上 下
303 / 545
第三部 学校へ行こう

第269話 サシャ先生危機一髪②

しおりを挟む
 忙しい日々の中ではあったが、そんなサシャの異変にはもちろんシュリも気づいていた。

 特に特別な会話を交わしたわけでもなく、忙しくて一緒の時間もほとんど無かったのになぜ分かったか。
 その理由は簡単だ。
 中等学校でのちょっとした騒動の後、念の為と思ってサシャに小さな精霊を張り付けておいたのである。

 特に問題なしの報告を繰り返していた精霊の報告の内容が変わってきたのは数週間前のこと。
 最初はちょっとした小物が無くなり、それから彼女の下着が盗まれるようになり、その後彼女を悩ます足音の主が現れた。

 実の所、精霊からの報告で、すでに犯人に目星はついている。
 だが、中途半端な段階で罪の追求をしたところで、たまたまサシャ先生と同じ方向に歩いていたとか、家にあるであろう戦利品に関しても、落とし物を拾っただけで届けようと思っていたとか、苦しくはあるが言い逃れされる可能性は否めない。

 そんなの気にせずぷちっと叩きつぶせるだけの権力も力も、シュリがその気になればどうにでも出来そうではあったが、シュリの理性と常識がそれを良しとはしなかった。

 それに、無理にアンダーグラウンドな方法を選ばなくても、きちっと現行犯で捕まえて、言い訳出来ない状態で罪を償わせることは出来るという確信もあったのだ。
 サシャ先生には少しだけ怖い思いをさせてしまうかもしれないけれど、彼女の身に実害が及ぶ前にシュリ自ら取り押さえる。
 その後は、きちんと責任を持ってサシャの心身のケアを引き受けるつもりだった。

 とにかく。
 サシャの周りの異変が始まってから、シュリは注意深く彼女を見守ってきた。
 犯人が巧みに彼女の懐へ入り込んだ時も、すぐにその情報はシュリの元へ届いたが、まだ動くわけにはいかなかった。
 細かい証拠は少しずつ集まってきてはいたが、まだ足りない。
 やはり言い逃れ出来ない瞬間を押さえる必要がありそうだった。

 そんな訳で。
 シュリは今日もサシャを見守っている。
 といっても、後をつけたりする訳ではなく、サシャに付けている精霊からの情報と、土魔法で作成したネズミ型パペットの視覚転移を利用して、だが。

 犯人は今はまだ大人しく紳士的に振る舞っている。
 そのまま悪さをすることなく過ごすなら、別に無理にサシャから引き離すつもりは無いのだが、きっとそうはならないだろう。


 (ん~。もうそろそろ、我慢がきかなくなる頃だと思うんだけどなぁ)


 前世で瑞希として生きていた頃。女のくせに妙に女にモテ、趣味で色々な格闘技を嗜んでいた彼女は、色々な女子からストーカー被害の相談を受けたものだ。
 その当時の経験から考えると、事態が動くのはそろそろのはず。

 瑞希が相対したストーカーさん達は、彼氏役の瑞希の姿に大人しく諦めるか、我慢できなくなって相手を無理矢理自分のものにしようとして撃退されるかのどちらかだった。

 今回、シュリは年齢の都合上、サシャ先生の彼氏役は出来なかったが、サシャは恐らく犯人にはなびかない。
 となると、いずれ我慢が出来なくなった犯人が力に訴えてサシャを手に入れようとするはずだ。

 シュリの見立てでは、その瞬間はそう遠くはなさそうだった。
 実際、パペットの目を通して見る犯人は、思い通りにならない事態に徐々に苛立ちをつのらせている。

 彼の計画では、様々な事に怯えた彼女を自ら救うことで、彼女の想いは彼の方を向くはずだったのだろう。
 だが、そうはならなかった。

 空想の中で散々彼女の恋人としてふるまってきた彼は、我慢できないはずだ。
 彼女が己を恋人として扱わないことが。

 彼が空想を現実にしようとするまでのカウントダウンは、もう始まっているはず。
 そのカウントがゼロを刻むのは、きっともうすぐ。

 シュリがそんなことを考えて警戒を高めていた頃、犯人の中でのカウントがいよいよゼロを数えようとしていた。

◆◇◆

 バッシュに送られて家へ帰ることに少し慣れてきた頃、いつもの如く家の前で別れを告げようとしたサシャに、彼がある願い事をした。


 「サシャ先生、すみません。申し訳ないんですが、用足しをさせていただけないですか? どうも、少し水を飲みすぎたみたいで。その上、この寒さでしょう? 我慢しようと思ったんですが、どうも家までもちそうにない」


 トイレを貸してほしい、そう訴えた彼を突っぱねるのはさすがに申し訳ない気がした。
 これがボディーガード初日だったら、さすがに断っていたかもしれない。

 だが、ここ数日、彼は極めて紳士的に護衛役を務めてくれたし、その結果、サシャの中に彼に対する若干の信頼感も育ちつつあった。
 まあ、トイレくらいなら、と彼女が思ってしまったとしても、仕方ない状況がいつの間にか作り上げられていたという訳だ。

 あと数日我慢できていれば、体が冷えたことを理由に彼女の部屋でお茶を飲むことも夢では無かったかもしれない。
 だが、彼の我慢は限界だった。
 顔に笑顔を張り付けたまま、必死に己の欲望と戦う彼の前で、サシャは表情を変えずにで頷く。


 「トイレをお貸しするくらいならかまいません。中へどうぞ?」


 玄関の鍵を開け、サシャは彼を家の中へ招いた。
 彼女は己が野蛮な獣を家へ招き入れてしまった事に気づくことは出来なかった。

 扉が閉まる寸前、わずかな隙間から淡い光が飛び出して一直線に飛んでいく。
 そして、それと入れ替わるように、小さな影が戸の隙間から家の中へと滑り込んだ。

 ぱたん、と軽い音をたてて扉が閉まる。
 その内側に、いたいけな羊サシャ悪い狼バッシュを共に閉じこめるように。
 閉じた扉の向こうから、カチャリ、と鍵の閉まる音がした。

◆◇◆

 あわてた様子で飛び込んできた淡い小さな光を見て、シュリはいよいよかな、と立ち上がる。
 サシャの側に放してあるネズミ型のパペットの目にリンクを繋げれば、まんまとサシャの家の中へ入り込んだ男……バッシュ先生の姿が見えた。

 二人分のお茶を入れた後、バッシュに何か言われたのか、しばし席を外すサシャ先生。
 彼女の姿が見えなくなるのを待ってから、奴は懐から小さな包み紙を取り出し、その中身を二人のカップそれぞれに溶かし込んだ。

 自分のカップに入れるくらいだから、その薬は毒ではないのだろう。
 恐らく、男女の秘め事に関して、特殊な効能を持つ何か、だ。
 隠しきれない欲望に、醜悪な笑みを浮かべるバッシュの顔を、ネズミの目を通して見ながら思う。
 いい気になっていられるのも今のうちだ、と。


 (さぁてバッシュ先生、そろそろお仕置きの時間だよ?)


 シュリは手早く準備を整えると風の精霊・シェルファの力を借りて、自室の窓から空へと飛び出す。
 そしてサシャ先生の家へ、街中で許される範囲の速度で飛行し、向かうのだった。
しおりを挟む
感想 221

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

俺、貞操逆転世界へイケメン転生

やまいし
ファンタジー
俺はモテなかった…。 勉強や運動は人並み以上に出来るのに…。じゃあ何故かって?――――顔が悪かったからだ。 ――そんなのどうしようも無いだろう。そう思ってた。 ――しかし俺は、男女比1:30の貞操が逆転した世界にイケメンとなって転生した。 これは、そんな俺が今度こそモテるために頑張る。そんな話。 ######## この作品は「小説家になろう様 カクヨム様」にも掲載しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...