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卒業後
803 星暦557年 紫の月 5日 人探し(6)
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「意外と普通な家だな」
最初に連れて行かれた役人の家はごく普通な一般家屋だった。
まあ、役人用の寮ではなく一軒家に住んでいる時点で多少は羽振りが良い部類に入るが、この程度だったらちょっと残業を頑張っている役人や、共働きしている夫婦だったら不思議ではない程度だ。
「そりゃあ、役人が羽振りの良い屋敷になんぞに住んだら即座に国税局に目を付けられるからな。露骨に奥さんが高給取りなんじゃない限り、金は隠すか、別邸を親族の名で買うかになるだろ」
赤が鼻で笑いながら教えてくれた。
確かに。
考えてみたら役人の給料なんて、残業代や臨時賞与も含めて丸々全て国税局が入手できるのだ。
他と違う消費をしていたら直ぐに目を付けられる。
聞いた話だと、脱税額が小さくても賄賂を暴けばボーナスは大きいって話だし。
国税局の調査員のボーナスは基本的に発見した脱税額に依存するが、役人の賄賂に関する脱税は脱税額だけでなく賄賂で見逃した違法行為の悪質性とか金額とか期間も考慮して増額されるらしい。
だから実は悪徳役人にとって一番の敵は煩い上司ではなく、国税局の調査員なのだ。
これを知ったのは魔術学院を卒業して税務調査の手伝い依頼をしていた時の雑談からからだった。
下町での現役時代に知っていれば、報復として俺には全く金が入らなくても税務調査員にチクりたかった悪徳役人はそれなりに居たんだけどなぁ。
でも、考えてみたら警備兵の強請りは役人の賄賂とは違うのかな?
まあ、警備兵は大抵役人とも繋がっていたから特に質が悪い役人に関しては俺たちも知っていたが。
赤とか長とか、盗賊《シーフ》ギルドの上層部はそう言う事を知っていたのに下っ端には教えてくれてなかったんだなぁ。
下っ端がちょっとした腹立ちまぎれにあちこちの悪徳役人を国税局にチクりまくっていたらそれはそれで問題が起きたかもしれないからなのかな。
「幸い、役人連中は最近見つかった人身売買組織関連の調査で碌に家に帰る暇もないぐらい忙しい。
ちゃっちゃと調べるぞ」
さらっと撫でる様に赤が玄関に触れたらもう扉が開いていた。
流石、腕がいいねぇ。
すっと音もたてずに別のギルドの人間が上に上がっていく。
奥さんに薬でも嗅がして起きてこない様にするのかな?
家の内装を見るに、妻がいるっぽいからな。
奥さんは自分の贅沢の一部が不幸な女や子供を売っぱらう連中を見ないふりしている為に受け取った金から来たと知っているんかね?
ちゃんとお互いの収支を把握していたら贅沢していたらおかしいと気付くはずだが・・・意外と人間って使った金を過小評価して儲けた金を過大評価するから、ちょっとやそっとのずれでは収支が合ってないことに気付かないことも多いってアレクが言っていた。
まあ、賄賂を受け取ってそれを愛人に貢いでいて妻は完全に蚊帳の外ってことも多々あるが。
取り敢えずまずは書斎っぽい部屋に行き、本棚の後ろにある隠し金庫を開け、中をくり抜いた分厚い法令集の本を引き出して赤に渡す。
「こういう本だって高いのに、勿体ない」
「法令集は定期的に更新されるからな。
経費で買ってるんじゃないか?」
赤が中身の紙に目を通しながら肩を竦める。
机は・・・鍵がかかった引き出しの一つが二重底になっていて、その中に更に書類や帳簿っぽい物が入っていた。
「お?
愛人宅かな?」
何やら別の地区にある家の契約書が出てきたので赤に見せた。
「ああ。
そこも今晩行くことになっている。
他に何かあるか?」
ざっと見回すが、他には特にない様だ。
台所とかは基本的に妻の領域《テリトリー》だから夫の不正行為の証拠が隠されている可能性は低いと思うが・・・一応他の部屋も見て回ったものの、結局他には見つからなかった。
「よし、次に行くぞ」
次に役人宅はなんと、役人用の公舎の一角だった。
独身っぽいから配偶者の収入って言い訳が使えなくて公舎にそのままって事かね?
しかも。
「もしかしてここの住人、女か???」
部屋のセンスとか清潔さは男女差は多少あっても基本的に個人の個性によるから必ずしも内装で住民の性別は分からないが、廊下に吊るしてあるコートは明らかに女物だ。
「おう。女性が被害を相談に来る部署で働いている奴だよ。
信じられないだろ?」
女の敵は女って言うが、それは単に社交界の世界の話だと思っていた。
まさか人身売買なんて自分も下手をしたら被害にあるかも知れない犯罪組織が悪事を働くのに金で協力する女が居るとは。
自分が被害者にならない絶対の自信でもあったのかね?
それとも自分が弱者になり得ると考えるだけの想像力も無いのか。
リビングはそれなりにセンスのいい家具が置いてあったが、ここの住民の情熱の注ぐ先は寝室にあった。
クロゼットの奥が二重になっており、板を外したら・・・眩いばかりの宝石じゃらじゃらな宝飾品が一面に飾ってあったのだ。
まあ、愛人に貢ぐより良いんだろうが・・・。
役人の給料じゃあこんなの買っても身に付けて歩けないだろうに。
見るだけで満足だったのかね???
「どこでこんなの買えたんだ??
流石にこれだけ宝飾品を買ってたら国税局にバレるだろ???」
「この女はザルガ共和国に親戚が居るって話になっていて、年に一度は遊びに行って買い漁っていたようだな。
時折人身売買組織経由でも報酬代わりに貰っていたらしい」
色々調べてあるんだな。
さて。
宝飾品じゃあ悪事の直接的な証拠にはならない。
女ならそれなりに証拠書類も集めていそうだが・・・どこだろうか?
【後書き】
悪事を働くのは男ばかりでは無いでしょうが、贈収賄って男が多そうな印象・・・
最初に連れて行かれた役人の家はごく普通な一般家屋だった。
まあ、役人用の寮ではなく一軒家に住んでいる時点で多少は羽振りが良い部類に入るが、この程度だったらちょっと残業を頑張っている役人や、共働きしている夫婦だったら不思議ではない程度だ。
「そりゃあ、役人が羽振りの良い屋敷になんぞに住んだら即座に国税局に目を付けられるからな。露骨に奥さんが高給取りなんじゃない限り、金は隠すか、別邸を親族の名で買うかになるだろ」
赤が鼻で笑いながら教えてくれた。
確かに。
考えてみたら役人の給料なんて、残業代や臨時賞与も含めて丸々全て国税局が入手できるのだ。
他と違う消費をしていたら直ぐに目を付けられる。
聞いた話だと、脱税額が小さくても賄賂を暴けばボーナスは大きいって話だし。
国税局の調査員のボーナスは基本的に発見した脱税額に依存するが、役人の賄賂に関する脱税は脱税額だけでなく賄賂で見逃した違法行為の悪質性とか金額とか期間も考慮して増額されるらしい。
だから実は悪徳役人にとって一番の敵は煩い上司ではなく、国税局の調査員なのだ。
これを知ったのは魔術学院を卒業して税務調査の手伝い依頼をしていた時の雑談からからだった。
下町での現役時代に知っていれば、報復として俺には全く金が入らなくても税務調査員にチクりたかった悪徳役人はそれなりに居たんだけどなぁ。
でも、考えてみたら警備兵の強請りは役人の賄賂とは違うのかな?
まあ、警備兵は大抵役人とも繋がっていたから特に質が悪い役人に関しては俺たちも知っていたが。
赤とか長とか、盗賊《シーフ》ギルドの上層部はそう言う事を知っていたのに下っ端には教えてくれてなかったんだなぁ。
下っ端がちょっとした腹立ちまぎれにあちこちの悪徳役人を国税局にチクりまくっていたらそれはそれで問題が起きたかもしれないからなのかな。
「幸い、役人連中は最近見つかった人身売買組織関連の調査で碌に家に帰る暇もないぐらい忙しい。
ちゃっちゃと調べるぞ」
さらっと撫でる様に赤が玄関に触れたらもう扉が開いていた。
流石、腕がいいねぇ。
すっと音もたてずに別のギルドの人間が上に上がっていく。
奥さんに薬でも嗅がして起きてこない様にするのかな?
家の内装を見るに、妻がいるっぽいからな。
奥さんは自分の贅沢の一部が不幸な女や子供を売っぱらう連中を見ないふりしている為に受け取った金から来たと知っているんかね?
ちゃんとお互いの収支を把握していたら贅沢していたらおかしいと気付くはずだが・・・意外と人間って使った金を過小評価して儲けた金を過大評価するから、ちょっとやそっとのずれでは収支が合ってないことに気付かないことも多いってアレクが言っていた。
まあ、賄賂を受け取ってそれを愛人に貢いでいて妻は完全に蚊帳の外ってことも多々あるが。
取り敢えずまずは書斎っぽい部屋に行き、本棚の後ろにある隠し金庫を開け、中をくり抜いた分厚い法令集の本を引き出して赤に渡す。
「こういう本だって高いのに、勿体ない」
「法令集は定期的に更新されるからな。
経費で買ってるんじゃないか?」
赤が中身の紙に目を通しながら肩を竦める。
机は・・・鍵がかかった引き出しの一つが二重底になっていて、その中に更に書類や帳簿っぽい物が入っていた。
「お?
愛人宅かな?」
何やら別の地区にある家の契約書が出てきたので赤に見せた。
「ああ。
そこも今晩行くことになっている。
他に何かあるか?」
ざっと見回すが、他には特にない様だ。
台所とかは基本的に妻の領域《テリトリー》だから夫の不正行為の証拠が隠されている可能性は低いと思うが・・・一応他の部屋も見て回ったものの、結局他には見つからなかった。
「よし、次に行くぞ」
次に役人宅はなんと、役人用の公舎の一角だった。
独身っぽいから配偶者の収入って言い訳が使えなくて公舎にそのままって事かね?
しかも。
「もしかしてここの住人、女か???」
部屋のセンスとか清潔さは男女差は多少あっても基本的に個人の個性によるから必ずしも内装で住民の性別は分からないが、廊下に吊るしてあるコートは明らかに女物だ。
「おう。女性が被害を相談に来る部署で働いている奴だよ。
信じられないだろ?」
女の敵は女って言うが、それは単に社交界の世界の話だと思っていた。
まさか人身売買なんて自分も下手をしたら被害にあるかも知れない犯罪組織が悪事を働くのに金で協力する女が居るとは。
自分が被害者にならない絶対の自信でもあったのかね?
それとも自分が弱者になり得ると考えるだけの想像力も無いのか。
リビングはそれなりにセンスのいい家具が置いてあったが、ここの住民の情熱の注ぐ先は寝室にあった。
クロゼットの奥が二重になっており、板を外したら・・・眩いばかりの宝石じゃらじゃらな宝飾品が一面に飾ってあったのだ。
まあ、愛人に貢ぐより良いんだろうが・・・。
役人の給料じゃあこんなの買っても身に付けて歩けないだろうに。
見るだけで満足だったのかね???
「どこでこんなの買えたんだ??
流石にこれだけ宝飾品を買ってたら国税局にバレるだろ???」
「この女はザルガ共和国に親戚が居るって話になっていて、年に一度は遊びに行って買い漁っていたようだな。
時折人身売買組織経由でも報酬代わりに貰っていたらしい」
色々調べてあるんだな。
さて。
宝飾品じゃあ悪事の直接的な証拠にはならない。
女ならそれなりに証拠書類も集めていそうだが・・・どこだろうか?
【後書き】
悪事を働くのは男ばかりでは無いでしょうが、贈収賄って男が多そうな印象・・・
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