異世界とチートな農園主

浅野明

文字の大きさ
表紙へ
上 下
67 / 81
5巻

5-3

しおりを挟む



 4 アイリーンの事情


 アイリーンに駆け寄る途中、力尽きてばったり倒れたカロンは、子爵の指示のもとすみやかに職員に回収されていった。
 一体何しに来たんだろう、この人。その変態ぶりを知らしめただけで、さっぱり役に立たなかった気がする。アイリーンがしゃべれるなら、カロン理事長本当にいらなかったよね。

「何のために出てきたんやろな、あの人間」

 うん、そう思ったのは私だけではなかったようです。呆然とした様子で蚊トンボも呟いていました。

「もう、カロンのことなんてどうでもいいわよう~。それよりも貴女あなた、あの五人をちょっとだけ貸してほしいのよう~」

 そう言われて、理由も聞かずにあっさりいいですよと言えるわけもなし。

「本人たちの了承は取ってあるわよう~」

 あくびをしながら非常に面倒くさそうに、びした口調で言うアイリーン。

「え、そうなの? 了承済みなら別にいいけど」
「ええんかい!!」
「やけにあっさりしてるんだぜ。嘘だとは思わないのか」

 蚊トンボの突っ込みにベア子の呆れたような声が重なる。

「え~、だって納得してないんだったら、彼らがおとなしくしてるはずないでしょ。特にグリーとか、グリーとかね」

 大事なことなので二度言いました。私の言葉にルイセリゼが微笑む。

「確かにそうですわね。グリー様であれば、まず間違いなくひと暴れしていらっしゃいますわ」
「ほう、そのグリーという方は余程お強いのですね」

 感心したような子爵に、全員がもれなく心の中で返しただろう――「なにせ魔王だからね!」と。

「ありがとう~。さすがにシルヴィリア様には逆らえないのよねえ~。私たちもまた水の精霊の一種だからあ~」
「マジですか」

 ちらと蚊トンボを見て、しみじみ呟く。

「精霊にも色々いるんだねえ」

 おっさん顔の妖精がいるくらいだから、たいなアザラシモドキが精霊でもちょっと許せるかも。つい納得してしまった私である。

「そうそう、シルヴィリア様からの伝言よう~。フェリクスって人になんだけどね~。貴方あなたの婚約者は預かっている、ですって~」
「預かっている?」

 フェリクスの目つきが鋭くなる。アザラシよ、誤解を招く言い方はよせ。

「ええと~、『ヘビから採れる素材はいただいた! 彼女を起こすためにリンの下僕も借りた! ちなみに屋敷にあった素材もいくらかもらった! というわけで、一週間待つがいい! byスラヴィ』ですって~」

 うん、色々わかりました。スラヴィレートの指示でシルヴィリアが動いていたのね。
 フェリクスから発生していた絶対零度の殺気は収まって、いつも通りの穏やかな空気になった。
 良かった。フェリクスは絶対に怒らすまい。普段おとなしい人が怒ると怖いって、本当だなあ。

「それならそうと早く言ってくれればいいのに。でも、ようやく彼女が起きるんだね。すっごく楽しみだ」

 フフフ、と笑うフェリクスは本当に嬉しそうだ。良かったねえ。ついおばちゃん目線でフェリクスを見てしまう。
 詳しく聞いてみると、アイリーンはシルヴィリアに脅されて、五人を指定の場所に運んだだけらしい。
 なぜ今なのか、せめて私たちが農園の屋敷にいる間にスラヴィなりシルヴィリアなりがきちんと話をしてくれればよかったのに、と思ったが、理由は単純だった。ついさっき、スラヴィの準備が整ったからだそうだ。
 準備ができたら即実行。人の都合などお構いなし。たまたま私たちの近くに空間制御能力に秀でたアイリーン(しかも水の精霊の一種)がいたため、これ幸いと五人をさらわせたようだ。
 はた迷惑なことである。さすがは最強の魔王というべきか。自分最優先な彼女は、他のことは全く気にしない。でもって、アイリーンが諸々の説明をおこたったために騒ぎは大きくなったが、まあ、結果オーライってことで。
 ちなみにアイリーンがなぜ今まで静観していたかといえば。

「私は内気なのよう~。知らない人とはお話なんてしたくないのよう」

 さいですか。

「内気? ふてぶてしさを絵に描いたようなアザラシやないか」
「うるさいわよう」

 蚊トンボのツッコミにアイリーンは抗議したが、すかさず子爵の冷たい視線が刺さる。

「おやおや、ふてぶてしいのは間違いないですよね? 大事な魚も貝も食べてしまいますし、理事長を使い物にならなくさせてしまいますし。私にも余計な手間をかけさせてくれやがります。なのに、反省の色もない、と」

 いっぺん死んでみますか、と笑顔でゆらりとアイリーンに近づく子爵。
 私たちは一斉に後ずさる。

「な、なんや怖いで」
「黒い、あの姉ちゃんより黒いぜ」

 さっきの兄ちゃんよりはマシだけど、と呟いたベア子は、フェリクスに睨まれ目を逸らした。

「失礼ですわね、ぬいぐるみのぶんざいで」
「まったくだね」
「ぎゃ!!」

 一言多いベア子が、にこやかな笑顔のルイセリゼに踏みつぶされている……見なかったことにしよう。
 アイリーンは子爵が近寄ってくるのを見ると、さっさと異空間に姿を消してしまった。
 ちっ、と忌々いましげに舌打ちする子爵。ちょっと人相も悪くなってますよ。

「うーん、でも結局五人はスラヴィにさらわれたってことだよね。危険はなさそうだし、本人たちが了承済みなら文句を言うこともないから、とりあえず学園を見学しよっか」

 カオスになってきたので、無理やり話題を転換すると、皆がうなずいた。

「そやな」
「そうだね」
「それがいいですわね」
「うう、足を退けるんだぜ」
「え、そういうもんか?」

 うめくベア子をよそにラグナだけは首を傾げていたが、問題ないよね? だって行方不明事件(笑)は解決したし。となれば、当初の予定通り学園を見学させてもらうのは当然と言えよう。

「それでしたら、私が学園をご案内いたしましょう。ラグナ様の大事なお客人ですしね」
「え、そういうもん? これが普通なのか?」

 なぜか混乱しているラグナは放っておくとして。

「すみませんね。迷惑極まりないアザラシなのですが、そうは言っても学園には必要なイキモノですので、大目に見てください」

 あのアザラシ、一応学園の結界維持とか侵入者撃退用のわなにも手を貸しているそうだ。他にも色々お仕事してるのだとか。アザラシのくせにハイスペックだな。

「ああいやいや、こちらの身内のせいみたいなものだから」

 私は子爵に首を振る。
 スラヴィは身内ではないけれど、それでも私たちの事情がほぼ十割って感じだからなあ。うん、無理を言って見学させてもらうのに、なんかこっちこそごめん、無駄に騒いで。

「ええ、今後は騒ぎを起こさぬようお願いいたしますね。では、まいりましょうか」

 さらっと釘を刺して学園の中にいざなう子爵。
「あの人には逆らわないほうがいいぞ」と、こっそりラグナが忠告してくる。わかります。所謂いわゆる裏ボス的な何かですよね。
 思わぬ時間がかかってしまったが、こうして私たちはようやく学園を見学することになった。


   ◆ ◆ ◆


「おおおおお~」

 この世界に来て初めて見る学校。行きかう生徒たちは、モスグリーンを基調とした制服を着ている。なかなかおしゃれだ。
 学園内は研究棟とか実習棟とか薬学棟とか色々あるようで、私たちはまず一番近くの実習棟へ向かうことにした。ちょうど今は実習棟で魚たちの成長具合を見ているという。

「成長具合?」

 大きさを測るとか、そんなのかな?

「ええ、ですので必要以上に近寄らないようにしてください。皆さんに怪我をさせるわけにはいきませんからね」

 ……? どういうこと?

「なんで魚の成長具合を見るのに怪我の心配するんや?」
「? 危険だからに決まっております」

 蚊トンボのもっともな疑問を受けて、なんでそんな質問をされたのかわからない、という顔で子爵は答えた。

「大型の魚だと暴れたりするからじゃないかな」
「そうだぜ。オレは見たことはないが、魚ってやつは水から出すと暴れるらしいぜ」

 フェリクスとベア子がそんなことを言い合う。案外気が合うね、君たち。
 二人の言葉を聞いて、そう言えばそうか、と私も納得する。
 昔、テレビでマグロを釣っているのを見たことがある。うん、あれが近寄ってきたら弾き飛ばされそう。

「わたくしも調理する前の魚は見たことがございませんから、とても楽しみですわ」

 ルイセリゼも目を輝かせている。
 王都は海から遠くあまり魚にみがないため、大きい魚というのはいまいち想像しづらいようだ。
 私たちはうるさくないよう適度に話をしながら実習棟へ向かった……のだが。
 なんか思ってたのと違う。
 実習棟に着いて、最初に思ったのはそれだった。
 いや、実際はまだ建物の中にも入ってないのよね。
 だけど、たどり着いたその場所には大きな鉄の扉があって、その横にある窓からは中庭が見える。
 おかしいな。明らかにこの扉の向こうって、外だよね?

「さあ、行きましょう」

 にこやかにそう言う子爵に、私たちは顔を見合わせる。
 実習棟は中庭を抜けた先にあるのだろうか?
 でも扉の隣にはガラスのまった窓があるし……そもそもこの鉄の扉、何の意味があるのか。普通の扉でよくない?

「なんや物々しい扉やなあ」

 蚊トンボが首を傾げる。

「この向こう、なんか怪しいぜ。嫌な予感がするんだぜ」

 ベア子よ、不吉なことを言うでない。
 こそこそ話している間に、子爵が躊躇ためらうことなく扉を開けると、その先にはまた扉があった。今度は透明感のある素材で造られた青い扉だ。

「……ねえ、見間違いかな。あれ、オリハルコンに見えるんだけど」

 思わず目をこすって二度見してしまった。
 青い扉には魚や貝の絵がせいに描かれており、まるで切り取った海を見ているような気分になる。
 なぜ二重扉。しかも鉄の扉のすぐ奥に。この鉄の扉、いらなくないか。

「この一枚目の扉があるからこそ、実習棟が維持できるのですよ」

 私が二枚の扉を見ていると、子爵が苦笑して教えてくれた。
 どうやらオリハルコンの扉の向こうに実習棟があるらしい。
 オリハルコンの扉は異空間につながっており、その空間を作成したのはアイリーンだそうだ。ハイスペックなうえに、お役立ちなアザラシだった。
 アイリーンの能力とオリハルコンで空間を安定させ、鉄の扉に付加してある魔法によって、この場所に異空間を繋ぎとめているんだとか。
 私にはよくわからなかったが、これは非常に難しいことらしい。話を聞いた蚊トンボがあんぐりと口を開けていた。

「あのアザラシ、案外役に立っとるんやなあ……」

 少なくとも、蚊トンボみたいな単なるお笑い要員というわけではないようである。

「……お嬢、なんや失礼なこと考えとったやろ」
「気のせいだよ。蚊トンボ、被害妄想って言うんだよ、そういうの」
「そうやろか」

 疑り深い目をする蚊トンボ。そっちこそ失礼だな。もっと人を信じたほうがいいよ?

「さあ、どうぞ」

 私と蚊トンボが話している間に準備が整い、子爵に促されて実習棟に入る。
 中に入るにはオリハルコンの扉を開けるのではなく、そのまま進めばいいらしい。海の中を通るような不思議な感じである。水族館の水中トンネルみたいな?
 フワフワした地面を踏みしめ、幻想的なトンネルを抜けると、そこにはきょうがくの光景が広がっていた。



 5 それは本当に魚なのか!? 


 ここって確か、魚とか貝とかの養殖・育成、あとは海で採れる宝石や鉱石類を人工的に生み出すことをメインに研究してる学園だった気がする。他には、海のものを使って薬や魔法道具の実験をするとか。
 しかし目の前で繰り広げられている光景は、想像していたのと全く違う。
 そもそも魚の定義って何だろう。初歩的なところで私は考え込む。うん、わからない。
 つい遠い目をしていた私の肩が、ポンッと叩かれた。見上げれば、なまあたたかい笑みを浮かべたフェリクス。

「リン、現実逃避はよくないよ」
「……フェリクス、あれは魚なのかな」

 目の前のそれらを指さして、疑問に思ったことを聞いてみた。

「リン、少なくとも僕が港町に買いつけに行った時に見たのは、もっと小さかったよ」

 フェリクスも遠い目をして呟く。
 ここは爆発音が響いていて、ちょっと耳が痛い。よく音が反響するなあ。

「そうですわね。わたくしが絵本で見たお魚には、あのような牙なんてございませんでしたわ」

 ルイセリゼもあんなイキモノ見たことがないという。海の生き物とは不思議なものですわね、と首を傾げているが、そういう問題だろうか。

「あっしかて、見たことも聞いたこともないわ。そもそもあれ食えるんか?」
「あのうろこげる気がしないぜ。しかもなにに魔法のレベル高すぎだぜ」

 良かった。皆の反応からするに、あれはこの世界の常識的な魚というわけではないようだ。
 うーん、あれは魚に分類してもいいものなのか。アザラシを見た時にもそう思ったけどね。この学園の方向性がわからないよ。どこを目指してるんだ。

「ああ、皆様が見たことがないのも当然かと思います。この近くの海にはおりませんし、あれは深海魚ですからね」

 ……。
 あ、魚なんだ。しかも深海魚なんだ。なんで地上に出ても平気なんだろう。疑問は尽きないよ。
 目の前のそれらが魚だと告げられて、私たちの目が点になったのは仕方あるまい。
 そこで繰り広げられている光景。それは――
 モスグリーンの制服を着た男女十名と、うろこを持った龍のような生き物二匹の戦場だった。


   ◆ ◆ ◆


「ところで、なんで戦っているんデスカ」

 気になる。何がって、生徒らしき子供たちと龍モドキが剣と魔法を駆使して戦っている理由が、だ。何度も言うけど、ここって魚の養殖技術を学ぶための学校ですよね? 戦闘訓練する必要、ないよね?

「それはもちろん、魚の育成具合を見るためですが」

 なぜそんなわかり切ったことを聞くのか、と心底不思議そうな顔をする子爵。
 え、私がおかしいの? そうなの?

「そういえば、学園の入学試験には戦闘項目があるって聞いたことがあるな」

 フェリクスが今思い出した、とポンと手を叩く。

「ええ、わたくしも聞いたことがありますわ。ここを卒業して騎士や宮廷魔術師になる者も多いとか。かなり優秀なようですわね」
「恐縮です」

 ルイセリゼの言葉に、子爵ががねをクイッと押し上げ、にこりと笑う。

「いや待て待て、育成具合ってどうやって調べとるんや? 戦ってるようにしか見えへんで」
「ええ、戦っておりますよ」

 蚊トンボがアホ言うな人間、と言わんばかりに尋ねると、子爵は若干黒いオーラを流しつつ、それでもりちに答えた。

「育成具合見とる言うたやんか」
「その通りですが」

 迷うことなくうなずく子爵を見て、蚊トンボの顔が疑問符で覆いつくされる。

「なんなんや、言葉が通じとるようで通じてへん」

 どうしたらええんや、と頭を抱える蚊トンボのことはひとまずスルーすることにしたらしい。子爵は「こちらに」と言って私たちを促し、戦う生徒たちを見守っている先生らしき人のところへ案内してくれた。
 子爵によると、戦闘訓練……もとい、育成具合の確認授業は、生徒がうっかり死んでしまうことがないようれの教師が二人で見守るのが規則なのだという。何その授業、怖いわ。
 私がひそかにおののいている間に、子爵は二人の教師に話をつけてくれた。一人は二足歩行のトカゲ、いわゆるリザードマンだ。もう一人は人族らしい。

「育成確認の授業の見学ですね。それでしたら、これからもう一組実施いたしますので、こちらでゆっくりご覧になってください」

 人族の教師が優しく言って、私たちを戦いがよく見えそうな一番前の観覧席に案内してくれる。

「おいおいおい、なんか知らねえが、あっちからかなりやばい気配がするぜ」

 観覧席に腰を下ろすなり、ベア子が入ってきたのとは反対の方向を見やる。
 私たちもつられて見ると、そこには黄色い扉があった。

「もうベア子は、さっきから嫌なこと言うのやめてよね」
「そうは言っても仕方ないんだぜ。オレはこういう気配には敏感なんだぜ」

 胸を張って言ったって可愛いだけだ、ぬいぐるみよ。

「確かにまずいで。なんや風が生臭いしな」

 生臭いのは魚(?)がいるせいでは、とは思うが、こう見えて一応それなりの実力者である二人がやばそうだと言うなら警戒するに越したことはない。まあ、いざとなったら蚊トンボとベア子には盾になってもらう所存。ファイト!

「大丈夫だよ、リン。どれだけ非常識に見えても、ここは一応学園だからね。余程のことがない限り危険はないはずだよ」

 身構えていると、フェリクスが苦笑した。

「そうですわ。確かこの学園、年間の死亡者数は教師、生徒を含め十名ほどでしたかしら」

 全然安心できない情報をありがとう、ルイセリゼ。
 そうこうしているうちに龍モドキが倒された。ぴくぴくけいれんしているけど、大丈夫なのかな?
 生徒の方もまんしんそうといった具合だ。

「ねえ子爵さん、あれって生きてるの? 殺しちゃうの?」
「殺してしまっては意味がないでしょう。これはあくまでどれだけ育っているかを確認するための実習ですからね。ほら、あちらにもう一人、教師がおりますでしょう。あの者が魚の大きさ、使えるスキル、魔法、うろこつや、機敏性などを見て記録しております。それが終われば、深海魚はこのまままた育成用プールに移されます」
「そ、そうなんだ」

 確かによく見ればもう一人誰かいる。あまりにも存在感がなさ過ぎてスルーしてたよ。
 深海魚は子爵が言った通り、黄色い扉から出てきた六人ほどの生徒の手によって扉の向こうへ運ばれていった。

「深海魚の育成は非常に難しいですが、うろこは武具の素材や薬の材料として使えますし、肉は淡白ながらも深い味わいです。高級料理店で人気なのですよ」

 まるで幼い子供に言い聞かせるように子爵が説明してくれる。
 私、何歳に見えているのかな? 一応、この世界でも成人してるんだけどね。

「やっぱり育てるの難しいの?」

 ま、見た目は龍だし。さもありなん。

「そうですね。先ほど見ていただいたような子供であればまだそこまででもないですが、成体となれば水魔法と風魔法を使いこなすうえに強力なブレスを吐きますし、鋭い爪に牙もありますからね」

 それってもう魚じゃないよね!?
 というか、あの大きさで子供なんだ。一体どこまで大きくなるんだろう。

「ここではまだ繁殖に成功していないので、基本的には子をはらんでいる成体、もしくはぎょを捕まえてくるしかありません。子持ちの成体は凶暴すぎてなかなか手を出せませんし、巨体のため運んでくるのも一苦労です。またぎょの方も、ある程度大きくなるまでは親のそばにくっついているのでやはり捕まえるのは非常に難しい」

 育てる以前に、ぎょを手に入れるのが困難なようである。

「だったら、どうやってここに連れてくるの?」
「そりゃ、ルーシ兄さんとアイリーンが手に入れてくるんだよ」

 突然、口を挟んできたラグナ。

「ルーシ兄さんって?」
「二番目の兄さん」
「なんでカロン理事長は『兄貴』なのに、二番目のお兄さんは『兄さん』って呼んでるの?」
「え、だってルーシ兄さんは『兄貴』って感じじゃないしなあ」

 今気づいた、とラグナは肩をすくめる。どうやら無意識に呼び分けていたようだ。

「そうですね。ルーシ・ラウロ様はラウロ家でも特別な立場にある方ですからね」

 子爵もラグナに対してうなずく。あの方を兄貴とは呼べませんよね、と納得顔だ。
 どんなお兄さん? と聞くと、なぜか二人して首を傾げた。

「どんなって聞かれても……一言で言うならお姫様みたいな?」
「そうですねえ。お美しい方ですよ。この学園の理事顧問という肩書をお持ちで、珍しい魚や海の宝石などをよく持ってきてくださいますし」

 お姫様……? お兄さんだよね? お姉さんじゃないよね?

「ああ、彼は確かに美人さんだよねえ」
「そうですわね。甘いものもお好きですわよ」

 フェリクスとルイセリゼもよく知っているようで、懐かしそうに目を細めている。

「あと兄さんは強いな。うちで一番強い」

 この国でも十指に入る強さだ、と自慢げなラグナ。綺麗で強くて自慢のお兄さんのようだ。

「学園がここまで発展したのは、あの方のお力が大きいですね。ルーシ様が持ち帰ってくださる珍しい魚介類や宝石、鉱石などで海に関する研究もだいぶ進みましたし、新しい薬も開発されております」

 評価高い。カロンと同じ兄弟と思えないくらいの絶賛。カロン理事長、いらなくない?
 いや、その前にもう一度確認するけど、お兄さんだよね?

「まあ、あの熱さはラウロ家の特徴でしょうかね。あまりに暑苦しいので、学園に常駐などされたらたまりませんが」

 あれ、さっきまでルーシの評価は高かったのに。
 子爵の言葉に私が首を傾げていると、傷ついた生徒たちはいつの間にかいなくなっており、代わりに別の生徒が十人ほど中央に並んでいた。

「ああ、そろそろ出てきますよ」

 子爵が私の視線に気づいて軽く微笑む。

「え?」

 何が、と聞こうとしたとき、それが黄色い扉の向こうから現れた。
 生徒たちが一気に緊張し、見守りの教師もさっと武器を構える。
 何か来た。

「あれって……」

 明らかにまちなかの学校にいていい生き物じゃないよね。なんか色々アウトだよね。

「なあお嬢、あっしの見間違いかしらんが、あれって……」

 冷や汗を流しつつ蚊トンボがそれを指さす。

「幻覚だぜ、オレは何も見なかったぜ」

 あり得ない、とベア子がサングラスを掛け代えた。何の意味があるのかと聞けば、今掛けたサングラスは視界がぼやけて前が見づらくなるタイプとのこと。つまり、現実逃避ですね。
 なぜベア子がサングラスを掛けているのかずっと謎だったが……今まさに必要なわけだ。
 認めたくないことや見たくないことって、世の中に意外と多いよね、わかります。
 思わずベア子の心境に同意を返す私である。

「うわあ、さすがの僕もあれはとぎばなしでしか聞いたことがないよ」
「そうですわね。お肉は美味だともんじょにありましたけれど」

 さすがのフェリクスとルイセリゼも引いている。

「あなた方はとても運がよろしいですよ? あれの育成具合を確認するのは三年に一度くらいですからね」

 にこやかに言う子爵が一番怖いです。
 何度も言うけどないよね? あれはないよね?
 だって今、私たちの目の前にいるソレは。
 所謂いわゆる海の悪魔。
 クラーケンと呼ばれる怪物だったのだから。

しおりを挟む
表紙へ

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。