シーフな魔術師

極楽とんぼ

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卒業後

611 星暦555年 橙の月 17日 忠誠心?(12)

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「こちらが金を出す羽目になる立場でなければ、なんとも素晴らしい事業モデルだな」
ゼブから購入してきた典型的なザッファ産の呪具と、ジルダスで買ってきた安物の解除用魔具と、複合型の比較的高額な魔具とを机の上に参列された長が微妙に口元を引き攣らせながら言った。

「魔術院の方にもこの後同じ情報を流しに行くつもりだが、盗賊《シーフ》ギルドの方で売りつけたいんだったら待つが、どうする?」
経費や報酬を払ってもらっているんだ。
魔術院の方に俺は金で情報を売りつけるつもりは無いが、ギルドの方で費用の一部でも回収したいと思っているのだったら数日待っても構わないだろう。

「そっちの方で勝手にやってくれ。
で、このショボい呪具とやらはどんな効果があるんだ?」
ため息をつきながら長が答える。

「これが今回問題になったちょっとした忠誠心を植え付けるタイプ。
何も内部的な葛藤が無ければ3月程度は持つらしいが、本心に逆らう行動をとらせるともっと早く切れるんだとさ。
無理に掛けまくると精神異常をきたすから、何回か掛けたら別の奴に掛けるのが基本使用法らしいぜ」
まあ、大体の場合はそうなる前に相手に気付かれるか、気付いていなかった相手が大損こいて手間をかけるだけの価値がなくなる事が多いらしいが。

「で、こっちが作成時に登録した特定の香辛料がやたらと食べたくなる呪具。
これは酒を飲まないと喉が渇いた感覚が消えない呪具と、四六時中眠くなって昼寝がしたくなる呪具。一応眠気は気のせいで、能力は下がらないんだが集中力は落ちるらしいな」
他にも数点更にショボい呪具も持ってきたので、説明書と一緒にそちらも差し出す。

「なんとも・・・。
で、忠誠心を植え付けるタイプの解除用魔具がこれだって?」
ため息をつきながらパストン島で入手した安い解除用魔具を手に取りながら長が尋ねる。

「そう。
なんと一つ銅貨5枚3000円程度だ。
ただし、他のタイプの呪具は解呪できない上に、20回程度使ったら壊れるらしい。
壊れないぐらいしっかりしたのだと銀貨5枚3万円程度、複合タイプの出回っている呪具ほぼ全てに対応する上にそれなりに長持ちするこれは金貨5枚30万円といったところだ」

良いのになるとぐんと高くなる。
とは言え、次のタイプが出てくるまで5年近く程度はちゃんと機能するらしいが。

5年ごとの金貨5枚の出費。
微妙なところだ。

ギルドとっては端金だろうが、今まで不要だった出費で付随する利益も無いとなると、なんとも複雑な心境だろう。

まあ、アファル王国が東大陸との取引で全般的に景気が良くなってその富が回り回って裏ギルドまで来ていると考えれば必要経費として割り切れるかも知れんが。

「この事業を考えた人間は本当に賢いな。
上手に金を搾り取ってくれる」
ため息をつきながら長が安物の解除用魔具を手に取って器用に分解し始めた。

おや。
意外と慣れた感じだね。

「ちなみに、東大陸では基本的に雇用時と、毎年のボーナス支払い時に忠誠心植え付けタイプの呪具を解除する魔具を使うのが慣習らしい。
大きな新規案件の交渉をしている時なんかは毎日使うこともあるらしいから、大き目な商会なんかだとしっかりした解除用魔具を買う方が経済的だとか」
酒が飲みたくなるとか香辛料が欲しくなるとかは特定の業種の人間以外には『我慢するか、自分で解除用魔具を買え』という話になるんだろう。

呪具というのは遠距離で掛けられるモノではない。
対象者が触れている状態で魔力を流す必要があるので、うかつに物に触らなければ掛かりにくい。

どうりで東大陸の人間が人に触れる慣習が無いと思ったよ。
俺もあまり触られるのは好きではないから構わなかったが、初対面の時の握手が無かったり、酒を飲んでいても肩を叩いたりしないとか、暑い国なのに意外と堅苦しいだなと思っていたら呪具を警戒してのことらしい。

それでもあれだけ解呪用魔具が売れまくるという事は完全な予防は難しいということなんだろうが。

「ふうん。
比較的単純な造りだな」
解除用魔具を分解して魔術回路を覗き込んだ長が呟いた。

「まあね。
一応特許申請されているから使用料を取られるし、単純な作りでも完全な素人を使って不具合が起きたら意味が無いから、職人を雇う手間とかを考えると盗作するよりも買っちまったほうが楽というのがあちらの常識らしい。
あんまり大々的に盗作していると夜中に火を放たれることもあるらしいし」

流石、大元は禁忌用魔具を作っている連中だ。
ある程度以上に自分たちの領域《テリトリー》を侵害されたら利益を守るために血を流させることに躊躇しない。

「ふん。
態々アファル王国まで火を放ちに来るんだったら試してみたらいいさ。
とは言え、魔具職人の数にも限りがあるからな・・・」
鼻で笑ってから、長が考え込んだ。

なるほど。
裏社会は特許料なんぞ払う気はこれっぽっちも無いが、肝心の魔具を作る職人や道具が足りないのか。

まあ、変な闘争を始めさえしなければ俺としては知ったこっちゃないが。
取り敢えず、諸々の呪具と魔具をアンディに売りつけに行こう。
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