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第三章 ~少年期・後編~
第四十話 「約束」
しおりを挟む「いたたたた……もうっ、びっくりして落ちちゃったじゃない! なんでドラゴンがここにいるのよ! ……えっ、ドラゴン!? なんで! 本当に!?」
王都グランの中央にそびえ経つ、グラン城。
その中庭の一角に植えられている大きな樹から、金髪藍眼の女の子が降ってきた。
少女はアイリスを見て、大きな声をあげながら驚いている。
「きんいろ、ふってきたー。なんで?」
木陰で涼もうと思っていたのに、なぜか少女が現れたこの状況にアイリスも驚いたようで、一人と一匹はお互いを見つめながら不思議がっている。
「……いや、驚いたのはこっちのほうだよ。なんで樹の上にいたんだ」
「なによっ、あんた誰よ! このドラゴンの飼い主!?」
……飼い主て。
まぁ保護者的な立ち位置にいるけれど、決してアイリスはペットではない。
「パパー」
「ん、どうしたアイリス」
「きんいろ、うるさいの。なんていってるの?」
「……ええと、アイリスがなんでここにいるのか、不思議がってるみたいだね」
「ふうん……」
アイリスは、じいっと少女を見つめている。
「無視するなぁっ! もうもう、なんなのよーっ」
手をばたばたと動かしながら、少女はこの状況に憤りを見せている。
……いや、急に怒られてもなぁ。
受勲式にアイリスがやってくることは、王都内に伝わっていないのだろうか。
しかしこの女の子、座ったままだな。ここは紳士としてリードしてあげるべきだろうか。
なにせ俺、貴族だしな!
とりあえずと、俺はいまだに尻もちをついている少女に手を差し出し、立ち上がらせた。
少女は、まるでその動作を当前のように受け取って、立ち上がったあとアイリスに視線を向ける。
「あなた、さっきドラゴンと話してなかった?」
「え? ああ、うん。魔法がそういう力だから」
「へえぇ……魔法かぁ……あなた、名前は?」
人に名前を聞くときは、自分から名乗るのが礼儀ですよ、お嬢さん。
まぁ、名前くらいいいけれど。
「ユウリ=シュタットフェルトだよ」
「ふうん、ユウリね。家の爵位は?」
「……んと、子爵になった」
「ししゃく? へえ、結構低いのね……ドラゴンと一緒なのに、変なのっ」
……子爵の地位が低い?
なんだ? この女の子……結構偉い貴族の娘さんなのだろうか。
しまったな。今日集った貴族が連れてきた子なのか? なんとなく出会いがしらの驚きから、つい素が出てタメ口をきいてしまっている。
気をつけて、機嫌を損ねないようにしようか……。
「ね、ねえ。このドラゴン、リズのほう見てるんだけどっ!」
俺の名前は聞いておいて、そっちは名乗らないんかーい。
くそう、自分の言葉ばかり優先させる女の子だぜ。
もしかして『リズ』ってのが、自分の名前なのかな?
「パパー、きんいろとあそぶの?」
「やあぁっ、こっちきたぁっ!」
「きんいろ、かくれた……あ、かくれんぼ?」
リズは、近付いてきたアイリスが恐いのか、俺の背に隠れる。
アイリスはその行動を見て、以前教えてあげた地球の遊びだと思ったようだ。
「ねえ、そのドラゴン大丈夫なの!? ドラゴンって、人間を食べるんでしょう!?」
「……食べないよ」
どっから出てきたんだ、その発想。
「どうしてそう思ったんだ? そんな危険な生物、王都に連れてこれるわけないよ」
「だ、だって物語に書いてあったんだもん!」
「……物語?」
「なによ、『アーリー王物語』知らないの!?」
むむむ、耳元で大声出されると、割と辛いっす。
もし、リズさんよ。少し声のボリュームを落としてもらえませんかね。
「ごめん、知らない」
「読みなさい! すっごく面白いんだからっ」
ドラゴンが登場する物語なのか、興味あるな。
この世界では本は希少らしく、シュタットフェルトの屋敷にも魔力教本のような実用書しかなかった。
地球にいたころは、結構小説を読んでいた。こっちでも、また本を読みたいなぁ。
「どんなお話なんだ?」
「悪いことするドラゴンを、アーリー王子が倒すの! こう、こうやってっ!」
リズは俺の背中から離れて、見えない剣を振るような動作を行う。
傍から見るとおかしな光景だったけれど、この子が本当に大好きなお話なのだろうということは、よく伝わってきた。
「なにっ、なにやってるのっ!」
「きゃあっ、食べられる!」
いや、だから食べないって。
突然アグレッシブになったリズに興味を示したのか、アイリスはとことことリズの元へ歩いていく。
「ドラゴンは人間を食べたりしないよ。それにこの子……アイリスは人間に慣れてる。なにもしないから、安心してくれていい」
「じゃ、じゃあっドラゴンはなにを食べるの?」
「魔力かな。普通に人間のご飯も食べられるけど、喜ぶのは魔力をあげたときだ」
俺は毎日、アイリスにご飯として魔力を上げている。
身体に触りながら、『魔力~出ろ~』と念じるだけだけど、アイリスは美味しいと言って喜んでくれていた。
何度か普通の食事も一緒に摂ってみたけれど、満足はしてもらえなかったんだよな……。
「ま、まりょくを食べるの……? あなたが、あげてるの?」
「うん、やってみせようか。――アイリス」
「あい?」
「ごはん、いま食べられるかな?」
「あい。パパのごはん、ほしー」
アイリスの身体をゆっくりと撫でていく。
生まれたばかりのころは、手の先を甘噛みしながら食べることが好きだったけれど、もう大きくなって牙も鋭く生えちゃってるからなぁ……。
でも、アイリスもこの摂取方法で不満はないようなので、無理に変える必要はないのだ。
「パパのごはん、おいしいの」
アイリスは目を細めて、接触箇所から魔力を吸い取っていく。
魔力にも味ってあるのかな。俺以外あげたことないから、わからないんだよなぁ。
「こんな感じだよ。安全だってわかってくれた?」
リズに向けて、安心させるように言葉をかけると――
「ね、ねえ!」
「……な、なに?」
「リズも、ドラゴンにご飯あげられるかな!?」
――目を輝かせながら、そう言ってきた。
「魔法……使えるの?」
「馬鹿にしないで! すっごく上手なんだから!」
「うーん……ちょっと、聞いてみてからでいい?」
「聞くって、ドラゴンに? 早くしてね!」
どうも、リズはドラゴンに興味津々のようだな。
それも当然か。敵対していないドラゴンに触れる機会なんて、人類史で初めてなのだろうし。
リズが好きな物語も、ドラゴンは悪として描かれているようだ。
価値観ががらっと変わるのは、実際に体感すると結構面白いものかもしれない。
一人の女の子がドラゴンに対して好意的になる手助けになるなら、協力することになんの抵抗もない。
「アイリス」
「あい」
「この金色の女の子が、アイリスにご飯あげたいって言ってるんだ。どうかな?」
「……あい、いいよ?」
アイリスは一度リズのほうに視線を向けたあと、了承してくれた。
ありがとう、アイリス。
リズがアイリスのこと好きになってくれると、嬉しいよな。
「いいって。触りながら、魔力を出せばいいだけだから。やってみて?」
「ほ、ほんとっ!? へへっ、やったぁっ!!」
リズは大きな笑顔を浮かべたあと、おずおずとアイリスに近づいていく。
「きんいろのごはん、どんなの?」
「……うぅ、ほえたぁ。かじらないよね?」
「かじらないよ。大丈夫」
「じゃ、じゃあ……触るね?」
ゆっくりとした動作で、リズはアイリスの頭に触れた。
最初は指先でつつき、やがて手のひらを使い円を描くように撫でていく。
「わあぁー……ドラゴンって、こんななんだぁー……」
「ごはん、くれないの?」
アイリスは、リズの顔を見ながら不思議そうに声を出した。
そうか、俺は無意識のうちに魔力が出てしまっているらしいけれど、普通は意識しないと出ないんだよな。
「ほら、魔力出さないと」
「え!? ええ、そうね! 魔力、まりょく~……」
リズの手のひらから、ぼんやりと赤い光が発生している。
魔力光だ。リズは魔力を無事に出せているらしい。
「ど、どう? ドラゴン、食べてる!?」
「……みゅ~、きんいろのごはん、あまくて、おいしいのー」
おおう、やはり味には個人差があるのか!
リズの魔力は、甘いんだなぁ。
「『甘くて美味しい』って、言ってる」
「そう!? へへ、美味しいんだ! もうちょっとだけ、あげるね!」
そのあと、リズはもう少しだけアイリスにご飯をあげながら、鱗の感触を確かめるように撫でていた。
やがてリズは魔力を発生しないままでも、アイリスに触っているくらい気に入ったようだ。
アイリスもリズに触れられることを嫌がりはせず、じゃれるように身体を摺り寄せている。
「なあ、どうして樹の上に登ってたんだ?」
「……だって、毎日勉強とお作法の稽古で、つまんないんだもん」
「ん……さぼってた、ってこと?」
「そうよ。それに……こうしてると、お父様がたまに……探しにきてくれるの」
そう言うリズの瞳は、とても寂しそうだった。
貴族として生きている父親に、上手く甘えられないのだろうか。
忙しくしている父親に、もっと見て欲しいのだろうか。
その気持ちが、俺には少しわかった。
事情は違うだろうけれど、俺は上手くユウベルトに甘えることができていない。
きっとリズは、さぼって悪い子になることで注目度をあげようとしたのだ。
どんな理由でも、構ってもらえることを第一に考えて――
せっかくこうして偶然の出会いを果たし、アイリスのことを好きになってくれた女の子に、俺はなにかしてあげられないかなと、考えてしまった。
そしてそれは、ある悪巧みにたどり着く――
「なあ、空……飛びたくないか?」
俺の言葉を聞いたリズは、ぽかんと口を開けて固まってしまった。
「……そらって、この空?」
リズは、アイリスに触れていた手を離し頭上に向けて指をさした。
「そう、その空」
「飛べるの!? ど、どうやって!」
「この子、アイリスに連れていってもらうんだ。……アイリス、いいかな?」
「きんいろのせるの? ……あい、いいよ?」
「ありがとう。アイリスもいいよって、言ってくれてる。空、飛んでみようよ」
リズは、喉をごくりと鳴らしたあと――
「のるっ!!」
――そう言って、笑ってくれた。
「よし、じゃあ早速行こう。あー……縄かなにかあれば、安全なんだけど、どこかにないかなぁ」
流石に、命綱なしで飛ぶのは危険すぎるよな……。
「なわっ、ちょっと待ってて!」
そう言って、ててて、とリズは城内のほうへ走っていく。
そして、十数分くらい経ったあとだろうか。リズは肩かけ鞄の中に指定していた縄を入れて中庭へ戻ってきた。
……おいおい、なかったら低く飛べばいいかと思っていたんだけど、どこから持ってきたんだよその縄。
まあ、いいか。細かいことは気にしないでいこう。
なんたってこれは、楽しい楽しい悪巧みなのだから。
「これ! どうするの!?」
「落ちたら危ないからね。じゃあアイリス、ちょっと我慢してくれな」
「あいー」
アイリスの胴体に、縄を結んでいく。
そして、俺はアイリスに跨り――
「――君も、さあ、乗って?」
「う、うんっ!」
リズも恐る恐ると、アイリスの上に体重を預けた。
子供二人分なら、アイリスにも負担が少ないだろう。
俺とリズのお腹に縄を通し、結んでいく。
「危ないから、俺の身体にしがみついてて」
「わかったっ!」
「よし、準備完了。アイリス、頼んだ!」
「あいーっ」
二人を乗せたアイリスの身体が、少しずつ高度を上げていく。
「わ、わわっ、そら、ういてる! じめん遠いっ!」
「下見ると、結構恐いかもよ?」
「だいじょぶ!」
城の真ん中辺りだろうか、そこまで浮かび上がったあと、アイリスは声を出した。
「これくらいー?」
「ああ、ありがとう。じゃあ、ゆっくりと進んでくれ」
「あいっ」
アイリスは、本当にゆっくりと飛んでくれていた。
そして少しずつ、本当に少しずつスピードを上げていく。
そっと下を覗くと、城下町が賑わっているのが見えた。
人々は空を見上げて、俺たちの姿を確認しては声を上げている。
ドラゴンに驚き、指をさしてはなにか叫んでいる。
「だーいじょーぶーっ!! このドラゴン、友達だからーっ!!」
背後から、リズはとんでもない大声を出していた。
遮るものがない風に負けないくらい、地上へとその言葉をちゃんと届けている。
リズの声を受け取った領民たちは、叫ぶのは止めたが、さらに驚いたように口を開けていた。
まあ、ドラゴンと友達って言われても、すぐには信じられないよな。
……そんなことよりも、さっきのリズの声、やけに大きくなかったか?
「なあーっ!」
首だけを振り向かせながら、俺も叫んだ。
「なあにー!?」
「その声っ、どうやってだしてるんだーっ?」
「まほーっ! これが、リズの魔法なのーっ!!」
――自分の声量を、大きくする魔法。
それが、リズの魔法適正なのか?
……なんて戦闘の役にたたない魔法だ。
リズも、騎士になるのは難しそうだなぁ。
「あははっ! リズ、いま空飛んでるんだっ! すごいっ、すごいすごーいっ! こんなの、どんな物語でも読んだことなーいっ!!」
風を切りながら、二人と一匹は空を駆ける。
アイリスがエスコートする、空中ドライブデートだ。
腰まで届きそうなほど長く伸びたリズの金色の髪が、そのまま空に溶けてしまいそうなほど、広がっていた。
「あんまり動くなよーっ!? 落ちたら大変なんだからっ!」
「わかったーっ! えへへっ!!」
リズは声を張り上げて笑いながら、ぎゅっと俺の身体に巻きつけた腕に力を入れる。
背中に感じる体温がやけにリアルで、少しだけ、心臓の鼓動が早くなった気がした。
――街の上をぐるりと一周したあと、俺たちは中庭へと戻ってきた。
満足してもらえたようで、なによりだ。
「アイリス、ありがとう」
「あいっ」
中庭に降り立ったあと、縄を外してアイリスの身体を撫でていく。
リズは持ってきていた鞄に手を入れて、なにかを漁っていた。
そして――
「ユウリっ!」
「わっ、な、なに?」
――初めて、リズが俺の名前を呼んだ。
「これ、あげるから! 読んで!」
リズが鞄から取り出したのは、一冊の本だった。
何度も読み返したのか古くなってしまっている、サイズの大きな書籍。
表紙には、『アーリー王物語』と書いていた。
いや、これってドラゴンを討伐する物語なんだよね……?
まあ、くれるというなら、貰おうか。お礼のつもりなんだろうし、受け取らないのも失礼だ。
「ありがとう、読んでみるよ」
「うんっ、それじゃリズもういくねっ! お父様と、お話してくるっ!」
「ああ、お土産話ができてよかったね」
ドラゴンに乗って空を飛んだなんて話したら、怒られるかもしれないけど。
それでいいのだ。会話するだけでも、リズの望みは叶うと思うから。
リズは俺に本を手渡したあと、突然顔を寄せてくる。
そのまま頬に、柔らかい感触が――
「えっ、な、なにを……」
「へへっ、ユウリ、今日はありがとう! また会ったら、もう一回空の上につれていってね!」
「ああ……うん、わかった……」
「約束だよっ! ちゃんと覚えてなきゃダメだからね!」
そう言って、リズは城内へと駆けていく。
――はっ、いかんいかん!
取り乱してしまった。約束だというなら、俺はまだ大事なことを知れていない――
「ねえっ、君の名前はーっ!?」
俺の言葉を聞いたリズは、まるで踊るように振り返る。
「リズ! 『リズベット=ヘルツ=グランドール』!! また会おうねっ、絶対だよユウリ!」
そして、リズは城内へと駆けてその姿を見えなくなってしまった。
……グラン、ドール?
それって、この国の名前だよな……。
そんな名前、王族でしか使っちゃいけないんじゃ――
「……ユウリ。いまリズベット様が走っていったけれど、もしかしてお話でもしてたのかい?」
リズと入れ替わりで中庭に現れたユウベルトが、城内に視線を向けていた。
「はい……あの、父様。リズベット様って、王女様……なのですか……?」
「え? ああ、そうだよ。リズベット様は、第四王女に当たるお人だ。たしか……歳は、いまのユウリと同じだったかな」
俺の心臓は、壊れてしまうんじゃないかと思うほど、刻む鼓動が早まっていた。
リズ、リズベット王女様との出会いを……俺は一生忘れることはないと、そう思った。
■ ■ ■
王都グランで行われた受勲式を終えてから、二年の月日が経った。
褒賞でいただいた金銭や、移住してきた領民が増えたおかげで、セントリアは爆発的な発展を遂げていた。
ゴブリンと協力して建造した全長五百メートルの大きな橋。
そして『ドラゴン温泉』と銘うったいくつもの温泉施設。
それらの名物が人を呼び、街が栄える。
子爵となったシュタットフェルト家も、見事に貧乏暮らしから脱却した。
そして俺――ユウリ=シュタットフェルトは現在、十歳へと成長している。
「それでは、父様――行ってきます!」
「ととっ、いってきまーすっ!!」
貴族の子息が騎士になるために通う学園――『グランフォード学園』へ入学するときが、やってきたのだ。
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