65 / 75
第五章 ~学園期・トーナメント編~
第五十七話 「虐殺」
しおりを挟む「はーっはっはっは! いい、実に面白い見世物だった!」
キースとの対決が予想もしていなかった結末で終わると同時に、客席からそんな声が拍手と共に響いてきた。
黒髪を肩まで伸ばしている。青を基調とした軍服、グランドールの騎士服を少し派手に改造し直したような、貴族が好む清楚な印象ではなく無骨といった表現が似合う長身の男だ。
「さ、サーペント第二王子殿下……ぎゃ、虐殺王子が、なんでここに……」
キースの驚いた声が耳に届く。
その表情は暗く、微かに唇が震えていた。
――第二王子。
リズベットの、腹違いの兄ということか……。
「キース。あの方は……?」
「あ、ああユウリ。あのお方は、サーペント=ルドラ=グランドール第二王子殿下だよ」
「さっき『虐殺王子』って、言ってたよな。なにか逸話でもあるのか」
「……殿下は、王族には珍しく東方を任されている騎士団『赤銅』を率いている生粋の戦人なんだ。実際には見たことないけれど、噂で聞こえてくる話はいつも苛烈で胸が痛くなる。戦上手といえば聞こえはいいけれど……あまりにも、騎士らしくない」
「騎士らしくない……?」
この世界でいう騎士とは、魔法を扱い軍部に所属している貴族のことを言う。
サーペント殿下は、それに則していないということか?
「四年か、五年も前の話だったと思う。サルベスがグランドールに侵攻しようと多くの軍勢を率いてグランドール東方に攻め入った。そのとき一番早く対処に出たのが、サーペント殿下だったらしい。そのときはまだ騎士団を任されていない状態だったんだけど、殿下が指揮をとった作戦で敵軍は壊滅だったそうだ」
「いいことじゃないか。凄い人なんだろう?」
「その作戦は、味方にも多くの被害が出たんだ……。ある街を犠牲にして、囮に使って、敵軍を退けたと聞いた。護るべきグランドールの民ごと、サルベスの兵を焼き殺したそうだ」
「……っ、それは、批判が多いだろうな。どうしてその作戦をとったのか、納得できない人が多いだろう」
兵隊はよく、何も生産しない『大飯食らい』だと称される。
兵隊の仕事は民を護り、敵の攻撃を防ぐことだ。そのために敵国へ攻め入ることもあるが、本来はまず自国内の民に『被害を出さない』ことを求められるのだ。
その最低限をこなすことで、ようやく衣服住が与えられる。
逆に言うと、それが出来ない兵隊は身体を鍛えているだけのタダ飯食らいに成り下がってしまう。
食糧を作り、道具を生み出し、経済を回す自国民を護るために兵隊は存在している。
そう、クルーア先生は俺に教えてくれた。
騎士という、従士という兵隊を志すのならばそれを忘れてはいけないと。
ご飯を用意してくれる民がいて、初めて兵隊は動くことができる。どちらが偉いということではなく、そういう役割なのだと真剣な表情で語ってくれたのだ。
「そのときの功績で、殿下は赤銅騎士団を任されるようになった。ついたあだ名が『虐殺王子』さ。軍部の人は褒める人が多いけれど、民からの評判はすこぶる悪い、そんな方だよ」
「……そうか」
大局的に見れば、殿下のとった作戦は効果的だったのだろう。
こうして実際に体験していない者すら知っている話だ、きっとサルベスは本当に多くの軍勢を率いて攻めてきたのだと思う。
対処が遅れればその分だけ被害が増える。殿下がとった作戦は少ない被害で、最大限の打撃を与える、そういうものだったのだろう。
だけど、そんなもの一般人には関係ないよな。
ましてや囮として使われた領民からすると、冗談じゃない話だ。
なんのために税金を払い、なんのために領主の下で生きているのか。
護ってもらうためだ。
敵が攻めてきたときに被害をなくす盾をなり、また打ち滅ぼす刃となってもらうために庇護下にいる。
そのために横柄になりがちな兵隊な態度にも不満を表すことなく、自身で稼いだ大切な財産を国へと納めている。
殿下がとった作戦は、民からの信用をなくしてしまう可能性が高い。
信用されない兵隊は、そのまま国への非難に繋がる。
次は自分の番かもしれない。次はこの街を囮にされるかもしれない。
そんな騎士団に、命を預けることはできない。
そう思われたらもう……その騎士団は……。
「虐殺王子か……」
「勝つためには手段を選ばないことで有名なお方だ、あんまり近付きたくはないね。僕らはお姫様に仕えることに決めているから、関係ないかもしれないけれど」
「そうだな、リズが殿下と敵対することになれば別だろうけど、同じ国の貴族だ、大丈夫だろう」
「それにしてもどうして学園に、しかも一年の試験を見ているんだろうね」
「普通に考えたら、リズのことを見に来たってことじゃないか? 腹違いとは言え、兄妹なんだし」
「そうか、なるほどね。ご兄弟とはあんまり仲がよくないと聞いていたけれど、やっぱり学園に入ってからの初めての魔法練試験だし、気になるのかな」
「……気になったのは、そういう意味かな……」
王位継承の争いの参加するのは、成人してからだという話だ。
だからリズベットはいま参加権を持っているだけの状態だ。実際に参加はしていない。
将来どれほどの障害になるか、偵察にきたって線も考えられるよな……。
「あれ? お姫様が……」
キースが、リズベットの方を見て不思議そうに声を出した。
見ると、サーペント殿下とリズベットは何か話しているようだ。
そして言葉を交わすたびに、どんどんリズベットの表情が死んでいく。
最後に弱々しく一度頷いて、そのままリズベットは俯いてしまった。
「なにがあったんだ……?」
距離が遠くて、話し声が拾えない。
「……お姫様、この後試合だったよね」
サーペント殿下は身を翻して闘技場から出て行く。
その後ろにとぼとぼと、リズベットは追従していった。
サーペントは闘技場から完全に姿を消す前に、一度こちらに顔を向けた。
遠めに映るその表情は笑っているような気がして、なんだか気味が悪くなってしまう。
「試合も終わったし、上に戻ろうか」
「ああ、そうだな。アイリスも、行こう」
「……あい」
アイリスは、なぜかしゅんと首を下げていた。
なにか気落ちするようなことがあったのだろうか……?
「どうかしたのか? どこか具合が悪いとか……」
「…………パパ、おこってない?」
「へ?」
上目使いで、おずおずとそんなことを聞いてきた。
「なんで?」
「……じゃま、しちゃった?」
「あ、あー……なるほど、そのことか……」
キースとの試合にアイリスが客席から乱入してきたことで、結果は俺の反則負けとなった。
周りの言葉がわからずとも、アイリスは自分が飛び込んだことでどうなったのかを察したのだろう。
戦っているはずの俺とキースが、すぐに争うのを止めてしまったからな。
「大丈夫だよ。これは練習試合だから危なくないって説明しなかった俺も悪いんだ。アイリスに怒ってなんかいない。これからお互いに気をつければいいだけの話さ」
「……ほんと?」
「ほんと。助けてくれようとしてくれたんだよな、ありがとう。本当に俺が危なくなったとき、また助けてくれると嬉しいよ」
「…………あい!」
ゆっくりと、労わるようにアイリスの頭から首元まで撫でていく。
その手にじゃれつくように、アイリスもまた身体を摺り寄せていた。
家族である俺を護ろうとしてくれたんだ。
いまは純粋に、その気持ちが嬉しい。
試合結果はまあ、残念だったけれど……相手はキースだからな。負けてもあんまり気にならない。
キースが俺の分まで頑張ってくれればいいさ。
「ふふ、ユウリは本当に女の子を扱いが上手いね。これを天然でやっているなら将来は大変そうだ」
「ちゃかすなよ、キース。それより俺を負かしたんだ、このまま勝ち進めよ?」
「ああ、できるだけ頑張ってみるよ。君とアイリスちゃんの思いも背負ってね」
キースはさりげなくウインクをしてきていた。
「……そういうのは女子にやってくれ」
「ははっ、もちろん女の子にもしているさ! でもまぁ、ユウリやレンは数少ない僕の男友達だからね、好意を示すくらいは許しておくれよ」
「へえ、意外だな。男友達少なかったのか?」
キースは、どんな相手にも人当たりがいい、気のいい奴だ。
なにより決して他人に対しての悪口を言わない。
男の俺から見ても、格好いい奴だと思うんだけどなぁ……。
「昔から、なぜかあんまり男の子からは好かれないんだ。だから学園に着いた日にユウリやレンと仲良くなれてよかったよ」
「……そっか」
「うん。それじゃ、行こうか。いつまでも僕らが残ってちゃ次の試合が始められない」
アイリスとキースと一緒に、闘技場の広間から退出していく。
客席へと続く通路を歩いていた、そのときだった。
「ユウリ様」
「はい?」
一人の従者が、声を掛けてきた。
「サーペント殿下がお呼びです。すぐにドラゴンを連れて学園長室へ向かってください」
「……はい、わかりました」
どうやら、サーペント第二王子殿下の目的はリズベットだけではなく、ドラゴンであるアイリスにもあったようだ。
リズベットの暗くなった表情を思い出す。
やはりアイリスを狙う人物は、敵国だけではなく自国内にもいると考えた方が自然か……。
「悪い、キース。行ってくる」
「わかった、ステラちゃんの応援は任せてくれ」
「頼んだ。アイリス、ちょっと行くところがあるんだ、いいか?」
「あい?」
俺とアイリスは、学園長室に向かって歩き出した。
■ ■ ■
「失礼します」
「うぅ、ここ、しかがいたところなの……」
ヤクーの被り物をしていた学園長のことを思い出してはしょんぼりしているアイリスと一緒に、部屋へと足を踏み入れる。
「よく来たのう。魔法練の試験、お疲れじゃった」
「っ、ユウリ……アイリス……」
学園長室の中にいるのは、普通の格好をしているオウグ学園長と、今にも泣きそうな顔をしているリズベット。
そして――
「やあ、来たね。噂は聞いているよ。ドラゴンを従えている子爵の子供がいるってね」
――サーペント=ルドラ=グランドール第二王子。
殿下は、柔和な笑みを浮かべている。
ただしその笑顔は、口元だけだったけれど。
こちらは見る瞳は鋭く、睨みつけるようだ。
「お初にお目にかかります。ユウリ=シュタットフェルトと申します。こちらはアイリス=シュタットフェルトです」
「……へびだ」
手を胸に当てて、礼をする。
アイリスはサーペント殿下を見て、そんな言葉を呟いていた。
「うん。じゃあ単刀直入に言おうか。ユウリ、私のものになりなさい」
「お断りします。私は既にリズベット王女殿下に命を捧げていますので」
「……ふむ。それは、その横にいるドラゴンも共に、という意味かな?」
「そうなります。あくまでアイリスも自分の意思で王女殿下に協力すると約束しているので、勧誘の意味でここへ呼んだのならあまりお力になることができません」
「そうか」
――背筋が、凍るような感覚があった。
サーペントと目が合った、ただそれだけなのに。
こいつは、やばいな。調子に乗りすぎたか。
断るにしても、もっと言い方に気をつければよかったか……?
「うーん、困ったね……本当はオウグ卿に挨拶するだけのつもりだったのに、少し欲が出てしまった……既にリズベットが手をつけていたとはなぁ……」
サーペントは、そんなことをぶつぶつと呟きながら、俺の方へと歩いてきた。
そして、流れるような動作で、あまりにも自然すぎて反応すらできないような流暢さで――
「ユ、ユウリ、逃げてえええぇっ!」
「――うん、殺すか」
腰につけていた剣を抜き、サーペントは俺の頭へとそれを振り下ろした。
何が起こったのかもわからず、俺はただその行為を見ていることしか、できなかった。
0
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説
英雄英雄伝~チート系主人公増えすぎ問題~
偽モスコ先生
ファンタジー
平凡な高校生、森本英雄(もりもとひでお)は突然くじ引きによってチート系主人公の増えすぎた異世界『魔王ランド』に転生させられてしまう。モンスター達の絶滅を防ぐ為、女神ソフィアから全てのチート系主人公討伐をお願いされた英雄は魔王として戦うハメに!?
英雄と魔物と美少女によるドタバタ日常コメディー!
※小説家になろう!様でも掲載中です。進行度は同じですが、投稿時間が違います。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
異世界デスクワーク~元サラリーマンは転生してまで事務仕事!?~
八十八
ファンタジー
些細なきっかけで死んでしまったサラリーマン大月承治(おおつき じょうじ)は、天界人(?)との契約により訳も分からず異世界で人生をやり直すことになる。
エルフ、獣人、ドラゴン、魔法――そんなファンタジーが蔓延る世界で、元サラリーマン大月承治が始めた新たな生業とは……机の上で書類を作成し、出入りするお金を計算し、依頼された事務手続きを進めるデスクワークだった!
いや、それって転生する前とやってること変わらなくない?
承治が持ち得る能力は、転生時に与えられた『一級言語能力』と、過去に培った事務知識だけだ。特別な力なんて夢のまた夢。まるで一般人だ。
そんな承治は、王宮に務める聡明で美人なエルフ族の上司・ヴィオラの下でデスクワークに励みつつ、異世界特有の様々な事件に巻き込まれていく……。
元サラリーマン大月承治の運命やいかに!
※本作は小説家になろう様にて先行連載しています。
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!
やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり
目覚めると20歳無職だった主人公。
転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。
”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。
これではまともな生活ができない。
――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう!
こうして彼の転生生活が幕を開けた。
異世界転移物語
月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。
みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる