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第三部 学校へ行こう
第254話 街ブラしておじいさんと出会う
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キキに癒され、女神様達との時間を久々に過ごした日から数日。
シュリはまた、一人でぶらぶらアズベルグの街を歩いていた。
心配をさせないよう、護衛担当のカレンには連絡済み。
ジュディスやシャイナにも連絡をとって、シュリを探し回る姉様達のフォローもお願いしてあるし、抜かりはないはずだ。
シュリだってたまには、一人の時間が欲しいと思う時もあるのである。
とはいえ、身体の中に精霊が五人もお住みになっている以上、完全に一人になるというのは無理な話だ。
でも、シュリがそういう気分の時は彼女達もちゃんと空気を読んで静かにしてくれているけれど。
シュリの個人秘書を務めているジュディスはとっても優秀で、主であるシュリの心身の疲労具合を、本人が驚くくらい正確に把握してくれている。
彼女はシュリの疲れを見極めて、だいたい週に一度くらいの割合で、上手にスケジュール調整してシュリが一人になれる時間を作ってくれた。
そんなわけで、今日のシュリは一人伸び伸びと街歩きを楽しんでいい日、という訳なのである。
特徴的な髪の毛を帽子にしまい込んでにこにこしながら歩く様子は可愛らしく、シュリを見知らぬ人は皆一様にその姿にうっとりと見とれて足を止めた。
逆に、シュリを良く知る露店の店主や商店の従業員は、我先にと己の店の商品をシュリの手に押しつけてくる。
シュリは貰う度に微笑みお礼を行って歩くのだが、いくらも歩かないうちにシュリの両手は食べ物でいっぱいになってしまった。
両手をいっぱいにしたシュリはちょっぴり困った顔をして、そっと進路を変更する。
繁華した通りをこれ以上歩くことは無理だと判断し、人気の少ない裏通りへ。
裏道は危険だから歩かないようにして下さい、と今日も真剣な顔で注意したジュディスの顔が脳裏をちらつくが仕方がない。
(ジュディスの気持ちも分かるけど、僕、人通りの多い道を歩くのに向いてないんだよなぁ)
否応無く人の目を集めてしまうし、シュリに好意を抱いた人が親切に色々なものをくれようとするし。
断るのも申し訳なくてついつい受け取ってしまうのだが、シュリの持てる量には当然のことながら限度がある。
今現在、やや限界を超えて受け取ってしまったシュリは、抱えた物で前が見えにくく、非常に危ない状況だ。
人が少ない裏通りだからなんとかなっているが、表の通りを歩いていたらあっという間に人とぶつかって腕の中の贈り物を宙に舞わせる自信がある。
とはいえ、それが落ちる前に全て拾いきる自信もあるが。
さて、貰った食べ物をどこで食べようかなぁと思いつつ、てくてく歩いていると不意に、
「うう……腹が。腹がぁぁ」
どこからともなくお年寄りのうめき声が聞こえてきた。
アズベルグの祖父母にかわいがられて育ち、自他ともに認めるおじいちゃん・おばあちゃん子なシュリは、とっさに周囲を見回す。
そして道の端にうずくまるおじいさんの姿を見つけるやいなや、即座に駆け寄って膝をついた。
「おじいさん、大丈夫? お腹が痛いんですか?」
「うぬぬ……痛くはない。痛くはないのだが……」
「痛くない?? じゃあ、お腹、どうしちゃったんですか??」
「腹が……腹が減っておる」
おじいさんの返事に、思わずがくっとずっこけそうになる。
でもまあ、お腹が痛くてうずくまっているよりずっといい。
シュリは、おじいさんが具合が悪かった訳ではないことにほっとしつつ、両手に抱えた食べ物をおじいさんの方へ向かって躊躇なく突き出した。
「あの、散歩をしていたらたくさん頂いたので、よかったらどうぞ?」
「おお、それはありがたい。ですが、こんなにたくさん、一体どなたから……?」
「え~っと、街の人達から? その、みなさん、とっても親切なんですよ……」
あえて、『僕には』という言葉を抜いて伝える。
世の中、言わなくていいこともあると思うのだ。
「ふぅむ。この街の住民がそれほど親切だとは、大変興味深い」
そんなシュリの言葉におじいさんは感心したようにうなずいている。
「そ、そうなんです。みなさん、すっごく親切で。いつも持ちきれないくらいこうやって色々貰うんです。だからおじいさん、遠慮なく食べて下さい」
「ほほう。毎回、食べきれないくらいとはすごいですな。どれ、私も一つ、表通りを一歩きしてみましょうかの。そうすれば貴方がせっかく貰った贈り物を消費せずとも……」
「いっ、いえいえ!! 僕だけじゃ食べきれないですから、一緒に食べて下さい! ぜひともっ!!」
好奇心に輝く瞳でふらふらと立ち上がり、今にも表通りに歩いていってしまいそうなおじいさんを、必死に止める。
このままおじいさんを行かせたら、シュリのつたない嘘などすぐにばれてしまう。
アズベルグの街の人達はもちろん親切だが、道行く人全てに物あげるなんてバカなことは、当然のことながらするわけ無く。
彼らが特に親切なのはシュリにだけ。
別に、領主の一族だとバレているわけでもないのに、いつもいつもシュリを見かける度になにかをくれるのだ。
そのたび、シュリは内心冷や汗を流しながら思う。
[年上キラー]恐るべし、と。
そんなシュリの熱心なすすめに、おじいさんも渋々折れた。
「そうですかの……?」
おじいさんは後ろ髪を引かれるようにちらちらと表通りの方を見ていたが、半ば強制的に座らせて、目の前に食べ物を並べているうちに諦めたようである。
というか、空腹感と食べ物の魅力には勝てなかったようだ。
今にも食いつかんばかりにぎらぎらした目で食べ物を見つめるおじいさんの様子に苦笑しつつ、
「遠慮なくどうぞ?」
そう促せば、
「かたじけない! では遠慮なく!!」
おじいさんは両手を合わせた後、ものすごい勢いで食べ物を消費し始めた。
シュリは微笑ましくそれを見守っていたが、不意に顔を上げて油断無く周囲を見回した。
なにやら、不穏な視線を感じたのだ。
しかもその視線は、自分に向けられたものではなく……
「うむ、馳走になりました!」
山盛りの食料をぺろりと平らげたおじいさんに向けられたもの。
[レーダー]を起動して確認してみれば、不自然な動きをする光点は六つ。
シュリはせっせとおじいさんが食べた後かたづけをしながら、
「おじいさん、おじいさん。もしかして、誰かに追いかけられてたりしませんか?」
そっと尋ねてみた。
「む? なぜ、そう思うのですかな?」
「えーっと……イヤ~な感じの視線を感じたので?」
「イヤな感じの視線……なるほど。しかし、その視線は貴方宛、という可能性もあるのではないですかの?」
「無いとは言えないですけど、可能性は低いと思います。僕はまだ子供ですけど、その視線が自分に向けられたものかそうでないか位はわかりますし」
「ふむ……」
頷き、考え込む仕草のおじいさんを眺めながら、シュリもまた頭の中でどうやっておじいさんを逃がそうかと検討する。
(う~ん。身代わりに土人形を走らせて、そっちに注意を引きつけてから、おじいさんは見つかりにくい別ルートで逃がすのがいいかな~)
考えながら、おじいさんを促してゆっくり歩く。
少しの間、追跡者の視線を遮ってくれるちょっとした横道を探しつつ。
「貴方の言う通り、私が狙われているのだとしたら、一緒にいる貴方が危険ですな……よし、私のことは気にせずお逃げ下され」
おじいさんはそんな提案をしてくるが、もちろんそれに頷けるはずもなく、
「大丈夫。僕に考えがあります。おじいさん、とりあえず、あそこの横道に一端逃げ込みましょう」
きっぱりそう答えると、シュリはおじいさんを横道へ押し込んだ。
細い路地なので、こっちを見ている襲撃者も、そこへ逃げ込んだという情報以外は得られないはずだ。
シュリは[無限収納]から適当に突っ込んでおいた布を取り出すと、まずはそれをおじいさんへ。
その代わりに彼が身につけているローブを奪うと、
「おいで。マッドパペット」
一瞬で魔力を練り、おじいさんの顔をじぃっと見つめながら精巧な土人形を作り上げた。
顔は微妙におじいさんに似ている。
残念ながら、うり二つとはいかないが、遠目で見られる分には問題ないだろう。
「おお、その年でなんと見事な!」
おじいさんの感心したような声を聞きながら、シュリはパペットにローブを着せて、
「路地から飛び出して逃げ回って? 出来るだけ、おじいさんらしい動きでね?」
そんな指示を出す。
パペットはこくりと頷くと、お年寄りらしいちょっとよたよたした動きで路地を出て行った。
少々ぎこちないが、その辺りは人形のやることだ。勘弁して貰おう。
「その魔法は、術者が土人形を操る魔法とお見受けするが、付いていって指示を与えなくていいのですかな?」
それを見送ったおじいさんが、当然の疑問を口にする。
通常、マッドパペットという魔法は、おじいさんの言うように、一々作った土人形に魔力で指示を与える必要がある。
が、シュリの作ったマッドパペットは短時間であれば、与えた命令に沿った自立行動が可能であった。
初対面の人に、それを正直に言うべきかどうか少し悩みはしたが、どうせ行きずりの人だし言ったところで困ることもないだろう。
そんな判断のもと、
「えっと、僕のパペットは短い時間であれば命令に沿った簡単な行動をしてくれるから平気です。それに、いざとなれば遠隔で操作することも出来るから大丈夫。安心して下さいね?」
シュリは、おじいさんを安心させるようににっこり笑い、そう告げる。
「ほほう。自立行動をさせることが出来るとは素晴らしい。それに、遠隔操作も可能とは、恐れ入りますな。土魔法一つをとってもこれですから、他の魔法もさぞかし……」
「いえいえ、全く。それより、おじいさん。僕によ~く掴まっていて下さいね?」
感心しきりのおじいさんの言葉をさらっと流し。
そろそろ頃合いだと、思っていたよりがっしりしているおじいさんの身体をひょいと抱き上げた。
「お、思っていたより力持ちですな。わざわざ抱き上げて運んで貰わなくても、自分の足で逃げられますぞ?」
シュリは、言外におろして欲しいと伝えてくるおじいさんの顔を見上げてニコリと笑い、
「普通じゃないルートで逃げようと思ってるからダメです。大人しく抱っこされてて下さいね?」
その希望をさらりと却下する。
ちなみに、抱っこはお姫様抱っこを採用していた。
小さな子供にちんまりとお姫様抱っこをされている老人。その光景は何とも言えず、シュールである。
「むむぅ。この年でまさか、お姫様抱っこをされる日が来るとは流石に思いませんでしたぞ」
複雑な顔をするおじいさんに、
「そろそろ行きます。しっかり掴まってて下さいね? ……シェルファ、跳ぶよ? 補助をお願い」
注意を促し、それから己の中にいる風の精霊へ協力を依頼する。
すると、その声に応えるように精霊の力を感じさせる風がシュリの足にふんわりとまとい付いた。
その瞬間、シュリの足が力強く大地を蹴り、その身体が抱っこしているおじいさんごと宙に舞う。
ぬぉぅっ、とおじいさんの口からこらえきれない悲鳴が漏れ、振り落とされてはたまらないとばかりに、恥も外聞もなくシュリにしがみついてくる。
ぎゅうぎゅうしがみつかれるのは苦しかったが、それを何とかやり過ごし、
「さくら。僕達の姿が周りから見えにくいようにしてくれる?」
己の中の光の精霊へのお願いを口にする。
主の願い事への反応は早く、シュリの足が狙った家の屋根に降りる前に、その身体を淡い光のヴェールが覆った。もちろん、シュリの腕の中のおじいさんも一緒に。
「シェルファ、さくら、ありがとう。助かったよ」
柔らかく微笑み、己の精霊へのお礼の言葉を唇に乗せ、シュリはそのまま屋根の上を軽快に走り出した。
そんなシュリに、おじいさんの質問が飛ぶ。
「さっきの風に、この光。これはもしや、精霊の?」
「お察しの通り、僕の精霊が力を貸してくれました」
「先ほどの魔法に加え、精霊とも契約しているとは。更に言うなら、身体能力もずば抜けて素晴らしい! ……なんとも末恐ろしい才能をお持ちですな」
「……屋根の上を移動しますから、少しの間揺れます。舌を噛まないように気をつけて下さいね?」
シュリはおじいさんの手放しの賞賛の言葉もさらりと流して、これ以上の質問が飛んでこないように、少々アクロバティックに屋根の上を移動し始めた。
案の定、ものすごい勢いで移動しながら上下に揺られ、おじいさんはそれ以上の質問をしてくるどころではないようだった。
「パペットも順調に敵を引きつけてくれてるみたいですし、もう大丈夫だと思います。安心して下さい」
こっそり[レーダー]を起動して、己のパペットと襲撃者の様子を確認しつつ、すっかり静かになってしまった腕の中のおじいさんに告げる。
後はおじいさんを目的地に送り届けるばかり、と思ったところで、行き先がわからない事実にはっとした。
あわてておじいさんに向かう先を確認すると、今夜はアズベルグで一番大きな宿に宿泊予定とのこと。
それならばと目的地をその宿に定め、進んでいたルートにやや修正を加えた。
そしてそのまま、シュリは文字通り一直線に駆けていく。家々の屋根を、軽々と飛び移りながら。
しばらくして。
大した苦労も危険もなく無事にたどり着いた大きな宿の前におじいさんを下ろすと、お礼に食事をとの誘いを、もう家に帰らないといけないからと丁寧に断り、まっすぐ家に向かって駆けていってしまった。
宿の前には、おじいさんがただ一人。
彼は、シュリの小さな背中が見えなくなるまで見送り、それから宿の中へと入っていった。
そして、数日前から滞在している一番高級な部屋の中へ。
部屋の扉を開ければ、柔らかな微笑みを浮かべた美しい女性が、彼の帰還をすでに知っていたかのように出迎えてくれた。
「お目当ての少年はいかがでした?」
部屋で迎えてくれた美女の言葉に、おじいさんは満足そうなほほえみで応え、
「思っていた以上に素晴らしい能力を備えた少年だったぞ。どんな手を使っても連れ帰りたいと、そう思うほどにな」
そう返す。
その言葉に、美女もまた魅力的な微笑みで応えて、
「そうですか。では、なんとしても手に入れて帰らないといけませんね?」
返したのはそんな言葉。
彼女の言葉に、老紳士は再び笑う。
「そうだな。なんとしても、手に入れるとしよう。ライバルは多そうではあるが、な」
心からの言葉を、その微笑みに添えて。
一方。
おじいさんを送り届けたシュリは、早足に家へと向かっていた。今度は人通りの多い道は避け、人々によけいな出費をさせないように気をつけながら。
そうして歩きながら、ふと思う。
「そう言えば、あのおじいさん。あんな高級な宿に泊まるお金があるのに、何であんなにお腹を空かせてたんだろう??」
心底不思議そうに首を傾げながら。
しかし、考えてみてもその理由が判明することは無く。
シュリが、その理由を知るまでには、もうしばらく時間がかかりそうだった。
シュリはまた、一人でぶらぶらアズベルグの街を歩いていた。
心配をさせないよう、護衛担当のカレンには連絡済み。
ジュディスやシャイナにも連絡をとって、シュリを探し回る姉様達のフォローもお願いしてあるし、抜かりはないはずだ。
シュリだってたまには、一人の時間が欲しいと思う時もあるのである。
とはいえ、身体の中に精霊が五人もお住みになっている以上、完全に一人になるというのは無理な話だ。
でも、シュリがそういう気分の時は彼女達もちゃんと空気を読んで静かにしてくれているけれど。
シュリの個人秘書を務めているジュディスはとっても優秀で、主であるシュリの心身の疲労具合を、本人が驚くくらい正確に把握してくれている。
彼女はシュリの疲れを見極めて、だいたい週に一度くらいの割合で、上手にスケジュール調整してシュリが一人になれる時間を作ってくれた。
そんなわけで、今日のシュリは一人伸び伸びと街歩きを楽しんでいい日、という訳なのである。
特徴的な髪の毛を帽子にしまい込んでにこにこしながら歩く様子は可愛らしく、シュリを見知らぬ人は皆一様にその姿にうっとりと見とれて足を止めた。
逆に、シュリを良く知る露店の店主や商店の従業員は、我先にと己の店の商品をシュリの手に押しつけてくる。
シュリは貰う度に微笑みお礼を行って歩くのだが、いくらも歩かないうちにシュリの両手は食べ物でいっぱいになってしまった。
両手をいっぱいにしたシュリはちょっぴり困った顔をして、そっと進路を変更する。
繁華した通りをこれ以上歩くことは無理だと判断し、人気の少ない裏通りへ。
裏道は危険だから歩かないようにして下さい、と今日も真剣な顔で注意したジュディスの顔が脳裏をちらつくが仕方がない。
(ジュディスの気持ちも分かるけど、僕、人通りの多い道を歩くのに向いてないんだよなぁ)
否応無く人の目を集めてしまうし、シュリに好意を抱いた人が親切に色々なものをくれようとするし。
断るのも申し訳なくてついつい受け取ってしまうのだが、シュリの持てる量には当然のことながら限度がある。
今現在、やや限界を超えて受け取ってしまったシュリは、抱えた物で前が見えにくく、非常に危ない状況だ。
人が少ない裏通りだからなんとかなっているが、表の通りを歩いていたらあっという間に人とぶつかって腕の中の贈り物を宙に舞わせる自信がある。
とはいえ、それが落ちる前に全て拾いきる自信もあるが。
さて、貰った食べ物をどこで食べようかなぁと思いつつ、てくてく歩いていると不意に、
「うう……腹が。腹がぁぁ」
どこからともなくお年寄りのうめき声が聞こえてきた。
アズベルグの祖父母にかわいがられて育ち、自他ともに認めるおじいちゃん・おばあちゃん子なシュリは、とっさに周囲を見回す。
そして道の端にうずくまるおじいさんの姿を見つけるやいなや、即座に駆け寄って膝をついた。
「おじいさん、大丈夫? お腹が痛いんですか?」
「うぬぬ……痛くはない。痛くはないのだが……」
「痛くない?? じゃあ、お腹、どうしちゃったんですか??」
「腹が……腹が減っておる」
おじいさんの返事に、思わずがくっとずっこけそうになる。
でもまあ、お腹が痛くてうずくまっているよりずっといい。
シュリは、おじいさんが具合が悪かった訳ではないことにほっとしつつ、両手に抱えた食べ物をおじいさんの方へ向かって躊躇なく突き出した。
「あの、散歩をしていたらたくさん頂いたので、よかったらどうぞ?」
「おお、それはありがたい。ですが、こんなにたくさん、一体どなたから……?」
「え~っと、街の人達から? その、みなさん、とっても親切なんですよ……」
あえて、『僕には』という言葉を抜いて伝える。
世の中、言わなくていいこともあると思うのだ。
「ふぅむ。この街の住民がそれほど親切だとは、大変興味深い」
そんなシュリの言葉におじいさんは感心したようにうなずいている。
「そ、そうなんです。みなさん、すっごく親切で。いつも持ちきれないくらいこうやって色々貰うんです。だからおじいさん、遠慮なく食べて下さい」
「ほほう。毎回、食べきれないくらいとはすごいですな。どれ、私も一つ、表通りを一歩きしてみましょうかの。そうすれば貴方がせっかく貰った贈り物を消費せずとも……」
「いっ、いえいえ!! 僕だけじゃ食べきれないですから、一緒に食べて下さい! ぜひともっ!!」
好奇心に輝く瞳でふらふらと立ち上がり、今にも表通りに歩いていってしまいそうなおじいさんを、必死に止める。
このままおじいさんを行かせたら、シュリのつたない嘘などすぐにばれてしまう。
アズベルグの街の人達はもちろん親切だが、道行く人全てに物あげるなんてバカなことは、当然のことながらするわけ無く。
彼らが特に親切なのはシュリにだけ。
別に、領主の一族だとバレているわけでもないのに、いつもいつもシュリを見かける度になにかをくれるのだ。
そのたび、シュリは内心冷や汗を流しながら思う。
[年上キラー]恐るべし、と。
そんなシュリの熱心なすすめに、おじいさんも渋々折れた。
「そうですかの……?」
おじいさんは後ろ髪を引かれるようにちらちらと表通りの方を見ていたが、半ば強制的に座らせて、目の前に食べ物を並べているうちに諦めたようである。
というか、空腹感と食べ物の魅力には勝てなかったようだ。
今にも食いつかんばかりにぎらぎらした目で食べ物を見つめるおじいさんの様子に苦笑しつつ、
「遠慮なくどうぞ?」
そう促せば、
「かたじけない! では遠慮なく!!」
おじいさんは両手を合わせた後、ものすごい勢いで食べ物を消費し始めた。
シュリは微笑ましくそれを見守っていたが、不意に顔を上げて油断無く周囲を見回した。
なにやら、不穏な視線を感じたのだ。
しかもその視線は、自分に向けられたものではなく……
「うむ、馳走になりました!」
山盛りの食料をぺろりと平らげたおじいさんに向けられたもの。
[レーダー]を起動して確認してみれば、不自然な動きをする光点は六つ。
シュリはせっせとおじいさんが食べた後かたづけをしながら、
「おじいさん、おじいさん。もしかして、誰かに追いかけられてたりしませんか?」
そっと尋ねてみた。
「む? なぜ、そう思うのですかな?」
「えーっと……イヤ~な感じの視線を感じたので?」
「イヤな感じの視線……なるほど。しかし、その視線は貴方宛、という可能性もあるのではないですかの?」
「無いとは言えないですけど、可能性は低いと思います。僕はまだ子供ですけど、その視線が自分に向けられたものかそうでないか位はわかりますし」
「ふむ……」
頷き、考え込む仕草のおじいさんを眺めながら、シュリもまた頭の中でどうやっておじいさんを逃がそうかと検討する。
(う~ん。身代わりに土人形を走らせて、そっちに注意を引きつけてから、おじいさんは見つかりにくい別ルートで逃がすのがいいかな~)
考えながら、おじいさんを促してゆっくり歩く。
少しの間、追跡者の視線を遮ってくれるちょっとした横道を探しつつ。
「貴方の言う通り、私が狙われているのだとしたら、一緒にいる貴方が危険ですな……よし、私のことは気にせずお逃げ下され」
おじいさんはそんな提案をしてくるが、もちろんそれに頷けるはずもなく、
「大丈夫。僕に考えがあります。おじいさん、とりあえず、あそこの横道に一端逃げ込みましょう」
きっぱりそう答えると、シュリはおじいさんを横道へ押し込んだ。
細い路地なので、こっちを見ている襲撃者も、そこへ逃げ込んだという情報以外は得られないはずだ。
シュリは[無限収納]から適当に突っ込んでおいた布を取り出すと、まずはそれをおじいさんへ。
その代わりに彼が身につけているローブを奪うと、
「おいで。マッドパペット」
一瞬で魔力を練り、おじいさんの顔をじぃっと見つめながら精巧な土人形を作り上げた。
顔は微妙におじいさんに似ている。
残念ながら、うり二つとはいかないが、遠目で見られる分には問題ないだろう。
「おお、その年でなんと見事な!」
おじいさんの感心したような声を聞きながら、シュリはパペットにローブを着せて、
「路地から飛び出して逃げ回って? 出来るだけ、おじいさんらしい動きでね?」
そんな指示を出す。
パペットはこくりと頷くと、お年寄りらしいちょっとよたよたした動きで路地を出て行った。
少々ぎこちないが、その辺りは人形のやることだ。勘弁して貰おう。
「その魔法は、術者が土人形を操る魔法とお見受けするが、付いていって指示を与えなくていいのですかな?」
それを見送ったおじいさんが、当然の疑問を口にする。
通常、マッドパペットという魔法は、おじいさんの言うように、一々作った土人形に魔力で指示を与える必要がある。
が、シュリの作ったマッドパペットは短時間であれば、与えた命令に沿った自立行動が可能であった。
初対面の人に、それを正直に言うべきかどうか少し悩みはしたが、どうせ行きずりの人だし言ったところで困ることもないだろう。
そんな判断のもと、
「えっと、僕のパペットは短い時間であれば命令に沿った簡単な行動をしてくれるから平気です。それに、いざとなれば遠隔で操作することも出来るから大丈夫。安心して下さいね?」
シュリは、おじいさんを安心させるようににっこり笑い、そう告げる。
「ほほう。自立行動をさせることが出来るとは素晴らしい。それに、遠隔操作も可能とは、恐れ入りますな。土魔法一つをとってもこれですから、他の魔法もさぞかし……」
「いえいえ、全く。それより、おじいさん。僕によ~く掴まっていて下さいね?」
感心しきりのおじいさんの言葉をさらっと流し。
そろそろ頃合いだと、思っていたよりがっしりしているおじいさんの身体をひょいと抱き上げた。
「お、思っていたより力持ちですな。わざわざ抱き上げて運んで貰わなくても、自分の足で逃げられますぞ?」
シュリは、言外におろして欲しいと伝えてくるおじいさんの顔を見上げてニコリと笑い、
「普通じゃないルートで逃げようと思ってるからダメです。大人しく抱っこされてて下さいね?」
その希望をさらりと却下する。
ちなみに、抱っこはお姫様抱っこを採用していた。
小さな子供にちんまりとお姫様抱っこをされている老人。その光景は何とも言えず、シュールである。
「むむぅ。この年でまさか、お姫様抱っこをされる日が来るとは流石に思いませんでしたぞ」
複雑な顔をするおじいさんに、
「そろそろ行きます。しっかり掴まってて下さいね? ……シェルファ、跳ぶよ? 補助をお願い」
注意を促し、それから己の中にいる風の精霊へ協力を依頼する。
すると、その声に応えるように精霊の力を感じさせる風がシュリの足にふんわりとまとい付いた。
その瞬間、シュリの足が力強く大地を蹴り、その身体が抱っこしているおじいさんごと宙に舞う。
ぬぉぅっ、とおじいさんの口からこらえきれない悲鳴が漏れ、振り落とされてはたまらないとばかりに、恥も外聞もなくシュリにしがみついてくる。
ぎゅうぎゅうしがみつかれるのは苦しかったが、それを何とかやり過ごし、
「さくら。僕達の姿が周りから見えにくいようにしてくれる?」
己の中の光の精霊へのお願いを口にする。
主の願い事への反応は早く、シュリの足が狙った家の屋根に降りる前に、その身体を淡い光のヴェールが覆った。もちろん、シュリの腕の中のおじいさんも一緒に。
「シェルファ、さくら、ありがとう。助かったよ」
柔らかく微笑み、己の精霊へのお礼の言葉を唇に乗せ、シュリはそのまま屋根の上を軽快に走り出した。
そんなシュリに、おじいさんの質問が飛ぶ。
「さっきの風に、この光。これはもしや、精霊の?」
「お察しの通り、僕の精霊が力を貸してくれました」
「先ほどの魔法に加え、精霊とも契約しているとは。更に言うなら、身体能力もずば抜けて素晴らしい! ……なんとも末恐ろしい才能をお持ちですな」
「……屋根の上を移動しますから、少しの間揺れます。舌を噛まないように気をつけて下さいね?」
シュリはおじいさんの手放しの賞賛の言葉もさらりと流して、これ以上の質問が飛んでこないように、少々アクロバティックに屋根の上を移動し始めた。
案の定、ものすごい勢いで移動しながら上下に揺られ、おじいさんはそれ以上の質問をしてくるどころではないようだった。
「パペットも順調に敵を引きつけてくれてるみたいですし、もう大丈夫だと思います。安心して下さい」
こっそり[レーダー]を起動して、己のパペットと襲撃者の様子を確認しつつ、すっかり静かになってしまった腕の中のおじいさんに告げる。
後はおじいさんを目的地に送り届けるばかり、と思ったところで、行き先がわからない事実にはっとした。
あわてておじいさんに向かう先を確認すると、今夜はアズベルグで一番大きな宿に宿泊予定とのこと。
それならばと目的地をその宿に定め、進んでいたルートにやや修正を加えた。
そしてそのまま、シュリは文字通り一直線に駆けていく。家々の屋根を、軽々と飛び移りながら。
しばらくして。
大した苦労も危険もなく無事にたどり着いた大きな宿の前におじいさんを下ろすと、お礼に食事をとの誘いを、もう家に帰らないといけないからと丁寧に断り、まっすぐ家に向かって駆けていってしまった。
宿の前には、おじいさんがただ一人。
彼は、シュリの小さな背中が見えなくなるまで見送り、それから宿の中へと入っていった。
そして、数日前から滞在している一番高級な部屋の中へ。
部屋の扉を開ければ、柔らかな微笑みを浮かべた美しい女性が、彼の帰還をすでに知っていたかのように出迎えてくれた。
「お目当ての少年はいかがでした?」
部屋で迎えてくれた美女の言葉に、おじいさんは満足そうなほほえみで応え、
「思っていた以上に素晴らしい能力を備えた少年だったぞ。どんな手を使っても連れ帰りたいと、そう思うほどにな」
そう返す。
その言葉に、美女もまた魅力的な微笑みで応えて、
「そうですか。では、なんとしても手に入れて帰らないといけませんね?」
返したのはそんな言葉。
彼女の言葉に、老紳士は再び笑う。
「そうだな。なんとしても、手に入れるとしよう。ライバルは多そうではあるが、な」
心からの言葉を、その微笑みに添えて。
一方。
おじいさんを送り届けたシュリは、早足に家へと向かっていた。今度は人通りの多い道は避け、人々によけいな出費をさせないように気をつけながら。
そうして歩きながら、ふと思う。
「そう言えば、あのおじいさん。あんな高級な宿に泊まるお金があるのに、何であんなにお腹を空かせてたんだろう??」
心底不思議そうに首を傾げながら。
しかし、考えてみてもその理由が判明することは無く。
シュリが、その理由を知るまでには、もうしばらく時間がかかりそうだった。
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