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卒業後
647 星暦556年 紺の月 18日 渡河用魔具
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「じゃあ、蒼流、よろしく~」
俺たちはノルデ村から歩いて半刻程度の場所にある川岸に来ていた。
渡河用魔具の試作品を試す為である。
取り敢えず、荷馬車サイズの台に中身が転がり落ちないように2ハド程度の囲いを立てて空滑機に使った推進器を取り付けた比較的手抜きな試作品なのだが、荷馬車を載せる際にずれるとか、浮上させる際にバランスを崩すとか、平均的な荷馬車の重量を載せた地滑橇は空滑機用の推進器をそのままつけても滅茶苦茶ゆっくりにしか動かないとか、やってみるとちょくちょく問題が出てきて辛うじて機能的に最低限の要件を満たす試作品が出来上がるまでに意外と時間が掛かった。
で。
借りて来た馬は外し、荷馬車を地滑橇に載せて川へ向かう。
馬に地滑橇を引かせれば推進器もいらないんじゃないかという意見も出たのだが、必死に滑りやすい川底を歩いている馬に更に重量を引かせるのは可哀想だし、地滑橇に何かがあった際に馬まで溺れることになりかねないという事で、今回は馬と地滑橇を別に動かしている。
ゆっくりと地滑橇が浮いて川へ向かう。
今回は何かが起きても絶対に大丈夫なシャルロが御者をやっている。
俺がやっても良かったんだけど、バランスを崩したら普通に川に落ちるシャルロで実験する方が、大抵の体勢から立て直せる俺で実験するよりも現実に使用される状況に近いだろうという事になった。
勿論、実際にシャルロが川へ転げ落ちそうになったら蒼流が保護するのは間違いないが。
川辺で少し地滑橇の角度が斜めになったが、ちゃんと車輪止めが機能したのか馬車動いていない。
「考えてみたら川岸って堤防とかがあってそこそこ急な勾配がある場合も多そうじゃないか?
荷台が傾かないような仕組みを考えた方が良さそうだ」
台車だったら坂の上り下りの際に荷物がずれても取っ手側の板にずれ込む程度で済むが、荷馬車だったら角度が付き過ぎたら場合によってはそのまま御者をなぎ倒して川や地面へ滑り落ちかねない。
起動させた瞬間の傾きでずれない様にするのと、堤防への移動中の勾配に対応するのとでは大分負荷が違う。
今の滑り止めでは足りない可能性が高そうだ。
地滑橇の車体が傾かないように魔力で調整する機能をつけるべきだろう。
「確かにそうだな。
それこそ増水時に山津波や土石流に遭遇したら角度がどうなるか分からないし」
アレクが頷く。
「山津波って?」
土石流と言えば土と石が押し流されてくるというイメージがあるが、山津波とはなんだ??
「増水の時っていうのは一様に水面が上がっていくとは限らないんだ。
水面が上がった際に川際の木材や岩が堤防みたいな形になって水を押しとどめていたのが、水圧に負けて一気に障害物が押し流された時なんかは一度に大量の水が枝や岩と一緒に流れ降りてくることがあるらしい。
1ミルで3メタ程度水面が上がるなんて場合だと、水面が急激に上がることで上に浮いている板がどう影響をうけるか、分かったもんじゃない」
アレクが説明した。
「無事到着~!」
川辺では、シャルロが無事反対岸に辿り着いていた。
「よ~し、じゃあ帰ってこい~!」
戻ってきたら、山津波や土石流を局地的に蒼流に再現してもらえないか、要相談だな。
清早に頼んでも良いんだけど、基本的に蒼流はシャルロ関係のことはすべてやりたがるから、シャルロと一緒に研究開発している時って清早は遠慮して出てこないんだよな~。
シャルロが戻ってきたので、ついでに地滑橇をそのまま馬に繋いで堤防を登って来ようとしたらどうなるか試した。
「う~ん、今にも地滑橇の上から滑り落ちそうな感じで怖いね~」
シャルロが呟く。
「荷馬車が斜めになるのと同じじゃないのか?」
馬で直接荷馬車を引いて浅い川を渡ろうとするのと同じだと思うが。
「ちょっとした堤防があるような川を荷馬車を馬で曳いて渡ろうとなんて普通はしないから、こんな角度になるのってあまり経験がないんだよねぇ。
普通に馬に乗って川辺に行くのと大分感じが違うし」
シャルロが答える。
ふうん。
つうか、シャルロが荷馬車なんぞ動かしたことがあるっていうこと自体、意外だ。貴族の坊ちゃんなのに、何だって荷馬車なんぞ動かしているんだ??
まあ、実家で何かの手伝いをしていたんだろうな。
「確かに荷馬車で直接川辺に近づくなんてこと自体普通はしないから、考えてみたら荷台が堤防を越えるような角度に傾くこと自体が想定されていない可能性が高いな」
アレクもシャルロの言葉に合意する。
なるほど。
まあ、確かに荷馬車で川に入って荷物が水浸しになっては困るだろう。
そう考えると人間と馬だけならまだしも、荷馬車で川に直接近づくなんてことは普通は無いか。
「じゃあ、まずは地滑橇を水平に保つような仕組みが必要だな」
【後書き】
都心の川は堤防があるので必ずそれなりの高低差がありますが、人里離れた川でも自然に川って低くなっているんでしょうかね?
1ハド=20センチ程度
俺たちはノルデ村から歩いて半刻程度の場所にある川岸に来ていた。
渡河用魔具の試作品を試す為である。
取り敢えず、荷馬車サイズの台に中身が転がり落ちないように2ハド程度の囲いを立てて空滑機に使った推進器を取り付けた比較的手抜きな試作品なのだが、荷馬車を載せる際にずれるとか、浮上させる際にバランスを崩すとか、平均的な荷馬車の重量を載せた地滑橇は空滑機用の推進器をそのままつけても滅茶苦茶ゆっくりにしか動かないとか、やってみるとちょくちょく問題が出てきて辛うじて機能的に最低限の要件を満たす試作品が出来上がるまでに意外と時間が掛かった。
で。
借りて来た馬は外し、荷馬車を地滑橇に載せて川へ向かう。
馬に地滑橇を引かせれば推進器もいらないんじゃないかという意見も出たのだが、必死に滑りやすい川底を歩いている馬に更に重量を引かせるのは可哀想だし、地滑橇に何かがあった際に馬まで溺れることになりかねないという事で、今回は馬と地滑橇を別に動かしている。
ゆっくりと地滑橇が浮いて川へ向かう。
今回は何かが起きても絶対に大丈夫なシャルロが御者をやっている。
俺がやっても良かったんだけど、バランスを崩したら普通に川に落ちるシャルロで実験する方が、大抵の体勢から立て直せる俺で実験するよりも現実に使用される状況に近いだろうという事になった。
勿論、実際にシャルロが川へ転げ落ちそうになったら蒼流が保護するのは間違いないが。
川辺で少し地滑橇の角度が斜めになったが、ちゃんと車輪止めが機能したのか馬車動いていない。
「考えてみたら川岸って堤防とかがあってそこそこ急な勾配がある場合も多そうじゃないか?
荷台が傾かないような仕組みを考えた方が良さそうだ」
台車だったら坂の上り下りの際に荷物がずれても取っ手側の板にずれ込む程度で済むが、荷馬車だったら角度が付き過ぎたら場合によってはそのまま御者をなぎ倒して川や地面へ滑り落ちかねない。
起動させた瞬間の傾きでずれない様にするのと、堤防への移動中の勾配に対応するのとでは大分負荷が違う。
今の滑り止めでは足りない可能性が高そうだ。
地滑橇の車体が傾かないように魔力で調整する機能をつけるべきだろう。
「確かにそうだな。
それこそ増水時に山津波や土石流に遭遇したら角度がどうなるか分からないし」
アレクが頷く。
「山津波って?」
土石流と言えば土と石が押し流されてくるというイメージがあるが、山津波とはなんだ??
「増水の時っていうのは一様に水面が上がっていくとは限らないんだ。
水面が上がった際に川際の木材や岩が堤防みたいな形になって水を押しとどめていたのが、水圧に負けて一気に障害物が押し流された時なんかは一度に大量の水が枝や岩と一緒に流れ降りてくることがあるらしい。
1ミルで3メタ程度水面が上がるなんて場合だと、水面が急激に上がることで上に浮いている板がどう影響をうけるか、分かったもんじゃない」
アレクが説明した。
「無事到着~!」
川辺では、シャルロが無事反対岸に辿り着いていた。
「よ~し、じゃあ帰ってこい~!」
戻ってきたら、山津波や土石流を局地的に蒼流に再現してもらえないか、要相談だな。
清早に頼んでも良いんだけど、基本的に蒼流はシャルロ関係のことはすべてやりたがるから、シャルロと一緒に研究開発している時って清早は遠慮して出てこないんだよな~。
シャルロが戻ってきたので、ついでに地滑橇をそのまま馬に繋いで堤防を登って来ようとしたらどうなるか試した。
「う~ん、今にも地滑橇の上から滑り落ちそうな感じで怖いね~」
シャルロが呟く。
「荷馬車が斜めになるのと同じじゃないのか?」
馬で直接荷馬車を引いて浅い川を渡ろうとするのと同じだと思うが。
「ちょっとした堤防があるような川を荷馬車を馬で曳いて渡ろうとなんて普通はしないから、こんな角度になるのってあまり経験がないんだよねぇ。
普通に馬に乗って川辺に行くのと大分感じが違うし」
シャルロが答える。
ふうん。
つうか、シャルロが荷馬車なんぞ動かしたことがあるっていうこと自体、意外だ。貴族の坊ちゃんなのに、何だって荷馬車なんぞ動かしているんだ??
まあ、実家で何かの手伝いをしていたんだろうな。
「確かに荷馬車で直接川辺に近づくなんてこと自体普通はしないから、考えてみたら荷台が堤防を越えるような角度に傾くこと自体が想定されていない可能性が高いな」
アレクもシャルロの言葉に合意する。
なるほど。
まあ、確かに荷馬車で川に入って荷物が水浸しになっては困るだろう。
そう考えると人間と馬だけならまだしも、荷馬車で川に直接近づくなんてことは普通は無いか。
「じゃあ、まずは地滑橇を水平に保つような仕組みが必要だな」
【後書き】
都心の川は堤防があるので必ずそれなりの高低差がありますが、人里離れた川でも自然に川って低くなっているんでしょうかね?
1ハド=20センチ程度
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