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第三部 学校へ行こう

第262話 来年王都へ~シュリ飛び級の影響力~①

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 シュリが来年王都へ行く。
 その情報はあっという間にアズベルグの街を駆けめぐった。
 それはシュリの名前を知らない一般市民にはさほど影響を与えなかったが、シュリの周囲の人間には劇的な影響力を与えた。

 まず、ルバーノ家の人達。
 シュリの身内である彼らの反応は、二つに別れた。
 手放しで喜んでくれたのは、案の定というか、分かり切っていた事ではあるが、ルバーノの祖父母・バステスとハルシャだけだった。
 彼らは、王都の学校への進学を告げたシュリを代わる代わる抱きしめて、


 「そうかそうか。まだ初等学校に入ったばかりだというのに、もうすでに王都の学校から呼び声がかかるとは。流石はわしの孫だ。なあ、ハルシャ」


 大きく頷きながらバステスが相好を崩せば、


 「本当、シュリ、よく頑張ったわね。王立学院の学院長自ら生徒の勧誘に動くことは滅多にないのよ? 彼は面倒臭いことが嫌いだから」


 ハルシャは柔らかく微笑み、シュリの頭を撫でた。
 シュリは自分を抱きしめ頭を撫でてくれる優しい祖母の顔を見上げて、


 「ふぅん? そうなんだ。おばあ様、バーグ学院長の事、よく知ってるの?」


 そんな風に尋ねる。可愛い孫の質問にハルシャは頷き、


 「そうねぇ。小さい頃一緒に遊んだこともあるくらいには、お互いの屋敷が近かったわね。王城に勤務していた時にも、まあ、顔を合わせれば挨拶くらいはしたものよ? あなたのおじい様と結婚した後、おじい様がアズベルグの領主の地位を継いでからは、滅多に顔を合わせる事もなくなってしまったけれど」


 そう説明してくれた。


 「幼なじみなんだね。王城に勤務って、王族に仕えるメイドさん、とか? そう言う仕事って、貴族の女性の花嫁修業的な部分もあるんでしょう?」


 たしか、王立学院の高等メイド育成科は、そういう意図で王城や上位貴族の屋敷勤めを目指す貴族のお嬢さんが多く通っているはずだ。


 「メイドさん……そ、そうねぇ。そんなところかしらねぇ」


 シュリの質問に、ハルシャが歯切れ悪く答える。
 そのまま空気を読んでさらっと流してしまえばいいのに、それをできない人がバステスという人物だった。
 彼はハルシャの答えに、ん? と片眉をあげ、


 「メイドさん? 昔のハルシャはそんな可愛いモノではなかったぞ? 当時、鬼の近衛隊長として有名だった……むぐぅっ!?」

 「あらあら、あなた。お腹に羽虫が……」


 うふふ、と優しげに笑うハルシャだが、シュリはしっかり見ていた。
 彼女のたおやかで細い腕が、目にも留まらぬ早さでバステスの腹に肘打ちをえぐり込んでいたという事実を。


 「う、うぐぐ。いや、すまんすまん。鬼の、はなかったか。当時のおばあ様は、近衛に咲く美しき白百合として、鬼神のような活躍を……ぬぐおっ!?」

 「……あなた? 口は災いの元って言葉、ご存じ?」


 再び素早くバステスの腹筋に肘を叩き込んだハルシャは、にっこり優しげに笑ってそう告げる。
 その目はちっとも笑ってなかったが。


 「う、うぬぅ……そ、そうじゃな。鬼神という表現はいかんかったか。鬼神でなければなにかのう。姫夜叉……もダメそうじゃな。う~む」


 二度にわたる腹筋への深刻なダメージもものともせず、バステスは腕を組んで唸る。


 (おじい様……へこたれない人だなぁ)


 シュリは呆れつつもどこか感心したように祖父を見上げ、意外なものを見たとばかりにまじまじと祖母の顔を見上げた。
 ハルシャは、シュリの好奇心に満ちた純真な瞳をそっと裂け、夫の口がこれ以上うかつな事を言わないように目を光らせている。
 二人のそんなやりとりはもうしばらく続き。
 優しくて淑やかな祖母の新たな一面を見ることになった一幕としてシュリの脳裏にしっかりと焼き付いた。

◆◇◆

 とまあ、シュリの進学を手放しで喜んでくれた人達の様子はこんな感じ。
 他の面々は、母親のミフィーですら、なんだか微妙な反応だった。


 「シュリが頑張って進学を決めたのは本当にすごいと思うけど、ちょっと早すぎじゃない? 母様的には、もっとずっと赤ちゃんのままでいてくれていいんだけど……」


 複雑な表情でこぼしたミフィーは、シュリをぎゅうっと抱きしめて、イヤイヤするように首を振る。
 でも、シュリとしてはずっと赤ちゃん扱いは正直勘弁してもらいたい。

 初等学校へ通うようになってからも、中々ミフィーの子供離れは出来ず、シュリに対する猫可愛がりぶりは止まるところを知らなかった。
 乳母のマチルダと二人そろっての赤ちゃん扱いはそろそろ終わりにして欲しいところだ。
 強制授乳プレイを見たリアの目の冷たいことといったらない。

 シュリが王都に行くのをいい機会に、ミフィーとマチルダにはシュリ離れを実践してもらいたいところだ。
 そうじゃないと、リアの中のシュリの評価が地面をえぐる勢いで下がってしまいそうで、正直怖すぎる。


 「本当にそうよね、ミフィーさん。シュリはいずれ王都の学校に行く器だとは思っていたけど、さすがに早すぎるわ。まだしばらくは、シュリと一緒に過ごせると思ってたのに……いっそ王都まで、ついて行っちゃおうかしら」


 そんな事を言い出したのは、エミーユ。
 彼女は夫であるカイゼルを放り出して王都へシュリを追っかけて行く事を検討しているらしい。
 とはいえ、一応彼女も貴族の奥方である以上、やらねばならない事はたくさんあり。
 それを考えると、彼女が王都までシュリを追ってくる事は難しいだろう。
 まあ、理由を付けて頻繁に王都まで足を運んで来そうではあるが。


 「寂しいが、シュリの成長のためには仕方ない事だろうなぁ。しかし、シュリが家にいなくなると思うとどうにも……。いっそ、父上に領地を任せて王都屋敷につめるという手も、なくはないか?」


 こっそり領主の仕事を父親に押しつけて王都に居続けようという野望をひっそり抱くカイゼルの望みが叶うことは恐らくない。
 隠居中のバステスがそれを良しとするはずないし、むしろおじい様とおばあ様が王都に来そうな勢いだった。
 領主のカイゼルは、結局泣く泣くアズベルグに留めおかれ、シュリの元へ旅行へ行く妻や父母を見送る運命だろう。
 悔し涙と共にそれを見送るカイゼルの姿が目に浮かぶようだった。

◆◇◆

 以上が、ルバーノ家の大人達の様子、である。
 シュリの王都行きにを受けたルバーノ姉妹とリアの反応は、というと、


 「……シュリがこんなに早く王都に行くなんて予想外。シュリを待って飛び級しなかったのが裏目に出るなんて。このままだと、フィー姉様の一人勝ち……。私も少しでも早く飛び級しないと。まずは校長先生に直談判して、それから王都の高等魔術学院の学院長にも出来るだけ早く入学できるように連絡をして……」


 ぶつぶつ独り言を言いながら、今後の予定を算段するのは次女のリュミス。
 有言実行の彼女の事だ。
 あっという間にシュリに追いついて王都へやってくることだろう。
 まあ、さすがに来年から一緒に、というわけにはいかないかもしれないが。


 「折角シュリと一緒に学校へ通えるようになったと思ったらもう別々!? しかも王都に行っちゃったら滅多に会えないじゃん。あたしも飛び級したいとこだけど……飛び級かぁ。体使うのは得意だけど、頭使うの苦手だからなぁ……」

 「私も、シュリを追っかけてなるべく早く王都の学校へ進学したいけど、飛び級するには体を使う授業がネックよね……。フィー姉様もリュミ姉様も、インドア派に見えるのに運動系も得意なんて、どれだけスペック高いのよぉ。うらやましすぎ……」


 アリスとミリシアは揃って肩を落とし、それからはっとしたように互いに顔を見合わせた。


 「ミリーは頭いいよな? 勉強、得意だよな?」

 「アリス姉は身体能力高いわよね? 運動、得意よね?」


 二人は確認しあい、それからガッと互いの手を握りあう。


 「ミリー、勉強教えてくれ! 代わりに体力作りとか運動面の手伝いはするぜ!!」

 「アリス姉、運動教えて! 代わりに勉強面のサポートは任せてくれていいから!!」


 どうやら二人は、タッグを組んで飛び級を目指すことにしたらしい。
 リュミスほど早く追いついてくる事は無いだろうけど、個人個人で目指すよりもずっと早く追いついてくることは間違いないだろう。


 「……とりあえず、来年の進学のタイミングで可能であれば二学年飛び級して。その先は二、三学年くらいずつ飛び級するとしても、シュリに追いつくまでは二年から三年かかるのね……ちっ」


 舌打ちするのはマチルダの娘のリアだ。
 彼女もどうやら、シュリを追いかける気満々らしい。
 そんなにリアからは好かれていないと思うのに、不思議な話だ。
 まあ、きっといつもつねってるほっぺたが無くなるのも寂しい、みたいな心境なんだろうな、と思う。
 シュリとしても、いつも近くにいたリアと離れるのは寂しいし、リアをいつかお嫁に出すまでは一緒にいられればいいなぁとは思うけれど。

◆◇◆

 三姉妹とリアの決意はそんな様子。
 家の面々に比べ、使用人達は以外と落ち着いていて。
 ルバーノ家の使用人達はもちろんシュリが大好きだし、許されるならシュリに仕えたいと思っている。
 が、彼らはそれと同じくらいルバーノ家の面々も敬愛していた。

 それに、シュリには身近に仕える者がすでに三人いる。
 常にシュリにべったりな彼女達の様子をみるにつけ、自分達の入る余地は無いと他の使用人達は常日頃感じており。
 今回のシュリの王都行きも特に混乱無く、ジュディス・シャイナ・カレンの三人がシュリに付いていくということに、気が付いた時には自然と決まっていた。

 ジュディスの情報操作と手回しの賜物である。
 まあもし、他に割り込もうとする人物がいたとしても、三人が決して許しはしなかっただろうけれど。

 その三人以外で唯一、シュリの王都行きに手をあげたのは、シャイナともすっかり仲良しの御者のおじさん。
 彼は、シュリの王都行きを耳に挟んだ日の夜、早速シャイナに相談した。


 「シュリ様もシャイナさんも、王都に行ってしまうんですねぇ。寂しくなります。私も付いていきたいですけど、無理でしょうねぇ。王都の屋敷にはそちらで専属で働いている御者の方もいるでしょうしねぇ」


 ため息混じりにこぼしたおじさんに、シャイナは答える。


 「王都の御者は高齢で、常々田舎でのんびりしたいとこぼしているという情報が入ってます。王都までシュリ様を送って、そのまま任地を交代してしまえばいいんじゃないですか? 先方には打診をしておきますし、ジュディスさんからカイゼル様へも話を通しておいてもらいましょう」

 「えええ! そんな!! ……えっと、いいんですか?」

 「もちろん。私達としても、日々シュリ様を学校まで送り迎えするお役目は、出来れば気心の知れた、シュリ様を心から大切にしてくれると確信を持てる人にお願いしたいところ。あなたなら、その点、バッチリです」

 「そりゃあ確かに、私はシュリ様を敬愛していますけれど、そんな人は他にも……」

 「もちろん、他にもいます。シュリ様は、とにかく破壊的なまでに可愛らしく魅力的ですし。ですが、そんじょそこらの信者ではダメなのです」

 「し、信者……?」

 「信者でダメなら信奉者でもいいでしょう。とにかく、私達があなたを認める理由はシュリ様への愛だけではなく、他にあります」

 「他、ですか?」

 「はい。あなたのシュリ様を見つめる瞳は純粋です。欲にまみれていない。シュリ様の毎日の登下校を、シュリ様に欲望を抱くような輩には任せられない。というわけで、あなたが最適と、私達は判断したわけです」

 「欲望……ですか」


 シャイナの主張に、おじさんは少々疑わしげな眼差しを彼女に向けた。
 シュリの三人の従者達、彼女達はとてもではないが、シュリへの欲望が無いとは言えない人物の筆頭だろう。
 隙あらばシュリの唇を奪っている、そんな彼女達の様子をおじさんは結構な頻度で目撃していた。


 「……なんですか? 何か言いたげですね。……確かに、私達三人はシュリ様に対する欲望が無いとは言えないでしょう。人一倍、シュリ様への欲望を抱いていると言っても過言ではありません。しかし! 私達の欲望は純粋です」

 「純粋な、欲望……ですか?」

 「はい。純粋な欲望なのです。シュリ様の可愛さにクラッときて即座に発情する輩は、他に魅力的な異性を見つければすぐにそちらに転ぶでしょう。でも、私達は違います。あなたにはきちんと正直に事実を伝えておきますが、私達三人は、シュリ様にしか発情しませんし、シュリ様との行為でなければイケません」

 「……は?」

 「ですから。シュリ様とのエッチでなければイケない、とそう言ってます。理解して貰えましたか?」

 「は、はあ」

 「私達にとって欲望の対象はシュリ様だけ。他に目を移すことなど、世界の終わりが来てもあり得ない。故に、我々の欲望は純粋なのです」


 おじさんは思った。果たしてそれを純粋と称して良いものなのだろうか、と。
 が、彼は賢く口をつぐみ、シュリの従者三人の手引きやら思惑のままに、気が付けば王都の屋敷の御者との配属地転換が決まっていた。
 余りに簡単に事が運び、おじさんはなんだか狐に摘まれたような気持ちになる。でも。


 (これで、これからもシュリ様のお役に立てる。お近くにいられる)


 こみ上げる喜びに思わず緩んでしまいそうになる顔を一生懸命引き締め、嬉しさを噛みしめるのだった。
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