296 / 545
第三部 学校へ行こう
第262話 来年王都へ~シュリ飛び級の影響力~①
しおりを挟む
シュリが来年王都へ行く。
その情報はあっという間にアズベルグの街を駆けめぐった。
それはシュリの名前を知らない一般市民にはさほど影響を与えなかったが、シュリの周囲の人間には劇的な影響力を与えた。
まず、ルバーノ家の人達。
シュリの身内である彼らの反応は、二つに別れた。
手放しで喜んでくれたのは、案の定というか、分かり切っていた事ではあるが、ルバーノの祖父母・バステスとハルシャだけだった。
彼らは、王都の学校への進学を告げたシュリを代わる代わる抱きしめて、
「そうかそうか。まだ初等学校に入ったばかりだというのに、もうすでに王都の学校から呼び声がかかるとは。流石はわしの孫だ。なあ、ハルシャ」
大きく頷きながらバステスが相好を崩せば、
「本当、シュリ、よく頑張ったわね。王立学院の学院長自ら生徒の勧誘に動くことは滅多にないのよ? 彼は面倒臭いことが嫌いだから」
ハルシャは柔らかく微笑み、シュリの頭を撫でた。
シュリは自分を抱きしめ頭を撫でてくれる優しい祖母の顔を見上げて、
「ふぅん? そうなんだ。おばあ様、バーグ学院長の事、よく知ってるの?」
そんな風に尋ねる。可愛い孫の質問にハルシャは頷き、
「そうねぇ。小さい頃一緒に遊んだこともあるくらいには、お互いの屋敷が近かったわね。王城に勤務していた時にも、まあ、顔を合わせれば挨拶くらいはしたものよ? あなたのおじい様と結婚した後、おじい様がアズベルグの領主の地位を継いでからは、滅多に顔を合わせる事もなくなってしまったけれど」
そう説明してくれた。
「幼なじみなんだね。王城に勤務って、王族に仕えるメイドさん、とか? そう言う仕事って、貴族の女性の花嫁修業的な部分もあるんでしょう?」
たしか、王立学院の高等メイド育成科は、そういう意図で王城や上位貴族の屋敷勤めを目指す貴族のお嬢さんが多く通っているはずだ。
「メイドさん……そ、そうねぇ。そんなところかしらねぇ」
シュリの質問に、ハルシャが歯切れ悪く答える。
そのまま空気を読んでさらっと流してしまえばいいのに、それをできない人がバステスという人物だった。
彼はハルシャの答えに、ん? と片眉をあげ、
「メイドさん? 昔のハルシャはそんな可愛いモノではなかったぞ? 当時、鬼の近衛隊長として有名だった……むぐぅっ!?」
「あらあら、あなた。お腹に羽虫が……」
うふふ、と優しげに笑うハルシャだが、シュリはしっかり見ていた。
彼女のたおやかで細い腕が、目にも留まらぬ早さでバステスの腹に肘打ちをえぐり込んでいたという事実を。
「う、うぐぐ。いや、すまんすまん。鬼の、はなかったか。当時のおばあ様は、近衛に咲く美しき白百合として、鬼神のような活躍を……ぬぐおっ!?」
「……あなた? 口は災いの元って言葉、ご存じ?」
再び素早くバステスの腹筋に肘を叩き込んだハルシャは、にっこり優しげに笑ってそう告げる。
その目はちっとも笑ってなかったが。
「う、うぬぅ……そ、そうじゃな。鬼神という表現はいかんかったか。鬼神でなければなにかのう。姫夜叉……もダメそうじゃな。う~む」
二度にわたる腹筋への深刻なダメージもものともせず、バステスは腕を組んで唸る。
(おじい様……へこたれない人だなぁ)
シュリは呆れつつもどこか感心したように祖父を見上げ、意外なものを見たとばかりにまじまじと祖母の顔を見上げた。
ハルシャは、シュリの好奇心に満ちた純真な瞳をそっと裂け、夫の口がこれ以上うかつな事を言わないように目を光らせている。
二人のそんなやりとりはもうしばらく続き。
優しくて淑やかな祖母の新たな一面を見ることになった一幕としてシュリの脳裏にしっかりと焼き付いた。
◆◇◆
とまあ、シュリの進学を手放しで喜んでくれた人達の様子はこんな感じ。
他の面々は、母親のミフィーですら、なんだか微妙な反応だった。
「シュリが頑張って進学を決めたのは本当にすごいと思うけど、ちょっと早すぎじゃない? 母様的には、もっとずっと赤ちゃんのままでいてくれていいんだけど……」
複雑な表情でこぼしたミフィーは、シュリをぎゅうっと抱きしめて、イヤイヤするように首を振る。
でも、シュリとしてはずっと赤ちゃん扱いは正直勘弁してもらいたい。
初等学校へ通うようになってからも、中々ミフィーの子供離れは出来ず、シュリに対する猫可愛がりぶりは止まるところを知らなかった。
乳母のマチルダと二人そろっての赤ちゃん扱いはそろそろ終わりにして欲しいところだ。
強制授乳プレイを見たリアの目の冷たいことといったらない。
シュリが王都に行くのをいい機会に、ミフィーとマチルダにはシュリ離れを実践してもらいたいところだ。
そうじゃないと、リアの中のシュリの評価が地面をえぐる勢いで下がってしまいそうで、正直怖すぎる。
「本当にそうよね、ミフィーさん。シュリはいずれ王都の学校に行く器だとは思っていたけど、さすがに早すぎるわ。まだしばらくは、シュリと一緒に過ごせると思ってたのに……いっそ王都まで、ついて行っちゃおうかしら」
そんな事を言い出したのは、エミーユ。
彼女は夫であるカイゼルを放り出して王都へシュリを追っかけて行く事を検討しているらしい。
とはいえ、一応彼女も貴族の奥方である以上、やらねばならない事はたくさんあり。
それを考えると、彼女が王都までシュリを追ってくる事は難しいだろう。
まあ、理由を付けて頻繁に王都まで足を運んで来そうではあるが。
「寂しいが、シュリの成長のためには仕方ない事だろうなぁ。しかし、シュリが家にいなくなると思うとどうにも……。いっそ、父上に領地を任せて王都屋敷につめるという手も、なくはないか?」
こっそり領主の仕事を父親に押しつけて王都に居続けようという野望をひっそり抱くカイゼルの望みが叶うことは恐らくない。
隠居中のバステスがそれを良しとするはずないし、むしろおじい様とおばあ様が王都に来そうな勢いだった。
領主のカイゼルは、結局泣く泣くアズベルグに留めおかれ、シュリの元へ旅行へ行く妻や父母を見送る運命だろう。
悔し涙と共にそれを見送るカイゼルの姿が目に浮かぶようだった。
◆◇◆
以上が、ルバーノ家の大人達の様子、である。
シュリの王都行きにを受けたルバーノ姉妹とリアの反応は、というと、
「……シュリがこんなに早く王都に行くなんて予想外。シュリを待って飛び級しなかったのが裏目に出るなんて。このままだと、フィー姉様の一人勝ち……。私も少しでも早く飛び級しないと。まずは校長先生に直談判して、それから王都の高等魔術学院の学院長にも出来るだけ早く入学できるように連絡をして……」
ぶつぶつ独り言を言いながら、今後の予定を算段するのは次女のリュミス。
有言実行の彼女の事だ。
あっという間にシュリに追いついて王都へやってくることだろう。
まあ、さすがに来年から一緒に、というわけにはいかないかもしれないが。
「折角シュリと一緒に学校へ通えるようになったと思ったらもう別々!? しかも王都に行っちゃったら滅多に会えないじゃん。あたしも飛び級したいとこだけど……飛び級かぁ。体使うのは得意だけど、頭使うの苦手だからなぁ……」
「私も、シュリを追っかけてなるべく早く王都の学校へ進学したいけど、飛び級するには体を使う授業がネックよね……。フィー姉様もリュミ姉様も、インドア派に見えるのに運動系も得意なんて、どれだけスペック高いのよぉ。うらやましすぎ……」
アリスとミリシアは揃って肩を落とし、それからはっとしたように互いに顔を見合わせた。
「ミリーは頭いいよな? 勉強、得意だよな?」
「アリス姉は身体能力高いわよね? 運動、得意よね?」
二人は確認しあい、それからガッと互いの手を握りあう。
「ミリー、勉強教えてくれ! 代わりに体力作りとか運動面の手伝いはするぜ!!」
「アリス姉、運動教えて! 代わりに勉強面のサポートは任せてくれていいから!!」
どうやら二人は、タッグを組んで飛び級を目指すことにしたらしい。
リュミスほど早く追いついてくる事は無いだろうけど、個人個人で目指すよりもずっと早く追いついてくることは間違いないだろう。
「……とりあえず、来年の進学のタイミングで可能であれば二学年飛び級して。その先は二、三学年くらいずつ飛び級するとしても、シュリに追いつくまでは二年から三年かかるのね……ちっ」
舌打ちするのはマチルダの娘のリアだ。
彼女もどうやら、シュリを追いかける気満々らしい。
そんなにリアからは好かれていないと思うのに、不思議な話だ。
まあ、きっといつもつねってるほっぺたが無くなるのも寂しい、みたいな心境なんだろうな、と思う。
シュリとしても、いつも近くにいたリアと離れるのは寂しいし、リアをいつかお嫁に出すまでは一緒にいられればいいなぁとは思うけれど。
◆◇◆
三姉妹とリアの決意はそんな様子。
家の面々に比べ、使用人達は以外と落ち着いていて。
ルバーノ家の使用人達はもちろんシュリが大好きだし、許されるならシュリに仕えたいと思っている。
が、彼らはそれと同じくらいルバーノ家の面々も敬愛していた。
それに、シュリには身近に仕える者がすでに三人いる。
常にシュリにべったりな彼女達の様子をみるにつけ、自分達の入る余地は無いと他の使用人達は常日頃感じており。
今回のシュリの王都行きも特に混乱無く、ジュディス・シャイナ・カレンの三人がシュリに付いていくということに、気が付いた時には自然と決まっていた。
ジュディスの情報操作と手回しの賜物である。
まあもし、他に割り込もうとする人物がいたとしても、三人が決して許しはしなかっただろうけれど。
その三人以外で唯一、シュリの王都行きに手をあげたのは、シャイナともすっかり仲良しの御者のおじさん。
彼は、シュリの王都行きを耳に挟んだ日の夜、早速シャイナに相談した。
「シュリ様もシャイナさんも、王都に行ってしまうんですねぇ。寂しくなります。私も付いていきたいですけど、無理でしょうねぇ。王都の屋敷にはそちらで専属で働いている御者の方もいるでしょうしねぇ」
ため息混じりにこぼしたおじさんに、シャイナは答える。
「王都の御者は高齢で、常々田舎でのんびりしたいとこぼしているという情報が入ってます。王都までシュリ様を送って、そのまま任地を交代してしまえばいいんじゃないですか? 先方には打診をしておきますし、ジュディスさんからカイゼル様へも話を通しておいてもらいましょう」
「えええ! そんな!! ……えっと、いいんですか?」
「もちろん。私達としても、日々シュリ様を学校まで送り迎えするお役目は、出来れば気心の知れた、シュリ様を心から大切にしてくれると確信を持てる人にお願いしたいところ。あなたなら、その点、バッチリです」
「そりゃあ確かに、私はシュリ様を敬愛していますけれど、そんな人は他にも……」
「もちろん、他にもいます。シュリ様は、とにかく破壊的なまでに可愛らしく魅力的ですし。ですが、そんじょそこらの信者ではダメなのです」
「し、信者……?」
「信者でダメなら信奉者でもいいでしょう。とにかく、私達があなたを認める理由はシュリ様への愛だけではなく、他にあります」
「他、ですか?」
「はい。あなたのシュリ様を見つめる瞳は純粋です。欲にまみれていない。シュリ様の毎日の登下校を、シュリ様に欲望を抱くような輩には任せられない。というわけで、あなたが最適と、私達は判断したわけです」
「欲望……ですか」
シャイナの主張に、おじさんは少々疑わしげな眼差しを彼女に向けた。
シュリの三人の従者達、彼女達はとてもではないが、シュリへの欲望が無いとは言えない人物の筆頭だろう。
隙あらばシュリの唇を奪っている、そんな彼女達の様子をおじさんは結構な頻度で目撃していた。
「……なんですか? 何か言いたげですね。……確かに、私達三人はシュリ様に対する欲望が無いとは言えないでしょう。人一倍、シュリ様への欲望を抱いていると言っても過言ではありません。しかし! 私達の欲望は純粋です」
「純粋な、欲望……ですか?」
「はい。純粋な欲望なのです。シュリ様の可愛さにクラッときて即座に発情する輩は、他に魅力的な異性を見つければすぐにそちらに転ぶでしょう。でも、私達は違います。あなたにはきちんと正直に事実を伝えておきますが、私達三人は、シュリ様にしか発情しませんし、シュリ様との行為でなければイケません」
「……は?」
「ですから。シュリ様とのエッチでなければイケない、とそう言ってます。理解して貰えましたか?」
「は、はあ」
「私達にとって欲望の対象はシュリ様だけ。他に目を移すことなど、世界の終わりが来てもあり得ない。故に、我々の欲望は純粋なのです」
おじさんは思った。果たしてそれを純粋と称して良いものなのだろうか、と。
が、彼は賢く口をつぐみ、シュリの従者三人の手引きやら思惑のままに、気が付けば王都の屋敷の御者との配属地転換が決まっていた。
余りに簡単に事が運び、おじさんはなんだか狐に摘まれたような気持ちになる。でも。
(これで、これからもシュリ様のお役に立てる。お近くにいられる)
こみ上げる喜びに思わず緩んでしまいそうになる顔を一生懸命引き締め、嬉しさを噛みしめるのだった。
その情報はあっという間にアズベルグの街を駆けめぐった。
それはシュリの名前を知らない一般市民にはさほど影響を与えなかったが、シュリの周囲の人間には劇的な影響力を与えた。
まず、ルバーノ家の人達。
シュリの身内である彼らの反応は、二つに別れた。
手放しで喜んでくれたのは、案の定というか、分かり切っていた事ではあるが、ルバーノの祖父母・バステスとハルシャだけだった。
彼らは、王都の学校への進学を告げたシュリを代わる代わる抱きしめて、
「そうかそうか。まだ初等学校に入ったばかりだというのに、もうすでに王都の学校から呼び声がかかるとは。流石はわしの孫だ。なあ、ハルシャ」
大きく頷きながらバステスが相好を崩せば、
「本当、シュリ、よく頑張ったわね。王立学院の学院長自ら生徒の勧誘に動くことは滅多にないのよ? 彼は面倒臭いことが嫌いだから」
ハルシャは柔らかく微笑み、シュリの頭を撫でた。
シュリは自分を抱きしめ頭を撫でてくれる優しい祖母の顔を見上げて、
「ふぅん? そうなんだ。おばあ様、バーグ学院長の事、よく知ってるの?」
そんな風に尋ねる。可愛い孫の質問にハルシャは頷き、
「そうねぇ。小さい頃一緒に遊んだこともあるくらいには、お互いの屋敷が近かったわね。王城に勤務していた時にも、まあ、顔を合わせれば挨拶くらいはしたものよ? あなたのおじい様と結婚した後、おじい様がアズベルグの領主の地位を継いでからは、滅多に顔を合わせる事もなくなってしまったけれど」
そう説明してくれた。
「幼なじみなんだね。王城に勤務って、王族に仕えるメイドさん、とか? そう言う仕事って、貴族の女性の花嫁修業的な部分もあるんでしょう?」
たしか、王立学院の高等メイド育成科は、そういう意図で王城や上位貴族の屋敷勤めを目指す貴族のお嬢さんが多く通っているはずだ。
「メイドさん……そ、そうねぇ。そんなところかしらねぇ」
シュリの質問に、ハルシャが歯切れ悪く答える。
そのまま空気を読んでさらっと流してしまえばいいのに、それをできない人がバステスという人物だった。
彼はハルシャの答えに、ん? と片眉をあげ、
「メイドさん? 昔のハルシャはそんな可愛いモノではなかったぞ? 当時、鬼の近衛隊長として有名だった……むぐぅっ!?」
「あらあら、あなた。お腹に羽虫が……」
うふふ、と優しげに笑うハルシャだが、シュリはしっかり見ていた。
彼女のたおやかで細い腕が、目にも留まらぬ早さでバステスの腹に肘打ちをえぐり込んでいたという事実を。
「う、うぐぐ。いや、すまんすまん。鬼の、はなかったか。当時のおばあ様は、近衛に咲く美しき白百合として、鬼神のような活躍を……ぬぐおっ!?」
「……あなた? 口は災いの元って言葉、ご存じ?」
再び素早くバステスの腹筋に肘を叩き込んだハルシャは、にっこり優しげに笑ってそう告げる。
その目はちっとも笑ってなかったが。
「う、うぬぅ……そ、そうじゃな。鬼神という表現はいかんかったか。鬼神でなければなにかのう。姫夜叉……もダメそうじゃな。う~む」
二度にわたる腹筋への深刻なダメージもものともせず、バステスは腕を組んで唸る。
(おじい様……へこたれない人だなぁ)
シュリは呆れつつもどこか感心したように祖父を見上げ、意外なものを見たとばかりにまじまじと祖母の顔を見上げた。
ハルシャは、シュリの好奇心に満ちた純真な瞳をそっと裂け、夫の口がこれ以上うかつな事を言わないように目を光らせている。
二人のそんなやりとりはもうしばらく続き。
優しくて淑やかな祖母の新たな一面を見ることになった一幕としてシュリの脳裏にしっかりと焼き付いた。
◆◇◆
とまあ、シュリの進学を手放しで喜んでくれた人達の様子はこんな感じ。
他の面々は、母親のミフィーですら、なんだか微妙な反応だった。
「シュリが頑張って進学を決めたのは本当にすごいと思うけど、ちょっと早すぎじゃない? 母様的には、もっとずっと赤ちゃんのままでいてくれていいんだけど……」
複雑な表情でこぼしたミフィーは、シュリをぎゅうっと抱きしめて、イヤイヤするように首を振る。
でも、シュリとしてはずっと赤ちゃん扱いは正直勘弁してもらいたい。
初等学校へ通うようになってからも、中々ミフィーの子供離れは出来ず、シュリに対する猫可愛がりぶりは止まるところを知らなかった。
乳母のマチルダと二人そろっての赤ちゃん扱いはそろそろ終わりにして欲しいところだ。
強制授乳プレイを見たリアの目の冷たいことといったらない。
シュリが王都に行くのをいい機会に、ミフィーとマチルダにはシュリ離れを実践してもらいたいところだ。
そうじゃないと、リアの中のシュリの評価が地面をえぐる勢いで下がってしまいそうで、正直怖すぎる。
「本当にそうよね、ミフィーさん。シュリはいずれ王都の学校に行く器だとは思っていたけど、さすがに早すぎるわ。まだしばらくは、シュリと一緒に過ごせると思ってたのに……いっそ王都まで、ついて行っちゃおうかしら」
そんな事を言い出したのは、エミーユ。
彼女は夫であるカイゼルを放り出して王都へシュリを追っかけて行く事を検討しているらしい。
とはいえ、一応彼女も貴族の奥方である以上、やらねばならない事はたくさんあり。
それを考えると、彼女が王都までシュリを追ってくる事は難しいだろう。
まあ、理由を付けて頻繁に王都まで足を運んで来そうではあるが。
「寂しいが、シュリの成長のためには仕方ない事だろうなぁ。しかし、シュリが家にいなくなると思うとどうにも……。いっそ、父上に領地を任せて王都屋敷につめるという手も、なくはないか?」
こっそり領主の仕事を父親に押しつけて王都に居続けようという野望をひっそり抱くカイゼルの望みが叶うことは恐らくない。
隠居中のバステスがそれを良しとするはずないし、むしろおじい様とおばあ様が王都に来そうな勢いだった。
領主のカイゼルは、結局泣く泣くアズベルグに留めおかれ、シュリの元へ旅行へ行く妻や父母を見送る運命だろう。
悔し涙と共にそれを見送るカイゼルの姿が目に浮かぶようだった。
◆◇◆
以上が、ルバーノ家の大人達の様子、である。
シュリの王都行きにを受けたルバーノ姉妹とリアの反応は、というと、
「……シュリがこんなに早く王都に行くなんて予想外。シュリを待って飛び級しなかったのが裏目に出るなんて。このままだと、フィー姉様の一人勝ち……。私も少しでも早く飛び級しないと。まずは校長先生に直談判して、それから王都の高等魔術学院の学院長にも出来るだけ早く入学できるように連絡をして……」
ぶつぶつ独り言を言いながら、今後の予定を算段するのは次女のリュミス。
有言実行の彼女の事だ。
あっという間にシュリに追いついて王都へやってくることだろう。
まあ、さすがに来年から一緒に、というわけにはいかないかもしれないが。
「折角シュリと一緒に学校へ通えるようになったと思ったらもう別々!? しかも王都に行っちゃったら滅多に会えないじゃん。あたしも飛び級したいとこだけど……飛び級かぁ。体使うのは得意だけど、頭使うの苦手だからなぁ……」
「私も、シュリを追っかけてなるべく早く王都の学校へ進学したいけど、飛び級するには体を使う授業がネックよね……。フィー姉様もリュミ姉様も、インドア派に見えるのに運動系も得意なんて、どれだけスペック高いのよぉ。うらやましすぎ……」
アリスとミリシアは揃って肩を落とし、それからはっとしたように互いに顔を見合わせた。
「ミリーは頭いいよな? 勉強、得意だよな?」
「アリス姉は身体能力高いわよね? 運動、得意よね?」
二人は確認しあい、それからガッと互いの手を握りあう。
「ミリー、勉強教えてくれ! 代わりに体力作りとか運動面の手伝いはするぜ!!」
「アリス姉、運動教えて! 代わりに勉強面のサポートは任せてくれていいから!!」
どうやら二人は、タッグを組んで飛び級を目指すことにしたらしい。
リュミスほど早く追いついてくる事は無いだろうけど、個人個人で目指すよりもずっと早く追いついてくることは間違いないだろう。
「……とりあえず、来年の進学のタイミングで可能であれば二学年飛び級して。その先は二、三学年くらいずつ飛び級するとしても、シュリに追いつくまでは二年から三年かかるのね……ちっ」
舌打ちするのはマチルダの娘のリアだ。
彼女もどうやら、シュリを追いかける気満々らしい。
そんなにリアからは好かれていないと思うのに、不思議な話だ。
まあ、きっといつもつねってるほっぺたが無くなるのも寂しい、みたいな心境なんだろうな、と思う。
シュリとしても、いつも近くにいたリアと離れるのは寂しいし、リアをいつかお嫁に出すまでは一緒にいられればいいなぁとは思うけれど。
◆◇◆
三姉妹とリアの決意はそんな様子。
家の面々に比べ、使用人達は以外と落ち着いていて。
ルバーノ家の使用人達はもちろんシュリが大好きだし、許されるならシュリに仕えたいと思っている。
が、彼らはそれと同じくらいルバーノ家の面々も敬愛していた。
それに、シュリには身近に仕える者がすでに三人いる。
常にシュリにべったりな彼女達の様子をみるにつけ、自分達の入る余地は無いと他の使用人達は常日頃感じており。
今回のシュリの王都行きも特に混乱無く、ジュディス・シャイナ・カレンの三人がシュリに付いていくということに、気が付いた時には自然と決まっていた。
ジュディスの情報操作と手回しの賜物である。
まあもし、他に割り込もうとする人物がいたとしても、三人が決して許しはしなかっただろうけれど。
その三人以外で唯一、シュリの王都行きに手をあげたのは、シャイナともすっかり仲良しの御者のおじさん。
彼は、シュリの王都行きを耳に挟んだ日の夜、早速シャイナに相談した。
「シュリ様もシャイナさんも、王都に行ってしまうんですねぇ。寂しくなります。私も付いていきたいですけど、無理でしょうねぇ。王都の屋敷にはそちらで専属で働いている御者の方もいるでしょうしねぇ」
ため息混じりにこぼしたおじさんに、シャイナは答える。
「王都の御者は高齢で、常々田舎でのんびりしたいとこぼしているという情報が入ってます。王都までシュリ様を送って、そのまま任地を交代してしまえばいいんじゃないですか? 先方には打診をしておきますし、ジュディスさんからカイゼル様へも話を通しておいてもらいましょう」
「えええ! そんな!! ……えっと、いいんですか?」
「もちろん。私達としても、日々シュリ様を学校まで送り迎えするお役目は、出来れば気心の知れた、シュリ様を心から大切にしてくれると確信を持てる人にお願いしたいところ。あなたなら、その点、バッチリです」
「そりゃあ確かに、私はシュリ様を敬愛していますけれど、そんな人は他にも……」
「もちろん、他にもいます。シュリ様は、とにかく破壊的なまでに可愛らしく魅力的ですし。ですが、そんじょそこらの信者ではダメなのです」
「し、信者……?」
「信者でダメなら信奉者でもいいでしょう。とにかく、私達があなたを認める理由はシュリ様への愛だけではなく、他にあります」
「他、ですか?」
「はい。あなたのシュリ様を見つめる瞳は純粋です。欲にまみれていない。シュリ様の毎日の登下校を、シュリ様に欲望を抱くような輩には任せられない。というわけで、あなたが最適と、私達は判断したわけです」
「欲望……ですか」
シャイナの主張に、おじさんは少々疑わしげな眼差しを彼女に向けた。
シュリの三人の従者達、彼女達はとてもではないが、シュリへの欲望が無いとは言えない人物の筆頭だろう。
隙あらばシュリの唇を奪っている、そんな彼女達の様子をおじさんは結構な頻度で目撃していた。
「……なんですか? 何か言いたげですね。……確かに、私達三人はシュリ様に対する欲望が無いとは言えないでしょう。人一倍、シュリ様への欲望を抱いていると言っても過言ではありません。しかし! 私達の欲望は純粋です」
「純粋な、欲望……ですか?」
「はい。純粋な欲望なのです。シュリ様の可愛さにクラッときて即座に発情する輩は、他に魅力的な異性を見つければすぐにそちらに転ぶでしょう。でも、私達は違います。あなたにはきちんと正直に事実を伝えておきますが、私達三人は、シュリ様にしか発情しませんし、シュリ様との行為でなければイケません」
「……は?」
「ですから。シュリ様とのエッチでなければイケない、とそう言ってます。理解して貰えましたか?」
「は、はあ」
「私達にとって欲望の対象はシュリ様だけ。他に目を移すことなど、世界の終わりが来てもあり得ない。故に、我々の欲望は純粋なのです」
おじさんは思った。果たしてそれを純粋と称して良いものなのだろうか、と。
が、彼は賢く口をつぐみ、シュリの従者三人の手引きやら思惑のままに、気が付けば王都の屋敷の御者との配属地転換が決まっていた。
余りに簡単に事が運び、おじさんはなんだか狐に摘まれたような気持ちになる。でも。
(これで、これからもシュリ様のお役に立てる。お近くにいられる)
こみ上げる喜びに思わず緩んでしまいそうになる顔を一生懸命引き締め、嬉しさを噛みしめるのだった。
0
お気に入りに追加
2,134
あなたにおすすめの小説
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!
やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり
目覚めると20歳無職だった主人公。
転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。
”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。
これではまともな生活ができない。
――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう!
こうして彼の転生生活が幕を開けた。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
俺、貞操逆転世界へイケメン転生
やまいし
ファンタジー
俺はモテなかった…。
勉強や運動は人並み以上に出来るのに…。じゃあ何故かって?――――顔が悪かったからだ。
――そんなのどうしようも無いだろう。そう思ってた。
――しかし俺は、男女比1:30の貞操が逆転した世界にイケメンとなって転生した。
これは、そんな俺が今度こそモテるために頑張る。そんな話。
########
この作品は「小説家になろう様 カクヨム様」にも掲載しています。
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる