護をくれると言うことは、その人から乗り換えるということなんでしょうか?」


 とりあえず、素直に疑問を口にしてみる。


 「他の人?ああ、ガナちゃんね。もちろん彼のことも見捨てるつもりはないわよ?彼ってば、アタシが10人目に加護を与えた愛しい人に見た目がそっくりなのよ。性格は、まあ、けっこう歪んじゃってるけど。そんなことくらいで見捨てるほどアタシは狭量じゃないし、アタシの愛は大海原の様に広いってわけ」


 その言葉をちょっとイラっとしつつも最後まで聞き終える。
 つまり、ガナッシュの見た目が好みだったから、性格に難があることは分かっていても加護を与えたと、そういう事なんだろう。
 そして、シュリの事を気に入ったから、シュリにも加護をくれるという。


 (これって、堂々と二股宣言されたって事だよね??)

 『そうだねぇ。彼女は愛多き女だからね~』


 心の中の呟きに、返事が返ってきて目を軽く見開く。
 しかも、その声には聞き覚えがあった。


 『運命の、女神様??』

 『おっ、名乗る前にバレちゃうとは、ボクってもしかして愛されちゃってる!?』

 『いえ、別に。それほどには』

 『くうぅぅ~、つれないなぁ。でも、そんなところもいいんだけど』


 笑い混じりの彼女の声に、どこかほっとしている自分を感じながら、シュリは少しだけ口元を綻ばせる。
 それを見た愛と美の女神が、うっとりと頬を染めたことにも気がつかないまま。
 そして、愛と美の女神を放置したまま、シュリは運命の女神と脳内の会話を続ける。


 『女神様が話しかけてきたのは、僕が愛と美の女神様の空間に連れ込まれたって分かったから?もしかして、見張ってた?』

 『うーん。半分正解で半分不正解、かな。キミが愛と美の女神の悪趣味な巣に連れ込まれたのはすぐに分かった。でも、それはキミを見張っていたからじゃなくて、キミがボクの加護を受けているからだよ。キミが他の神に接触すれば、ボクにはすぐに分かるんだ』

 『どうしてって聞いても?』

 『ボクにもよく分からないシステムではあるんだけど、加護を与えた時点でキミはもうボクの子供みたいなもんなんだ。自分の子供に勝手にちょっかいかけられて黙っている親もいないだろう?』

 『なるほど。じゃあ、神の加護は一人の神様からしか受けられないってこと?』

 『いや。それに関しては何人から受けても問題ないよ。それだけの神に愛される資質があるなら、ね。そしてボクは、キミにはその資質があると思っているし、いち早くその事を見抜いた自分を誇らしく思ってるよ』

 『ふうん。じゃあ、最後にもう一つだけ質問』

 『なんだい?』

 『神様の加護って、お断りする事も出来るのかな?』


 結構真面目にそう問えば、返ってきたのは沈黙。
 やっぱりそれは無理なのかなぁと思いながら、


 『やっぱり、それはダメ??』


 と重ねて問えば、運命の女神様は盛大に吹き出して、けたたましい笑い声をシュリの頭の中に響かせた。
 そのあまりの騒々しさに顔をしかめれば、その気配を感じたのか、


 『っくく……あー、面白かった。そうくるとはね。愛と美の女神を、振るつもりなのかい?』

 『まあ、あちらの出方によっては、それもあり得るかな、と』

 『ふうん。なるほど。ほんと、キミってボクを退屈させないよねぇ。まあ、好きにやってごらん?キミがなにをしようとも、ボクだけは最後までキミを見放す事はないと誓えるくらいにはキミを愛しているからね。見捨てる事はないから、何でも安心してやってみるといいよ』

 『別に、あなたから見捨てられることを怖がってなんかいませんけどね?』

 『ふ……ったく、可愛くない子だ。だが、そこが可愛いところでもある』


 運命の女神様は、愛おしそうにそう言って、


 『なにはともあれ、ボクはキミの選択を楽しみに見守らせてもらう。じゃあ、ぼちぼちおいとまするね』


 その言葉と共に、運命の女神様の気配が遠くなる。
 そしてその気配が消える寸前、


 『あ、それから、今後ボクのことはフェイトって呼ぶように。今後もキミに加護を与えたがる女神は多いだろうし、全員女神様じゃ、区別しにくいだろ?いいかい?フェイトって呼ばないと、返事してあげないからね。それじゃ!』


 そんな言葉を置き土産に、彼女の気配は完全に消えた。
 残されたシュリは、ピンクの空間の中、至近距離からうっとりとこちらを見つめている愛と美の女神と仕方なしに向き合う。

 この愛と美の女神様、容姿はものすごく端麗なのに、なぜか漂うこの残念臭はなんなのだろうか。
 でも、どこか憎めない感じもあって、シュリは少し苦笑をしてから、改めて顔をきりりと引き締めた。


 「女神様?」

 「うえっ!?は、はいぃっ!!」


 シュリに呼ばれ、ついついシュリの顔に見ほれていた女神様は慌てた様に返事を返す。


 「女神様、先ほどのお話の事ですけど」

 「先ほどのお話……ああ、加護の事ね!!もちろん、受けるのよね??」

 「残念ですが、お断りをさせて頂きます!!」

 「そうよね~、当然よね~、アタシの加護だもの。受けるに決まって……って、ええ!?こっ、断るって、なんで!?」

 「僕には、僕だけがいいって言ってくれる神様がいますし」

 「くっ、運命の女神の奴ね!?あいつなんて偏屈なだけよ。アタシの方が優しいし可愛いわよ!?ね、アタシにしときなさいよ」

 「いえ。僕は僕だけを見てくれる人がいいんです。浮気性な人は、生理的に受け付けないので」


 すがりつくように訴える愛と美の女神をすぱっと切り捨てた。
 それを聞いた女神が泣きそうな顔になる。
 かわいそう、と思わないでもないが、ほだされたら負けだと、シュリはあえてつーんと顔を逸らして見せた。


 「運命の女神様は僕だけを好きでいてくださると言って下さいました。あなたは、ガナッシュという男が好きなんでしょう?だったらガナッシュと仲良くしてればいいじゃないですか。どうぞ、末永くお幸せに」

 「ち、違うのよぅ。ガナちゃんは、顔がちょーっと好きなだけで、性格とかはむしろ陰険であんまり好きじゃないもん。加護だって、ちょっとしか分けてないし、シュリ君に多く加護をあげるから。ねっ??」

 「ガナッシュの余りの加護なんてほしくありません。あいつは僕の父様の敵ですから」


 そこまで言って、シュリはあえて冷たいまなざしで女神を見つめ、ああそうかと手を叩く。


 「ガナッシュに加護を与えているあなたは彼の味方でしょうから、あなたも僕の敵ですね」


 その瞳の余りの冷たさに、愛と美の女神は震え上がった。
 そしてなおいっそうシュリにしがみつく。
 ガナッシュとシュリを並べてみれば、より手に入れたいのはシュリの方だった。

 ガナッシュは確かに美しい。
 だが、心根はあまり誉められたものではなかった。
 今まではその事に目をつぶってきたが、彼女はシュリを見つけてしまったのだ。容姿も魂も、共にたぐいまれな輝きを放つ存在を。
 見つけてしまえば、もう見なかった事になど出来はしなかった。

 運命の女神の二番せんじなのは腹立たしいが、それよりもシュリになんとしても己の加護を与え、関係を繋げることの方が大切だった。
 だから、女神は決断した。目の前の存在に、なんとしてでも自分を受け入れてもらうために。


 「や、やだ~!!シュリの敵になるのだけはイヤ~~~~!!そんな意地悪言わないでよぅ。どうしたらいいの?ガナちゃんを捨てたらいい??」

 「捨てる、とは人聞きが悪い。でも、まあ、結果的には同じ事か。僕があなたの加護を受け入れる条件はただ一つ。僕だけを、僕が死ぬその時まで愛し続けてくれること、ただそれだけです」


 シュリは愛と美の女神に最後通告を突きつけた。
 それを聞いた女神は、一瞬、困ったような、泣き出しそうな顔をした。
 自分から捨てると言いはしたものの、彼女は彼女なりにガナッシュを愛おしく思っていたのだろう。
 しかし、それもわずかの間の事だった。
 彼女は思いきるようにシュリを見つめ、それから神妙な顔で大きく頷いた。自分自身をも納得させるように。
 そして。


 「分かった。アタシはこれからあなただけを愛すると誓う。あなたが死ぬ、その瞬間まで。もしかしたら、あなたが死んだ、その後までも。……これで、いい?」


 彼女の瞳に、もう迷いは無かった。
 それをしっかりと確かめて、シュリはやっと冷たい表情を柔らかく溶かした。


 「ありがとうございます」

 「じゃあ、アタシの加護を、受けてくれる?愛と美の女神の唯一の加護を」

 「はい。お受けします」

 「じゃあ、早速……」

 「でも、その前にガナッシュをここへ呼んで下さい」

 「え……?」

 「ガナッシュもここへ呼んだ上で、彼の加護を取り上げ、それから僕に加護を与えてくれませんか?」

 「で、でも、それじゃあ……」


 ガナちゃんが可哀想だよと顔を歪める女神に、シュリは申し訳なさそうに、だが断固とした表情で告げる。


 「残酷なのは分かっています。でも、これは彼に対する僕の復讐です。彼が一番辛いことは、きっとあなたからの加護を失うことだ。だから、僕はあなたを僕の復讐の為に利用する。……軽蔑、しますか?」


 軽蔑されても仕方がないと、やっぱり加護を与えるのはやめると言われても仕方がないと思った。
 だが、これだけは譲れない。
 ガナッシュに復讐しても、ジョゼは帰らないと分かっている。もしかしたらジョゼは復讐などやめろと言うかもしれない。
 だが、それではシュリの気が済まないのだ。
 ガナッシュがシュリから大切なものを奪ったように、シュリも彼から大切なものを奪ってやりたかった。


 「僕に加護を与えるのがイヤになったならそれでもいいです。でも、それでも、僕は……」

 「もう、いいよ」


 うつむいたシュリを暖かな腕がそっと抱きしめた。
 愛と美の女神はシュリの頭を優しく撫でながら、


 「ごめんね。アタシがガナちゃんに加護を与えていたから、シュリに悲しい思いをさせたね」


 彼女の唇が心からの謝罪の言葉を紡ぐ。


 「いいよ。シュリが思うとおりにして。アタシはシュリに加護を与えるって決めたんだもの。これからアタシが考えるのはあなたのことだけ。愛するのも、心配するのも、あなただけよ。……だから、ガナッシュ。ここへいらっしゃい」


 シュリを抱きしめたまま、彼女は密やかにガナッシュをこの場へと召還した。その声に、彼に対する最後の憐憫を滲ませて。
 その声に反応したシュリが女神の胸から顔を上げたとき、そこにはもう、呆然とした顔のガナッシュがいた。

 シュリは静かなまなざしで彼を見つめた。
 ガナッシュは自分が居る場所がどこか気付き、それからシュリを抱きしめる愛と美の女神にすがるようなまなざしを向けた。
 だが、もうそのまなざしに、女神が答えることはない。

 いつもと違う女神の様子に戸惑いつつも、ガナッシュは彼女の腕の中に居るシュリへと、自分の女の浮気相手の間男へ向けるような激しい視線を向けた。
 シュリはそれを真っ向から受け止め、二人の視線が火花を散らす。

 シュリの復讐が、今、始まろうとしていた。
 
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