龍は暁に啼く

高嶺 蒼

文字の大きさ
48 / 248
第一部 幸せな日々、そして旅立ち

第五章 第十六話

しおりを挟む
 心地いい温度のお湯にゆったりとつかりながら、少年に違いないと思い込んでいた相手は気持ちよさそうに目を閉じて生まれて初めてのお風呂を楽しんでいる。
 なんでも今までは川で水浴びをする事がほとんどで、真冬の間だけ沸かした湯を使って体を拭いたり流したりしていたのだという。
 彼女が育った獣人族の集落にはこのような浴場は無く、この村にもある共同浴場も利用したことは無いらしい。

 確かに入浴は贅沢な習慣だ。
 今時は大体どこの宿にも浴室はあるが、無料で使用できるところはまず無く、共同浴場の使用料金も決して安い訳ではない。

 セイラとて、女だからこうして贅沢に入浴を楽しむことが出来るが、同じ一座の仲間でも男連中が湯を使えるのは公演の前日や、女の客から特別に借り出された時くらいだろう。
 座長の方針で女はいつも身綺麗にする事が義務付けられているのだ。

 理由は一つ。
 女がきちんと華やかで清潔に装っていれば、それほど美しい女でなくとも男より格段に稼ぎが上がるから。
 何も単純に身体を売るという意味ではない。
 もちろん、一番に売れるのも売りたいのも芸事だ。
 身に着け磨いたそれぞれの特技を売って金を稼ぐ事が何より健全で望ましい。

 特に今回の様に祭りに呼ばれ、芸を披露することは一番うれしい形だった。
 一座全体で大きく稼げるし、健全で華やかだ。大きな祭りに呼ばれれば一座の名も上がる。

 だが、そう言った稼ぎばかりではない。
 酒宴の余興や貴族連中の道楽に呼ばれることも多かった。
 余興に呼ばれたはずが、酒の酌まで求められる事など日常茶飯事。更にエスカレートすれば、夜の相手に呼ばれる事もある。

 だが、これに関しては、よほどの事がない限り、座長がしっかり断ってくれる。
 それでもどうにもならない時、そんな時は運が悪かったと、諦めるしかないのだけれど。

 (まぁ、なんていうか、やくざな商売よねぇ)

 浴室の天井を見上げながらそんな事を思う。
 だが、セイラはこの商売が好きだった。一座の皆はもう家族の様なものだし、一所に落ち着かない旅から旅への生活も悪くない。
 いつまで続けるか、続けていけるのかーそんな事はまだわからないが、出来るだけ長く、一座にとどまっていたいと考えていた。妹のリインと一緒に。


 「なに、考えてるの?」

 「ん~~~色々と」


 妹に問われ、微笑む。
 隣で湯につかる妹は、少し不満そうだ。
 大好きな姉が黙って考え事をしていたせいで少しつまらなかったのだろう。
 大きくなっても甘えたがりな所は変わらない。
 双子なのに自分が年上に思えるのはこんな時だ。
 だがセイラは、妹のこうしたわかりにくい甘え方が可愛くて仕方がなかった。

 もう、可愛いんだからーと横から抱きついたら暑苦しいと追い払われ、しょんぼり肩を落とす。
 ちぇ~っと思いながら前を向くと、今度はくすくす笑う雷砂と目があった。
 不思議なことに、女の子と言われてみればそうとしか見えない。さっきまでは少年だと信じていたのに。


 「仲良いね」

 「まあね。二人きりの、家族だし」

 「そっか。そうだな」


 雷砂は?-そう聞き返そうとして少しだけ躊躇する。
 彼女は獣人族の集落に育ったという。
 そうなのだとしたら、彼女の両親はどうしたのだろう。家族と呼べる人はいるのだろうか。
 どこまで踏み込んでいいのだろうと考えていると、不意に雷砂が立ち上がった。
 見上げてみると、頬が上気して赤い。


 「のぼせちゃった?」

 「うん。もう熱いからから出る」

 「じゃあ、出る前に髪を洗わせて。綺麗にしてあげる」


 そう言いながら立ち上がる。ちらりと妹を見ると、彼女はまだ涼しい顔だ。
 リインは長湯が好きなのだ。


 「髪?さっき湯で流したし、もうこれで十分だけど……」

 「だーめ。お姉さんのいう事聞きなさい」


 駄々をこねる雷砂を座らせて、髪を泡立てる。
 優しく指を通すと、雷砂は気持ちよさそうに小さく唸る。
 そんな様子が可愛くて、自分の髪を洗うよりも丁寧に時間をかけた。

 「雷砂、今日は私の部屋に泊まってね?」

 仕上げの香油を髪になじませながらそう話しかける。
 少女は少し躊躇したようだった。
 だが、どうしてもとお願いすると、少女は大人っぽく苦笑して結局は頷いてくれたのだった。





 そして、夜。
 一緒のベッドに横になりながら、セイラは自分の生い立ちの話をした。
 妹と自分の今までの人生を。
 そして、小さな声でそっと尋ねる。雷砂は?-と。

 本当は彼女の事が知りたかったのだ。
 だが、自分の事は隠して、彼女の事ばかり根掘り葉掘り聞くのは嫌だった。
 だから、まずは自分の事から話した。

 言いたくなければ言わなくてもいいのよ?-そう伝えると、雷砂は微笑んで答えた。セイラにならーと。

 そうして彼女は語る。静かな声で、だが時に愛おしそうな表情で。
 その声を聞いているだけで、彼女の生きてきた時間が幸せなものだったのだと伝わってきた。

 物語は続く。
 セイラはちっとも眠くなかった。
 雷砂も眠そうな素振りを見せず、ゆったりとした口調で語り続けた。

 静かに、静かに夜は更けていく。

 まるで小さな子供に戻り、両親の語る寝物語に耳を傾けているような、そんな穏やかな心地でセイラはひたすら雷砂の声に耳を傾け続けた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

処理中です...