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第五章 ~学園期・トーナメント編~

第五十七話 「虐殺」

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「はーっはっはっは! いい、実に面白い見世物だった!」

 キースとの対決が予想もしていなかった結末で終わると同時に、客席からそんな声が拍手と共に響いてきた。

 黒髪を肩まで伸ばしている。青を基調とした軍服、グランドールの騎士服を少し派手に改造し直したような、貴族が好む清楚な印象ではなく無骨といった表現が似合う長身の男だ。

「さ、サーペント第二王子殿下……ぎゃ、虐殺王子が、なんでここに……」

 キースの驚いた声が耳に届く。
 その表情は暗く、微かに唇が震えていた。

 ――第二王子。

 リズベットの、腹違いの兄ということか……。

「キース。あの方は……?」
「あ、ああユウリ。あのお方は、サーペント=ルドラ=グランドール第二王子殿下だよ」
「さっき『虐殺王子』って、言ってたよな。なにか逸話でもあるのか」
「……殿下は、王族には珍しく東方を任されている騎士団『赤銅』を率いている生粋の戦人なんだ。実際には見たことないけれど、噂で聞こえてくる話はいつも苛烈で胸が痛くなる。戦上手といえば聞こえはいいけれど……あまりにも、騎士らしくない」
「騎士らしくない……?」

 この世界でいう騎士とは、魔法を扱い軍部に所属している貴族のことを言う。

 サーペント殿下は、それに則していないということか?

「四年か、五年も前の話だったと思う。サルベスがグランドールに侵攻しようと多くの軍勢を率いてグランドール東方に攻め入った。そのとき一番早く対処に出たのが、サーペント殿下だったらしい。そのときはまだ騎士団を任されていない状態だったんだけど、殿下が指揮をとった作戦で敵軍は壊滅だったそうだ」
「いいことじゃないか。凄い人なんだろう?」

「その作戦は、味方にも多くの被害が出たんだ……。ある街を犠牲にして、囮に使って、敵軍を退けたと聞いた。護るべきグランドールの民ごと、サルベスの兵を焼き殺したそうだ」

「……っ、それは、批判が多いだろうな。どうしてその作戦をとったのか、納得できない人が多いだろう」

 兵隊はよく、何も生産しない『大飯食らい』だと称される。
 兵隊の仕事は民を護り、敵の攻撃を防ぐことだ。そのために敵国へ攻め入ることもあるが、本来はまず自国内の民に『被害を出さない』ことを求められるのだ。

 その最低限をこなすことで、ようやく衣服住が与えられる。

 逆に言うと、それが出来ない兵隊は身体を鍛えているだけのタダ飯食らいに成り下がってしまう。
 食糧を作り、道具を生み出し、経済を回す自国民を護るために兵隊は存在している。

 そう、クルーア先生は俺に教えてくれた。

 騎士という、従士という兵隊を志すのならばそれを忘れてはいけないと。
 ご飯を用意してくれる民がいて、初めて兵隊は動くことができる。どちらが偉いということではなく、そういう役割なのだと真剣な表情で語ってくれたのだ。

「そのときの功績で、殿下は赤銅騎士団を任されるようになった。ついたあだ名が『虐殺王子』さ。軍部の人は褒める人が多いけれど、民からの評判はすこぶる悪い、そんな方だよ」
「……そうか」

 大局的に見れば、殿下のとった作戦は効果的だったのだろう。
 こうして実際に体験していない者すら知っている話だ、きっとサルベスは本当に多くの軍勢を率いて攻めてきたのだと思う。
 対処が遅れればその分だけ被害が増える。殿下がとった作戦は少ない被害で、最大限の打撃を与える、そういうものだったのだろう。

 だけど、そんなもの一般人には関係ないよな。
 ましてや囮として使われた領民からすると、冗談じゃない話だ。

 なんのために税金を払い、なんのために領主の下で生きているのか。

 護ってもらうためだ。
 敵が攻めてきたときに被害をなくす盾をなり、また打ち滅ぼす刃となってもらうために庇護下にいる。
 そのために横柄になりがちな兵隊な態度にも不満を表すことなく、自身で稼いだ大切な財産を国へと納めている。

 殿下がとった作戦は、民からの信用をなくしてしまう可能性が高い。

 信用されない兵隊は、そのまま国への非難に繋がる。
 次は自分の番かもしれない。次はこの街を囮にされるかもしれない。

 そんな騎士団に、命を預けることはできない。

 そう思われたらもう……その騎士団は……。

「虐殺王子か……」
「勝つためには手段を選ばないことで有名なお方だ、あんまり近付きたくはないね。僕らはお姫様に仕えることに決めているから、関係ないかもしれないけれど」
「そうだな、リズが殿下と敵対することになれば別だろうけど、同じ国の貴族だ、大丈夫だろう」
「それにしてもどうして学園に、しかも一年の試験を見ているんだろうね」
「普通に考えたら、リズのことを見に来たってことじゃないか? 腹違いとは言え、兄妹なんだし」
「そうか、なるほどね。ご兄弟とはあんまり仲がよくないと聞いていたけれど、やっぱり学園に入ってからの初めての魔法練試験だし、気になるのかな」

「……気になったのは、そういう意味かな……」

 王位継承の争いの参加するのは、成人してからだという話だ。
 だからリズベットはいま参加権を持っているだけの状態だ。実際に参加はしていない。

 将来どれほどの障害になるか、偵察にきたって線も考えられるよな……。

「あれ? お姫様が……」

 キースが、リズベットの方を見て不思議そうに声を出した。

 見ると、サーペント殿下とリズベットは何か話しているようだ。
 そして言葉を交わすたびに、どんどんリズベットの表情が死んでいく。

 最後に弱々しく一度頷いて、そのままリズベットは俯いてしまった。

「なにがあったんだ……?」

 距離が遠くて、話し声が拾えない。

「……お姫様、この後試合だったよね」

 サーペント殿下は身を翻して闘技場から出て行く。
 その後ろにとぼとぼと、リズベットは追従していった。

 サーペントは闘技場から完全に姿を消す前に、一度こちらに顔を向けた。
 遠めに映るその表情は笑っているような気がして、なんだか気味が悪くなってしまう。

「試合も終わったし、上に戻ろうか」
「ああ、そうだな。アイリスも、行こう」
「……あい」

 アイリスは、なぜかしゅんと首を下げていた。
 なにか気落ちするようなことがあったのだろうか……?

「どうかしたのか? どこか具合が悪いとか……」
「…………パパ、おこってない?」
「へ?」

 上目使いで、おずおずとそんなことを聞いてきた。

「なんで?」
「……じゃま、しちゃった?」
「あ、あー……なるほど、そのことか……」

 キースとの試合にアイリスが客席から乱入してきたことで、結果は俺の反則負けとなった。
 周りの言葉がわからずとも、アイリスは自分が飛び込んだことでどうなったのかを察したのだろう。

 戦っているはずの俺とキースが、すぐに争うのを止めてしまったからな。

「大丈夫だよ。これは練習試合だから危なくないって説明しなかった俺も悪いんだ。アイリスに怒ってなんかいない。これからお互いに気をつければいいだけの話さ」
「……ほんと?」
「ほんと。助けてくれようとしてくれたんだよな、ありがとう。本当に俺が危なくなったとき、また助けてくれると嬉しいよ」
「…………あい!」

 ゆっくりと、労わるようにアイリスの頭から首元まで撫でていく。
 その手にじゃれつくように、アイリスもまた身体を摺り寄せていた。

 家族である俺を護ろうとしてくれたんだ。
 いまは純粋に、その気持ちが嬉しい。
 試合結果はまあ、残念だったけれど……相手はキースだからな。負けてもあんまり気にならない。

 キースが俺の分まで頑張ってくれればいいさ。

「ふふ、ユウリは本当に女の子を扱いが上手いね。これを天然でやっているなら将来は大変そうだ」
「ちゃかすなよ、キース。それより俺を負かしたんだ、このまま勝ち進めよ?」
「ああ、できるだけ頑張ってみるよ。君とアイリスちゃんの思いも背負ってね」

 キースはさりげなくウインクをしてきていた。

「……そういうのは女子にやってくれ」
「ははっ、もちろん女の子にもしているさ! でもまぁ、ユウリやレンは数少ない僕の男友達だからね、好意を示すくらいは許しておくれよ」
「へえ、意外だな。男友達少なかったのか?」

 キースは、どんな相手にも人当たりがいい、気のいい奴だ。
 なにより決して他人に対しての悪口を言わない。

 男の俺から見ても、格好いい奴だと思うんだけどなぁ……。

「昔から、なぜかあんまり男の子からは好かれないんだ。だから学園に着いた日にユウリやレンと仲良くなれてよかったよ」
「……そっか」
「うん。それじゃ、行こうか。いつまでも僕らが残ってちゃ次の試合が始められない」

 アイリスとキースと一緒に、闘技場の広間から退出していく。
 客席へと続く通路を歩いていた、そのときだった。

「ユウリ様」
「はい?」

 一人の従者が、声を掛けてきた。

「サーペント殿下がお呼びです。すぐにドラゴンを連れて学園長室へ向かってください」
「……はい、わかりました」

 どうやら、サーペント第二王子殿下の目的はリズベットだけではなく、ドラゴンであるアイリスにもあったようだ。

 リズベットの暗くなった表情を思い出す。
 やはりアイリスを狙う人物は、敵国だけではなく自国内にもいると考えた方が自然か……。

「悪い、キース。行ってくる」
「わかった、ステラちゃんの応援は任せてくれ」
「頼んだ。アイリス、ちょっと行くところがあるんだ、いいか?」
「あい?」

 俺とアイリスは、学園長室に向かって歩き出した。

■ ■ ■

「失礼します」
「うぅ、ここ、しかがいたところなの……」

 ヤクーの被り物をしていた学園長のことを思い出してはしょんぼりしているアイリスと一緒に、部屋へと足を踏み入れる。

「よく来たのう。魔法練の試験、お疲れじゃった」
「っ、ユウリ……アイリス……」

 学園長室の中にいるのは、普通の格好をしているオウグ学園長と、今にも泣きそうな顔をしているリズベット。

 そして――

「やあ、来たね。噂は聞いているよ。ドラゴンを従えている子爵の子供がいるってね」

 ――サーペント=ルドラ=グランドール第二王子。

 殿下は、柔和な笑みを浮かべている。
 ただしその笑顔は、口元だけだったけれど。

 こちらは見る瞳は鋭く、睨みつけるようだ。

「お初にお目にかかります。ユウリ=シュタットフェルトと申します。こちらはアイリス=シュタットフェルトです」
「……へびだ」

 手を胸に当てて、礼をする。
 アイリスはサーペント殿下を見て、そんな言葉を呟いていた。

「うん。じゃあ単刀直入に言おうか。ユウリ、私のものになりなさい」
「お断りします。私は既にリズベット王女殿下に命を捧げていますので」
「……ふむ。それは、その横にいるドラゴンも共に、という意味かな?」
「そうなります。あくまでアイリスも自分の意思で王女殿下に協力すると約束しているので、勧誘の意味でここへ呼んだのならあまりお力になることができません」

「そうか」

 ――背筋が、凍るような感覚があった。

 サーペントと目が合った、ただそれだけなのに。
 こいつは、やばいな。調子に乗りすぎたか。

 断るにしても、もっと言い方に気をつければよかったか……?

「うーん、困ったね……本当はオウグ卿に挨拶するだけのつもりだったのに、少し欲が出てしまった……既にリズベットが手をつけていたとはなぁ……」

 サーペントは、そんなことをぶつぶつと呟きながら、俺の方へと歩いてきた。
 そして、流れるような動作で、あまりにも自然すぎて反応すらできないような流暢さで――

「ユ、ユウリ、逃げてえええぇっ!」

「――うん、殺すか」

 腰につけていた剣を抜き、サーペントは俺の頭へとそれを振り下ろした。
 何が起こったのかもわからず、俺はただその行為を見ていることしか、できなかった。

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