シーフな魔術師

極楽とんぼ

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卒業後

581 星暦555年 緑の月 6日 虫除け

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「虫除けと殺虫の結界を展開する魔具を開発しよう!」

朝食後のお茶を飲もうと準備しているところに現れたシャルロが、荷物を置きもせずに声を上げた。
随分と熱心だが・・・寝室に虫でも湧いたのか?
でも意外と田舎派なシャルロだったら大抵の虫は平気だと思っていたんだが。

「確かに虫除けや殺虫は常に需要があると思うが、それなりに既存品があるぞ?」
茶葉を手に取りながらアレクが指摘する。

そう。
虫除けの香は色々とあるし、除虫香の強いのは部屋を閉め切れば殺虫用にも使える。
除虫香が効かない場合は魔術師を雇えば虫に特定した攻撃魔術の劣化版があるし。

攻撃魔術の劣化版なので殺虫《インセクトイド》の術は1年目の学生でも年の後半になればかけられるようになり、魔術学院の生徒の良い小遣い稼ぎだった。
ただしあれはちゃんと順番にきっちり家全体をカバーするように結界を張っていかないと、下手をすると単に部屋から部屋へと虫を追い立てるだけに終わってしまう。そうすると最終的には台所(や寝室)に虫が戻ってきて、後から怒り心頭な依頼主より苦情(と場合によっては拳骨)が振ってくることになる。

学院側もそこら辺は分かっているので、経験が無い学生に斡旋する最初の幾つかの案件は学院か魔術院の関係者の依頼にするよう注意している。なので俺の周りでは苦情よりも拳骨率の方が高かった。

俺の場合は何故かもっと物騒な小遣い稼ぎの話が学院長や長からちょくちょく来たので殺虫《インセクトイド》の方で小遣い稼ぎは殆どしなかったが。
それでも教室や寮で色々な失敗談は耳にしているから、知識だけはそれなりに豊富だ。

「ゴキブリは嫌いだから、定期的に蒼流に村中から駆除して貰っているし僕が出入りする場所には絶対に入らないように必要に応じて結界も張ってもらっているんだよね。
ただ、それ以外の虫は余り気にしていなかったから・・・昨日大きな百足が寝室に忍び込んできちゃって。
ケレナも虫は案外と平気な方なんだけど、百足だけは苦手らしくって昨晩は大騒ぎになっちゃった」
シャルロが肩を竦めながら突然の発言の背景を説明した。

マジか。
村中から駆除してるとは、凄い。

どうりで定期的に夜寝る前に心眼《サイト》で虫やネズミが家の中に巣食っていないかを確認している際に、ゴキブリだけは一度たりとも見かけなかった訳だ。

ノルデ村には何かゴキブリが苦手な植物でも生えているのかと思っていたんだが、ゴキブリを苦手とする天敵《シャルロ》がいたのが原因だったようだ。

「で、常時展開できる魔具で殺虫と虫除け効果のが欲しい、と。
まあ、香を焚くのに向かない場所もあるし、魔術師の殺虫《インセクトイド》の術は効果が短いからな。
ちょっと高額になっても確実に常時虫を排除できる魔具の需要はあるかもだね」
アレクがお茶を注ぎながら開発に合意した。

「へぇぇ。
虫なんて放っておけばいなくなるし、目障りだったら踏み潰せばいいのに態々高額な魔具を買う人がそれなりに居そうなんだ?
だったら開発するのもか」
売れそうな商品のアイディア思いつくことが何よりも重要なのだ。

虫除けや殺虫系の魔具が売れるとアレクが思うなら、それなりに需要があるんだろう。

・・・まあ、確かに虫ってそのサイズや脅威度を考えると不相応に強い嫌悪感を掻き立てる。
俺もゴキブリは大嫌いだし。

北の遺跡で学生時代にネズミサイズのゴキブリ集団に襲われて以来、どうしてもあれは我慢ができないくて、ついつい心眼《サイト》で探して駆除してしまっている。

この家では見かけないのでラッキ~と思っていたのだが、運ではなくシャルロに感謝すべきだったようだ。

「ついでに動物の毛を登録したらその種類も駆除する機能を付けたらどうかな?
ネズミは猫だけじゃあ必ずしも対処しきれないし、イタチ系の動物が屋根裏に住み着いたりすると色々大変らしいって聞くから」
シャルロがふと思いついたのか更に提案する。

虫とネズミでは生態がかなり違うので同じ術では駆除できないのだが、魔具だったら設定変更したら何通りかの駆除対象に対処できるかも知れない。

が。
「いや、虫は人間と生態が大幅に違うから虫除けを常時展開しても基本的に人間に害はないが、同じ動物であるネズミ用とかは下手をしたら常時展開していると体調が悪い病人とか妊婦に悪影響が出かねないから、やめた方が良い」

と言うか。
一般的には知られていないが、実はネズミ殺しの魔具は捕虜を弱らせて反抗させないための結界を人体実験している間に偶然発見された副作用を利用した魔具なのだ。

結界の強さの調整が上手くいくまでには相当数の捕虜が死んだのだが、その過程で人間は死なないがネズミは殺す強度も発見されたと魔術学院にあった禁書に書いてあった。

今のネズミ殺しの魔具は人間に倦怠感を感じさせずにネズミをやっつける絶妙な出力で起動しているのだが、『人間への影響』はその人間の耐性や体力に依存する。

だからあの魔具は人間の生活の場で常時展開していると、場合によっては危険なのだ。
まあ、それなりに安全マージンを取っているらしいが。
だから食料品を扱っている商家や倉庫などで、危険であるという使用説明書の注意喚起を無視して付けっぱなしにしても、目立つ程の死人は出てない。

中にいる人間はずっと入り浸っている訳では無いので極端に悪影響を受けた事例が起きて無いだけなのだろうが、寝たきりの病人とかに使ったらどうなるか分かったモノでは無い。

この危険さを利用して下町の娼館では意図的にネズミ殺しの常時展開している。
妊娠しにくい、しても流れやすいと言う効果目当てで。
元々娼館の住民の寿命は短いのでネズミ殺しの常時使用が健康にどの様な影響を与えるかは不明だが・・・少なくともプラスではないだろう。

「あ、そうなんだ?
何か安全なのを僕達が開発したらと思ったけど、長期的な影響とか、病人や妊婦への影響が分かりにくいから動物用は手を出さない方が良いかぁ。
虫のも、殺虫じゃなくて虫除けだけで常時展開型にすれば、それで十分かもね。
何だったら展開を始める前に殺虫《インセクトイド》の術をぱばっとかけちゃって全部薙ぎ払っておけばいいんだし」
俺の言葉にシャルロはあっさり合意して方向転換した。

どうやら女性にしては珍しいが、ケレナもネズミはそれ程気にならないタイプなのかも知れない。

・・・考えてみたら、昔厩舎で猫に捕まえられたネズミを手づかみで鷹にあげていたな。
今でも実家の鷹の躾を手伝っているという話だから、ネズミだったら見つけたら嬉々として自分で捕まえそうだ。

「常時型ではない単発的に使う殺虫《インセクトイド》の術も組み込んでおいて、魔具を一つ買えば最初の薙ぎ払いとその後の排除の維持を両方出来る様にしておくと便利かもだね。
費用効果的にどんな感じになるかの確認が必要だが」
アレクがお茶をシャルロに渡しながら纏めた。

「なんだったら両方のタイプを売ってみたら?
がっつり今いる虫を確実に殺して排除し続けたい客には高い目の一体型、取り敢えず虫が来ない様に出来れば良い客には虫除けだけの安いタイプって相手に選ばせれば良いんじゃないか?」
お茶に牛乳を足そうと手を伸ばしながら提案する。

便利なら高くても買う人がいるのはここ数年で学んだ。
折角コネがある商会経由で売れるんだ。
両方売り出しちまえば良い。

頑張って実家を説得してくれ、アレク。
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