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卒業後
596 星暦555年 黄の月 17日 虫除け(16)
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「やあやあこんにちは!
貴殿がノルデ村の奇跡を生み出した方ですか!」
アレクに紹介された生物学会のジェドという人物は・・・中々強烈だった。
紹介者であるアレクや俺には殆ど目もくれず、物凄い勢いでシャルロに食らいついたのだ。
まあ、普通の人間だったら『話をしたがった』というべきなのだろうが、彼の場合、『食らいつく』とか『むしゃぶりつく』という言葉を使いたくなるような勢いと熱意だった。
思わずシャルロが一歩下がり、そしてアレクがジェドの上着をぐいっと後ろへ引っ張ったことでやっと二人の間に普通の成人の間で見られる挨拶の際の距離が実現したぐらいだ。
「・・・奇跡って?」
シャルロがちょっと首を傾げながらアレクの方を見る。
うん、このジェドという人物に直接尋ねなかったのは正解だと思うぞ。
「私たちの住む村の近辺でここ数年ほど全くゴキブリが出現しなくなった現象を、王都の生物学会では『ノルデ村の奇跡』と呼んで色々と研究していたらしい」
薄笑いを浮かべながらアレクが答えた。
「「奇跡・・・」」
意図せず俺とシャルロの声が重なった。
「村全体のゴキブリを排除したのってやりすぎだったかな?」
シャルロが微妙な顔で俺とアレクに尋ねる。
「別に良いんじゃないか?
精霊に頼んで害虫を駆除するのだって正当な害虫駆除手段の一つなんだから。
単に他の人間では経済的に再現できないからって研究の価値が無いとは言えないし、ノルデ村の住民は誰のおかげでゴキブリがいなくなったのかを知ったらきっとシャルロに感謝するぜ?」
まあ、この話が公になったらシャルロに『転居して来ませんか』という誘いがうざったい程あちこちからくるだろうが。
とは言え、流石に侯爵家の子息にあまり執拗にゴキブリ退治を期待した接触はしにくいかな?
代わりに他の精霊の加護持ちへの話が行きそうだが・・・他の加護持ちがそんな虫除け効果があるなんて話は今まで聞いたことが無いから、『上位精霊の加護持ちの人智を超えた能力』の一つとして記録に残ることになるのかも知れない。
一応、清早に聞いたら彼にもゴキブリ駆除ぐらいは問題なく出来ると言っていたから、『精霊の能力』の話ではなく、加護持ちの虫嫌いの度合いと、『精霊の過保護具合』による違いなのだが・・・まあ、態々それを誰かに伝える必要も無いだろう。
下手に普通の精霊でもゴキブリの完全駆除が出来るなんて知らしめて、変な依頼が増えても面倒だ。
下っ端な俺なんて、正に格好の依頼対象になりかねん。
幾ら金になろうと、ゴキブリ退治の依頼なんぞ受ける気はない。
第一、一時的に殺すだけなら殺虫《インセクトイド》の術で十分なのだ。
住んでいない場所の虫を継続的に殲滅し続ける事がポイントであり、これはそれなりに負担になるだろう。
ゴキブリを絶対に見たくないなら、今度売り出すウチの虫除け+殺虫魔具を買って起動し続けておいてくれ。
「取り敢えずシャルロに対する質問は、学会の方で質問を紙2枚程度に纏めて提出したらどうだ?
今は魔術学院での実地テストに来ているんだ。
ノルデ村のことについて話し合う時間はない」
アレクがぽかりとジェドの頭を叩いて言った。
意外だな。
アレクはそんな気軽に人を叩くようなタイプじゃあないんだが、随分とジェドとは仲が良いらしい。
まあ、もしかしたらこの程度の対応をしないと話が進まないと言うだけのことかも知れないが。
何やら一生懸命シャルロに言い募ろうとしていたジェドだが、ちゃんとアレクの言葉が頭に入ったのか動くのをやめて襟を正し、真面目な表情を作った。
ちょっと手遅れだけどな。
「そうだな。
今度質問状を準備するから、是非ご対応をお願いする。
今回のテストはまずは虫除け魔具を起動した後に殺虫《インセクトイド》の術の方も起動させ、どの程度害虫が駆除されたかを確認した後に毎日どの程度の頻度で殺虫《インセクトイド》の術を起動させていけば良いかの試行錯誤という話で良かっただろうか?」
「虫が駆除されたかどうかはこちらで分かるんで、取り敢えず虫の死骸がどこら辺に溜まるか、死骸を放置しているとそこからまた虫が湧いたりするのか、他の虫が入ってきた場合はどこから入ってきているのか等について教えてもらいたい」
アレクが今回の実施テストについて説明する。
別に死んだか否かだけだったら蒼流なり清早に聞くか、俺が心眼《サイト》でじっくり視て回れば確認できる。
今回ジェドに頼みたいのは、死骸がどこら辺に集まるのかの確認(魔具を起動させた瞬間に虫がいたところでころりと死んでいるのか、それともどっかに逃げるか何かした先で死んでいるのか)や、死骸を放置しておくと問題が起きるか(死骸が卵を持っていてそこから幼虫が孵ったりするのか)、及び連続使用していても虫が入ってくる・発生する場合はどのような対応をする必要があるかの相談だ。
実際に売り出したら虫の死骸の撤去は屋敷のメイドなり下男なりがするだろうが、どこら辺に溜まるかをおまけの情報として知らせておいたら客に感謝されるだろうし、見つけられなかった死骸から幼虫が孵ったりするのだったら死骸を見つけて撤去するのが重要で、死骸を放置したせいで虫が再発したらそれは俺たちのせいじゃないということをちゃんと前もって説明できる程度の研究はしておきたい。
俺たちの方は、虫以外の生き物に変な悪影響が出ていないかも確認する事になっている。
もっともそれは主に俺とシャルロ(というか蒼流)がやって、アレクはシェフィート商会の担当と一緒に製造を依頼する工房との話し合いに行く予定だ。
さて。
この魔術学院ってどの程度ゴキブリや百足がいるんだろうか。
貴殿がノルデ村の奇跡を生み出した方ですか!」
アレクに紹介された生物学会のジェドという人物は・・・中々強烈だった。
紹介者であるアレクや俺には殆ど目もくれず、物凄い勢いでシャルロに食らいついたのだ。
まあ、普通の人間だったら『話をしたがった』というべきなのだろうが、彼の場合、『食らいつく』とか『むしゃぶりつく』という言葉を使いたくなるような勢いと熱意だった。
思わずシャルロが一歩下がり、そしてアレクがジェドの上着をぐいっと後ろへ引っ張ったことでやっと二人の間に普通の成人の間で見られる挨拶の際の距離が実現したぐらいだ。
「・・・奇跡って?」
シャルロがちょっと首を傾げながらアレクの方を見る。
うん、このジェドという人物に直接尋ねなかったのは正解だと思うぞ。
「私たちの住む村の近辺でここ数年ほど全くゴキブリが出現しなくなった現象を、王都の生物学会では『ノルデ村の奇跡』と呼んで色々と研究していたらしい」
薄笑いを浮かべながらアレクが答えた。
「「奇跡・・・」」
意図せず俺とシャルロの声が重なった。
「村全体のゴキブリを排除したのってやりすぎだったかな?」
シャルロが微妙な顔で俺とアレクに尋ねる。
「別に良いんじゃないか?
精霊に頼んで害虫を駆除するのだって正当な害虫駆除手段の一つなんだから。
単に他の人間では経済的に再現できないからって研究の価値が無いとは言えないし、ノルデ村の住民は誰のおかげでゴキブリがいなくなったのかを知ったらきっとシャルロに感謝するぜ?」
まあ、この話が公になったらシャルロに『転居して来ませんか』という誘いがうざったい程あちこちからくるだろうが。
とは言え、流石に侯爵家の子息にあまり執拗にゴキブリ退治を期待した接触はしにくいかな?
代わりに他の精霊の加護持ちへの話が行きそうだが・・・他の加護持ちがそんな虫除け効果があるなんて話は今まで聞いたことが無いから、『上位精霊の加護持ちの人智を超えた能力』の一つとして記録に残ることになるのかも知れない。
一応、清早に聞いたら彼にもゴキブリ駆除ぐらいは問題なく出来ると言っていたから、『精霊の能力』の話ではなく、加護持ちの虫嫌いの度合いと、『精霊の過保護具合』による違いなのだが・・・まあ、態々それを誰かに伝える必要も無いだろう。
下手に普通の精霊でもゴキブリの完全駆除が出来るなんて知らしめて、変な依頼が増えても面倒だ。
下っ端な俺なんて、正に格好の依頼対象になりかねん。
幾ら金になろうと、ゴキブリ退治の依頼なんぞ受ける気はない。
第一、一時的に殺すだけなら殺虫《インセクトイド》の術で十分なのだ。
住んでいない場所の虫を継続的に殲滅し続ける事がポイントであり、これはそれなりに負担になるだろう。
ゴキブリを絶対に見たくないなら、今度売り出すウチの虫除け+殺虫魔具を買って起動し続けておいてくれ。
「取り敢えずシャルロに対する質問は、学会の方で質問を紙2枚程度に纏めて提出したらどうだ?
今は魔術学院での実地テストに来ているんだ。
ノルデ村のことについて話し合う時間はない」
アレクがぽかりとジェドの頭を叩いて言った。
意外だな。
アレクはそんな気軽に人を叩くようなタイプじゃあないんだが、随分とジェドとは仲が良いらしい。
まあ、もしかしたらこの程度の対応をしないと話が進まないと言うだけのことかも知れないが。
何やら一生懸命シャルロに言い募ろうとしていたジェドだが、ちゃんとアレクの言葉が頭に入ったのか動くのをやめて襟を正し、真面目な表情を作った。
ちょっと手遅れだけどな。
「そうだな。
今度質問状を準備するから、是非ご対応をお願いする。
今回のテストはまずは虫除け魔具を起動した後に殺虫《インセクトイド》の術の方も起動させ、どの程度害虫が駆除されたかを確認した後に毎日どの程度の頻度で殺虫《インセクトイド》の術を起動させていけば良いかの試行錯誤という話で良かっただろうか?」
「虫が駆除されたかどうかはこちらで分かるんで、取り敢えず虫の死骸がどこら辺に溜まるか、死骸を放置しているとそこからまた虫が湧いたりするのか、他の虫が入ってきた場合はどこから入ってきているのか等について教えてもらいたい」
アレクが今回の実施テストについて説明する。
別に死んだか否かだけだったら蒼流なり清早に聞くか、俺が心眼《サイト》でじっくり視て回れば確認できる。
今回ジェドに頼みたいのは、死骸がどこら辺に集まるのかの確認(魔具を起動させた瞬間に虫がいたところでころりと死んでいるのか、それともどっかに逃げるか何かした先で死んでいるのか)や、死骸を放置しておくと問題が起きるか(死骸が卵を持っていてそこから幼虫が孵ったりするのか)、及び連続使用していても虫が入ってくる・発生する場合はどのような対応をする必要があるかの相談だ。
実際に売り出したら虫の死骸の撤去は屋敷のメイドなり下男なりがするだろうが、どこら辺に溜まるかをおまけの情報として知らせておいたら客に感謝されるだろうし、見つけられなかった死骸から幼虫が孵ったりするのだったら死骸を見つけて撤去するのが重要で、死骸を放置したせいで虫が再発したらそれは俺たちのせいじゃないということをちゃんと前もって説明できる程度の研究はしておきたい。
俺たちの方は、虫以外の生き物に変な悪影響が出ていないかも確認する事になっている。
もっともそれは主に俺とシャルロ(というか蒼流)がやって、アレクはシェフィート商会の担当と一緒に製造を依頼する工房との話し合いに行く予定だ。
さて。
この魔術学院ってどの程度ゴキブリや百足がいるんだろうか。
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