龍は暁に啼く

高嶺 蒼

文字の大きさ
上 下
179 / 248
第二部 旅のはじまり~小さな娼婦編~

小さな娼婦編 第三十六話

しおりを挟む
 ゆっくりと、少女の糸を警戒しながら進む。
 さっき見た光景のように、一瞬で何もかもを吸い出されて彼女に補食されるのは勘弁願いたかった。

 近づく雷砂の気配を感じたのか、少女がゆっくりと振り返る。

 白い髪は艶やかで、その肌はどこまでもきめ細やかな白磁の様。
 整いすぎた顔立ちは、一瞬美しい人形の様にも見えるが、その頬は淡く上気しほのかな色気を放つ。
 年の頃は雷砂と同じくらいか、1つ2つ上くらいだろうか。
 身長は同じ位なのに、その胸元を押し上げる膨らみは年の割に大きく見えた。

 雷砂は一瞬自分の胸へと目を落とし、それから再び少女へと視線を向ける。
 少し不公平だという気持ちはないでもない。
 だが、今は落ち込んでいる暇はないと自分を戒め、まだ成長期だから大丈夫と己を慰めた。

 近づく雷砂を少女の紅い瞳がじっと見つめる。
 その瞳はなぜか嬉しそうに輝き、少女はにっこりと無邪気な笑みを浮かべた。


 「雷砂?」

 「ああ」


 問われて頷く。
 なぜ自分の名を知っているのか、という疑問と共に、やっぱりなという思いも浮かんだ。
 白い少女の紅い瞳は、今までに何度も自分の前に現れた男の瞳に、とてもよく似ていたから。
 何故か雷砂に執着し、狙ってくる存在に。


 「雷砂、あそぼ?」

 「遊ぶ?」


 とろけるような微笑みを浮かべて少女が誘う。


 「何をして、遊ぶんだ?」


 首を傾げて問いかける。


 「殺し合い!」


 にこっと笑って少女が答えた。物騒な、その答えを。


 「殺し合い、か」


 呟くように繰り返し、雷砂は目の前の存在を見つめた。
 少女の瞳はキラキラと輝き、敵意はまるで感じられない。
 むしろ、雷砂に対する好意すら感じられた。
 ニコニコ無邪気に笑う少女には、これから殺し合おうという雰囲気はかけらも無かった。

 困ったな、と思う。
 目の前の相手は、恐らく今回の依頼の対象。
 倒さなくてはならない相手だ。
 そうしなければ、依頼の報酬は手には入らない。

 なのに、倒したいという気持ちになれないのだ。
 魔物を倒すと言うことは、ただ戦って勝つという事では終わらない。
 殺すのだ。
 討伐の証明となる部位を持ち帰り、証明するために。


 「早く、遊ぼう?」


 少女が誘う。
 遊ぶのがー殺し合うことが待ちきれないとばかりに。


 「準備、するね?」

 「準備?」


 言葉が終わるな否や、少女の体は一瞬で変貌し、雷砂の疑問にその身で答える。
 獣人族の集落で育った雷砂は、人の身から別のものへと変貌する事に一々驚いたりはしなかったが、少女の変わりようには少しだけ目を見張った。


 「準備、か。なるほどな」


 呟きつつ、まじまじと少女を見つめる。先程まではただの少女であった存在を。


 「一瞬で、ずいぶん大きくなったなぁ」


 見上げる先にあるのは、さっきと変わらぬ美しい少女の面。
 上半身は人のまま。
 だが、腰から下は大分様変わりしていた。


 「蜘蛛、か。だから糸だったんだな」


 すっかり変わった少女の下半身を見ながら、妙に納得する。
 そんな雷砂に、少女は誘うような艶やかな笑みを投げかける。


 「雷砂、あそぼ?」


 繰り返される誘いに、雷砂は苦笑を漏らす。
 ここまで誘われて固辞するのも申し訳ない。
 どのみち戦わねばならぬ相手なのだ。勝負の結果、互いがどうなるか。そんなことは戦ってみてから考えればいい。

 雷砂は微笑み頷く。
 右手を掲げ、


 「ロウ、おいで」


 そう囁けば、忠実な友は銀色の鋭利な輝きを伴い、少しの間もおかず雷砂の右手に納まった。


 「待たせたな。じゃあ、思う存分やり合おう」


 紅い瞳と色違いの瞳、互いの視線をぶつけ合い、二人は笑う。
 戦いの火蓋が切って落とされた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

職業選択の自由~ネクロマンサーを選択した男~

新米少尉
ファンタジー
「私は私の評価を他人に委ねるつもりはありません」 多くの者達が英雄を目指す中、彼はそんなことは望んでいなかった。 ただ一つ、自ら選択した道を黙々と歩むだけを目指した。 その道が他者からは忌み嫌われるものであろうとも彼には誇りと信念があった。 彼が自ら選んだのはネクロマンサーとしての生き方。 これは職業「死霊術師」を自ら選んだ男の物語。 ~他のサイトで投稿していた小説の転載です。完結済の作品ですが、若干の修正をしながらきりのよい部分で一括投稿していきますので試しに覗いていただけると嬉しく思います~

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

兎人ちゃんと異世界スローライフを送りたいだけなんだが

アイリスラーメン
ファンタジー
黒髪黒瞳の青年は人間不信が原因で仕事を退職。ヒキニート生活が半年以上続いたある日のこと、自宅で寝ていたはずの青年が目を覚ますと、異世界の森に転移していた。 右も左もわからない青年を助けたのは、垂れたウサ耳が愛くるしい白銀色の髪をした兎人族の美少女。 青年と兎人族の美少女は、すぐに意気投合し共同生活を始めることとなる。その後、青年の突飛な発想から無人販売所を経営することに。 そんな二人に夢ができる。それは『三食昼寝付きのスローライフ』を送ることだ。 青年と兎人ちゃんたちは苦難を乗り越えて、夢の『三食昼寝付きのスローライフ』を実現するために日々奮闘するのである。 三百六十五日目に大戦争が待ち受けていることも知らずに。 【登場人物紹介】 マサキ:本作の主人公。人間不信な性格。 ネージュ:白銀の髪と垂れたウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。恥ずかしがり屋。 クレール:薄桃色の髪と左右非対称なウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。人見知り。 ダール:オレンジ色の髪と短いウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。お腹が空くと動けない。 デール:双子の兎人族の幼女。ダールの妹。しっかり者。 ドール:双子の兎人族の幼女。ダールの妹。しっかり者。 ルナ:イングリッシュロップイヤー。大きなウサ耳で空を飛ぶ。実は幻獣と呼ばれる存在。 ビエルネス:子ウサギサイズの妖精族の美少女。マサキのことが大好きな変態妖精。 ブランシュ:外伝主人公。白髪が特徴的な兎人族の女性。世界を守るために戦う。 【お知らせ】 ◆2021/12/09:第10回ネット小説大賞の読者ピックアップに掲載。 ◆2022/05/12:第10回ネット小説大賞の一次選考通過。 ◆2022/08/02:ガトラジで作品が紹介されました。 ◆2022/08/10:第2回一二三書房WEB小説大賞の一次選考通過。 ◆2023/04/15:ノベルアッププラス総合ランキング年間1位獲得。 ◆2023/11/23:アルファポリスHOTランキング5位獲得。 ◆自費出版しました。メルカリとヤフオクで販売してます。 ※アイリスラーメンの作品です。小説の内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...