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第一部 幸せな日々、そして旅立ち
第五章 第十二話
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眠ったままの少女を父親である村長の手に託し、雷砂は大きく伸びをした。
まだ幼い少女は大して重くはなかったが、眠る少女を起こさないように気をつかいながらの移動は存外に体力を消費した。
「さて、次はキアルの家に行くか」
そう言って自分より少し下にある少年の肩を抱き寄せた。
「いいよ、ライ。おれ、一人でも帰れるよ?」
疲れているだろう年上の友人を気遣ってそう言いながら、綺麗な横顔をそっと見上げた。
そんな優しい思いやりに雷砂は微笑み、まだ細い肩を抱いたまま歩き始める。
「いいから送らせてくれ。その方がオレも安心出来る。最近は色々物騒だからな」
「そう?じゃあ、お願い」
少しはにかむように少年が笑う。
雷砂もそれに答えてニッと笑い、少年の歩にあわせてゆっくりと歩き出した。
銀色のオオカミは、そんな二人を見守るように彼らの少し後ろをついていく。
キアルの家は村の外れに近いが、元々そんなに大きくない村のことだ。ミルファーシカの家からもそう遠くはなかった。
大した話をする間もなく、林に囲まれたような小さな家が見えてきた。
家の横には小さな畑があって、母と子が日々食べる為の作物が植えられている。
「畑の世話はキアルが?」
「うん。母さんはあんまり体が強くないから。それにおれ、畑いじるの好きだしさ」
「そうか。偉いな」
微笑み、手を伸ばして少年の髪をかき混ぜた。
子供扱いするなよな~-と口を尖らせながらも、少年はなんだか嬉しそうだ。
「キアルの母さんの体調は最近どうなんだ?もし必要なら、少しくらい薬草を分けてやれるけど」
「う……ん」
雷砂の提案に、少しだけ表情を曇らせて考え込む。
言うべきか言わないべきかを迷うようにしばらく瞳を彷徨わせ、
「ライの言葉は嬉しいけど、最近母さん、調子が良さそうなんだ。……だからいいよ」
ぎこちないながらも笑みを浮かべ、きっぱりとそう言った。
そんな少年の真意を探るように、しばらく鋭い眼差しを注いだ後、ふっと口元を緩め、分かったけど、困ったら相談しろよ-と薄い背中を掌でぽんと叩いた。
頷き、少年は自分の家の戸口に立った。
「うん。じゃあ、また」
そう言って少年が扉を開けた瞬間、甘い匂いがふわりと漂った。
眉根を寄せ、匂いを嗅ぐ。
甘い匂いに紛れて微かに香るのは腐臭の様にも思えた。
ちらりと、傍らの相棒に目を向けると、彼も確かにその匂いを感じているのだろう。
落ち着かない様子で、ふかふかの長い尾をパタリ、パタリと揺らしている。
雷砂は再び少年の方へと目を向けた。
少年は、その匂いを当然のものとして受け止めているようだった。
まだ子供らしさの抜けないその面に、不安や恐怖の影は見つからない。
危ないとは感じていないのだろう。
だが、何かを悩んでいるような様子は気にかかった。
雷砂は少し考えて、自らの首にかかっている紐を外した。
そしてそのまま、キアルの首にそっとかけてやる。
「……これ、笛??」
キアルは紐の先にぶら下がった小さな笛を持ち上げて首をかしげた。雷砂は頷き、
「ああ。困ったことが起きたらこれを吹くんだ。ここは村の外れだからな。ここのところ、物騒な事件も多いし、念の為の、お守りみたいなものだ」
そう答えた。
物は試しとばかりに、少年は早速笛を口元に持っていく。
そっと息を吹き込んでみたが音がしない。むきになって更に強く吹いてみたが、それでもその笛から音が出ることはなかった。
唇を尖らせてキアルは年上の友人を見上げる。
「音、出ないじゃん。壊れてるよ、これ」
むくれたような顔が可愛くも可笑しくて、雷砂は笑いながら答えた。
「いいんだよ、それで。今みたいに吹けば、オレやロウにはきちんと聞こえるから」
「……ふうん?」
納得できないといった表情でもう一度笛を眺め、だが素直にそれを服の内側に落とし込んだ。
にっこり笑い、短い髪を撫でると、また子供扱いして-とばかりに上目づかいに睨まれた。
雷砂はひるまずその眼を覗き込み、
「いいか?何かあったら迷わずそれを吹けよ?そうしたら、オレかロウが必ず駆けつけるからな」
真剣な声で言った。
「すごく遠くにいたら聞こえないかもしれないじゃん」
「大丈夫さ。ちゃんと聞こえる。だから、思いっきり吹け。出来るなら、どこかに隠れてから吹くとなおいいな」
「隠れてから吹くの?見つかっちゃうんじゃない?」
「普通の奴には聞こえないから大丈夫。その音を聞いたら出来るだけ急いで駆けつけるから、じっと隠れて待ってるんだぞ」
どこまでも真面目で真剣な様子に気圧されたように少年が頷く。
雷砂は満足したように微笑み、探るような眼差しで少年の家の中を盗み見た。
異変は感じられない。
危険も、今はないと思う。
だが、何かがおかしいと本能が警鐘を鳴らしていた。
無理に部屋に押し入る訳にもいかないしな-そんな事を考えながら、少年に背を向け、肩越しに手を振った。
それに、事情を話して今すぐ中を見てみたところで、今は何も収穫を得られないだろうと、心のどこかにそんな確信もあった。
今はキアルに鈴をつけただけで良しとするか-声に出さずに呟き、ゆっくりと歩く。
しばらくの間は、頻繁に様子を見に来ることにしようと考えながら。
まだ幼い少女は大して重くはなかったが、眠る少女を起こさないように気をつかいながらの移動は存外に体力を消費した。
「さて、次はキアルの家に行くか」
そう言って自分より少し下にある少年の肩を抱き寄せた。
「いいよ、ライ。おれ、一人でも帰れるよ?」
疲れているだろう年上の友人を気遣ってそう言いながら、綺麗な横顔をそっと見上げた。
そんな優しい思いやりに雷砂は微笑み、まだ細い肩を抱いたまま歩き始める。
「いいから送らせてくれ。その方がオレも安心出来る。最近は色々物騒だからな」
「そう?じゃあ、お願い」
少しはにかむように少年が笑う。
雷砂もそれに答えてニッと笑い、少年の歩にあわせてゆっくりと歩き出した。
銀色のオオカミは、そんな二人を見守るように彼らの少し後ろをついていく。
キアルの家は村の外れに近いが、元々そんなに大きくない村のことだ。ミルファーシカの家からもそう遠くはなかった。
大した話をする間もなく、林に囲まれたような小さな家が見えてきた。
家の横には小さな畑があって、母と子が日々食べる為の作物が植えられている。
「畑の世話はキアルが?」
「うん。母さんはあんまり体が強くないから。それにおれ、畑いじるの好きだしさ」
「そうか。偉いな」
微笑み、手を伸ばして少年の髪をかき混ぜた。
子供扱いするなよな~-と口を尖らせながらも、少年はなんだか嬉しそうだ。
「キアルの母さんの体調は最近どうなんだ?もし必要なら、少しくらい薬草を分けてやれるけど」
「う……ん」
雷砂の提案に、少しだけ表情を曇らせて考え込む。
言うべきか言わないべきかを迷うようにしばらく瞳を彷徨わせ、
「ライの言葉は嬉しいけど、最近母さん、調子が良さそうなんだ。……だからいいよ」
ぎこちないながらも笑みを浮かべ、きっぱりとそう言った。
そんな少年の真意を探るように、しばらく鋭い眼差しを注いだ後、ふっと口元を緩め、分かったけど、困ったら相談しろよ-と薄い背中を掌でぽんと叩いた。
頷き、少年は自分の家の戸口に立った。
「うん。じゃあ、また」
そう言って少年が扉を開けた瞬間、甘い匂いがふわりと漂った。
眉根を寄せ、匂いを嗅ぐ。
甘い匂いに紛れて微かに香るのは腐臭の様にも思えた。
ちらりと、傍らの相棒に目を向けると、彼も確かにその匂いを感じているのだろう。
落ち着かない様子で、ふかふかの長い尾をパタリ、パタリと揺らしている。
雷砂は再び少年の方へと目を向けた。
少年は、その匂いを当然のものとして受け止めているようだった。
まだ子供らしさの抜けないその面に、不安や恐怖の影は見つからない。
危ないとは感じていないのだろう。
だが、何かを悩んでいるような様子は気にかかった。
雷砂は少し考えて、自らの首にかかっている紐を外した。
そしてそのまま、キアルの首にそっとかけてやる。
「……これ、笛??」
キアルは紐の先にぶら下がった小さな笛を持ち上げて首をかしげた。雷砂は頷き、
「ああ。困ったことが起きたらこれを吹くんだ。ここは村の外れだからな。ここのところ、物騒な事件も多いし、念の為の、お守りみたいなものだ」
そう答えた。
物は試しとばかりに、少年は早速笛を口元に持っていく。
そっと息を吹き込んでみたが音がしない。むきになって更に強く吹いてみたが、それでもその笛から音が出ることはなかった。
唇を尖らせてキアルは年上の友人を見上げる。
「音、出ないじゃん。壊れてるよ、これ」
むくれたような顔が可愛くも可笑しくて、雷砂は笑いながら答えた。
「いいんだよ、それで。今みたいに吹けば、オレやロウにはきちんと聞こえるから」
「……ふうん?」
納得できないといった表情でもう一度笛を眺め、だが素直にそれを服の内側に落とし込んだ。
にっこり笑い、短い髪を撫でると、また子供扱いして-とばかりに上目づかいに睨まれた。
雷砂はひるまずその眼を覗き込み、
「いいか?何かあったら迷わずそれを吹けよ?そうしたら、オレかロウが必ず駆けつけるからな」
真剣な声で言った。
「すごく遠くにいたら聞こえないかもしれないじゃん」
「大丈夫さ。ちゃんと聞こえる。だから、思いっきり吹け。出来るなら、どこかに隠れてから吹くとなおいいな」
「隠れてから吹くの?見つかっちゃうんじゃない?」
「普通の奴には聞こえないから大丈夫。その音を聞いたら出来るだけ急いで駆けつけるから、じっと隠れて待ってるんだぞ」
どこまでも真面目で真剣な様子に気圧されたように少年が頷く。
雷砂は満足したように微笑み、探るような眼差しで少年の家の中を盗み見た。
異変は感じられない。
危険も、今はないと思う。
だが、何かがおかしいと本能が警鐘を鳴らしていた。
無理に部屋に押し入る訳にもいかないしな-そんな事を考えながら、少年に背を向け、肩越しに手を振った。
それに、事情を話して今すぐ中を見てみたところで、今は何も収穫を得られないだろうと、心のどこかにそんな確信もあった。
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