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第四部 王都の新たな日々

第302話 動き始める日々①

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 遠くアズベルグの空の下。


 「シュリ、元気にしてるかしら……」


 もう1月以上前に旅立った息子の部屋を掃除していたミフィーは、窓から空を見上げてぽつりと呟いた。


 「お元気にしてますよ、きっと。シュリ様……いえ、シュリ君の事ですもの」


 ミフィーのしょんぼりした背中に、彼女につきあって掃除をしていた乳母のマチルダがにっこり微笑み声をかける。


 「そう、よね。シュリだもの。元気にしてるわね、きっと」


 マチルダの言葉に微笑んで、ミフィーは息子を想うように遠くを見つめた。


 「次にシュリに会うときには、お嫁さん候補は何人に増えているのかしらねぇ」

 「え~っと……」


 吐息混じりのミフィーの一言に、マチルダは一瞬言いよどむ。
 でもすぐに、


 「女性の数は男の甲斐性とも言いますし。他の男性はともかく、シュリ君でしたら女性を不幸にするような事はしませんよ」


 にっこり笑ってそう言い切った。


 「そうねぇ。シュリのお嫁さんは幸せ者ね」

 「そうですねぇ」

 「ほんと、うらやましいわね」

 「ええ、本当に」

 「私がシュリのお母さんじゃなければ立候補しちゃうんだけど、流石にねぇ」

 「ふふっ。そうですね」


 にこにこと笑うマチルダの顔をまじまじと見つめ、


 「……マチルダは本当のお母さんじゃないんだから、立候補したっていいと思うわよ?」


 ミフィーはなんの躊躇もなくそんな爆弾を投下する。
 マチルダは、その言葉にほんのり色っぽく頬を染め、


 「それは流石に……。シュリ君と同じ年の娘がいる身ですし。私のシュリ君への想いは母性愛のようなものですから。気持ちはミフィーさんと一緒ですよ」


 少し困ったような表情でそう返す。


 「まあ、それもそうねぇ。リアも、自分と同じ年のお父さんが出来ちゃったら複雑だろうし」

 「リアは素直な子じゃ無いのでわかりにくいですけど、あの子なりにシュリ君を慕っているようですし、娘と恋敵になるのは避けたいですもの」


 2人は、周りから見ていたら結構バレバレにシュリを好きなリアの事を話題に出しつつ、いつか来るであろうシュリのお嫁さん問題に思いを馳せた。


 「そうねぇ。でもいいなぁ。シュリのお嫁さん」

 「そう、ですねぇ。でも、シュリ君のお母様も良いですよ。世界にたった1人なんですから」

 「そっかぁ。そうね。でも、じゃあ、マチルダも世界に1人だけのシュリの乳母ね」

 「たくさんいるお嫁さんより立場は上ですよ、きっと。なんといってもたった1人ですから」

 「そうね、母親も乳母も、シュリにとってはたった1人、なんですものね。大切に、してもらわなきゃ」

 「そうですよ。大事に愛してもらいましょう」


 そんな会話を交わし、微笑みあい。
 2人は揃って窓から空を見上げる。そこには雲1つ無い青空が広がっていた。

◆◇◆

 別の時間、アズベルグの門前で。


 「では、サシャ先生。校長がよろしく言っていたと、シュリ君に伝えるのを忘れんで下されよ!」

 「シュリ君の側で働けるなんて、サシャ先生、うらやましすぎます! 今からでも、私が代わりますよ!?」

 「バッシュ先生が行方をくらまして、この上サシャ先生もいなくなるなんて……第1、サシャ先生が居なくなったら誰が校長の後始末をするんですか!?」

 「サシャ先生、私の想いをしたためた手紙です。道中の慰めに読んで下さい。お返事、お待ちしておりますので……」

 「サシャ先生、僕の手紙も是非!! 呼んで下さればいつでも王都に馳せ参じます。宿泊先も、奮発して高級のムードたっぷりな場所を用意しますから!!」

 「これ、シュリ君に渡して下さい。教師と生徒、叶わぬ想いを熱くつづった超大作ですので……」

 「私のも、お願いします。先生はタブーなんて気にしません。いつでもシュリ君の側に行く準備は整ってますから、って口頭でも伝えて頂けましたら幸いですわ」


 見送りに来てくれた人みんな、口々に勝手なことを口走り、サシャの手にシュリへの手みやげやら、サシャへの恋文やら、シュリへの恋文やらを山と押しつけてくる。
 サシャは問答無用でそれらを受け取らされ、憮然とした表情で、


 「……はあ。善処、しましょう。一応は」


 言葉短く答えた。その瞳の、凍えんばかりの冷たさに、見送りの面々は一人の例外なく身震いをする。
 若干数名、頬を赤くして別の意味でぷるぷるしている変態さんもいたが。


 「サシャお嬢様。お荷物の積み込みは終わりました……そちらも、でございますか?」


 王立学院の学院長であり大貴族と呼ばれる身分も持つ祖父が手配してくれた馬車の御者が、サシャの抱える大量の荷物を目にして目を見張る。
 もうお嬢様と呼ばれる年でも無いのだが、実家に仕える者はみんなサシャの事をそう呼ぶ。
 彼らは、サシャの幼い頃からそう呼んでおり、今までも他の呼び方にしてもらおうとしたが、どうしてもなおらなかった。
 恐らく、この先サシャがどこかへ嫁に行くことが万が一あったとしても、彼らはずっとサシャの事をそう呼ぶに違いない。


 「……ええ。馬車に積んでもらえますか? 乗り切らないようでしたら、他の荷物を優先していただいてかまいません」


 言いながら、サシャはどっさりと荷物を手渡し、頷いた御者は年の割には軽快な足取りで馬車へと駆けていく。
 サシャはそれを見送り、それから改めて見送りに集まってくれた面々に視線を戻すと、


 「では、今までお世話になりました。みなさんも、お元気で」


 丁寧な言葉で締めくくり、深々と頭を下げたのだった。

◆◇◆

 馬車の中で。


 「サシャ、たくさんの人が見送りに来てくれたみたいで良かったな!!」


 筋骨隆々とした偉丈夫が、にこにこしながらサシャに話しかける。


 「……お兄様。お兄様がわざわざ迎えに来て下さらなくても良かったと思うのですが。お気軽に遠出するにはアズベルグは少々遠すぎると思います」


 冷めた瞳で、うきうきわくわくしている様子の兄を見上げると、


 「なにを言うんだ! 可愛い妹が遠路はるばる旅をするというのに、我らが放っておけるはず無いだろう!? カイジャとタリムはどうしても仕事を他の奴に押しつけ……ごほん。代わってもらえなくて来れなかったが、その分も俺がきちんとサシャの事を任されてきたから安心していいぞ。どんな凶悪な盗賊が来ようとも、お兄ちゃんが、しっかり守ってやるからな!!」


 どん、と分厚い胸板を堅い拳で叩いて、兄がにっかり笑う。
 因みに、カイジャは次兄、タリムはサシャの弟で、目の前の筋肉だるまは長兄である。
 名をアラスといい、こう見えてかなりの要職につく軍人である。
 妻も子もあるが、妹を好きすぎて離婚の危機も幾度となく経験したことのある彼は、妹がすでに可愛いと言える年を大分越えている今となっても代わらぬ愛を妹に注いでいる。

 それは、他の兄と弟も同様で、正直少々重い。
 しかし、兄達も弟も、そんなサシャの気持ちなどいざ知らず、昔と変わらず全力でサシャに愛を注ぎ、全力でサシャを守ろうとしてくれる。

 以前、サシャに政略結婚の話があったときも、祖父や父親の猛攻をしのげたのは兄達や弟からの援護射撃があったおかげでもあった。
 幼い頃から、どうしてこんなに可愛がってもらえるのかと思うほど可愛がられ、物心のついた弟からは慕われ。

 嬉しいことは嬉しいし、兄弟への愛情も無いわけではないのだが、大事なことだからもう一度言っておこう。
 正直言わせて貰えるなら、彼らの愛情は重すぎた。

 サシャが勤務先を王都から離れたアズベルグを選んだ背景には、もちろん祖父と父からの縁談攻撃から逃げる意味もあったが、兄弟の深くて重い愛情から逃げる意味も無かったとは言いきれない。
 サシャが王都を離れる日、兄達も弟も、サシャがどん引きするくらい号泣していた。
 父も母も祖父も、サシャと同じくらい引いていた事は、今も鮮明に覚えている。

 兄達や弟は、サシャを追って勤務地の転換を画策したらしいが、それは流石に父に阻まれたらしい。
 サシャと違い、彼らはそれぞれの分野のエリートだったから、まあ、それも当然だろう。
 彼らは大分駄々をこねたらしいが、それに屈しなかった事に関してだけは父に感謝している。
 おかげで今日この日まで、サシャは平穏な教師生活をおくれたのだから。


 「縁談の事も心配するな。兄ちゃんが全部ぶっつぶしてやる。サシャは我が家のお姫様だからな! そんじょそこらの害虫どもに渡してたまるか!!」


 はっはっはっ、と兄が笑う。
 サシャはそれを冷静なまなざしで見つめ、それからついっと目を逸らす。
 そして、


 (……シュリ君の事は、絶対にバレないようにしないといけませんね。おじい様にも、しっかり釘をさしておきましょう)


 そんなことを考え、王都にいったら一番に祖父を訪ねることを、心に誓うのだった。
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