上 下
59 / 545
第一部 幼年期

第五十九話 姉様とぼく⑥

しおりを挟む
 (つ、疲れた・・・・・・)


 心の中で呟きつつ、廊下を一人とぼとぼ歩く。
 アリスの訳の分からない締め付け攻撃(?)に、シュリはもう疲れ果てていた。
 おしっこ!!と騒いで何とか抜け出してきたが、彼女から逃げるのはとても大変だった、とだけ言っておこう。
 少なくとも、しばらくはアリスの傍に近寄りたくないくらいには。
 別に、アリスを嫌いな訳ではないけれど。


 (また誰かに見つかる前に早く部屋に戻ろう・・・・・・)


 誰にも見つかりませんようにと、心の底から願いながらトイレの前を通り過ぎて階段へ向かおうとした時、ちょうどタイミング良くトイレのドアが内側から開いた。
 思わず足を止めてそちらを見たシュリは、その場で固まった。

 そこには、シュリが初めて見るメイドさんの腕の中からこちらを見る、一人の幼女の姿があった。
 シュリの姿を見つけた彼女は、ぱあぁぁぁっと顔を輝かせ、翡翠の瞳をキラキラさせてこちらをじっと見つめている。
 すっかりロックオン状態である。逃げるには、少々手遅れと言える状況だった。


 「あーーーー!!シュー君!!!!」


 固まるシュリを指さして4番目の姉・ちっちゃなミリシアが叫ぶ。


 「ミリシア様?」


 ミリシアを抱っこしているメイドさんが、不思議そうな声を上げてシュリを見た。
 シュリも真っ直ぐにメイドさんを見上げる。
 彼女は鮮やかな蒼い髪を一つに結んだ、切れ長の瞳の綺麗なお姉さんだった。
 彼女が片手で軽々とミリシアを抱き上げているのを見て、これならいけるとふんだシュリは、彼女に向かって両手を差し伸べる。

 もう、逃げることは無理だと諦めた。
 だが、歩いて彼女達について行くのも、正直面倒くさい。
 じゃあ、どうするのか。決まっている。抱っこして運んで貰うのである。
 自分に向かって手を差し伸べ、きゅるんっとした瞳で見上げてくる幼児をじっと見つめ、


 「もしかして、抱っこ、ですか?」


 蒼髪のメイドさんは冷静に問いかけてきた。
 こくん、と頷いて返せば、彼女は更にシュリをじーっと見てきた。


 「あなたはもしや、シュリ様ですね?ミリシア様も、シュー君と呼んでいましたし」

 「あい!」


 元気よく片手を上げて返事をし、にぱっと笑いかける。
 いつもは大体このくらいで相手の様子がおかしくなってくるんだけど、この人はどうかな?とそっと様子を伺いながら。


 「そうですか。私は新人メイドのシャイナと申します。以後、お見知り置きを」


 しかし、シャイナと名乗ったメイドさんの態度は不思議なくらい平常運転だった。
 すごく冷静な感じで、顔を赤くする素振りも、はぁはぁと息を荒くする様子も見られない。
 あれぇ?と思いながら、シュリは首を傾げた。
 いつもいつも、必要以上の好意を向けられるのは大変だが、何もないとそれはそれで何となく不安になる。

 それにいつまでたっても抱っこしてくれないので、抱っこをせがむように掲げたままの腕も少し疲れてきた。
 だが、下ろすのも負けるみたいで悔しいと、変に意地を張ってそのまま待っていると、彼女はミリシアを抱いたまましゃがみ込み、シュリと目線を会わせてきた。
 そして、


 「シュリ様、シャイナ、です」


 再び己の名前を繰り返す。
 これは名前を呼んで欲しいって事なのかな、と賢く察したシュリは、


 「しゃーな?」


 彼女の名前を呼んでみた。
 その瞬間、ふよっと彼女の口元が動いた気がした。
 だが、すぐにその口元はきりりと引き締められてしまう。


 「シャイナ、です」

 「しゃいにゃ?」

 「シャイナ、ですよ。シャ・イ・ナ」


 ・・・・・・どうやら、彼女は妥協できない性格のようだ。
 仕方ないなぁと思いながら、シュリはきちんと彼女の名前を呼ぶために口の中で何回か反復練習をし、満を持して唇を開いた。


 「しゃいな」


 今度は上手に呼べた。
 それを聞いたシャイナの口元が再びふよりと動いた。
 だが、シュリがそれをしっかり確かめる前に、彼の体は彼女の腕に引き寄せられ、抱き上げられていた。


 「上手に言えたご褒美です。抱っこして差し上げます」


 言いながら、両手に二人の幼子を抱えたシャイナはスタスタと廊下を歩き出す。
 それはただのメイドと言うにはちょっと規格外の力強さだった。





 ミリシアの部屋は、一言で言い表すなら『メルヘン』だった。別の言い方をするなら、『非常に女の子らしい部屋』とも言える。
 その部屋は、ピンクとレースと可愛らしいぬいぐるみで溢れていた。

 シュリは現在ミリシアのベッドの上におり、絶賛ぬいぐるみに埋もれ中だった。
 何故そうなったか。
 それはシュリの目の前でにこにこ笑うミリシアのせいに他ならない。
 彼女はお気に入りのコレクション達をせっせとシュリに渡し、更にはその周囲に飾り付け、今はうっとりとその光景を見つめている。


 「シュー君、かぁいいねぇ」


 ちっちゃな手がシュリをなで回し、そして逃げ場のない状態でぷちゅっと可愛いキスをされる。


 (あー・・・・・・もう、どうにでもして・・・・・・)


 はっきりいってシュリは疲れていた。このまま寝落ちしてもおかしくないくらいに。
 かくん、こくんと船をこぎながら、シュリは抵抗することなく、ミリシアの口づけを受け続ける。
 そのキスに、徐々に熱がこもってきたのも感じていたが、眠すぎて正直もうどうでも良かった。


 (小さいミリーが何をしてもそんなに危険もないだろうしね・・・・・・あー、眠い。もういいや、寝ちゃえ)


 心の中でそう開き直ったシュリは、見事なまでに一瞬で意識を手放していた。
 それほど眠かったのである。
 ミリシアは、健やかに寝息を立て始めたシュリを不満そうに見ていたが、しばらくすると彼女自身もまた、気持ちよさそうに眠ってしまった。

 だが、シュリはすっかり忘れていた。
 ここには、ミリシアの他にももう一人警戒すべき人間がいた事を。
 いくら警戒厳重な領主の屋敷の中とはいえ、もっと気をつけるべきだったと後に反省する事になるのだが、今のシュリはまだそんな事は知らない。
 シュリはただただ眠気に任せ、可愛らしくも愛らしく、無防備で無警戒に眠るのみだった。
 

しおりを挟む
感想 221

あなたにおすすめの小説

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

処理中です...