龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第一部 幸せな日々、そして旅立ち

第六話 第二十一話

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 セイラは苦しそうに、荒い息をついていた。
 雷砂はなるべく急いで、でも出来るだけセイラを揺らさないように歩く。
 他に道を歩く人がいないから暗い夜道に2人だけ。
 雷砂は心配そうにセイラの顔をのぞき込んだ。


 「セイラ、大丈夫?」

 「んぅ……ん、大丈夫、よ」


 やっぱり辛そうだ。
 雷砂は眉根を寄せた。
 セイラが盛られたのは、スケベな目的を果たすためにあの商人が準備した催淫剤の様なものなのは間違いないだろう。
 あの商人は、発情したセイラを無理矢理部屋に連れ込むつもりだったのだ。あわよくば、雷砂も一緒に。

 今現在、雷砂の分の薬も飲んでしまったセイラは、盛大に発情してしまっているのだが、性の知識に乏しい雷砂は、どうしてあげたら彼女を楽にしてあげられるのかが分からない。
 何とかして発散させてあげられれば、少しは楽になると思うのだが。

 セイラは無意識なのだろうが、さっきから胸を雷砂の胸にこすりつけるようにしている。
 胸を触ってあげれば楽になるのだろうか?
 だが、残念なことに両手が塞がっていてすぐに触ってあげることは難しい。
 じゃあ、口で……とも思うのだが、屋外で女性の胸にむしゃぶりつくというのも、あまり良くないことの様な気がする。

 雷砂は困っていた。
 何とかしてあげたいのに、どうにも出来ない。
 そんなことを考えていると、セイラの手が雷砂の頬に伸びてきた。
 セイラを見る。
 彼女は欲望をたたえ、潤みきった瞳で雷砂を見ていた。


 「雷砂、ごめんね……身体が熱くて、我慢できない」

 「オレこそ、ごめん。楽にしてあげたいのに良く分からなくて。セイラの好きにしていいよ。セイラが楽になれるように」


 雷砂が微笑んだ。
 それを受けてセイラの顔が急激に近づいてくる。
 彼女の唇が、雷砂の唇にぶつかった。
 雷砂は目を閉じず、それを受けた。足を止めることなく歩きながら。

 すがりつくように、セイラの腕に力が入る。
 何度も何度も角度を変えて唇はぶつかり合い、ぬるりと何かが唇を割って入り込んできた。
 それは雷砂の口の中を探り、刺激し、舌を見つけて絡みつく。

 息苦しいような、身体が熱いような。
 そんなはじめての感覚に雷砂は戸惑う。
 だが、口の中で暴れるそれは、まるで気にせず、快楽を求めて動き回る。
 隙間なく押しつけられたセイラの身体に胸がこすれて、身体がしびれるような感覚に襲われる。自分の内から湧き上がるような衝動に雷砂はさらに戸惑いを深めた。
 身体の力が抜けてしまいそうな危険な感じ。
 雷砂は努めて身体に力を入れ、急ぎ足で歩いた。セイラと唇をつなぎ合わせたまま。

 やがて。
 少し先に宿のあかりが見えてきた。雷砂はほっと息をつき、名残惜しそうなセイラの唇から唇を離した。


 「っはあぁ……セイラ、もうすぐ宿だよ」

 「……んぅ……雷砂ぁ……」


 セイラはとろとろにとろけきっていた。さっきよりもひどい。
 雷砂の声も耳に入っていないかもしれない。
 困ったなぁ、と思いながら、宿に戻ったら取りあえず風呂に入れて寝かしつけてしまおうと心を決める。
 何とか、他の人にこんなセイラを見られないように気をつけながら、自分だけで事を運ぼうと決意して。
 きっとセイラも、こんな様子をみんなに見せたくは無いだろうから。
 それは雷砂の優しさから出た結論。
 だが、このときの雷砂はそれがどんな事態を引き起こすか、まるで分かっていなかった。





 時間はもう深夜。
 宿はもうすっかり静まりかえっていた。
 雷砂はセイラを風呂場の脱衣所にまず寝かせ、まずは楽器や小物類を置きに彼女の部屋へ。それからまたすぐに風呂場へと戻った。
 途中、宿の厨房でしっかりと水も調達してきている。

 脱衣所に戻ると、セイラが横たわったまま、潤んだ瞳で雷砂を見上げてきた。
 雷砂は彼女を抱き起こし、水を飲ませる。
 が、薬が効きすぎている為なのか、水はほとんど彼女の唇の端からこぼれてしまう。
 雷砂は困ったようにしばし考えて、それから水を口に含み、そのままそっとセイラの唇と己の唇を重ね合わせた。
 つながりあった唇から水を送り込むと、彼女は美味しそうにその水を飲み干した。
 ほっとした雷砂は、その動作を繰り返す。持ってきた少なくは無い量の水を、飲ませてしまうまで。

 要は酒と一緒だ、と雷砂は思う。
 セイラが飲まされた薬によって強制的に発情させられている状態すなわち、酒……に酔っているような状態だろうと雷砂は分析していた。
 ならば、対処法も酒を飲み過ぎた時と同じように対応すればいい。

 具体的にどうするのか。
 とにかく水分をしっかり取らせて代謝を上げること。
 もしセイラに恋人がいるのなら、その恋人に預けて発散させてしまえばいいのだが、今は特定の相手はいないらしい。
 かといって、適当な男にセイラを触らせるのは、何だか嫌だと思った。
 だから、雷砂はそうせずにすむ方法を自分なりに考えたのだ。

 とにかく、水分は十分に取らせた。
 後は風呂に入れて、汗を流させ、なるべく早く薬の成分が抜けるようにしてあげるしかない。

 雷砂は手早く自分の服を脱ぐと、悪戦苦闘しながらセイラの服をはぎ取っていく。
 服を脱がせる雷砂の手が皮膚をかすめる感覚さえも、敏感になった今の彼女には辛いのだろう。
 雷砂の手が触れる度にセイラの身体が小さく跳ねる。
 そんな様子なので、幾重にも重なった舞台衣装を脱ぎ終えた頃にはぐったりとしてしまっていた。

 そんな彼女の身体を抱き上げて、雷砂は風呂場に向かう。
 湯気に煙るその場所は、夜も遅いというのに暖かな湯がなみなみとたたえられていた。
 暖かな湯をこうしてずっと維持するのは大変じゃ無いのだろうか、と疑問に思った雷砂は、少し前に宿の人間に尋ねてみた。
 宿の者がいうには、この宿の風呂の湯は、地面の下からわき出る湯を利用している為、湯を沸かす手間はないとの事だった。
 便利なものだなー雷砂は湯の温度を確かめてから、手桶に汲み上げた湯でセイラの身体を流していく。


 「セイラ、大丈夫?お風呂に入れそう?」

 「ん・・・・・・でも、お風呂に入る前に身体を洗わないと。雷砂、洗ってくれる?」

 「ん、いいよ。えっと、この石鹸とスポンジを使えばいいんだよね?」


 雷砂は先日、セイラが雷砂を洗ってくれたのと同じスポンジを取り上げた。
 だが、何故かセイラにそれを取り上げられてしまう。
 あれ、まちがったかな、と首を傾げてセイラを見ると、彼女は甘える様に雷砂を見上げ、

 「身体が敏感になってるから、これじゃなくて雷砂の手で洗ってほしいな」

 と熱に浮かされた様な口調で雷砂にねだった。
 セイラがそう言うなら、と雷砂は素直に頷き、石鹸を泡立て、セイラの身体へと手を伸ばした。

 泡だらけになった手で触れると、彼女の身体がびくんと跳ねた。
 敏感になってるんだから優しくしてあげないと、と優しく丁寧に手を動かしていく。
 その心遣いが、余計に彼女の情欲を煽ってしまうことに気がつかないまま。
 まずは背中からお尻にかけて洗い、さて前を……というところにさしかかり、ふと手を止める。

 (胸……はオレが洗っていいのかな)

 普通、女の人がそう言う部分を触らせるのは相手を好きだからだと思う。

 (好きな人以外には触られたくはない場所なんじゃないかな……オレはあまり気にならないけど)

 といっても、雷砂の胸にはまだ触らせるほどの膨らみはみじんも無いのだが。
 そんなことを考えつつ、まずはわき腹やお腹の辺りを洗い始める。
 それに気づいたセイラは、少しじれったそうに身体をゆすり、雷砂の身体に身を預けるように寄りかかってきた。

 とにかく身体が熱くて仕方が無いのだ。
 特に、胸の辺りと下腹部の辺りがひどく、むずがゆいような感覚さえ覚える。その部分を触ってほしくて仕方が無かった。

 雷砂にこんな事をさせるのは良くないーそんな思いももちろんあるが、それを押さえ込むようにして快楽を求める心が暴走していく。

 雷砂は優しかった。優しすぎるくらいに。

 小さな手のひらが、優しく身体を洗い清めていく。だが、その手は中々セイラが触れてほしい場所には伸びてこなかった。

 (もう、頭がおかしくなっちゃいそう)

 だめだ、と理性は叫ぶ。だが、どうにも身体が止まらなかった。
 セイラは雷砂に向き直り、その頭を胸にかき抱いた。胸に小さな頭を挟み込んだその刺激だけで、軽く達してしまいそうになる。

 「っうん……そこが、辛いの……お願い……」

 欲望にかすむ瞳で、セイラが懇願する。
 雷砂の目の前には、赤く充血してぴんと張りつめた彼女の胸の頂がある。
 ふるふると震えるその蕾に誘われるように、雷砂はそっと唇を寄せ、ちゅうと吸い上げた。

 「っっんぅ……」

 その瞬間、彼女の背中が反り返り、震え、それから脱力する。あまり大きな声を上げては雷砂を怯えさせてしまうと、口をついて出そうになる嬌声を堪えに堪え、その我慢すらも刺激になり、今までに体感したことが無いほど深く達してしまったのだ。

 雷砂の唇に乳首を吸われる、ただそれだけの刺激で。

 はあはあと荒く息をつきながら、激しい性的快感に大量の汗を発汗し、少しだけ彼女の様子は落ち着いたようだった。

 そんなセイラの様子を見ていた雷砂は、口の中に含んだままの彼女の蕾を舌で転がす様に攻めた。
 彼女の胸を気持ちよくさせることが、彼女を楽にすることに繋がると考えたためだ。
 もう片方の乳房には手を伸ばしてもみ上げ、指先で乳首を摘んで刺激する。

 「んんっ……ら、雷砂っ!?」

 驚いたのはセイラだ。
 彼女はさっきの行為で、大分満足して落ち着いていた。
 しかし、雷砂に胸を攻められ、落ち着いたはずの欲望がまた首をもたげてくる。
 戸惑ったように雷砂の名前を呼びながら、下半身の熱が再び高まるのを感じた。

 セイラは恥ずかしそうに目を閉じ、自分の秘密の場所へと手を伸ばす。
 そこはもう、自分でもびっくりするくらいに濡れていた。
 もう我慢できずに、夢中になって指を動かした。始めてしまえば、もう止める事などできなかった。
 そんなセイラの様子を雷砂はしっかりと見ていた。

 (あそこも、気持ちいいのか)

 雷砂はセイラの背中を支えながら仰向けに寝かせる。
 雷砂が責め立てた2つのふくらみは、横になっても形を崩さず、その頂は雷砂の唾液にまみれいやらしくそそりたっている。

 雷砂が胸から離れてしまって、セイラは少しもどかしそうに、誘うように胸を揺らす。
 それはとても魅惑的な光景だったけど、雷砂はセイラに微笑みかけ、その太股に口づけた。

 気持ちよさそうな声が、セイラの唇から漏れ出る。
 雷砂はそのまま内ももの方に舌を滑らせ、そのままさっきまでセイラの指がいた場所へ唇を押し当てた。


 「っん……そこ、だめぇ……汚い、から」

 「汚くなんか無いよ。オレが綺麗に舐めて、気持ちよくして上げるからね」


 びしょびしょに濡れたその部分を、雷砂の舌が舐め上げた。
 大好きな人を治してあげるため純粋な行為。少なくとも雷砂はそう信じて懸命に舌を動かす。
 男を受け入れるための入り口に舌を差し込み、その少し上にある小さな豆粒を吸い上げる。
 雷砂の与えるあまりの快感に、セイラはその背を反り返らせた。


 「あ、あ、あ……ダメ、ダメよ、雷砂……お、おかしく、なっちゃう」

 「いいよ、気持ちよくなって」


 とどめとばかりに、雷砂はセイラの太股を抱えるようにして口をしっかりとその部分に密着させ、ちゅうちゅう音をさせてすいながら舌を激しく動かした。
 自分の下半身から聞こえてくるその音と、何ともいえない背徳感が後押しをし、セイラは凄い勢いで上り詰めていく。
 あまりの気持ちよさに、頭がとろけてしまいそうだった。

 「っん、ぅんっ……あ、ん、んぁっ……っく、イク……イっちゃう……」

 セイラの腰が跳ね上がる。
 雷砂は、充血して膨らんだ彼女の敏感な部分を口に含み、強く吸い上げた。
 その刺激が彼女を押し上げる。

 「んあっ、ああああああっっ」

 大きな声と共に、彼女の背が反り返り、びくびくと震えた。それはしばらく続き、力つきたように彼女の身体がぐったりとする。
 雷砂はセイラの身体に乗っかり、胸と胸をあわせるようにしてぎゅっと彼女を抱きしめて上げた。

 瞳をのぞき込む。
 強い快楽にさらされ、まだ熱を持ち潤んではいるが、いつもの彼女の目に戻りつつあった。
 薬の影響も、山を越えたらしい。
 セイラは、気だるげに少し恥ずかしそうに微笑んだ。雷砂も微笑む。

 「……ね、キスして?」

 そんなおねだりをうけて、雷砂はそっと唇を寄せる。
 すると、待ってましたとばかりに彼女からも唇を押しつけられ、唇を割って入ってきた熱い舌に、口の中を蹂躙された。さっきの仕返しとばかりに。
 そうして激しいキスをしながら、セイラの手は雷砂の背中を滑り降り、可愛らしいお尻をぎゅっとつかむ。

 雷砂は微かに身体をふるわせた。
 背筋がゾクゾクするような、今までに感じたことのない感覚。
 だが、嫌な感じは無い。セイラの手で触れられることは、むしろ喜びだった。

 セイラの手はなれた調子で雷砂の未発達なその部分に到達し、いつの間にかあふれ出していたぬるりとした液体を彼女の敏感な部分にぬり広げた。
 それだけで雷砂の未成熟な身体は軽く達し、セイラと唇をつなぎ合わせたまま、小さな身体を震わせた。


 「んっ、ちゅっ……んはぁ、雷砂、気持ちよかった?」

 「んんっ、んちゅ、ちゅっ……うん」

 「ふふっ、良かった。さっき、雷砂が気持ちよくしてくれたお返し。ごめんね、面倒かけちゃって」

 「面倒なんかじゃ無かったよ。気持ちよさそうなセイラを見てるのは、オレも嬉しかったし」

 「んー、そうね。雷砂も、感じてくれたみたいだし?」

 「感じる?あー、こういうのはじめてだからよく分からないけど、感じてたのかな」


 戸惑うような雷砂に、セイラは悪戯っぽく笑いかける。
 そして、


 「だって、ほら」

 「っんぅ……」


 そう言いながら、セイラは雷砂の股間に潜り込んだままの指を動かした。
 ぬるぬるした指に敏感な部分をピンポイントにこすられて、雷砂の身体が跳ねる。気持ちよさそうに。

 「ここをこんなびしょびしょにして、そんな気持ちよさそうな声を上げて、これで感じてないって方が信じられないわ」

 ふふふ、と笑いながらセイラに抱きしめられ、雷砂は少し居心地が悪そうに身じろぎをした。
 そうやって動くと、セイラに無理矢理自覚させられたびしょびしょの下半身がちょっと気持ち悪い。

 そんな雷砂の心の動きを見て取ったのだろう。セイラは愛しそうに雷砂を見つめ、その頬にちゅっとキスを落としてから彼女を解放した。
 雷砂は浴槽の湯を汲み、己の身体を清め、それから同じようにセイラの身体も流してくれた。

 セイラはゆっくりと体を動かしてみる。
 気だるさは残っているが、先程までのどうしようもない感じはなくなっていた。
 何とか自分の力で浴槽にいけそうだったので、ゆっくり歩いて湯の中に身を浸す。
 次いで入ってきた雷砂を自分の太腿に座らせて、向かいあったまま視線を絡ませた。

 「でも、今日は本当にありがとう。お礼といっては何だけど」

 そう言いながら、雷砂の胸へと手を伸ばす。
 やわやわとまっ平らな胸を触られて、雷砂はきょとんとした顔をしている。

 「昼間に約束したとおり、雷砂のおっぱいが大きくなるように、協力するわね?」

 有無をいわせぬ完璧な笑顔で、セイラはそう言いきった。
 雷砂は首を傾げながら、ああ、そんなこともあったな、と思い出す。今日は色々な事があったので、ずいぶん昔の事の様に感じるが。
 雷砂の胸を触るセイラは、何となく幸せそうだ。
 だから、雷砂はセイラのしたいようにさせる事にした。
 セイラが楽しいなら良いかな、とそんなことを思いながら。





 宿に戻りずいぶん長湯をしてからセイラの部屋へ一緒に戻って、当然の如く同じ寝台に引きずり込まれた雷砂は、彼女の腕に閉じこめられ、抱き枕と化していた。
 風呂に入り、色々発散したことで身体はずいぶん落ち着いたのか、セイラは気持ちよさそうに寝ている。
 そのことにほっとしながら、雷砂は彼女の顔を見つめた。
 なんだか気分が高ぶっていて、まだ眠れそうにない。
 風呂場での一件の後、少しずつ薬が抜けたセイラと、少しだけ真面目な話をした。

 「また、助けられちゃったね」

 はにかんだようにそう言って、彼女は真摯な表情で頭を下げた。ありがとう、と。自分より遙かに年下の雷砂に向かって。
 そして言ったのだ。
 一緒に旅をしないか、と。
 一座の仲間になって欲しいと、そう言われた。
 楽器の腕も、歌声も、身のこなしも……すべて欲しいけど、何より私が雷砂と一緒に旅をしたいのーそんな風に。

 すぐには頷けなかった。
 いつかー近い将来、ここを出て行くつもりでいた。幼い雷砂を守り、育ててくれたゆりかごの中から。
 だが、セイラのその提案を聞いたとたん、自分にはまだその覚悟が出来ていないことに気づかされた。

 シンファの顔が脳裏に浮かんだ。
 厳しくも優しい眼差しや、笑み崩れた顔。大好きな、大好きな人。いつか離れなくては、ならない人。
 適齢期にさしかかった彼女の傍らに自分がいることは、決して良いことではないと、分かっていたから。
 部族の仲間達や、親しくつき合うサライの村の住人達。自分を慕ってくれるミルファーシカやキアルの顔も浮かんだ。
 そして、獣人族の長・ジルヴァンの病んでやつれた顔。
 自分が居なくなったら、誰が彼のための薬を調合するのか。そんな懸念を彼が知れば、きっと笑い飛ばされてしまうのだろうけど。

 反面、セイラが自分を誘ってくれたのは、素直に嬉しかった。
 自分を繋ぐものが何もなければ、きっと即座に頷いていただろう。それくらい、彼女と共に居たいと、そう思う自分が居た。

 雷砂はじっとセイラを見る。
 綺麗だけれどあどけない寝顔。安心しきった顔。
 守って上げたいと思う。そばに居たいと思う。けど、雷砂の心は今の居場所にもまだ居たいと思っていて。
 引き裂かれる様な思いのまま、雷砂はセイラの胸にすり寄って目を閉じた。

 祭りの日まで、あとわずか。
 だが、まだ時間はある。セイラ達が旅立つその日までに答えを出せばいい。
 そんな風に考えながら、雷砂は心地良いまどろみに身を任せ、大好きな人の腕の中、ゆっくりと眠りに落ちていった。

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