龍は暁に啼く

高嶺 蒼

文字の大きさ
上 下
84 / 248
第一部 幸せな日々、そして旅立ち

第七章 第十三話

しおりを挟む
 キアルは1人、家にいた。
 母親は、いない。居るのは、キアル1人だけ。

 ぼんやりとベッドの上に座り、窓の外を見る。
 そこから母親と2人で作った小さな畑を見るともなしに見つめた。
 まだ小さくて、キアルが外に働きに出ることが出来なかった幼い頃、2人で耕し、作った畑。

 それからずっと、畑の世話はキアルの仕事だった。
 畑の横にある樹も、そのころ植えた。
 この地域では一般的な、比較的手間のかからない果樹だ。
 とはいえ、実を付け始めるまでにはそれなりの年月がかかるもので、今だに果実を実らせたことは無かった。

 今年も、母親と2人でまだ実のならぬ樹を見上げたものだ。来年こそは、実を付けるといいね、と。
 だが来年、もしあの樹が果実をつけても、そこに母はいないのだ。
 その事が、切なかった。

 村はずれに居たはずだったのに、いつの間にか村に戻されていて、雷砂の知り合いの女性に、一緒にいこうと言われたのを振り払い、家に戻ってきた。
 村に魔法の炎が迫り、みんな死ぬんだろうと思ったから。出来れば死ぬ瞬間は家が良いと、そう思ったから。

 だが、炎は消えて、キアルはまだ生きている。
 死んでも構わないと思った。でも、自ら死を選ぶほど、死にたいわけでもない。
 それに、自分が死ねなかったのは残念だが、村のみんなが助かったのは素直に良かったと思えた。
 村には世話になった人もたくさん居るし、なにより大好きな少女が居る。
 彼女が焼け死ぬようなことがなくて良かったと、心から思った。

 そんな事を考えながら、畑を見る。ぼんやりと。
 ふと、今朝の事を思い出した。鬼気迫る、母の様子、その行為を。
 果樹の傍らに置かれた大きな石を見る。
 いつか、困ったらここを掘れと、母は言った。一体、母はあれほど必死に何を埋めていたのか。それが、とても気になった。

 ベッドを離れ、外へ向かう。玄関先に置いてある、古びたシャベルを持って。
 真上の石はどうやっても動かせず、仕方なく横から掘り進めた。

 一心不乱に掘って、掘って、掘って・・・・・・
 シャベルの先が何かに当たったと思ったときには、日は大分西に傾いていた。
 出てきたのは飾り気のない木の箱だ。

 土を払い、そっと開けてみた。
 そこには色々なものが入っていた。
 きれいな宝石のついた装飾具を中心に、売ればそれなりの値が付くであろう道具類の数々。
 1人残されるであろう息子の為に、母がどこからか盗ってきたのであろうもの。
 だが、そんな物達より何よりも、キアルの目を引く物があった。
 それは、木で作られた小さな玩具。幼い頃のキアルだったら、喜んで遊びそうなおもちゃ。

 震える手を、それに伸ばす。
 金に換えやすい装飾品や道具類をかき集める中、母は何を思いこの玩具を手に取ったのだろう。
 キアルが喜ぶと思って。キアルを、喜ばせたいと思って。きっと彼女は微笑みながら、これを手に取ったに違いない。
 キアルはそんな母の想いと共に、それを胸に抱いた。

 彼女の中ではいつだって、キアルは頑是無い子供だった。抱きしめ、守り、愛すべき存在。
 だが、キアルは早く大人になりたかった。早く大人になって、母に苦労のない生活を過ごさせてやりたいと努力した。

 でも、間に合わなかった。
 もう、母は居ない。キアルの為に鬼になり、そして死んでしまった。
 涙が、こぼれた。
 二度と、母には会えない。その事がストンと胸に落ちてきて、それがどうしようもなく悲しかった。





 家の中ではなく、裏手の畑の方から気配がしたのでそちらへ向かうと、樹の根本に膝をついているキアルの姿が見えた。
 驚かせないように、ゆっくりと近づく。
 地面を掘り返していたのだろうか。キアルは泥だらけで、同じく土にまみれた木箱とシャベルが置かれていた。

 近くに行くと、キアルが泣いているのが分かった。
 一瞬、それ以上近づくのを躊躇する。来るなと、はねつけられるのが怖かった。
 自分は、それだけの事をキアルにしたから。彼の母の命を、救うことが出来なかった。例えそれが、仕方のない事だったとしても。

 だが、そんな思いをかみしめながら、あえて足を踏み出しキアルの横に立つ。彼には罵る権利があるし、そうさせてやるべきだと思ったから。
 キアルは、隣に立つ雷砂を驚いたように見上げた。
 だがすぐに、うつむいて、

 「母さんは、おれの為に鬼になった。おれのせいで死んだんだな」

 ぽつりと、呟くように言った。
 雷砂は思わずキアルの頭に手を伸ばし、躊躇するようにその手少しさまよわせた後、拒絶されても構うもんかと思い切って手のひらを柔らかな髪の毛の上に乗せた。

 「そう思う、お前の気持ちは分かる。けどな、キアル。お前の母親は、シェンナは自分で望んで鬼になった。そして、己の思いを果たし、人の心のあるうちに死にたいと望んで死んでいった。きっと彼女は、お前が彼女の死に責任を感じることは望んでないんじゃないかな」

 ゆっくりと、頭をなでた。
 恐れていた拒絶はない。
 キアルはぼんやりと、土に汚れた木箱を見つめ、その胸に木で作られたおもちゃを抱きしめていた。


 「そう、かな」

 「オレはそう思う。なあ、キアル。シェンナの本当の望みを、お前も一緒に聞いただろう?」


 問いかけに、少年の頭が小さく上下する。

 「シェンナは、お前の幸せが望みだと言った。母親の最後の望みだ。叶えてやれよ?」

 少年の、肩が震えた。
 雷砂は微笑み、優しく彼の頭をなで続ける。


 「幸せに、なれ。キアル」

 「・・・・・・うん」

 「オレも、ミルも、お前が笑っている方が嬉しい」

 「・・・・・・っ。ありがとう・・・・・・雷砂」


 泣き笑いのように、キアルが笑う。
 そんなキアルを見つめ、雷砂もゆっくりと微笑みを深めた。





 村から脅威が去ったことは、翌日正式に村長の口から語られた。

 事件の原因が1体の魔鬼であったことも、そのせいで商人達4人が犠牲となり、巻き添えになったキアルの母が亡くなったことも、その場で語られた。

 雷砂は村長にだけは、ほぼ全ての出来事を語ったが、2人で相談してキアルの母親・シェンナは魔鬼の犠牲者として処理することにした。
 これからこの村で1人で生きていかなくてはならないキアルの今後を考えて。

 脅威を取り除いた者は誰かーその事は特に語られなかったが、村人の誰もが確信を持ったように、雷砂の周りに押し寄せた。口々に礼の言葉を述べながら。
 正確には自分だけの力でどうにかなったわけではないので、雷砂は困ったようにイルサーダを見たが、かの神龍人は口元にひとさし指を立て「黙っていて下さいね」のジェスチャーを返し、知らんぷりを決め込むのだった。

 折りよく、村長の話を聞く為に村人を集めた広場には、不安を抱えた商人達も少なからず集まっており、村長はその場で祭をどうするかの話し合いを行うことにした。
 村人の意見としては、開催を希望する声が圧倒的多数だったが、さて商人達はどうなのかと村長が水を向けると、意外なことに商人の大半が、危険が去ったなら、と祭まで村に残ってくれることになった。

 そんなこんなで祭の開催も決定し、盛り上がった村人の何人かが酒を持ち出したことで、予期せぬ大宴会が始まった。
 老若男女入り乱れての宴会は、結局深夜まで続き、祭りまで日がないというのに準備の役に立たない者を大量生産することとなるのであった。

 そんな宴の現場で、


 「お主は変わらぬのぉ、イルサーダ」

 「あなたは、なんというか、じじぃになりましたねぇ、サイ・クー」


 そんな再会があったことを雷砂が知ることになるのは後日、祭りの後での事となるのだった。 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

兎人ちゃんと異世界スローライフを送りたいだけなんだが

アイリスラーメン
ファンタジー
黒髪黒瞳の青年は人間不信が原因で仕事を退職。ヒキニート生活が半年以上続いたある日のこと、自宅で寝ていたはずの青年が目を覚ますと、異世界の森に転移していた。 右も左もわからない青年を助けたのは、垂れたウサ耳が愛くるしい白銀色の髪をした兎人族の美少女。 青年と兎人族の美少女は、すぐに意気投合し共同生活を始めることとなる。その後、青年の突飛な発想から無人販売所を経営することに。 そんな二人に夢ができる。それは『三食昼寝付きのスローライフ』を送ることだ。 青年と兎人ちゃんたちは苦難を乗り越えて、夢の『三食昼寝付きのスローライフ』を実現するために日々奮闘するのである。 三百六十五日目に大戦争が待ち受けていることも知らずに。 【登場人物紹介】 マサキ:本作の主人公。人間不信な性格。 ネージュ:白銀の髪と垂れたウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。恥ずかしがり屋。 クレール:薄桃色の髪と左右非対称なウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。人見知り。 ダール:オレンジ色の髪と短いウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。お腹が空くと動けない。 デール:双子の兎人族の幼女。ダールの妹。しっかり者。 ドール:双子の兎人族の幼女。ダールの妹。しっかり者。 ルナ:イングリッシュロップイヤー。大きなウサ耳で空を飛ぶ。実は幻獣と呼ばれる存在。 ビエルネス:子ウサギサイズの妖精族の美少女。マサキのことが大好きな変態妖精。 ブランシュ:外伝主人公。白髪が特徴的な兎人族の女性。世界を守るために戦う。 【お知らせ】 ◆2021/12/09:第10回ネット小説大賞の読者ピックアップに掲載。 ◆2022/05/12:第10回ネット小説大賞の一次選考通過。 ◆2022/08/02:ガトラジで作品が紹介されました。 ◆2022/08/10:第2回一二三書房WEB小説大賞の一次選考通過。 ◆2023/04/15:ノベルアッププラス総合ランキング年間1位獲得。 ◆2023/11/23:アルファポリスHOTランキング5位獲得。 ◆自費出版しました。メルカリとヤフオクで販売してます。 ※アイリスラーメンの作品です。小説の内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...