シーフな魔術師

極楽とんぼ

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卒業後

222 星暦553年 紫の月 23日 船探し(5)

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今回はダルム商会の航海士さんの視点です
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>>>サイド 航海士

アドリアーナ号が沈没したことで、俺の将来設計はかなりぐらつくことになった。
折角ダルム商会で経験を積み、着々と商会の中でも重要な船の航海士として任されるようになってきたと言うのに商会がつぶれてしまったらまた他のところで一から信頼を培っていかなければならない。

少なくとも経験は消えて無くならないが、航海士というのは重要な役割だ。
小さめの船だったら一人しか乗せていないことが多いので、未知数の人間は使えない。
かといって、大きめの船はそれなりに重要なのでよく知られているベテランと、これから育てようと思っている若い下っ端を配置することが多い。

つまり、ダルム商会がつぶれてしまったら俺はまた、再就職先で信頼されるようになるまでは下っ端と同じ給料で働く羽目になるわけだ。

しかも、信頼とは俺に対するものだけでは無い。
俺が持つ、船長や甲板長などに対する信頼も重要だ。
一度船に乗って港を出れば、船の上にいる人間は否が応でも運命共同体となる。
その場合、船長がいい加減な人間であったり甲板長が横領するよう奴だったりした場合、航路の計算などに余分に安全マージンを織り込んでおかないともしものことがあった時ににっちもさっちも行かなくなる可能性がある。

そう言ったことは若い下っ端から経験を積んでいく間に色々教えられていくのだが・・・。
下手に経験がある状況で新しい職場に入ると、余程上手く立ち回らない限り必要な情報を入手できない可能性がある。
特に、上に対するごますりが上手い奴に対する情報は死活問題だ。
ごますりが上手い奴は余程のことが無い限りクビにはならない。
だが、横領するような人間だったりいい加減な人間だったりした場合、周りにとってはただでさえ危険の可能性がある航海が必要以上に危険が高まるわけだから、一緒には乗りたくない。
つまり、避けなければいけない人間となるわけだ。
同じ商会で働くわけだから上に命じられたら船は動かさざるを得ない。
その際に、危険を知らずにあっさり仕事を請け負う人間がいれば、自分はそれに付き合わなくて済む。なのでそういう危険な人間に対する情報は余程仲が良いか、自分と競合出来ないぐらい下っ端でない限り教えないのだ。

だから是非ともこの魔術師達にはアドリアーナ号を見つけて貰いたいところだが・・・。
たった3人で、これだけの範囲を探せるのかは非常に疑問だ。

王都でアドリアーナ号に乗っていた船員の話を聞いた後、我々は行動を別にしてダッチャスに来た。
ダルム商会が馬車を出してくれたので何故一緒に移動しなかったのか少々疑問だったのだが、今朝になって待ち合わせ場所に来て分かった。

何と、この3人は空滑機グライダーで来ていたのだ。
最近になって開発された空を飛ぶ魔道具だという話を聞いていたのだが、そんな最新の器具を持っているなんてさすがは魔術師だな。
ダルム商会の魔術師は海の男が多かったのであまり『魔術師である』ということを意識しなかったが、こういうのを見ると特殊な能力を持つ人間だというのを実感する。

「昨日のうちに海をちょっと見て回ったんですが、捜索範囲の確認に、先にちょっと上から見て回りたいのでこれに一緒に乗って貰えますか?」
シャルロと言う名の魔術師がにこやかに声を掛けてきた。

・・・え。
よく知らない空を飛ぶ魔道具に乗れと?
「いや、自分は航海士なんで空を飛ぶのは・・・」

「大丈夫、そんなに時間はかからないから!」
にこやかに言われたが、時間が問題なんじゃ無い!
見習いの頃はマストに登って高いところから水平線を見回すのも好きだったが、あれはちゃんとマストに命綱を付けていたんだ。
魔術なんてよく分からない物で宙に浮いていて、落ちたらどうするんだ!

思わず後ろに下がろうとしたら、宿から出てきたウィルというもう一人の魔術師が何やらベルトを取り出して俺の腰に付けた。
「この安全装置があれば、もしもの事があっても落下速度が緩和されて怪我をしないから。
まあ、海に落ちることに変わりは無いけど俺たちも一緒に行くから直ぐに救助するんで心配ないよ」
いやいや、安全装置と言ってもそれだって魔道具じゃないか!

最後に出てきたアレクという細身の男性も何も言わずに同じような安全装置を自分の腰に付けているのを見て、俺も観念して言われたとおりに空滑機グライダーに乗った。
子供のように見えるシャルロという青年や、ちょっと荒っぽそうなウィルに比べ、アレクという青年は常識的そうに見える。異なるタイプの人間が3人も特に変な様子を見せずに使うと言うことは、きっとこれはそうそう落ちない物なのだろう。
・・・多分。

シャルロが空滑機グライダーに入ってきて俺に海図を渡した。ちょっと狭いが何とか海図を開くことが出来る。
「ちなみに、上から見るだけで海図のどこに居るか分かる?
それとも星や太陽を計測する機具とか必要かな?」

「・・・捜索範囲の確認程度なら、同じ速度で動いてくれれば陸地が見える範囲での移動を参考にある程度は推算できると思う」

「了解、じゃあ海に出たら同じ速度で移動するから、何か必要な事があったら言ってね」
そうシャルロが告げた瞬間、空滑機グライダーが浮き上がりマストから落ちたときのような感覚に襲われた。

「うあぁあぁぁぁゃあぁぁ~~!!」

多分横に浮いてきた残りの2台の空滑機グライダーでも聞こえただろう。
が、全員聞かぬふりをしてそのまま海へ進んで行った。

いや、恥ずかしいんだけど、どうせこれだけ恥をかいたなら、同情して降ろしてくれ。

ある程度の高さにあがりまっすぐ海に向かい始めたら、ふらふら足元はおぼつかないものの(立ってはいないけど)、最初の宙を落ちていく様な感覚はなくなり、大分落ち着いてきた。

「あ、ここが海岸ね。これから同じ速度で進むから、気をつけて見ておいて」
シャルロから声を掛けられ、周囲を見回す。
速度は帆を全開にして追い風を受けている程度か。
陸地や海上にある岩礁などが視界から動いていくのを海図と見比べ、速度を頭の中で計算する。

捜査の南端の目印となる半島の端について、方向を東へ変える。ちょっと遠心力が掛ったものの大分とこの動きにも慣れてきた。
これだったら、いつか空滑機グライダーを借りて空の散歩としゃれても良いかもしれない。

(1・・2・・3・・4・・5・・)
距離を測定して、シャルロに声を掛ける。

「もうすぐ捜索を始める範囲だぞ」
目下の海の色も変わり、海底が深くなってきている。

「あ、先に一番向こうまで行くからそっちに着いたら言ってくれる?」
シャルロが頷きながら言ってきた。

「了解」
半日分の漂流を想定しているので、距離としては大体1200メタだ。
自分の将来にも関係することなので真剣に、細心の注意を払って時間を計る。
陸地が水平線のかなたに消えて暫くした頃、シャルロに声を掛ける。

「ここら辺だと思う。後で夜にでも船で出てきて星を使って再確認の測定をしたいが」

「どうせ陸側から始めるから、ちょくちょくどこまで進んだか進捗状態を調べられるんで大体で大丈夫」
何やら水と金属片が入った瓶を海に投げ込みながらにこやかにシャルロが答えた。

「何をしているんだ?」
魔術師の行動は秘密が多いのであまり聞いても教えてくれないかも知れないが、聞かねば教えてくれることだって分からない。

「ああ、目印を付けたの。さっきの所から捜索範囲を海底に印をつけて貰おうと思うんだけど、どこまでやるのか分からないと不便でしょ?」
??
一体誰に印を付けて貰うのだろうか。
しかも海底に??

その点を悩んでいる間に、空滑機グライダーは来たルートを引き返し、先程の開始点に戻ってきていた。

「じゃあ、ここからさっきの瓶のところまで海底から2メタの高さでお願いね~」

シャルロが独り言のように空気に話しかけた瞬間、海面に一瞬、動きがあったように見えた。だが、身を乗り出して下を見ても、何も見えない。

???
一体何が起きたんだ??


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