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卒業後
649 星暦556年 紺の月 18日 渡河用魔具(3)
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「ちょっとした粘土を焼き固めた人形でも作ってそれが割れるかをまず確認するか」
家に帰り、工房でお茶を飲みながら提案する。
人間と土器では全然違うが、骨が砕けたり折れたりするような負荷は危険だし、上から圧力がかかり続けると呼吸が出来ずに窒息する危険性もある。
ついでに、下に入れた人形を縄で引っ張ったら壊れずに出せるかを確認したら子供が自力で這い出してこれるかの指標にもなるかも知れない。
まあ、狭い場所で動くにはコツがあるので素人の子供がそれを出来るかは微妙だが。
「そうだな。
ハイハイする程度の幼児と、行商について行ってもおかしくない程度の好奇心が優先され勝ちな年齢の子供のサイズで試そう」
アレクが頷いた。
「幼児や子供のサイズなんて知らんぞ。
具体的に指示してくれ」
ハイハイするような幼児なんて至近距離で見たことが無い。
『好奇心優先な年頃の子供』っていうのも見当がつかないし。
子供って言うと食う事しか頭にない飢えた獣の様なスラムの餓鬼か、金持ちの家で子守や使用人を困らせている小さな暴君を遠くから見た程度しか記憶にない。
シャルロの婚約式では親戚の子供はすぐに引っ込んだし、アレクの実家のパーティとかでは子供は出てこない。
それこそシャルロとケレナが子供を産んで初めて直に触れ合うようになるんじゃないのか?
まだ数年はノンビリ二人きり(使用人は数えないらしい)の生活を楽しむと言っているのでいつになるか不明だが。
◆◆◆◆
「じゃあ、入れてみて~」
シャルロが地滑橇《ラングライダー》を起動する。
その下にまず膝と手で体を持ち上げているハイハイ姿勢の人形を置く。
台車だと下のスペースが狭いのでハイハイしている幼児が入り込める高さではないのだが、地滑橇《ラングライダー》は道の轍や突き出している岩などに当たってガタガタしないよう多少地面との距離を大きくしたせいで、幼児がハイハイして入れないことはない。
まあ、上から圧力がかかる場所に自分から入り込むとはちょっと考えにくいが。
取り敢えず腕にかかる圧力を無視して人形を置き、数歩下がって覗き込む。
バリン!
覗き込むのとほぼ同じタイミングで土器が割れる音がした。
どうやらハイハイしている子供にかなりの圧力がかかるようだ。
つうか、割れる程の圧力だったら下に潜り込むのは無理かな?
「じゃあ、次はこちらに動かして試してみてくれ」
アレクがシャルロに声をかける。
今度は1.5ハド程度の木材を平行に並べて台にしたところに地滑橇《ラングライダー》を載せ、一度スイッチを切ってから人形を下に置き、再起動する。
川岸だったら地面に岩や流木があってガタガタしている可能性があるので、そう言った障害物の上で起動した地滑橇《ラングライダー》の下に子供が入り込んでいたという想定だ。
「じゃあ、再起動~」
地滑橇《ラングライダー》の下の隙間に人形を差し込み終わった俺が立ち上がったのを見て、シャルロが声をかけてくる。
「さて、どうなるかな?」
アレクと俺とで人形を覗き込んでいたら・・・
グシャ!
人形が潰れた。
「・・・さっきより壊れ方が酷くないか?」
シャルロに地滑橇《ラングライダー》を止めるよう合図し、下の人形の残骸を取り出しながら呟く。
さっきのはばっきりと背中の部分と膝の部分にひびが入って足が一本もげただけだったが、今回は体全体が潰れた感じになっている。
「意外だが、障害物があると地面に接した面の圧力が高まるみたいだな」
ちょっと首を傾げて人形の残骸をつついていたアレクが応える。
「うわ、怖いねこれ。
地滑橇《ラングライダー》の下に生き物がいたら起動出来ないようにしないとヤバくない??」
潰れた人形の残骸を見たシャルロが言った。
「鼠サイズ程度まで排除していたらきりがないが、猫や犬以上の生き物がいたら動かないようにした方が良さそうだな。
いや、動かないとなると下に潜り込んだ生き物を取り出せなくなるか。
動かそうとしたら警告音がなって、もう一度起動スイッチを押す必要があるようにでもするか?」
アレクが提案する。
「いや、下にいる生き物を出すために地滑橇《ラングライダー》を起動して動かしたら結局下の生き物が潰されるだろう。
やっぱり動かないようにした方が良いんじゃないか?」
今の実験で幼児型人形が潰れたのはほんの数呼吸後だった。
あれでは子供を下から移動させる時間には足りない。
動かせる前に潰れてしまうのだったら不味いだろう。
「う~ん・・・・。
かと言って下に生き物がいたら動かせないっていうのじゃあ怪我をした動物や子供が隠れた時なんかに助けることも出来なくなるよねぇ。
緊急事態用に魔石消費量を度外視して浮遊《レヴィア》の術を起動させる仕組みでも組み込む?」
シャルロが提案した。
「更にもう一つ魔法陣を刻み込むとしたらかなり製造コストが上がるぞ」
アレクが顔をしかめる。
「考えてみたら、警告音が鳴るようにして起動出来ないだけでいいんじゃないか?上に載せた荷馬車を降ろしたら普通に大人なら地滑橇《ラングライダー》を持ち上げて退けられるだろ」
時々忘れそうになるが、全てを魔術回路で解決する必要は無い。
「「・・・確かに」」
【後書き】
使用説明書に注意書きは必要でしょうけどね。
パニくると思考が硬直的になり勝ちですし。
家に帰り、工房でお茶を飲みながら提案する。
人間と土器では全然違うが、骨が砕けたり折れたりするような負荷は危険だし、上から圧力がかかり続けると呼吸が出来ずに窒息する危険性もある。
ついでに、下に入れた人形を縄で引っ張ったら壊れずに出せるかを確認したら子供が自力で這い出してこれるかの指標にもなるかも知れない。
まあ、狭い場所で動くにはコツがあるので素人の子供がそれを出来るかは微妙だが。
「そうだな。
ハイハイする程度の幼児と、行商について行ってもおかしくない程度の好奇心が優先され勝ちな年齢の子供のサイズで試そう」
アレクが頷いた。
「幼児や子供のサイズなんて知らんぞ。
具体的に指示してくれ」
ハイハイするような幼児なんて至近距離で見たことが無い。
『好奇心優先な年頃の子供』っていうのも見当がつかないし。
子供って言うと食う事しか頭にない飢えた獣の様なスラムの餓鬼か、金持ちの家で子守や使用人を困らせている小さな暴君を遠くから見た程度しか記憶にない。
シャルロの婚約式では親戚の子供はすぐに引っ込んだし、アレクの実家のパーティとかでは子供は出てこない。
それこそシャルロとケレナが子供を産んで初めて直に触れ合うようになるんじゃないのか?
まだ数年はノンビリ二人きり(使用人は数えないらしい)の生活を楽しむと言っているのでいつになるか不明だが。
◆◆◆◆
「じゃあ、入れてみて~」
シャルロが地滑橇《ラングライダー》を起動する。
その下にまず膝と手で体を持ち上げているハイハイ姿勢の人形を置く。
台車だと下のスペースが狭いのでハイハイしている幼児が入り込める高さではないのだが、地滑橇《ラングライダー》は道の轍や突き出している岩などに当たってガタガタしないよう多少地面との距離を大きくしたせいで、幼児がハイハイして入れないことはない。
まあ、上から圧力がかかる場所に自分から入り込むとはちょっと考えにくいが。
取り敢えず腕にかかる圧力を無視して人形を置き、数歩下がって覗き込む。
バリン!
覗き込むのとほぼ同じタイミングで土器が割れる音がした。
どうやらハイハイしている子供にかなりの圧力がかかるようだ。
つうか、割れる程の圧力だったら下に潜り込むのは無理かな?
「じゃあ、次はこちらに動かして試してみてくれ」
アレクがシャルロに声をかける。
今度は1.5ハド程度の木材を平行に並べて台にしたところに地滑橇《ラングライダー》を載せ、一度スイッチを切ってから人形を下に置き、再起動する。
川岸だったら地面に岩や流木があってガタガタしている可能性があるので、そう言った障害物の上で起動した地滑橇《ラングライダー》の下に子供が入り込んでいたという想定だ。
「じゃあ、再起動~」
地滑橇《ラングライダー》の下の隙間に人形を差し込み終わった俺が立ち上がったのを見て、シャルロが声をかけてくる。
「さて、どうなるかな?」
アレクと俺とで人形を覗き込んでいたら・・・
グシャ!
人形が潰れた。
「・・・さっきより壊れ方が酷くないか?」
シャルロに地滑橇《ラングライダー》を止めるよう合図し、下の人形の残骸を取り出しながら呟く。
さっきのはばっきりと背中の部分と膝の部分にひびが入って足が一本もげただけだったが、今回は体全体が潰れた感じになっている。
「意外だが、障害物があると地面に接した面の圧力が高まるみたいだな」
ちょっと首を傾げて人形の残骸をつついていたアレクが応える。
「うわ、怖いねこれ。
地滑橇《ラングライダー》の下に生き物がいたら起動出来ないようにしないとヤバくない??」
潰れた人形の残骸を見たシャルロが言った。
「鼠サイズ程度まで排除していたらきりがないが、猫や犬以上の生き物がいたら動かないようにした方が良さそうだな。
いや、動かないとなると下に潜り込んだ生き物を取り出せなくなるか。
動かそうとしたら警告音がなって、もう一度起動スイッチを押す必要があるようにでもするか?」
アレクが提案する。
「いや、下にいる生き物を出すために地滑橇《ラングライダー》を起動して動かしたら結局下の生き物が潰されるだろう。
やっぱり動かないようにした方が良いんじゃないか?」
今の実験で幼児型人形が潰れたのはほんの数呼吸後だった。
あれでは子供を下から移動させる時間には足りない。
動かせる前に潰れてしまうのだったら不味いだろう。
「う~ん・・・・。
かと言って下に生き物がいたら動かせないっていうのじゃあ怪我をした動物や子供が隠れた時なんかに助けることも出来なくなるよねぇ。
緊急事態用に魔石消費量を度外視して浮遊《レヴィア》の術を起動させる仕組みでも組み込む?」
シャルロが提案した。
「更にもう一つ魔法陣を刻み込むとしたらかなり製造コストが上がるぞ」
アレクが顔をしかめる。
「考えてみたら、警告音が鳴るようにして起動出来ないだけでいいんじゃないか?上に載せた荷馬車を降ろしたら普通に大人なら地滑橇《ラングライダー》を持ち上げて退けられるだろ」
時々忘れそうになるが、全てを魔術回路で解決する必要は無い。
「「・・・確かに」」
【後書き】
使用説明書に注意書きは必要でしょうけどね。
パニくると思考が硬直的になり勝ちですし。
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