428 / 1,038
卒業後
426 星暦554年 紫の月 29日 慶事の前だからって張り切るな(4)
しおりを挟む
またもや学院長の視点です。
------------------------------------------------------------------------
>>>サイド アイシャルヌ・ハートネット
「まさか、軍部のガルカ王国への情報探索にウィルを雇おうとしている動きの裏にガズラート殿がいるとは思いませんでしたな。
もうあの国は終わりだと思っていましたが・・・そんなに危険なのですか?」
先日のウィルの『愚痴』の後に探った結果、驚いたことにウィル(というか幽霊《ゴースト》)を軍が雇おうとした動きの裏には元第3騎士団副団長のウォレン・ガズラートが関わっていた。
ウォレン・ガズラートと言えば、引退後も各国を回って情報を軍部に提供し続け、未だに相談役としてかなりの影響力を持った人間だ。
現役の頃のその手段を問わない冷徹な有能さは、今でもある程度以上の人間には語り草になっている程だ。
もしもウォレン・ガズラートがガルカ王国との紛争が近いうちに起きると見ているのだったら、ガルカ王国がこのまま自滅するだろうという考えを改める必要があるかも知れない。
「さあな」
そんな深刻な思いを裏に、向いに座った老人はあっさりと肩を竦めただけだった。
「さあなって・・・」
ウォレン・ガズラートの関与を知ってから高まっていた緊張感ががっくりと緩んだ。
「まあ、高くても五分五分か、もしかしたら3分7分といったところか?
可能性は無きにしもあらず、要観察というところだな」
ワインを注ぎながら老人が答える。
魔術学院に呼びつける訳にもいかなかったので、昼食でも一緒にしましょうと誘って食事処の個室で会っているのだが、既に食事は食べ終わった。
給仕には声を掛けるまで来るなと言ってあるので邪魔は入らない。
そこまで用心しておいたのに、『さあな?』
「では何故ウィルを雇おうとしたのです?
折角魔術師にまで下町から這い上がってきた人間を軍の諜報に引き込もうとするなんて。
下手をしたら若者の明るい未来を潰すことになりかねないのに」
「そんな依頼、請けるわけは無いと思っておったからな。
だが、これで尻に火が付いて王都から出ていこうとするだろう?
案の定、シェフィート商会を通して軍に圧力を掛けてきた」
にやりと笑いながら老人が答えた。
「・・・ウィルではなく、シャルロを王都から出すことが目的ですか」
ウィルが、自分は王都から出た方が良いと判断した場合・・・今の状況だったら新規航路の補給島の開発にかこつけて出て行くのが一番だろう。
その場合、共同発見者であるシャルロとアレクも一緒に移動する可能性は高い。
上流貴族であり、ノンビリとしたシャルロよりも、ウィルの危機感を煽る方が3人を動かしやすいと考えたのか。
「婚約式で、本人だけでなくキリガン坊やにも話したのだがな。
親子揃ってあの家族は暢気すぎる。
あの調子では、もしもの事があった場合はシャルロが王都で魔術師として徴収を受けて大量殺戮する羽目になりかねん。
その点、新規航路の補給島で働いていればもしもの時にはあの島の防衛に回される。
あの精霊がいれば海に囲まれた島だったら誰も殺すこと無くどんな敵でも無力化出来るじゃろう?」
肩を竦めながらガズラートが答えた。
なんとまあ。
王都では軍部に関係がある人間には『長老』とか『妖怪』と呼ばれて畏怖と敬意を払われている人間が、実はジジ馬鹿(正確には大叔父であって祖父では無いが)だったとは。
「何とも回りくどい手を取ったものですね。
しかも『もしかしたら3分7分』程度の危険度だと見なしているのに」
口に運びかけていたワイングラスをテーブルに置き、ガズラートがこちらを正面から見つめてきた。
その視線の強さに、思わずこちらの背筋も伸びる。
「一人で戦況を変えかねない程の力は、それを振るうだけの冷徹さが無ければ持ち主を滅ぼしかねん。
お主だって分かっておろう。お前さんは冷徹さも、お前を利用しようとする者達を排除するだけの悪辣さもあったからこそ、特級魔術師として国の上層部からも敬意を払われる存在になった。
だが、お前と同等に近い力を持っていた人間が全てそうなった訳ではあるまい?」
確かに。
シャルロと蒼流の事を知った時、かつての知人の事を考えて今度こそは守ろうと思ったものだ。
だが、自分の火精霊と違って、シャルロは水精霊の加護だ。
直接的には戦いに向いているとは思われにくい精霊の加護だから、そこまで心配する必要は無いと思っていたのだが・・・ガズラートは自分ほど楽観できなかったようだ。
もしも戦争になったら、いくらガズラートとは言ってもシャルロほどの能力がある魔術師を戦場から遠ざけることは難しい。
王都の守備に・・・と主張しても、却って水精霊の加護を持つシャルロでは難しいだろう。首都の周りに来た敵軍を全て水で押し流そうとしたら、周囲への被害が大きくなりすぎる。
そう考えると、戦争が起きたらシャルロを前線へ送り込んで国境近辺で力を振るえば良いという話になりかねない。
まあ、上流貴族であるシャルロを前線へ送り込むほど戦況が逼迫する可能性は低い気もするが。
だが、戦争では何が起きるか分からない。
そんな選択肢を選ぶ羽目になる前に、全く違う選択肢が選ばれるように補給島への移動を推し進めたのだろう。
シャルロが侯爵家の権力をごり押しに使うような人間だったらガズラートの介入は不要だっただろうが、そこら辺はおっとりのんびりなオレファーニ侯爵家だ。
さぞかしヤキモキしたのだろう。
「交渉に使えそうな魔道具を3人組が開発していて良かったですね」
「な~に、魔道具が無かったら盗賊君への圧力を強めて、シャルロかお主に泣き付かせたさ」
グラスを空けながら老人が悪辣に笑った。
・・・オレファーニ家とこの老人が親族であると言うこと自体がある意味一番信じがたいことかもしれない・・・。
【後書き】
戦争の可能性は極端には高くなかったんですね~。
でもまあ、戦争になった時にシャルロが大量殺戮をする羽目にならないように、親戚のおじさん(というかおじいさん)が頑張りましたw
------------------------------------------------------------------------
>>>サイド アイシャルヌ・ハートネット
「まさか、軍部のガルカ王国への情報探索にウィルを雇おうとしている動きの裏にガズラート殿がいるとは思いませんでしたな。
もうあの国は終わりだと思っていましたが・・・そんなに危険なのですか?」
先日のウィルの『愚痴』の後に探った結果、驚いたことにウィル(というか幽霊《ゴースト》)を軍が雇おうとした動きの裏には元第3騎士団副団長のウォレン・ガズラートが関わっていた。
ウォレン・ガズラートと言えば、引退後も各国を回って情報を軍部に提供し続け、未だに相談役としてかなりの影響力を持った人間だ。
現役の頃のその手段を問わない冷徹な有能さは、今でもある程度以上の人間には語り草になっている程だ。
もしもウォレン・ガズラートがガルカ王国との紛争が近いうちに起きると見ているのだったら、ガルカ王国がこのまま自滅するだろうという考えを改める必要があるかも知れない。
「さあな」
そんな深刻な思いを裏に、向いに座った老人はあっさりと肩を竦めただけだった。
「さあなって・・・」
ウォレン・ガズラートの関与を知ってから高まっていた緊張感ががっくりと緩んだ。
「まあ、高くても五分五分か、もしかしたら3分7分といったところか?
可能性は無きにしもあらず、要観察というところだな」
ワインを注ぎながら老人が答える。
魔術学院に呼びつける訳にもいかなかったので、昼食でも一緒にしましょうと誘って食事処の個室で会っているのだが、既に食事は食べ終わった。
給仕には声を掛けるまで来るなと言ってあるので邪魔は入らない。
そこまで用心しておいたのに、『さあな?』
「では何故ウィルを雇おうとしたのです?
折角魔術師にまで下町から這い上がってきた人間を軍の諜報に引き込もうとするなんて。
下手をしたら若者の明るい未来を潰すことになりかねないのに」
「そんな依頼、請けるわけは無いと思っておったからな。
だが、これで尻に火が付いて王都から出ていこうとするだろう?
案の定、シェフィート商会を通して軍に圧力を掛けてきた」
にやりと笑いながら老人が答えた。
「・・・ウィルではなく、シャルロを王都から出すことが目的ですか」
ウィルが、自分は王都から出た方が良いと判断した場合・・・今の状況だったら新規航路の補給島の開発にかこつけて出て行くのが一番だろう。
その場合、共同発見者であるシャルロとアレクも一緒に移動する可能性は高い。
上流貴族であり、ノンビリとしたシャルロよりも、ウィルの危機感を煽る方が3人を動かしやすいと考えたのか。
「婚約式で、本人だけでなくキリガン坊やにも話したのだがな。
親子揃ってあの家族は暢気すぎる。
あの調子では、もしもの事があった場合はシャルロが王都で魔術師として徴収を受けて大量殺戮する羽目になりかねん。
その点、新規航路の補給島で働いていればもしもの時にはあの島の防衛に回される。
あの精霊がいれば海に囲まれた島だったら誰も殺すこと無くどんな敵でも無力化出来るじゃろう?」
肩を竦めながらガズラートが答えた。
なんとまあ。
王都では軍部に関係がある人間には『長老』とか『妖怪』と呼ばれて畏怖と敬意を払われている人間が、実はジジ馬鹿(正確には大叔父であって祖父では無いが)だったとは。
「何とも回りくどい手を取ったものですね。
しかも『もしかしたら3分7分』程度の危険度だと見なしているのに」
口に運びかけていたワイングラスをテーブルに置き、ガズラートがこちらを正面から見つめてきた。
その視線の強さに、思わずこちらの背筋も伸びる。
「一人で戦況を変えかねない程の力は、それを振るうだけの冷徹さが無ければ持ち主を滅ぼしかねん。
お主だって分かっておろう。お前さんは冷徹さも、お前を利用しようとする者達を排除するだけの悪辣さもあったからこそ、特級魔術師として国の上層部からも敬意を払われる存在になった。
だが、お前と同等に近い力を持っていた人間が全てそうなった訳ではあるまい?」
確かに。
シャルロと蒼流の事を知った時、かつての知人の事を考えて今度こそは守ろうと思ったものだ。
だが、自分の火精霊と違って、シャルロは水精霊の加護だ。
直接的には戦いに向いているとは思われにくい精霊の加護だから、そこまで心配する必要は無いと思っていたのだが・・・ガズラートは自分ほど楽観できなかったようだ。
もしも戦争になったら、いくらガズラートとは言ってもシャルロほどの能力がある魔術師を戦場から遠ざけることは難しい。
王都の守備に・・・と主張しても、却って水精霊の加護を持つシャルロでは難しいだろう。首都の周りに来た敵軍を全て水で押し流そうとしたら、周囲への被害が大きくなりすぎる。
そう考えると、戦争が起きたらシャルロを前線へ送り込んで国境近辺で力を振るえば良いという話になりかねない。
まあ、上流貴族であるシャルロを前線へ送り込むほど戦況が逼迫する可能性は低い気もするが。
だが、戦争では何が起きるか分からない。
そんな選択肢を選ぶ羽目になる前に、全く違う選択肢が選ばれるように補給島への移動を推し進めたのだろう。
シャルロが侯爵家の権力をごり押しに使うような人間だったらガズラートの介入は不要だっただろうが、そこら辺はおっとりのんびりなオレファーニ侯爵家だ。
さぞかしヤキモキしたのだろう。
「交渉に使えそうな魔道具を3人組が開発していて良かったですね」
「な~に、魔道具が無かったら盗賊君への圧力を強めて、シャルロかお主に泣き付かせたさ」
グラスを空けながら老人が悪辣に笑った。
・・・オレファーニ家とこの老人が親族であると言うこと自体がある意味一番信じがたいことかもしれない・・・。
【後書き】
戦争の可能性は極端には高くなかったんですね~。
でもまあ、戦争になった時にシャルロが大量殺戮をする羽目にならないように、親戚のおじさん(というかおじいさん)が頑張りましたw
0
お気に入りに追加
503
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です
岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」
私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。
しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。
しかも私を年増呼ばわり。
はあ?
あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!
などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。
その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
旦那様、愛人を作ってもいいですか?
ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。
「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」
これ、旦那様から、初夜での言葉です。
んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと?
’18/10/21…おまけ小話追加
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
仰っている意味が分かりません
水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか?
常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。
※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる