シーフな魔術師

極楽とんぼ

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卒業後

570 星暦555年 翠の月 4日 人探し(6)

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誘拐犯人の夫である財務長官の視点からの話です

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>>>サイド ファリペ・ドルゲダナ

「そろそろ帰るか」
昼食後に今日の分として秘書に渡された書類の最後の1枚に目を通して署名を記し、ペンを置いた。
王太子の結婚式のお蔭で色々と突発的な出費が多く、最近はかなり忙しかったのだがやっと騒動も収まって定時に帰れそうだ。

個人的な生活の面でもやっと長年の懸案が収まりそうだし、久しぶりに早い目に帰ってゆったりとワインでも楽しもうと立ち上がった時に、あわただしいノックの音が扉からしてきた。

ちっ。
財務省に帰宅間際に慌ただしく話を持ってこなければならない緊急事態など無いはずなのに。
誰だ、帰宅間際のこんな時間に来るのは。
「入れ」

扉から顔を出した宰相の第一秘書が、低い声で用件を伝えてきた。
「ドルゲダナ伯。
宰相閣下が、至急いらして欲しいとのことです」

宰相閣下??
まさか、新婚旅行先で王太子殿下にでも何かあったのか???

慌てて宰相閣下の執務室に行ったら、意外にも特級魔術師のアイシャルヌ・ハートネット師が部屋に居た。
確か、ハートネット師は王太子の教育係も務め、今でも信頼が厚く何かの際には頼られていると聞く。
本当に王太子殿下に何かがあったのも知れない。

折角ガルカ王国との戦争も回避でき、ザルガ共和国との情報戦もなんとかこちらに有利(少なくとも不利ではない)状態に落ち着けたというのに、アファル王国で継承者争いなんぞが起きたら目も当てられないことになる。

どうする・・・。
王太子殿下に何かあった場合の影響を目まぐるしく考えていたところへ、宰相閣下が声をかけてきた。
「お主の妻が、また子供を誘拐したようだぞ」

「はぁ?」
まさか。
頭の中が真っ白になった。

「馬鹿な。
離縁することがやっと決まったのだから、今更子供を攫っても意味がないでしょう!!」
思わず声を荒げてしまったが、宰相閣下は気にした様子もなく肩を竦めた。

10年前に政略的な理由で決めたゼガデルヌ公爵家の三女との結婚は、人生最大の失敗だった。
元々、政略結婚なんぞ相手の女性の性格や容姿ではなく、お互いの家の権力のバランスや派閥的・商業的な繋がりの強化を目的として行う。

自分の場合は財務系の権力を握ることが多いドルゲダナ伯爵家が下手に特定の派閥に肩入れしないようにということで、『王家の血を引く高貴な家系』という以外殆ど何の権力も利権も持たない公爵家の娘を妻として迎えることが勧められて合意したのだが・・・結婚した当初は異常なまでに己の兄を盲愛していた妻が、その義兄が事故で死んだ後に自分にその異常な執着を移した時点から本格的に歯車が狂い始めた。

義兄への妄執もいささか困ったものだと思い、あのような傾向が子供に引き継がれては困ると思って最初の2年で子供が出来なかった時点で自分の血を継ぐ跡継ぎは諦め、さりげなく親族の中で使えそうな有能な若い子息の教育に力を入れ始めていた。
自分の子供を断念しなければならなかったのは残念だったが・・・流石に身体的には健康な公爵家出身の妻がいるのに愛人に産ませた子に家を継がせるわけにはいかない。

これだけだったら良くある微妙に不幸な貴族の話でしかなかったのだが、義兄が死んでその葬式が終わった頃から義兄がいた実家に毎日押し掛けていた妻が本邸に詰めるようになり、お茶を頼むために声をかけただけのようなメイドへも異常な敵愾心を見せるようになり、愛人は執拗に何度も命を狙われるようになった。

義兄が生きていたころは全く興味を示さなかったので愛人の存在すら気が付いていないと思っていたのだが、どうやら知ってはいたらしい。

お蔭で本邸では侍女を雇えなくなり、愛人には24時間護衛をつける必要があるようになったのだが・・・。
やがて、妻は自分たちがうまくいかないのは子供がいないせいだと思ったのか、どこからか子供を攫ってきて『二人の愛の結晶です』と言って差し出してくるようになった。

いや。
元々愛なんぞ無い上に、自分が子供を産んでいないことだって分かっているだろうに。
最初にどことなく自分に似たところがあるような気がしないでもない子供を差し出された時に、妻が完全に狂っている事に気が付き、本邸の使用人に密偵を紛れ込ませて妻が何か計画しているようだったらすぐに報告が来るようにしたのだが・・・。

やっと、先日離縁に関する交渉がドルゲダナ伯爵家と王家及びゼガデルヌ公爵家との間で成立した。
妻にもそれを告げ、離縁後の妻の資産の移譲に関するゼガデルヌ公爵家とやり取りももうほぼ終わり、もうあと数日で神殿に共に行って婚姻契約書の破棄をするだけになっていた。なので密偵も妻の周囲から引き払っていたのだがそれが失敗だったらしい。

「しかも今度はドリアーナの料理長の姪である副料理長の娘だ。
たまたま私の教え子たちがドリアーナと魔道具の開発について一緒に働いていたお蔭で攫われた翌日に子供の足取りが見つかったが、現時点ではドルゲダナ伯爵家の本邸に捕らえられているらしい。
そのまま子供を連れ帰っても良かったのだが、またドルゲダナ伯爵夫人に狙われても困るということで、私のところに話が来た」
ため息をつきながらアイシャルヌ師が付け加えた。

妻の問題についてはそれなりに密やかに話が貴族の間では流れていたが・・・今までは密偵から報告を受けて攫ってきた当日の夜には自分が子供を親元に戻して口留め料を払っていたので、表立って問題にはなってこなかった。

だが・・・。
ドリアーナの料理長の姪となったら、報復なり金目当てなりで幾らでもこの情報を使えるだろう。

子供が攫われた当日に手を打てたと言うのならまだしも、相手から言われるまで気が付かなかったのは痛い。
まさか自分とゼガデルヌ公爵家の当主の説得に応じて離縁に合意した後にもこんなことをするとは思っていなかった。

「取り敢えず、ドリアーナのドリアスの方には私から謝意を伝え、王家が責任を持ってドルゲダナ伯爵夫人を抑えると約束しておく。
お主は本邸に帰って早急に子供を親に返してやれ」
宰相閣下がため息をつきながら命じた。

「承知いたしました。
ご迷惑をおかけして申し訳ございません。
明日の朝に、辞表も持って参ります」
こんな不祥事を起こしてしまったのだ。
財務長官として続けるよりは、辞めておいた方が良いだろう。
代々財務省で働いてきたドルゲダナ伯爵家では、ずっと代官と退任した前伯爵が領地を統治してきた。
お蔭で退任した後もゆっくりする暇がないと父も文句を言っていたから、ここで自分が領地に戻るのも悪くないだろう。

「何を言っている。
現時点で財務長官の入れ替えなんぞやっている暇はない。
悪いと思うならこれからもキリキリ働け!」
宰相閣下が首を横に振りながら自分の言葉を切り捨てた。

そうか。
退任は無しか・・・。


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