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第四部 王都の新たな日々
第304話 動き始める日々③
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ある日ある時、人の足の決して届かぬ火山帯にて。
その地に住まう火の龍の民は、珍しく浮き足だっていた。
少し前、彼らが王ともあがめる炎の上位古龍がお供のフェンリルと九尾の狐を伴って行方不明になって以来の騒ぎである。
里のど真ん中、少々開けた場所で、燃えるような赤い髪の体格のいい男が1人、地面に這いつくばっていた。
這いつくばっている、というより、土下座という方が彼の様子を言い得ているかもしれない。
そんな彼の前にたつのは、ほっそりとした体格の人物。
アイスブルーの髪にアイスブルーの瞳のその人物の容姿は中性的。
しかしながら、胸の辺りにはかろうじて胸の隆起の確認が出来た。
謎の人物の性別は、どうやら女性であるらしい。
「先ほど、他の者からも説明を聞きましたが、ルージュが行方不明というのは本当ですか?」
「はっ、ははぁぁ~!! ほっ、本当にございますぅぅ!!」
「きちんと探したのですか? 頭は悪くとも上位古龍に相応しいだけの力を持った彼女が、この地以外で隠れ住めるはずもないと思うのですが」
「もっ、もっともでございますぅぅ」
「常とは違う龍の目撃情報の噂などはありませんか? 歩く天然災害なルージュが大人しく暮らせるとも思えません」
「はっ、はぁぁぁぁ~っっ!!」
「……なにもそこまで怯えなくても。別に、とって喰いはしません」
「も、もったいないお言葉でござりまするぅぅ」
「ですが、きちんと質問に答えてくれないと、赤いトカゲの氷漬けを食べたくなるかもしれませんね」
ちっとも会話にならない会話にうんざりしたように、アイスブルーの瞳を細める彼女に周囲の者達が震え上がる。
さすがに危機感を抱いたのか、彼女の前で頭を地面にこすりつけていた赤毛の大男は、だらだらと冷や汗を流しつつ、恐る恐る彼女を見上げた。
「わ、我らが上位古龍・イルルヤンルージュ様は、ある日突然、溜まりに溜まった不満を我らにぶちまけ、かんしゃくを起こして里をめちゃくちゃにしたあげく、お供2匹だけを連れて出奔してしまいました。そのことに関しては、以前も何度かやらかし……失礼しました。あ~、えーと、おやりになっていることですので、特に心配はしておりませんでした。ですが、最初はすぐにお戻りになるだろうと高をくくっていましたが、待てども待てどもお戻りになる気配は無く。最初はイルルヤンルージュ様の無茶なわがままを聞かずにすむ快適さに里の民一同、幸福さえも感じておりましたが、半年を過ぎてもお戻りにならないことに流石に不安を覚え、捜索隊を派遣致しました」
「なるほど。癇癪をおこして出奔とは、ルージュらしい理由です。千年を越えて生きているくせに、いつまでたっても精神年齢が育たない子ですね。貴方達の苦労も忍ばれます。今度会ったらきつく言い聞かせておきましょう。それで、捜索隊の成果は?」
「それに関しては、捜索隊のリーダーから直接説明させましょう」
里の代表者らしき赤毛の大男に話を振られた彼より若干小柄な男性が非常に嫌そうな顔をした。
が、すぐに諦めきった顔で進み出ると地面に片膝を落とし、アイスブルーの女性に恭しく頭を下げた。
「氷雪の上位古龍様に直接報告させて頂きますことをお許しください」
作法にのっとった男性の言葉に、氷雪の上位古龍であるシャナクサフィラは鷹揚に頷いてみせる。
「許します。探索の成果はあったのですか? ルージュの行方は?」
「結果から申し上げさせて頂きますれば、イルルヤンルージュ様の行方を掴むことは出来ませんでした。あのバカ……失礼しました。あのお方の居所は未だ分からないままです」
男性の心からこぼれ落ちた暴言は聞かなかったふりをして、シャナクサフィラは小さく首を傾げて更に問う。
「ルージュの起こした騒動の痕跡を追えば簡単に捕まえられそうな気もしますが」
「我らも、氷雪の上位古龍様と同じことを思い、その痕跡を探しましたが、あのお方が起こしたであろう騒動は1つだけ。しかも、すでに人の手により解決されておりました。それ以降、あのお方の痕跡の残る騒動はいっさい無く。考えたくない事実ではありますが、あのお方は人の手により討伐されてしまったのではないか、と。実際、近くの街の冒険者ギルドで情報を得たところ、ちょうどその時期に亜竜の暴走が起こり、それを見事におさめた冒険者がいたようです」
「まさか。ルージュは1人ではなく、眷属も共にいたのでしょう? フェンリルも九尾の狐も天災級の妖獣です。それに加え、|上位古龍(ハイエンシェントドラゴン)と呼ばれるに至るほど長く生きた龍に立ち向かえる人の子が、この世にいるとは思えません。一体誰ですか? その騒動をおさめた冒険者というのは」
シャナクサフィラは驚きに目を見開く。
が、それでも己と同等かそれ以上の力を持つ炎の同胞が人間に討伐されたなどという世迷い事を信じる気持ちにはなれなかった。
捜索隊のリーダーをつとめた男は、そのお気持ちはわかります、と言うように小さく頷き、
「確かに。ただの人間には無理でしょう。ですが、得た情報によれば、騒動をおさめた人物もまた人類最強とも言われる人物。人類史上唯一SSの称号を得る頂に至った冒険者を、ご存じでしょうか?」
彼は上位の存在に問いかけた。
「ヴィオラ・シュナイダー。ダークエルフ族の娘でしたね。その強さは噂に聞いています。人の域を越えた強さを持つ人物、と。今回のルージュの一件、かの者が絡んでいる、貴方はそう言うのですね」
「はっ。今回、イルルヤンルージュ様が巻き起こしたと思われる騒動による余波が、たまたまそのヴィオラ・シュナイダーがホームとする冒険者ギルドのある街に害を及ぼしそうになったらしく。急遽、かの者に依頼が持ち込まれたようです。ただ……」
リーダーは合点がいかない事があるようで、表情を曇らせて言葉を途切れさせた。
シャナクサフィラは、わずかに目を細め、その先を促す。
「ただ?」
「この度の騒動、かなりの数の亜竜が暴走したようなのです。しかも、一方向ではなく、多方向へ分散して。その全てにヴィオラ・シュナイダーが対処して、更にイルルヤンルージュ様の討伐もしてのけたとは、流石に考え辛いとは思うのですが、かといって他にそれを行えるだけの人物も他にはいなかったようでして。王都から応援の冒険者達も派遣されたらしいのですが、彼らが到着する前に事態は収拾されていたようですし」
「なるほど……件の騒動が起きたとき、ヴィオラ・シュナイダーは1人だったのですか?」
「いえ。噂によれば、孫を連れ歩いていたとの事です」
「孫……その孫は冒険者ギルドに置いていったのですか? 亜竜達の騒ぎを片づける間」
「いえ……常に連れ歩いていた、と聞いておりますが」
「では、現場へも連れて行ったということですね。では、その孫も頭数に入っている可能性はありますね」
シャナクサフィラの大胆な、というか無謀な推測に、リーダーは目を見張った。
「ですが、まだ5歳ほどの幼子だったようです。流石に……」
「5歳、ですか。思っていたより幼いですが、強者というものは幼くとも強者です。その孫が、祖母の資質を受け継いでいる類希な器であるという可能性も無いとは言い切れません。それで、今、その者達はどうしているのです? 調べては、あるのでしょう?」
「ええ。念の為に。ヴィオラ・シュナイダーに関しては、その拠点を半ば王都へ移しているようです。その理由としては、件の孫がこの春より王都の王立学院へ通い始めるから、という事らしいですが」
「5歳で王立学院へ通う、というのは普通の事ではありませんね」
「ええ。今までにない異例の事のようです。王都へ情報収集に行かせた者の報告によれば、ヴィオラ・シュナイダーの孫の獲得に動いたのは王立学院だけでは無かったようです。少なくとも他に、高等魔術学院と、冒険者養成学校が動いたとか」
「やはり、優秀な幼子のようですね。名は?」
「シュリナスカ・ルバーノ、と」
「わかりました。これより先は私が引き受けましょう。ルージュの行方を探すにしろ、敵を討つにしろ、鍵は王都にいるその幼子、シュリナスカ・ルバーノにありそうです。まあ、なにも知らないただの幼子だったとしても、ヴィオラ・シュナイダーへの牽制には使えるでしょう」
そう言ってシャナクサフィラはひんやりと凍りつきそうなほほえみを浮かべた。
そして、心底震え上がる周囲の者を尻目に、
「万が一、ルージュが戻ったらすぐに私まで知らせなさい。そうすれば、無用な弱き者を怯えさせずにすむでしょう」
そう言いおいて、アイスブルーの鱗の輝きも美しい本来の姿に戻り力強く羽ばたくと、あっという間に空の彼方へと消えてしまった。
イルルの里の者は、呆然とそれを見送ったのだった。
その地に住まう火の龍の民は、珍しく浮き足だっていた。
少し前、彼らが王ともあがめる炎の上位古龍がお供のフェンリルと九尾の狐を伴って行方不明になって以来の騒ぎである。
里のど真ん中、少々開けた場所で、燃えるような赤い髪の体格のいい男が1人、地面に這いつくばっていた。
這いつくばっている、というより、土下座という方が彼の様子を言い得ているかもしれない。
そんな彼の前にたつのは、ほっそりとした体格の人物。
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「はっ、ははぁぁ~!! ほっ、本当にございますぅぅ!!」
「きちんと探したのですか? 頭は悪くとも上位古龍に相応しいだけの力を持った彼女が、この地以外で隠れ住めるはずもないと思うのですが」
「もっ、もっともでございますぅぅ」
「常とは違う龍の目撃情報の噂などはありませんか? 歩く天然災害なルージュが大人しく暮らせるとも思えません」
「はっ、はぁぁぁぁ~っっ!!」
「……なにもそこまで怯えなくても。別に、とって喰いはしません」
「も、もったいないお言葉でござりまするぅぅ」
「ですが、きちんと質問に答えてくれないと、赤いトカゲの氷漬けを食べたくなるかもしれませんね」
ちっとも会話にならない会話にうんざりしたように、アイスブルーの瞳を細める彼女に周囲の者達が震え上がる。
さすがに危機感を抱いたのか、彼女の前で頭を地面にこすりつけていた赤毛の大男は、だらだらと冷や汗を流しつつ、恐る恐る彼女を見上げた。
「わ、我らが上位古龍・イルルヤンルージュ様は、ある日突然、溜まりに溜まった不満を我らにぶちまけ、かんしゃくを起こして里をめちゃくちゃにしたあげく、お供2匹だけを連れて出奔してしまいました。そのことに関しては、以前も何度かやらかし……失礼しました。あ~、えーと、おやりになっていることですので、特に心配はしておりませんでした。ですが、最初はすぐにお戻りになるだろうと高をくくっていましたが、待てども待てどもお戻りになる気配は無く。最初はイルルヤンルージュ様の無茶なわがままを聞かずにすむ快適さに里の民一同、幸福さえも感じておりましたが、半年を過ぎてもお戻りにならないことに流石に不安を覚え、捜索隊を派遣致しました」
「なるほど。癇癪をおこして出奔とは、ルージュらしい理由です。千年を越えて生きているくせに、いつまでたっても精神年齢が育たない子ですね。貴方達の苦労も忍ばれます。今度会ったらきつく言い聞かせておきましょう。それで、捜索隊の成果は?」
「それに関しては、捜索隊のリーダーから直接説明させましょう」
里の代表者らしき赤毛の大男に話を振られた彼より若干小柄な男性が非常に嫌そうな顔をした。
が、すぐに諦めきった顔で進み出ると地面に片膝を落とし、アイスブルーの女性に恭しく頭を下げた。
「氷雪の上位古龍様に直接報告させて頂きますことをお許しください」
作法にのっとった男性の言葉に、氷雪の上位古龍であるシャナクサフィラは鷹揚に頷いてみせる。
「許します。探索の成果はあったのですか? ルージュの行方は?」
「結果から申し上げさせて頂きますれば、イルルヤンルージュ様の行方を掴むことは出来ませんでした。あのバカ……失礼しました。あのお方の居所は未だ分からないままです」
男性の心からこぼれ落ちた暴言は聞かなかったふりをして、シャナクサフィラは小さく首を傾げて更に問う。
「ルージュの起こした騒動の痕跡を追えば簡単に捕まえられそうな気もしますが」
「我らも、氷雪の上位古龍様と同じことを思い、その痕跡を探しましたが、あのお方が起こしたであろう騒動は1つだけ。しかも、すでに人の手により解決されておりました。それ以降、あのお方の痕跡の残る騒動はいっさい無く。考えたくない事実ではありますが、あのお方は人の手により討伐されてしまったのではないか、と。実際、近くの街の冒険者ギルドで情報を得たところ、ちょうどその時期に亜竜の暴走が起こり、それを見事におさめた冒険者がいたようです」
「まさか。ルージュは1人ではなく、眷属も共にいたのでしょう? フェンリルも九尾の狐も天災級の妖獣です。それに加え、|上位古龍(ハイエンシェントドラゴン)と呼ばれるに至るほど長く生きた龍に立ち向かえる人の子が、この世にいるとは思えません。一体誰ですか? その騒動をおさめた冒険者というのは」
シャナクサフィラは驚きに目を見開く。
が、それでも己と同等かそれ以上の力を持つ炎の同胞が人間に討伐されたなどという世迷い事を信じる気持ちにはなれなかった。
捜索隊のリーダーをつとめた男は、そのお気持ちはわかります、と言うように小さく頷き、
「確かに。ただの人間には無理でしょう。ですが、得た情報によれば、騒動をおさめた人物もまた人類最強とも言われる人物。人類史上唯一SSの称号を得る頂に至った冒険者を、ご存じでしょうか?」
彼は上位の存在に問いかけた。
「ヴィオラ・シュナイダー。ダークエルフ族の娘でしたね。その強さは噂に聞いています。人の域を越えた強さを持つ人物、と。今回のルージュの一件、かの者が絡んでいる、貴方はそう言うのですね」
「はっ。今回、イルルヤンルージュ様が巻き起こしたと思われる騒動による余波が、たまたまそのヴィオラ・シュナイダーがホームとする冒険者ギルドのある街に害を及ぼしそうになったらしく。急遽、かの者に依頼が持ち込まれたようです。ただ……」
リーダーは合点がいかない事があるようで、表情を曇らせて言葉を途切れさせた。
シャナクサフィラは、わずかに目を細め、その先を促す。
「ただ?」
「この度の騒動、かなりの数の亜竜が暴走したようなのです。しかも、一方向ではなく、多方向へ分散して。その全てにヴィオラ・シュナイダーが対処して、更にイルルヤンルージュ様の討伐もしてのけたとは、流石に考え辛いとは思うのですが、かといって他にそれを行えるだけの人物も他にはいなかったようでして。王都から応援の冒険者達も派遣されたらしいのですが、彼らが到着する前に事態は収拾されていたようですし」
「なるほど……件の騒動が起きたとき、ヴィオラ・シュナイダーは1人だったのですか?」
「いえ。噂によれば、孫を連れ歩いていたとの事です」
「孫……その孫は冒険者ギルドに置いていったのですか? 亜竜達の騒ぎを片づける間」
「いえ……常に連れ歩いていた、と聞いておりますが」
「では、現場へも連れて行ったということですね。では、その孫も頭数に入っている可能性はありますね」
シャナクサフィラの大胆な、というか無謀な推測に、リーダーは目を見張った。
「ですが、まだ5歳ほどの幼子だったようです。流石に……」
「5歳、ですか。思っていたより幼いですが、強者というものは幼くとも強者です。その孫が、祖母の資質を受け継いでいる類希な器であるという可能性も無いとは言い切れません。それで、今、その者達はどうしているのです? 調べては、あるのでしょう?」
「ええ。念の為に。ヴィオラ・シュナイダーに関しては、その拠点を半ば王都へ移しているようです。その理由としては、件の孫がこの春より王都の王立学院へ通い始めるから、という事らしいですが」
「5歳で王立学院へ通う、というのは普通の事ではありませんね」
「ええ。今までにない異例の事のようです。王都へ情報収集に行かせた者の報告によれば、ヴィオラ・シュナイダーの孫の獲得に動いたのは王立学院だけでは無かったようです。少なくとも他に、高等魔術学院と、冒険者養成学校が動いたとか」
「やはり、優秀な幼子のようですね。名は?」
「シュリナスカ・ルバーノ、と」
「わかりました。これより先は私が引き受けましょう。ルージュの行方を探すにしろ、敵を討つにしろ、鍵は王都にいるその幼子、シュリナスカ・ルバーノにありそうです。まあ、なにも知らないただの幼子だったとしても、ヴィオラ・シュナイダーへの牽制には使えるでしょう」
そう言ってシャナクサフィラはひんやりと凍りつきそうなほほえみを浮かべた。
そして、心底震え上がる周囲の者を尻目に、
「万が一、ルージュが戻ったらすぐに私まで知らせなさい。そうすれば、無用な弱き者を怯えさせずにすむでしょう」
そう言いおいて、アイスブルーの鱗の輝きも美しい本来の姿に戻り力強く羽ばたくと、あっという間に空の彼方へと消えてしまった。
イルルの里の者は、呆然とそれを見送ったのだった。
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