シーフな魔術師

極楽とんぼ

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卒業後

442 星暦554年 紺の月 29日 新しいことだらけの開拓事業(14)

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諜報員が頷くのを確認して、口をふさいでいた手を離した。
「ついでに手足の拘束も外してほしいんだが・・・」
ぼそりと男がつぶやく。

「俺は軍艦『ジェルデ』号であんたの『重要な情報』とやらを受け取るために来たアファル王国の人間だ。
その点は納得してもらえていると考えていいか?」
軍部から身分証明用に渡された指輪を男に差し出しながら尋ねた。
盗賊《シーフ》ギルドに居た頃に時折受けていた『捕まった人間を逃がす』という依頼って、大抵は逃がそうとした相手に殴られる羽目になっていたんだよね。
こっそり部屋に忍び込んだ時点で敵だと誤解されて襲われるか、もしくは捕まっていたところから解放した時点で口封じとして殺されかけるか。

報酬が良かったので時折請けていたが、毎回痛い目に遭って、『絶対2度と受けね~~~!!!』と思ったものだ。
それでも金に釣られてまた暫くしたら請けていたんだけど。

流石に軍の依頼で情報を受け取りに来ているので口封じはないと思うが、なまじ訓練を受けた人間が突然眠りから覚めた時に目の前に見知らぬ人間がいる場合、まずは殴って後から尋問となる可能性が高い。
身分証明の指輪なんぞ持っていても、とっさの攻撃を防ぐのには役に立たない。

なので相手がしっかり頷くのを確認するまで、俺は手足を縛っていた縄をほどかなかった。

「随分と用心深いんだな」
起き上がって手首を回しながら男が小さな声でコメントした。

「色々と不幸な事故を体験しているもんでね。
俺の依頼は、あんたから情報を受け取るだけだ。
軍としてはここで説明のつかない脱出を手配してあんたのカバーを危険にさらすよりは、情報だけ受け取ってあんたとその他の人間の開放は後回しにしたいそうだ。
だからここに必要な情報は書き込んでくれ」
ペンと紙を渡しながら肩を竦めた。

最初、情報を紙に書き残すということに軍部の人間はかなり抵抗した。だが俺が頑として折れなかったので諦めてくれた。
口で説明なんぞ聞かされたら、何か忘れているのではないかと執拗に後で質問をされまくるのが目に見えている。
映像記録の魔道具を使うという手もあるが、あれはそれなりに嵩張る。
やはり単純に紙に書いてもらうのが一番だろう・・・と言うことになった。

「なんだ、ここまで来てるくせに誰も助けないのか?」
諜報員の男が呆れたように聞いてきた。

「あんた以外の人間に対しては家族が身代金の支払いができなかったか拒否したかだからな。
一応私掠船だから、アファル王国とガルカ王国間の緊張が収まったら解放されるんだろ?
あんただけ助けたら怪しまれるから、今回は誰も連れだすなというのが依頼だ」

周りで眠っているルームメイトを見回して、男は肩を竦めながら紙を受け取って近くにあった本を台にして書き込み始めた。
「こんなところに忍び込める魔術師なんて、軍はどこであんたを見つけてきたんだ?
『依頼』ということは軍属ではないよな?」

「軍の人間の知り合いの知り合いってところかな。
世の中、意外と狭いもんなんだと実感したよ。
取り敢えず急いでくれ。暗くなる前に出る必要がある」

「へいへい」
黙って紙に細かくなにやら書き込み始めた男を放置して、俺は暇つぶしに建物を心眼《サイト》で視回し始めた。

3階建ての建物だが、よく視たら地下室もある。
特に誰もいる様子はないが。
書類でも隠しているのかね?
どうやらこの島の海賊モドキたちはそれなりに身代金目的の人質を客扱いしているようだから、地下室に押し込めるということはよほどの状況にならないと起きないのかな?

しっかし、考えてみたらこの部屋だってそれほど悪くないし、食事だって普通に出されているようだ。
そう考えると、身代金を取れなかった場合に紛争が終わったらあっさり無料で開放するとは思えないぞ?
奴隷として売っぱらったりでもしないと、赤字だろう。
それとも最後にもう一度、減額した身代金を払うよう要求するのかね?
いまいちこういう私掠船に囚われた人間の扱いと解放への流れが分からん。

「ほらよ。
ちなみに、この部屋のやつらはちゃんと朝には普通に目覚めるんだろうな?」
紙を折りたたんで俺に渡しながらながら男が聞いてきた。

「勿論だ。
朝までには術が切れるし、音には反応しないが触れば普通に目が覚める。
ちなみに、何かがあってどうしても逃げなければならなくなったら、その扉をでて右に曲がった突き当りの窓の格子のネジを緩めたままにしておくから、蹴破れるぞ。
一応、やばくなったら船に乗っていた他の人間も出来そうだったら逃がしてやってくれ」
小さなナイフを渡しながら頼み込む。
下手に馬鹿兄貴の名前を言うと巡り巡って俺の名前がばれるかもしれないが、全員のことを頼んでおけば気休めにはなるかも知れない。
まあ、シェイラの親父さんだって息子が奴隷として売り飛ばされるなんてことになったら救ってやるだろうし。

「おう。
まあ、やばくなる前に減額した身代金要求が行くだろうさ。
ここの奴らはちゃんと相場通りの要求をしているようだから、2月もしたら解放されているだろう」
ナイフを受け取って服の中に隠しながら男が答えた。

相場があるのかぁ。
まあ、そういうことはプロに任せよう。

「じゃあ、達者でな」


【後書き】
口実として使われた以外、全く出番が無かったシェイラのお兄さんでしたw
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