龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第一部 幸せな日々、そして旅立ち

第八章 第六話

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 程良い高揚感があった。疲れてはいるが、それすらも心地いいと感じる。
 2度、3度と繰り返されるカーテンコールを終え、やっと解放された雷砂は、天幕の裏の水場で水を飲み、微笑みを浮かべた。
 とにかく一生懸命だったが、それなりに良く出来たと思う。
 だが、まだまだアジェスやリインに引っ張ってもらっている部分もある。もっと練習しようと素直に思った。

 (案外、旅芸人の様な生活もオレにはあっているのかもしれない)

 そんな風にも思う。
 今度の旅は、途中で彼らと別れなければいけないけれど、それまでは精一杯努力しよう。つかの間ではあるが、彼らの仲間として。
 そしていつか、自分の旅の目的にたどり着き、すべてが終わったら、その時はまた旅芸人として生きるのも悪くはないかもしれない。それがどれだけ先になるかは分からないけれど。

 大きく伸びをして、肩を回す。
 この後は食事をとり、男女に分かれて午後の舞台の準備だ。
 男は水浴び、女は風呂。
 雷砂は男連中と水浴びの方が気楽でいいからそっちに行くと主張したのだが、セイラをはじめとしてジェドやイルサーダからも激しく反対されてしまった。
 なので、食事の後は風呂へ向かう事になるだろう。食事は、宿の食堂に準備してあるらしい。
 個々で移動する事になっているので、そろそろセイラとリインに声をかけて移動しようかと考えていると、表の方から良く知る気配が近づいてきた。

 顔を向けると、一座の青年がミルファーシカとキアルを連れてこちらに向かって歩いてくるところだった。
 彼は雷砂がこちらを見ているのに気がつくと、連れてきた2人になにやら話しかけ、雷砂に会釈すると表に戻って行ってしまった。
 残された2人は、仲良く手をつないでこちらに向かって歩いてくる。雷砂も2人の方へ歩を進めながら、

 「良く来たな、ミルもキアルも」

 そう声をかけた。
 まだ化粧を落としておらず、舞台衣装のままの雷砂と相対するのはいつもと勝手が違うのだろう。
 2人とも何となく頬を赤らめてもじもじしている。
 雷砂はそんな2人の様子に笑みを浮かべ、木陰へと誘った。
 涼しい木陰で息をつき、2人の頭を交互に撫でる。

 「楽しかったか?」

 そう問うと、2人はやっと緊張がほぐれたのか競うように、ここが良かった、あれが良かったと話し始めた。
 仲むつまじい2人の様子をにこにこと眺め、

 「キアル」

 弟の様にも思う、年下の少年の名を呼ぶ。

 「良く頑張ったな。ミルの事、よろしくな」

 名を呼ばれ小さく首を傾げたキアルにそう告げた。キアルは少し照れくさそうな顔をしながらも力強く頷いた。
 雷砂は次いで、妹の様に可愛がっている少女へと顔を向け、

 「ミル。キアルはいい男だ。幸せにしてもえ。そしてミルも、キアルを幸せにしてやるんだぞ?」

 頭を撫で顔をのぞき込むと、ミルファーシカは頬を染め、嬉しそうに微笑んで頷いた。
 雷砂も頷き、

 「あ、そう言えば会ってみたい人はいるか?いるなら連れてくるけど?」

 そう問うと、2人はそろって首を横に振った。

 「雷砂が1番かっこよかったからいいの」

 少女が目をキラキラさせてそう言えば、キアルもうんうんと何だか誇らしそうに頷いている。

 「そうか。ありがとな」

 そう言って微笑んだ時、天幕の方から雷砂の名を呼ぶ声がした。セイラの声だ。それを合図に、2人が暇乞いをする。


 「じゃあ、雷砂。おれ達もう行くよ。行こう、ミル」

 「うん、そうだね、キアル。じゃあまたね、雷砂」

 「ああ。2人とも、仲良くな?」


 そんな言葉で別れを告げあい、2人は雷砂に手を振り、仲良く手をつないで去っていった。
 2人を見送り、天幕に戻ろうかと振り向いた視線の先に、セイラの姿が飛び込んできた。微笑み、彼女の方へ向かう。


 「ここにいたのね、雷砂」

 「ちょっと知り合いと話してたんだ」 

 「お友達来てたの?残念。私も会ってみたかったわ」


 言いながら、近づいてきた雷砂を当然の如く抱きしめる。
 雷砂も彼女の身体をそっと抱き返し、その顔を見上げる。
 彼女は微笑み、雷砂の髪をそっと撫でた。そして告げる。雷砂に会いに客が来ていることを。

 「オレに客?」

 首を傾げる雷砂。

 「ええ。雷砂のお父様達」

 にっこり微笑むセイラ。

 「・・・・・・お父様、達?」

 複数形の表現に更に深く首を傾げる。

 「そ。お父様達。皆さん、お待ちかねよ?」

 楽しそうにそう言って、セイラは雷砂の手を引き天幕へ向かって歩き出した。




 その集団は、人気のなくなった客席の前の方に固まるようにして立っていた。
 男も女も大柄な者が多く、適当に立っているのに何となく隙がない。
 彼らの中心には、雷砂の養父・ジルヴァンの姿。
 セイラに連れられ、彼らの姿を目にした雷砂は、驚いたように少し目を見張り、それから彼らに駆け寄った。

 「父さん、みんな」

 その声に反応してジルヴァンが声を出す前に、大きな陰が雷砂の視界をさっと遮った。
 次いでふわりと身体が浮かび上がる感覚。大きな手が脇の下を支えていて、すぐに抱き上げられたのだと分かった。
 雷砂は瞬きをして、自分を軽々と抱き上げた人物をみた。

 「雷砂、素晴らしい舞台だった。それに、すごい美人に仕上がってる。可愛いぞ」

 大柄な集団の中で飛び抜けて大きな男だった。
 無骨な顔に愛嬌のある笑顔を浮かべて、彼は雷砂をうれしそうに見つめていた。

 「久しぶりだね、カズン」

 彼の名を呼び、微笑んでその髭面に手を伸ばす。


 「本当に久し振りだ。雷砂は、村を出てから儂等に少し冷たい」

 「そんな事、ないと思うけどな」

 「そんな事あるぞ。雷砂はたまに村に来ても、長の所に顔を出したらすぐ帰ってしまう。前みたいに、儂等の所へ来てくれない」

 「う・・・・・・それは、みんなの邪魔をしちゃいけないと思って。でも、その、ごめん」


 少しだけ困った顔をして謝罪する雷砂に、カズンと呼ばれた男は謝らなくていいと破顔する。


 「子供が色々気にするな。儂等だってたまには雷砂に会いたい。今度来るときは何も考えずに会いに来い」

 「ありがとう、カズン。それで、今日は父さ・・・・・・親父殿と一緒に?」

 言いながらそっと、カズンの後ろに立っている養父を見た。彼は苦虫を噛み潰したような顔をしている。


 「違う。そいつ等が勝手についてきたんだ」

 「そう。今朝、長がうちのチビの行商での様子教えに来てくれてな」

 「リルーの事?」


 リルーはカズンの次男で雷砂の兄貴分だ。今は15歳の行商の旅に出ている。
 彼は、少し抜けたところがあるから、雷砂も彼の行商の旅の行方を少し心配してた。


 「おう。リルーの事だ。奴は少し迂闊なところがあるから心配だったが、旅は特に問題なく、リルーも頑張っていると、長が今朝教えてくれた」

 「そうかぁ。リルーはちゃんとやってるんだね。何だかほっとした」


 笑うと、カズンも豪快な笑顔を見せた。

 「そう。儂達家族も安心した。で、だ。その時に長がぽろりと口を滑らせてな。とっつかまえて良く良く話を聞けば、今日は雷砂の晴れ舞台があると言うじゃないか」

 そう言って、ちらりとジルヴァンをみるカズン。ジルヴァンは何とも居心地が悪そうだ。

 「長はずるい。いつも雷砂に会っているくせに、雷砂の晴れ舞台も独りで見に行こうとしていた。そこで儂は、村の主だった者を集めて相談した。そこできちんと話し合い、村の留守番と雷砂に会いに行く者と2つに分けて、交代で見に来ることしたんだ」

 どうだ、賢いだろう、と胸を張り、ニヤリと笑う男は何とも愛嬌があった。
 雷砂は微笑み、すごいねと素直に誉めた。
 カズンは更にふんぞり返り、

 「雷砂の晴れ舞台見るのは当然だ。我ら皆の可愛い子供だからな。明日は留守番連中の番だから、儂は午後も見に来る。ちゃんとへそくりを持ってきた」

 にこにこ笑いながら、大きな手のひらで雷砂の頭を撫でくりする大男。彼の発言に、他の皆も我も我もと午後の観劇を主張する。
 雷砂は困ったように彼らを見回し、

 「午後の部も基本はさっきと同じ内容だし、そんなに無理しなくても」

 そう言ってはみるものの、彼らはもう一度見ると言って聞かない。
 ジルヴァンは、もう勝手にさせておけという顔をしているが、正直なところ、彼ももう1回くらい雷砂の晴れ姿を見るのもいいかと考えていた。
 着飾った彼の養い子は思っていた以上に愛らしく美しかった。もちろん普段の姿でも十分美しくはあるが、今日はまた次元が違っていた。
 今日もう1度見るのはもちろんの事、出来れば明日も見に来たいと思わずにはいられないほどに。

 「雷砂は人気者ね」

 言いながら近づいてきたセイラが、抱き上げられたままの雷砂のそばに立つ。

 「おお。雷砂は人気者だ。我らの村の者は、みんな雷砂が好きだぞ」

 カズンは雷砂が誉められたと無邪気な笑みを見せた。セイラも、人好きのする大男を見上げて微笑んだ。
 そんな彼女を見て、これまた美しい女だなとカズンは目をみはる。
 彼女の雷砂を見つめる眼差しにある熱を察して、この女も雷砂に惚れてるなと、そんな事を思いながら。

 イイ女なのに残念な事だとカズンは同情とも取れる眼差しをセイラに注ぐ。
 これだけの女ならどんな男でも思いのままだろうに、なぜよりにもよって雷砂に惚れてしまったのか。
 まあ、その気持ちは分からないでもないが。

 とにかく雷砂は女に良くモテる。
 そうやって雷砂に懸想する女のほとんどは、雷砂が女だと教えてやってもお構いなしだ。男は立つ瀬がない。
 しかし、残念な事に雷砂は色恋にはとことん疎い。鈍いのだ。それ以外の事には、雷砂ほど頼りになる者はいないというのに。

 ここ1,2年、魅力を振りまき始めた雷砂に、たくさんの女が玉砕するのをカズンは見てきた。
 だが、雷砂自身は自分がそういう恋慕の対象になっていることにすら気づいていないのだから驚異的だ。
 恐らくこの女も、これ程の女であっても雷砂を落とすのは難しいだろう。
 可哀想になぁーそんな風に思いながら、強面の大男はセイラを眺めた。

 「雷砂はどこにいてもモテるのねぇ。でも、雷砂の村の人にあんまりお金を使わせるのも悪いし、ここは私が一肌脱ぐわ。今日の2回目の入場料は私がおごりって事で」

 ぽんと己の胸を叩くセイラ。
 そんな姿に、大好きな雷砂の気を引こうと頑張っているんだなぁとカズンは胸を切なくする。
 もともと、大柄なくせに心優しく涙もろい男なのだ。
 うんうんと頷きながら、無駄かもしれないが頑張れよ、と心の中でセイラを応援する。

 「セイラ!?いいよ、そんな・・・・・・だったら、オレが」

 オレが出すよと言い掛けた雷砂の口元をそっと手で押さえて、

 「いいの。私が好きですることなんだから」

 有無を言わせずそう言いきった。その姿に、なんて健気な女だと、カズンが人知れず瞳を潤ませている事も知らずに。
 そして、

 「さて、じゃあ、みんな見に来るって事でいいのかしら?」

 そう言いながら見回すと、彼らは戸惑う様に顔を見合わせてから、全員頷いた。セイラは満足そうに微笑み、

 「はい、了解しました。じゃあ、午後は受付に話を通しておくので、係りの者に雷砂の身内と伝えて下さいね。お父様もぜひ」

 ジルヴァンにもそんな風に声をかけた。ジルヴァンはジルヴァンで困った顔だ。

 「いや、さすがにそれでは申し訳ない。私がなんとかするからお気遣いなく」
 
 そんな風に固辞するジルヴァンを、カズンはこっそり睨みつける。
 ジルヴァンは、セイラの恋心にみじんも気づいていないらしい。昔から鈍い男だったと、カズンは幼馴染の族長を見ながら小さな溜め息を漏らす。
 雷砂の鈍い所はあいつに似てしまったのかもしれない、と。

 思えば、雷砂のもう1人の養い親、族長の姪のシンファも色恋沙汰とは縁のない娘なのだ。
 本人は強く美しく、懸想する男も多いというのに、本人にまるでその気がない。

 そんな奴らに育てられたのだ。雷砂が鈍いのを責めるのは酷だろう。
 雷砂が悪いのではない。そう言う事に敏く育てられなかった2人の養い親が悪いのだ。
 ジルヴァンに必要ないと諌められ諦めてしまったが、雷砂が村を離れる際、何としてでもきちんと性教育を施すべきだったのだ。今となっては、もう遅いのかもしれないが。

 「いえ、雷砂には色々助けてもらいましたし、座長からそうしろと言われています。明日来る部族の方も、2回目を見るようでしたら無料で入れるようにしますので、そうお伝え下さい」

 セイラはジルヴァンの申し出をやんわりと退け、にっこり笑った。
 そんなセイラとジルヴァンの様子を見ながら、

 「太っ腹ないい女だな。この女は雷砂の何なんだ?」

 カズンは雷砂の様子を窺いながら、あえてその質問を口にした。
 それを受けた雷砂は少しだけ考え、

 「大切な、友達だよ」
 「私?雷砂の女よ」

 雷砂の答えにセイラの声が重なった。
 びっくりして見下ろすとセイラが微笑み雷砂を見上げていた。彼女はそのままカズンへ視線を移し、

 「さ、私の恋人を返してもらえるかしら?」

 いたずらっぽくそう言って、雷砂の方へ手を伸ばした。

 「うーむ。雷砂の女にゃ逆らえんな。入場料もおごってもらうしなぁ」

 カズンもそれに答えるように笑い、抱き上げていた雷砂をこちらを見上げる女に返した。
 彼女は嬉しそうに雷砂の後ろから抱きつき、その頭に頬をすり寄せている。
 カズンはじっとその様子を眺めた。思ったより、雷砂の態度が柔軟だ。嫌がってない。それどころか、なんだか嬉しそうにも見える。

 (こりゃ、もしかすると、もしかするのか?)

 カズンはにやりと笑う。
 族長の養い子は器がでかく、顔が良く、とにかく女にモテるのに、今まで一切浮いた噂は無かった。
 もし、鈍い雷砂を振り向かせることが出来る女がいるのなら、それはそれでいいじゃないかと思う。
 女同士の恋愛は不毛だとは思うが、雷砂が幸せであればそんなのは些細な事だ。
 まあ、せいぜい頑張ってくれよー心の中でそっと呟き、大男はニヤニヤしながら、2人の微笑ましいじゃれ合いを見守るのだった。

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