龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第一部 幸せな日々、そして旅立ち

第六章 第十二話

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 ミルファーシカの家でのお茶会が終わり、雷砂は一人、キアルの家の前まで来ていた。
 人の気配のない小さな家からは何の異変も感じられない。
 雷砂は注意深く家の周りを見て歩いたが、特におかしな所を見つける事は出来なかった。

 他に確認すべき所があるとすれば家の中しかないが、どうやらキアルもその母も不在の様だ。
 先ほど戸を叩いてみたが、誰も出てこなかった。
 匂いを嗅げば、相変わらず薄らと腐敗臭が漂っているのが分かる。
 だが、どうやらそれは残り香の様で、匂いの元を見つける事は、雷砂には出来なかった。

 「……今度は、ロウを連れてくるか」

 小さく呟く。
 もちろんロウの鼻とて万能ではない。だが、少なくとも雷砂の鼻よりは多くの情報を得ることが出来るはずだ。

 今度はキアルか、その母がいる時間を見計らって来てみようーそんな事を考えながら、次の目的地に向かって歩き出す。
 向かう場所は、先ほど村長との話に出てきた村はずれの林だ。
 村長に話した通り、念の為確認しておくつもりだった。
 歩きながら、雷砂はミルファーシカの話について、再度考えを巡らせていた。





 「ん?キアルがどうしたって?」

 甘い物を食べ、その味を反芻しながらお茶を飲んでいた雷砂は、目の前の少女の改めて見つめ、そう聞き返した。
ミルファーシカは、滅多に見せないような真剣な顔をして、

「キアルが、危ないの」

 先ほどの言葉を再び繰り返した。どうやら聞き間違いではなかったらしい。
 雷砂は手の甲で口元を拭ってから、

 「うん。キアルが危ないのは分かった。今日、何かあったのか?詳しい事を、教えてくれないか?」

 表情を引き締めて尋ねた。
 ミルも頷き、ゆっくり、思い出すようにしながら、今日キアルを見かけた時の事を話してくれた。

 キアルの元気が無かった事。
 いつもはミルに話しかけてくれるのに、今日は部屋を見上げてくれなかった事。
 キアルの後ろを黒い小さな獣の様なモノが付いて歩いていた事。
 そしてー。

 そして、その黒い獣が、何だかとても……とても怖かった事。
 そんな内容の事を、ミルは言葉に詰まりながらも、丁寧に真剣に話してくれた。

 黒い獣。

 そのキーワードに、雷砂は昨日キアルの口から聞いた事を思い出していた。
 きのう草原で、獣の群れを殺し尽した存在。それは黒い小さな獣で、キアルは助けて貰った様に感じたと言っていた。
 その黒い獣と、今日ミルが見たモノが同じなのだとしたら、そいつはキアルを守っているのだろうか?でも、なんで……?

 「キアル、大丈夫かな」

 不安そうな少女の声に、考えに沈んでいた雷砂は顔を上げる。

 「オレがこれからキアルの様子を見てくるよ。不安かもしれないけど、オレに任せてくれ。ミルは、危険な事をしちゃ、ダメだぞ?」

 手を伸ばして柔らかな髪の毛を撫でながら微笑みかける。頬を染め、小さくミルが頷く。

 「いい子だ。そうだ、ちゃんと大人しくできたら、旅芸人の一座の舞台に連れてってあげるよ。知り合いが出来たんだ」

 セイラの顔を思い浮かべながらそう言うと、ミルは嬉しそうに顔を輝かせ、それからちょっと疑わしそうに雷砂を見ながら、

 「えっと、その知り合いって、もしかして女の人?」

 そう問いかけた。
 雷砂がなんでわかったんだろう、と内心首を傾げながら、にっこり笑って、

 「そうだよ」

 と答えると、ミルファーシカは、

 「やっぱり……」

 そう呟き、少女らしからぬ憂い顔で大きな大きなため息をついたのだった。







 ミルファーシカと話した後、村長の館の敷地内を捜したが、キアルの姿は見つからなかった。
 仕方なくキアルの家へ向かったが、家には誰もおらず、大した事は分からないまま、雷砂はこうして次の目的地へと足を伸ばしていた。

 なるべく早く、キアルと話をしないとなーそんな事を思いつつ歩く雷砂の視界に、やっと小さな林が見えてくる。
 林からは小川が伸びていた。小さな小川だ。

 ここは村長の話に出た、問題の林だった。

 林に入る手前で立ち止まり、気配を探る。
 嫌な気配は感じない。
 注意深く辺りを見回しながら小川が流れていく先を目で追うと、何軒か小さな家が見えた。
 あの内の一軒が、おそらくこの林の異変……というか小川の異変に気づいた家なのだろう。
 一番近い家と林との距離を目で測り、慎重に林に分け入った。

 最短の民家までの距離はあまり遠くない。
 もしこの小さな林の中で大きな悲鳴があがったり、激しい騒ぎが起きれば、何かしら音が届くであろう、そのくらいの距離。
 とはいっても、何かに集中していれば気が付かない程度の音ではあると思うが。

 林の中を歩く。
 ゆっくりと、周りを観察しながら。
 そう頻繁ではないにしろ、人の出入りはあるのだろう。それ程苦労なく、問題の場所にたどり着いた。

 少し開けたその場所は、優しい木漏れ日の中、小川が緩やかに流れてなんとも長閑な風情だった。
 雷砂はゆっくり歩きながら、何らかの痕跡を捜して周囲を見回す。
 はっきりした痕跡は見つからない。
 しかし、ちょっとした違和感はあった。

 動物の気配がないのだ。

 小さな林の事だ。大きな獣が居ないのは分かる。
 だが、鳥や木の上で生活するような小動物の気配すらない。ま
 るで、何か恐ろしいモノから逃げたかのように、この林には不自然なくらい、生き物の気配が無かった。

 それにー。

 雷砂は腰を落として、手の平で地面を撫でた。
 所々、微かにだが、土の色が違うところがある。よく見なければわからないくらいの違い。
 だが、雷砂の目はそれを見逃さなかった。
 色の違う土の痕跡を目で追う。
 その痕跡は、一直線に深い草むらと木々の向こうに消えていた。

 「……行ってみるか」

 立ち上がり、草を分けて進んだ。
 その場所は、ちょうど道から少し林に入り込んだ場所だった。
 少し広い空間はあるが、薄暗く、道からは木に隠れていて見えにくい。

 「ここに、誘い込まれたのか」

 周りを見回しながら呟く。足元の土をすくい上げ、鼻を寄せる。
 血の、匂いがした。まだ、それほど古くは無い。
 更に、注意深く周囲の木々を見れば、薄暗くて分かりにくいが、飛び散った血の痕跡も見て取れる。
 遺体は見当たらないが、恐らく行方知れずの商人は、ここで殺害されたのだろう。
 彼を誘い込んだ、何者かの手によって。

 遺体はどうしたのか。
 食べたのだろうか?骨も残さずに。
 殺害者が魔鬼であれば、それも不思議ではない。

 血痕の後から推測するならば、殺害者はここで獲物を殺害し、遺体を始末した後、川辺に行って血を洗い流したのだろう。
 体中に浴びたであろう大量の返り血を。

 そうであれば、その後の足跡を追うのは難しい。
 恐らく、ロウを連れて来てもそう簡単には追えないだろう。

 となると……

 雷砂は村長から預かり、胸元に収めたままのナイフの持ち主を思う。
 彼が何かをしたとは思わない。だが、何かを見た可能性はあると思った。

 「ま、ナイフを返しがてら、話を聞いてみようか」

 一人呟き、村へ向かい歩き始めた。
 ここ一連の商人達の行方不明事件の、初めてと言って良い手がかりだった。
 あの気の良い一座の青年が何か見ていてくれればいいと思う。

 しかしー。

 雷砂は林を出たところで足を止め、後ろを振り返る。
 今日見た現場が、失踪した3人目の商人のなれの果てだとしたら。
 恐らくこれまでにいなくなった商人2人の末路も似たようなものだったに違いない。

 「思っていた以上に血なまぐさい事になりそうだな」

 せめてこれ以上被害を広げない様に、雷砂は手がかりを求めて一座の滞在する宿へ向かう足を早めるのだった。


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