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第一章 ~転生編~
第十三話 「貴族」
しおりを挟むシュタットフェルト家は、貴族らしからぬ貧乏さだった。
俺の貴族に対するイメージが間違っているのではなく、シュタットフェルト家が、貴族から間違っていた。
「それは、この家に祖父や祖母がいないことに……関係しているのでしょうか」
「……いやはや、本当に驚くな。ユウリ、その通りだよ。シュタットフェルト家はね、僕の父――君の祖父の代で没落寸前にまで陥った、そういう貴族なんだ」
「理由を、伺っても?」
「うーん、まだユウリには難しいと思うけれど」
ユウベルトは、頬を掻きながら困ったように笑う。
「――構いません。いずれは知らなければいけないことです。ユウリは、僕は――シュタットフェルト家の跡継ぎですから」
俺は視線を一切逸らさず、ユウベルトの目を見つめる。
「……そうか。立派になったね。アイリが君を、導いてくれたんだろうか」
「母様に救ってもらえた命です。母様の名に恥じぬよう、僕は生きねばなりません」
「うん……そうか、わかった。説明しよう。確かに……いずれは言わなければいけない問題だった」
領主が、没落寸前なのだ。
それは統治下にある街――セントリアも、同じ運命を背負っている。
この街は、ゆっくりと死に向かっている途中なのだ。
領主であるシュタットフェルト家が、なんとかしなければいけない。
「私の祖父――ガンベルト=シュタットフェルトは、とても強い人だった。魔法巧者で、平民から男爵まで成り上がった人なんだ」
ユウベルトの祖父、ユウリの……俺の、曽祖父に当たる人か。
その人が、シュタットフェルト家を平民から貴族に押し上げた。
「ユウリは我が国――『グランドール』が、いま戦争中だと知っているかな?」
「……いえ」
というか、国の名前もいま初めて知りました。
そっか、この国はグランドールというのか。
そしていま、俺がいる国は……戦争をしているのか。
「祖父が生まれる前から続いている、長い長い戦争だ。今もまだ続いている。隣国サルベスとの、終わらない戦争だ」
「サルベス……」
「なぜ戦争が終わらないのかは、まあ今は置いておこう。祖父が戦功をあげ、王から家名をいただいた。そして祖父は子を生み、シュタットフェルトは貴族としての生を歩み始めた」
そうか。
この世界、この国での名字は、王からもらわなければいけないのか。
だから従者であるランドル一家には、名字がない。
「祖父が生んだ子には、戦うための才はなかった。親子二代とはいかなかったということだね。祖父の子供――つまり、僕の父にあたる人で、君の祖父だ。名をカース=シュタットフェルト。とても厳しく、そしてとても悲しい人だった」
カース=シュタットフェルト。
俺の、祖父……。だった、ということは、やはり故人なのだろうか。
「戦うための才能がないというのは、魔法が使えない……ということですか?」
父と――ユウベルトと、同じように。
「いや、魔力はあった。力は弱く、努力で補えるほどの才能もなかったが、魔力はあったんだ」
「では、才能がないというのは……?」
「――父の魔法は、戦闘には向かなかった。そういう理由だよ」
どくんと、心臓が脈打つ。
「そ、それは僕の魔法と同じ……動物と心を通わせるというものですか?」
「いや、それも違う。ユウリ、魔法というものはね、受け継ぐものではないんだよ。例え親子であっても、同じ魔法を使えるなんてことはないんだ。君とアイリが、特別なだけなんだよ」
「そう、なんですか……」
貴族は、基本的に魔法が使える人間がつく身分だ。
だがその魔法は……個人の資質によってその能力を変えるらしい。
俺は、安易にシュタットフェルト家に『翻訳魔法』が受け継がれているのだと考えていた。
――それは、どうやら違うらしい。
カミュから、神様から力を与えられたから、俺は母親と同じ魔法が使えるだけなのだ。
「では、ではなぜ祖父は騎士になったのです? 魔法は戦闘には向かなかったのでしょう?」
ユウベルトは、貴族という身分にあるが騎士にはなっていないらしい。
ユウベルトは魔力がないという理由だったが、祖父だって戦闘に向かない魔法しか使えなかったらしいのだ。
なぜ、戦わないという選択をしなかったんだ。
「言ったろう? 父はとても厳しく、そしてとても悲しい人だった、と。カースは祖父、ガンベルトの功名を超える騎士になれと、幼い頃から教育されてきたようだ。才能もないのに、無理なことを言うよね」
「…………」
「その教育は生活全てに及んだ。平民が貴族社会で生きぬくのは、そう簡単なものじゃないということだね。甘えることを一切許されない教育だったと、そう言っていたよ」
「……厳しい、ですね」
「ああ、そのようだ。そして父は騎士になった。才能がなかったものだから、家の財産を使ってまで、騎士という身分を金で買った。そして戦争に参加して……あっけなく戦死したよ」
「それで、シュタットフェルト家には財産がないのですね……」
つまりは、祖父は戦争に参加するために金を使い、死んだことで全てが無に帰した。
曽祖父――ガンベルトが戦争で稼いだ名誉も財産も、その息子が戦争で全てを失くしたのだ。
「いや、それは少し……違う」
「え……?」
「貴族の全てが、戦争で功を得ているわけじゃない。そのために領地が与えられているわけだしね。父……カースだって、家の財産全てを使ったわけではなかった」
「では、どうして……?」
「責は僕にある。僕に才能がなかったんだよ。魔力もなく、商才もない。ガンベルトが残した財産を手放さないといけないほど、僕にお金を稼ぐ才能がなかった。そういう、ことだよ……」
そう言って顔を伏せたユウベルトの表情を、俺は覗くことができなかった。
「……父様。魔法は受け継ぐものではないと、おっしゃいましたね」
「…………ああ、言ったね。僕は父からも、祖父からも魔法の才を受け継げなかった」
「――では、貴族はどうやって子孫に魔力を保たせるのですか?」
「ああ、やはり君は賢いね。それはね、魔力を持っている親からは、魔力を持った子が生まれやすいという理由だよ。残念ながら僕は魔力がなかった。そして魔力を持った跡継ぎを生む前に、カースは戦争で死んでしまった」
「…………」
なるほど、
つまり、貴族は貴族同士での結婚が多いということか。
両親に魔力が宿っているなら、魔力を持った子が生まれやすい。そして魔力を持った跡継ぎが生まれるまで、親は子を作り続ける。
では、魔力を持たないユウベルトは――
「……父様は、母様のことを愛していらっしゃいましたか?」
「ああ、愛しているよ。いまでも心から。ユウリ、君のことも、もちろん愛している」
「ありがとうございます。僕も、父様と母様を――誇りに思っています。僕を生んでくれて、ありがとう」
「…………そうか、そう、か……っ」
食卓テーブルに、涙がぽたぽたと、落ちていった。
誰の涙かは、言わなくてもわかるだろう。
「ごちそうさまです。とても美味しい食事でした」
「ユウリ様……」
空気を呼んで、言葉を発さなかったランドル、カルベラ、そしてシリアも、俺に視線を向けた。
「父様を、よろしくお願いします」
「――畏まりました。ユウリ様は……?」
「少し、外に出てきます」
そう言い残し、俺は食堂を出て、玄関をくぐる。
外は、暗闇の世界だった。
地球、日本とは違って、地表に明かりがないのだ。
そのおかげか、夜空には満点の星が瞬いていて、見ているだけで心が落ち着いていくような気持ちにさせられる。
「坊っちゃん。なんや難しい話してたなぁ。大丈夫か?」
「……スズメか。空気呼んで黙っててくれて、ありがとうな」
ええよええよ、おっちゃんも眠かったしな、とスズメは軽口を叩く。
食堂から出るときに、俺の肩にとまったのはわかっていたが……ちょうどいい。こいつには、話しておこう。
俺が本音で話せる相手は、いまこいつくらいしかいないもんな。
「なぁ、スズメ」
「なんや」
「俺さぁ……実はこの世界の人間じゃないんだ。もっと遠くから、来たんだよ」
「ほんまかぁ、そりゃ凄いな」
「内緒な」
「わかったで。おっちゃんと坊っちゃんだけの、秘密やな」
口から漏れる息が、白く染まっていった。
俺はいま、生きている。
「まずは、金の問題からだな……」
「なにがや」
「ん、俺の……やるべきことかな。それに、もっと強くならないといけない」
せめて騎士と同等程度には。
いや、志は高く、だな。魔法を使える騎士を圧倒できるほど、強くなりたいもんだ。
――俺の『翻訳魔法』は、戦闘に使えないけど。
なあに、やりようはあるはずさ。
「大変そうやなぁ」
「そうかな? そう、かもな。いいんだ。やることがあったほうが、燃えるだろう?」
「せやな、おっちゃんもごはん確保しようと頑張ってたころは、輝いてたで」
「いまは?」
「坊っちゃんにくっついてれば、ごはんの心配いらんからなぁ……開店休業状態やで」
「そっか……じゃあさ、俺を手伝ってくれよ」
「なにをするんや」
「――この街を再興させる。俺は、ユウリ=シュタットフェルトだからな」
「わけわからんわ。おっちゃんには難しすぎるで」
「そっか……」
「でもまぁ、ええで。坊っちゃんと話すのは、おもろいしな」
「さんきゅ。んじゃま、ぼちぼちいくからさ」
「よろしゅうな」
俺は、この世界で悔いのないよう生きたい。
例え事故にあい、突発的に死んだとしても、やり残したことはないと、笑って死にたいのだ。
まずは――
俺の持てる全ての力を総動員してでも、この街を活気溢れる街へと押し上げてやる。
学園に入り、強くなって騎士になってもいい。騎士とか、イメージだけでも格好いいしな。
地球ではできなかった、大恋愛に身を焦がすのだってありだろう。貴族との恋愛なんて、想像しただけでも心が踊る。
そして魔法――戦闘に使えない『翻訳魔法』。
戦闘に使える魔法だけが評価されるなんて……我慢ならない。
俺はこの魔法で――第二の人生を謳歌してみせる。
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