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第三→四部 旅路、そして新たな生活

第286話 いよいよ王都!①

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 ゴブリンの種の処理を完璧にこなし、何故かキスの順番待ちをしていたジェスに、


 「あれ? ジェスは必要ないよね?」


 と素で返してガーンとショックを受けた顔をされ。
 癒しの体液で動く元気の出てきたおねーさん達を、しょんぼりしてしまったジェスと一緒に村へと連れ帰った。
 村に着く直前、


 「僕のことは内緒だよ。ね?」


 しーっと口元に人差し指を当て、可愛らしいウィンクと共に念押しをしてからジェスやおねーさん達と別れたシュリは、一人こっそり村に入って宿で待つみんなと合流。
 そしてそのまま、そそくさと村を後にした。
 手柄もそれに付随する面倒事もすべてジェスに押しつけて。

 そこから王都までの、残りの旅程は特にトラブルもなく順調に進んだ。
 王都の門につき、ヴィオラの顔パスでさっさと王都に入ることのできたシュリは、途中で貴族街へと続く門をもう一つくぐり抜け、ルバーノの王都別邸へまっすぐに向かった。

 貴族としての格はさほど高くないルバーノの屋敷は、王城へ続く門から遠い、貴族街の外れに建てられていた。
 だが、郊外にあるせいか、他の貴族屋敷と密に接しておらず、広々とした庭を有するその屋敷を、シュリは一目で気に入った。

 貴族街のど真ん中のごちゃごちゃした場所にある屋敷よりずっといい。
 馬車の屋根に見張り代わりに配置したネズミ型のパペットの目を通して、近づいてくる屋敷を眺めながらそんなことを思う。

 屋敷の門の所には、アズベルグのいつもオープンだった門と違ってきちんと門番が守っており、門の前で御者のおじさんが馬車を止めると、門番のおじさんが走り寄ってきた。
 結構年輩に見えるのにその走り方は軽快だ。
 駆け寄ってきた門番のおじさんは、御者のおじさんに感じよく笑いかけ、


 「やあ、この辺りでは見かけない人だね。この屋敷はルバーノ男爵家のものだが、今は留守を預かる者しかいないんだよ。なにかルバーノ男爵にご用かね? もし、ご用があるなら執事頭を呼んでこよう。彼女……いや、彼がこの屋敷の一切を取り仕切っているんだ。彼なら男爵の代わりに判断するか、無理であれば男爵へ連絡をとってくれるはずだよ」

 「こんにちは。ご丁寧にありがとうございます。私共はアズベルグからやって参りました」

 「アズベルグから!? ということは、もしやこの馬車には……」

 「はい。ルバーノ家当主カイゼル・ルバーノ男爵の甥君であり後継者のシュリナスカ・ルバーノ様が乗っておられます」

 「おおっ! 連絡は受けておりますぞ! 思っていたより早いお着きでしたな。今、執事頭に連絡を……おい、タント! アビス殿にシュリ様がご到着されたとお伝えしてきてくれ」


 門番のおじさんの声を受け、シュリより少し年が上に見える少年が無言で頷き、屋敷に向かって走っていった。


 「お孫さんですか?」

 「まあ、似たようなものです。孤児院で育った少年ですが、働き口を探していたので、門番見習いとして教育している所でしてな。ルバーノ男爵家は懐が深く、この屋敷で働く者はそうやって職を与えて貰った孤児が多いんですよ」

 「では、あなたも?」

 「いや、私は先代様の部下だったのですが、この通りいい年になったもので。先代様のご紹介で門番として雇って貰ったというわけです」


 そんな会話を交わしながら、門番のおじさんはてきぱきと門を開けて馬車を敷地内へと迎え入れる。
 門の内側へ入った所で、


 「お迎えの準備が整うまでの間に、少しだけシュリ様にご挨拶してもいいですかな?」


 門番のおじさんのそんな声が聞こえた。


 「シュリ様はお優しい方ですから、多分大丈夫ですよ。聞いてみましょう」


 御者のおじさんがそんな風に答え、シュリは御者のおじさんの声がかかるのを待たずに、馬車の外へ出た。
 門番のおじさんは、馬車から出てきたシュリを見つめ、懐かしそうに目を細めた。
 それからすぐにはっとしたように騎士の仕草でひざまづく。


 「門番さん、こんにちは。シュリナスカ・ルバーノです」

 「私に敬語はいりませんよ、シュリ様。私の事はロドリック、とお呼び下さい」

 「わかったよ、ロドリック。ロドリックはおじい様の部下だったの?」

 「はい。バステス様にはよく鍛えて頂きました。ハルシャ様にもよく美味い食べ物を食べさせて頂いたものです。更には軍人を引退した私をこうして門番として雇って頂き。もう少し若い頃は、カイゼル様とジョゼット様の剣術指南として使っていただいた事もあるのですよ」

 「おじ様と、父様の……」

 「はい。カイゼル様は剣術がそれほどお好きではありませんでしたが、ジョゼット様はとても熱心に学んでおられました。剣の才もあり、将来は軍人として王国を支える人材になると思い、厳しく鍛えたものです。ですが、彼にはそれが少々窮屈だったのかもしれませんなぁ。しかし、私もバステス様も、彼に自由を許さなかった。当時のバステス様は、自由を求めるジョゼット様の言い分を素直に認めるには少々頑固すぎました。結果、ジョゼット様は家を捨てて旅立たれ、バステス様はしばらくの間は大層怒っておいででした。しかし、時間と共に怒りは薄れ、心配に変わり、バステス様はずっと後悔しておいででした。何故あの時、己の主張を曲げて息子の自由を少しでも認めてやれなかったのか、と。私も、今になって思うのですよ。私があの時、ジョゼット様の味方をしてやっていれば、あるいは、と」


 ロドリックは当時を思い出し見つめるような目をしながら、訥々と語った。
 懐かしさと痛みを、シュリを見つめる瞳に宿したまま。


 「お父様の事はうかがっております。妻と子を守りきり、立派なご最後だった、と。私の知る彼は、少々無鉄砲ではありますが、剣の才があり、努力する真面目さを持ち、正義感の強い優しい青年でした。そんな彼を失ったことが残念でなりません」


 尽きない痛みをこらえるように、ロドリックが肩を震わせる。
 ジョゼの死を知ってから彼はずっと考えているのだろう。
 当時の、まだ年若いジョゼの自由を求める心を頭ごなしに封じようとせずに味方となれていたなら、あるいは、と。
 ジョゼの死を知ってから数年ほど、バステスが思い悩んでいたように。

 シュリはロドリックを見つめ、バステスとよく似た生真面目さを感じて思わず微笑む。
 そして、彼の無骨な手を両手でそっと握った。


 「ロドリックは後悔してるんだね? 父様の味方をしてあげなかったことを。そのせいで、父様が死ぬことになったと思ってる」

 「そうです。そうすれば、ジョゼット様は今でも生きて、兄君であるカイゼル様の片腕として生き生きと活躍していた事でしょう」

 「でもさ、そうしたら僕はこの世に生まれてきていない」


 シュリの言葉にはっとしたように、ロドリックは目の前の幼い少年を見つめた。
 その瞳に、ジョゼットの面影を残す少年を。


 「貴族の暮らしを捨てたから、父様は母様と出会った。二人が出会って恋に落ちたから、僕は生まれて今もこうして生きてる。父様が死んじゃったのはすごく悲しかったけど、しばらくして分かったんだ。父様は僕の中にちゃんといるって。父様はいるよ。僕の記憶の中、母様の記憶の中……もちろん、ロドリック、あなたの記憶の中にも。ねえ、ロドリック。貴族じゃない父様はちゃんと幸せだったよ。短い人生だったかもしれない。でも、ちゃんと幸せだった」


 噛みしめるようにそう語り、シュリはロドリックの手を優しく撫でる。
 慰めるように、なだめるように。


 「父様が死んだのは、ロドリックのせいでも、おじい様のせいでもない。もちろん、父様が守ってくれた僕や母様のせいでもない。まあ、そう思うのは簡単な事じゃないし、僕も母様もずいぶん長い間悩んだよ。守る相手がいなければ、父様は今も生きて側にいてくれたんじゃないかって」

 「っ! それは……」

 「大丈夫だよ、ロドリック。今はもう分かってる。父様が死んだのは馬車をおそった盗賊のせいだ。そして、その盗賊ももう死んだ。父様の死の責任をとらなきゃいけない人は、もうこの世にはいないし、あなたがその責任を感じる必要なんてないんだよ」


 己の言葉に、老いた男の目が潤むのを見たシュリは、彼の首に手を回し、そっと抱きしめた。
 孫が祖父にするような親愛を込めて。
 そして身体を離した後、にこっと笑い、


 「今度、母様が王都に来たら、やんちゃな父様の話を聞かせてね」


 そうお願いした。
 可愛らしいおねだりに、ロドリックは硬かった表情をようやく緩めて、


 「ええ、必ず」


 目尻を下げて微笑み、頷いた。
 するとそこへ、タイミングを図ったようにちょうどよく、先程、執事頭への伝令に出されていた少年が帰ってきた。
 彼はロドリックの耳元で何か耳打ちをしてから、ちらりとシュリの方を見た。


 「こんにちは」


 挨拶をして微笑むと、少年はそんなシュリの顔をまじまじと見て、


 「……こんな女みたいのが好きだなんて、趣味わりぃ」


 ぼそりと呟くようにそう言って、ぷいっと横を向いてしまった。


 (や、やっぱり僕って男の子に好かれにくいのかな)


 わかりやすくショックを受け、そんなことを思う。

 シュリが男の子から好かれにくいということはないのだが、年頃の男の子がシュリに対して見せる感情は大きく分けて二つある。
 異常なほどの好意を見せるか敵意を見せるかのいずれかだ。

 どうやら目の前の少年は、簡単にシュリになびくタイプではないらしい。
 [年上キラー]の効果がみられないということは、年下か好きな人が他にいるということになるのだが、さっきの発言から想像するに、だれか恋する相手がいるのだろう。
 で、その相手がシュリの事を好き、と。

 ショックから立ち直り、そこまで推測したところでシュリは首を傾げる。
 王都の知り合いはまだそれほど多くないし、その中でルバーノ家で働く彼が知り合いそうな人は更に少ない。
 なら彼が恋する相手はいったい誰なんだろうか、と。


 (ま、まさかフィー姉様!?)


 簡単に思いつくのはその辺りである。
 フィリアの友達であるリメラも可能性はあるかもしれないが、彼女がそう頻繁にここへ遊びに来ているとも思えない。
 第一、フィリア自身も高等魔術学院の学生寮に入っているから、滅多にこの屋敷には顔を出さないはずだ。
 そういった意味では、彼の恋の相手である可能性は低い、ような気もする。


 (でも、じゃあ、誰だろう? この屋敷の人とは今日が初対面のはずだしなぁ)


 しきりに首を傾げるシュリの目の前で、


 「タント!! シュリ様に向かってなんて口のきき方をするんだ。シュリ様は屋敷の主で、お前はそこにつとめる使用人なんだぞ。立場をわきまえろ」


 とっても痛そうな拳骨と共にロドリックが少年を叱りつけていた。
 タントと呼ばれた少年は唇を尖らせて、


 「だって、まだ子供だろ? おれとそんなに変わらないじゃん」


 そんな主張。
 だが、それが通るわけもなく、再びその脳天にロドリックの拳が落ちた。


 「ばかもん! 幼くともシュリ様は今日からこの屋敷で一番偉いお方になるのだ。お前がそんな口のきき方をしていいお方ではないんだぞ。さあ、早く謝りなさい」


 ロドリックの言葉に、不満そうな顔を隠そうとしないタント。
 嫌われてはいるものの、正直で素直なその反応にシュリはむしろ好感を抱いたのだが、ロドリックはすぅっと冷たく目を細めた。


 「これだけ言ってもわからんか? ならば今すぐこの屋敷を出ろ」

 「え!! なんでだよ!?」

 「ここには心からルバーノ家に仕える事のできる者しか必要ない。よって、シュリ様に正しくお仕えできないお前は必要ないと言うことだ。分かったら荷物をまとめてさっさと出て行け。それが嫌なら今すぐシュリ様に謝罪をするんだ」


 ロドリックの言葉にぐっと言葉につまったタントは、唇を噛みしめて睨むように足下を見た後、シュリの方へ体全体で向き直り、勢いよく頭を下げた。


 「失礼なことを言って、申し訳ありませんでした!!」


 ぶっきらぼうな、隠しきれない不満がにじむ声。
 でも謝ったことは事実。
 ロドリックが申し訳なさそうにこちらを見てきたので、シュリは気にしなくていいよ、と微笑み、


 「いいよ。許す。これからもロドリックにしっかり学んで立派な門番になってね」


 許すもなにも、別に怒ってないけどさ、と思いつつ、そうしなければ終わらないと分かっているので、そんな許しの言葉を与えた。
 ロドリックもシュリに深々と頭を下げて謝意と共に感謝を示す。
 そして、お迎えの準備が出来たようです、と馬車へ戻るよう、シュリを促したのだった。
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