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5巻
5-3
しおりを挟む4 アイリーンの事情
アイリーンに駆け寄る途中、力尽きてばったり倒れたカロンは、子爵の指示のもと速やかに職員に回収されていった。
一体何しに来たんだろう、この人。その変態ぶりを知らしめただけで、さっぱり役に立たなかった気がする。アイリーンが喋れるなら、カロン理事長本当にいらなかったよね。
「何のために出てきたんやろな、あの人間」
うん、そう思ったのは私だけではなかったようです。呆然とした様子で蚊トンボも呟いていました。
「もう、カロンのことなんてどうでもいいわよう~。それよりも貴女、あの五人をちょっとだけ貸してほしいのよう~」
そう言われて、理由も聞かずにあっさりいいですよと言えるわけもなし。
「本人たちの了承は取ってあるわよう~」
あくびをしながら非常に面倒くさそうに、間延びした口調で言うアイリーン。
「え、そうなの? 了承済みなら別にいいけど」
「ええんかい!!」
「やけにあっさりしてるんだぜ。嘘だとは思わないのか」
蚊トンボの突っ込みにベア子の呆れたような声が重なる。
「え~、だって納得してないんだったら、彼らがおとなしくしてるはずないでしょ。特にグリーとか、グリーとかね」
大事なことなので二度言いました。私の言葉にルイセリゼが微笑む。
「確かにそうですわね。グリー様であれば、まず間違いなくひと暴れしていらっしゃいますわ」
「ほう、そのグリーという方は余程お強いのですね」
感心したような子爵に、全員がもれなく心の中で返しただろう――「なにせ魔王だからね!」と。
「ありがとう~。さすがにシルヴィリア様には逆らえないのよねえ~。私たちもまた水の精霊の一種だからあ~」
「マジですか」
ちらと蚊トンボを見て、しみじみ呟く。
「精霊にも色々いるんだねえ」
おっさん顔の妖精がいるくらいだから、怠惰なアザラシモドキが精霊でもちょっと許せるかも。つい納得してしまった私である。
「そうそう、シルヴィリア様からの伝言よう~。フェリクスって人になんだけどね~。貴方の婚約者は預かっている、ですって~」
「預かっている?」
フェリクスの目つきが鋭くなる。アザラシよ、誤解を招く言い方はよせ。
「ええと~、『ヘビから採れる素材はいただいた! 彼女を起こすためにリンの下僕も借りた! ちなみに屋敷にあった素材もいくらか貰った! というわけで、一週間待つがいい! byスラヴィ』ですって~」
うん、色々わかりました。スラヴィレートの指示でシルヴィリアが動いていたのね。
フェリクスから発生していた絶対零度の殺気は収まって、いつも通りの穏やかな空気になった。
良かった。フェリクスは絶対に怒らすまい。普段おとなしい人が怒ると怖いって、本当だなあ。
「それならそうと早く言ってくれればいいのに。でも、ようやく彼女が起きるんだね。すっごく楽しみだ」
フフフ、と笑うフェリクスは本当に嬉しそうだ。良かったねえ。ついおばちゃん目線でフェリクスを見てしまう。
詳しく聞いてみると、アイリーンはシルヴィリアに脅されて、五人を指定の場所に運んだだけらしい。
なぜ今なのか、せめて私たちが農園の屋敷にいる間にスラヴィなりシルヴィリアなりがきちんと話をしてくれればよかったのに、と思ったが、理由は単純だった。ついさっき、スラヴィの準備が整ったからだそうだ。
準備ができたら即実行。人の都合などお構いなし。たまたま私たちの近くに空間制御能力に秀でたアイリーン(しかも水の精霊の一種)がいたため、これ幸いと五人を攫わせたようだ。
はた迷惑なことである。さすがは最強の魔王というべきか。自分最優先な彼女は、他のことは全く気にしない。でもって、アイリーンが諸々の説明を怠ったために騒ぎは大きくなったが、まあ、結果オーライってことで。
ちなみにアイリーンがなぜ今まで静観していたかといえば。
「私は内気なのよう~。知らない人とはお話なんてしたくないのよう」
さいですか。
「内気? ふてぶてしさを絵に描いたようなアザラシやないか」
「うるさいわよう」
蚊トンボのツッコミにアイリーンは抗議したが、すかさず子爵の冷たい視線が刺さる。
「おやおや、ふてぶてしいのは間違いないですよね? 大事な魚も貝も食べてしまいますし、理事長を使い物にならなくさせてしまいますし。私にも余計な手間をかけさせてくれやがります。なのに、反省の色もない、と」
いっぺん死んでみますか、と笑顔でゆらりとアイリーンに近づく子爵。
私たちは一斉に後ずさる。
「な、なんや怖いで」
「黒い、あの姉ちゃんより黒いぜ」
さっきの兄ちゃんよりはマシだけど、と呟いたベア子は、フェリクスに睨まれ目を逸らした。
「失礼ですわね、ぬいぐるみの分際で」
「まったくだね」
「ぎゃ!!」
一言多いベア子が、にこやかな笑顔のルイセリゼに踏みつぶされている……見なかったことにしよう。
アイリーンは子爵が近寄ってくるのを見ると、さっさと異空間に姿を消してしまった。
ちっ、と忌々しげに舌打ちする子爵。ちょっと人相も悪くなってますよ。
「うーん、でも結局五人はスラヴィに攫われたってことだよね。危険はなさそうだし、本人たちが了承済みなら文句を言うこともないから、とりあえず学園を見学しよっか」
カオスになってきたので、無理やり話題を転換すると、皆がうなずいた。
「そやな」
「そうだね」
「それがいいですわね」
「うう、足を退けるんだぜ」
「え、そういうもんか?」
呻くベア子をよそにラグナだけは首を傾げていたが、問題ないよね? だって行方不明事件(笑)は解決したし。となれば、当初の予定通り学園を見学させてもらうのは当然と言えよう。
「それでしたら、私が学園をご案内いたしましょう。ラグナ様の大事なお客人ですしね」
「え、そういうもん? これが普通なのか?」
なぜか混乱しているラグナは放っておくとして。
「すみませんね。迷惑極まりないアザラシなのですが、そうは言っても学園には必要なイキモノですので、大目に見てください」
あのアザラシ、一応学園の結界維持とか侵入者撃退用の罠にも手を貸しているそうだ。他にも色々お仕事してるのだとか。アザラシのくせにハイスペックだな。
「ああいやいや、こちらの身内のせいみたいなものだから」
私は子爵に首を振る。
スラヴィは身内ではないけれど、それでも私たちの事情がほぼ十割って感じだからなあ。うん、無理を言って見学させてもらうのに、なんかこっちこそごめん、無駄に騒いで。
「ええ、今後は騒ぎを起こさぬようお願いいたしますね。では、まいりましょうか」
さらっと釘を刺して学園の中に誘う子爵。
「あの人には逆らわないほうがいいぞ」と、こっそりラグナが忠告してくる。わかります。所謂裏ボス的な何かですよね。
思わぬ時間がかかってしまったが、こうして私たちはようやく学園を見学することになった。
◆ ◆ ◆
「おおおおお~」
この世界に来て初めて見る学校。行きかう生徒たちは、モスグリーンを基調とした制服を着ている。なかなかおしゃれだ。
学園内は研究棟とか実習棟とか薬学棟とか色々あるようで、私たちはまず一番近くの実習棟へ向かうことにした。ちょうど今は実習棟で魚たちの成長具合を見ているという。
「成長具合?」
大きさを測るとか、そんなのかな?
「ええ、ですので必要以上に近寄らないようにしてください。皆さんに怪我をさせるわけにはいきませんからね」
……? どういうこと?
「なんで魚の成長具合を見るのに怪我の心配するんや?」
「? 危険だからに決まっております」
蚊トンボのもっともな疑問を受けて、なんでそんな質問をされたのかわからない、という顔で子爵は答えた。
「大型の魚だと暴れたりするからじゃないかな」
「そうだぜ。オレは見たことはないが、魚ってやつは水から出すと暴れるらしいぜ」
フェリクスとベア子がそんなことを言い合う。案外気が合うね、君たち。
二人の言葉を聞いて、そう言えばそうか、と私も納得する。
昔、テレビでマグロを釣っているのを見たことがある。うん、あれが近寄ってきたら弾き飛ばされそう。
「わたくしも調理する前の魚は見たことがございませんから、とても楽しみですわ」
ルイセリゼも目を輝かせている。
王都は海から遠くあまり魚に馴染みがないため、大きい魚というのはいまいち想像しづらいようだ。
私たちはうるさくないよう適度に話をしながら実習棟へ向かった……のだが。
なんか思ってたのと違う。
実習棟に着いて、最初に思ったのはそれだった。
いや、実際はまだ建物の中にも入ってないのよね。
だけど、たどり着いたその場所には大きな鉄の扉があって、その横にある窓からは中庭が見える。
おかしいな。明らかにこの扉の向こうって、外だよね?
「さあ、行きましょう」
にこやかにそう言う子爵に、私たちは顔を見合わせる。
実習棟は中庭を抜けた先にあるのだろうか?
でも扉の隣にはガラスの嵌まった窓があるし……そもそもこの鉄の扉、何の意味があるのか。普通の扉でよくない?
「なんや物々しい扉やなあ」
蚊トンボが首を傾げる。
「この向こう、なんか怪しいぜ。嫌な予感がするんだぜ」
ベア子よ、不吉なことを言うでない。
こそこそ話している間に、子爵が躊躇うことなく扉を開けると、その先にはまた扉があった。今度は透明感のある素材で造られた青い扉だ。
「……ねえ、見間違いかな。あれ、オリハルコンに見えるんだけど」
思わず目をこすって二度見してしまった。
青い扉には魚や貝の絵が精緻に描かれており、まるで切り取った海を見ているような気分になる。
なぜ二重扉。しかも鉄の扉のすぐ奥に。この鉄の扉、いらなくないか。
「この一枚目の扉があるからこそ、実習棟が維持できるのですよ」
私が二枚の扉を見ていると、子爵が苦笑して教えてくれた。
どうやらオリハルコンの扉の向こうに実習棟があるらしい。
オリハルコンの扉は異空間につながっており、その空間を作成したのはアイリーンだそうだ。ハイスペックなうえに、お役立ちなアザラシだった。
アイリーンの能力とオリハルコンで空間を安定させ、鉄の扉に付加してある魔法によって、この場所に異空間を繋ぎとめているんだとか。
私にはよくわからなかったが、これは非常に難しいことらしい。話を聞いた蚊トンボがあんぐりと口を開けていた。
「あのアザラシ、案外役に立っとるんやなあ……」
少なくとも、蚊トンボみたいな単なるお笑い要員というわけではないようである。
「……お嬢、なんや失礼なこと考えとったやろ」
「気のせいだよ。蚊トンボ、被害妄想って言うんだよ、そういうの」
「そうやろか」
疑り深い目をする蚊トンボ。そっちこそ失礼だな。もっと人を信じたほうがいいよ?
「さあ、どうぞ」
私と蚊トンボが話している間に準備が整い、子爵に促されて実習棟に入る。
中に入るにはオリハルコンの扉を開けるのではなく、そのまま進めばいいらしい。海の中を通るような不思議な感じである。水族館の水中トンネルみたいな?
フワフワした地面を踏みしめ、幻想的なトンネルを抜けると、そこには驚愕の光景が広がっていた。
5 それは本当に魚なのか!?
ここって確か、魚とか貝とかの養殖・育成、あとは海で採れる宝石や鉱石類を人工的に生み出すことをメインに研究してる学園だった気がする。他には、海のものを使って薬や魔法道具の実験をするとか。
しかし目の前で繰り広げられている光景は、想像していたのと全く違う。
そもそも魚の定義って何だろう。初歩的なところで私は考え込む。うん、わからない。
つい遠い目をしていた私の肩が、ポンッと叩かれた。見上げれば、生暖かい笑みを浮かべたフェリクス。
「リン、現実逃避はよくないよ」
「……フェリクス、あれは魚なのかな」
目の前のそれらを指さして、疑問に思ったことを聞いてみた。
「リン、少なくとも僕が港町に買いつけに行った時に見たのは、もっと小さかったよ」
フェリクスも遠い目をして呟く。
ここは爆発音が響いていて、ちょっと耳が痛い。よく音が反響するなあ。
「そうですわね。わたくしが絵本で見たお魚には、あのような牙なんてございませんでしたわ」
ルイセリゼもあんなイキモノ見たことがないという。海の生き物とは不思議なものですわね、と首を傾げているが、そういう問題だろうか。
「あっしかて、見たことも聞いたこともないわ。そもそもあれ食えるんか?」
「あの鱗、剥げる気がしないぜ。しかも何気に魔法のレベル高すぎだぜ」
良かった。皆の反応からするに、あれはこの世界の常識的な魚というわけではないようだ。
うーん、あれは魚に分類してもいいものなのか。アザラシを見た時にもそう思ったけどね。この学園の方向性がわからないよ。どこを目指してるんだ。
「ああ、皆様が見たことがないのも当然かと思います。この近くの海にはおりませんし、あれは深海魚ですからね」
……。
あ、魚なんだ。しかも深海魚なんだ。なんで地上に出ても平気なんだろう。疑問は尽きないよ。
目の前のそれらが魚だと告げられて、私たちの目が点になったのは仕方あるまい。
そこで繰り広げられている光景。それは――
モスグリーンの制服を着た男女十名と、鱗を持った龍のような生き物二匹の戦場だった。
◆ ◆ ◆
「ところで、なんで戦っているんデスカ」
気になる。何がって、生徒らしき子供たちと龍モドキが剣と魔法を駆使して戦っている理由が、だ。何度も言うけど、ここって魚の養殖技術を学ぶための学校ですよね? 戦闘訓練する必要、ないよね?
「それはもちろん、魚の育成具合を見るためですが」
なぜそんなわかり切ったことを聞くのか、と心底不思議そうな顔をする子爵。
え、私がおかしいの? そうなの?
「そういえば、学園の入学試験には戦闘項目があるって聞いたことがあるな」
フェリクスが今思い出した、とポンと手を叩く。
「ええ、わたくしも聞いたことがありますわ。ここを卒業して騎士や宮廷魔術師になる者も多いとか。かなり優秀なようですわね」
「恐縮です」
ルイセリゼの言葉に、子爵が眼鏡をクイッと押し上げ、にこりと笑う。
「いや待て待て、育成具合ってどうやって調べとるんや? 戦ってるようにしか見えへんで」
「ええ、戦っておりますよ」
蚊トンボがアホ言うな人間、と言わんばかりに尋ねると、子爵は若干黒いオーラを流しつつ、それでも律儀に答えた。
「育成具合見とる言うたやんか」
「その通りですが」
迷うことなくうなずく子爵を見て、蚊トンボの顔が疑問符で覆いつくされる。
「なんなんや、言葉が通じとるようで通じてへん」
どうしたらええんや、と頭を抱える蚊トンボのことはひとまずスルーすることにしたらしい。子爵は「こちらに」と言って私たちを促し、戦う生徒たちを見守っている先生らしき人のところへ案内してくれた。
子爵によると、戦闘訓練……もとい、育成具合の確認授業は、生徒がうっかり死んでしまうことがないよう手練れの教師が二人で見守るのが規則なのだという。何その授業、怖いわ。
私がひそかに慄いている間に、子爵は二人の教師に話をつけてくれた。一人は二足歩行のトカゲ、いわゆるリザードマンだ。もう一人は人族らしい。
「育成確認の授業の見学ですね。それでしたら、これからもう一組実施いたしますので、こちらでゆっくりご覧になってください」
人族の教師が優しく言って、私たちを戦いがよく見えそうな一番前の観覧席に案内してくれる。
「おいおいおい、なんか知らねえが、あっちからかなりやばい気配がするぜ」
観覧席に腰を下ろすなり、ベア子が入ってきたのとは反対の方向を見やる。
私たちもつられて見ると、そこには黄色い扉があった。
「もうベア子は、さっきから嫌なこと言うのやめてよね」
「そうは言っても仕方ないんだぜ。オレはこういう気配には敏感なんだぜ」
胸を張って言ったって可愛いだけだ、ぬいぐるみよ。
「確かにまずいで。なんや風が生臭いしな」
生臭いのは魚(?)がいるせいでは、とは思うが、こう見えて一応それなりの実力者である二人がやばそうだと言うなら警戒するに越したことはない。まあ、いざとなったら蚊トンボとベア子には盾になってもらう所存。ファイト!
「大丈夫だよ、リン。どれだけ非常識に見えても、ここは一応学園だからね。余程のことがない限り危険はないはずだよ」
身構えていると、フェリクスが苦笑した。
「そうですわ。確かこの学園、年間の死亡者数は教師、生徒を含め十名ほどでしたかしら」
全然安心できない情報をありがとう、ルイセリゼ。
そうこうしているうちに龍モドキが倒された。ぴくぴく痙攣しているけど、大丈夫なのかな?
生徒の方も満身創痍といった具合だ。
「ねえ子爵さん、あれって生きてるの? 殺しちゃうの?」
「殺してしまっては意味がないでしょう。これはあくまでどれだけ育っているかを確認するための実習ですからね。ほら、あちらにもう一人、教師がおりますでしょう。あの者が魚の大きさ、使えるスキル、魔法、鱗の艶、機敏性などを見て記録しております。それが終われば、深海魚はこのまままた育成用プールに移されます」
「そ、そうなんだ」
確かによく見ればもう一人誰かいる。あまりにも存在感がなさ過ぎてスルーしてたよ。
深海魚は子爵が言った通り、黄色い扉から出てきた六人ほどの生徒の手によって扉の向こうへ運ばれていった。
「深海魚の育成は非常に難しいですが、鱗は武具の素材や薬の材料として使えますし、肉は淡白ながらも深い味わいです。高級料理店で人気なのですよ」
まるで幼い子供に言い聞かせるように子爵が説明してくれる。
私、何歳に見えているのかな? 一応、この世界でも成人してるんだけどね。
「やっぱり育てるの難しいの?」
ま、見た目は龍だし。さもありなん。
「そうですね。先ほど見ていただいたような子供であればまだそこまででもないですが、成体となれば水魔法と風魔法を使いこなすうえに強力なブレスを吐きますし、鋭い爪に牙もありますからね」
それってもう魚じゃないよね!?
というか、あの大きさで子供なんだ。一体どこまで大きくなるんだろう。
「ここではまだ繁殖に成功していないので、基本的には子を孕んでいる成体、もしくは稚魚を捕まえてくるしかありません。子持ちの成体は凶暴すぎてなかなか手を出せませんし、巨体のため運んでくるのも一苦労です。また稚魚の方も、ある程度大きくなるまでは親の側にくっついているのでやはり捕まえるのは非常に難しい」
育てる以前に、稚魚を手に入れるのが困難なようである。
「だったら、どうやってここに連れてくるの?」
「そりゃ、ルーシ兄さんとアイリーンが手に入れてくるんだよ」
突然、口を挟んできたラグナ。
「ルーシ兄さんって?」
「二番目の兄さん」
「なんでカロン理事長は『兄貴』なのに、二番目のお兄さんは『兄さん』って呼んでるの?」
「え、だってルーシ兄さんは『兄貴』って感じじゃないしなあ」
今気づいた、とラグナは肩をすくめる。どうやら無意識に呼び分けていたようだ。
「そうですね。ルーシ・ラウロ様はラウロ家でも特別な立場にある方ですからね」
子爵もラグナに対してうなずく。あの方を兄貴とは呼べませんよね、と納得顔だ。
どんなお兄さん? と聞くと、なぜか二人して首を傾げた。
「どんなって聞かれても……一言で言うならお姫様みたいな?」
「そうですねえ。お美しい方ですよ。この学園の理事顧問という肩書をお持ちで、珍しい魚や海の宝石などをよく持ってきてくださいますし」
お姫様……? お兄さんだよね? お姉さんじゃないよね?
「ああ、彼は確かに美人さんだよねえ」
「そうですわね。甘いものもお好きですわよ」
フェリクスとルイセリゼもよく知っているようで、懐かしそうに目を細めている。
「あと兄さんは強いな。うちで一番強い」
この国でも十指に入る強さだ、と自慢げなラグナ。綺麗で強くて自慢のお兄さんのようだ。
「学園がここまで発展したのは、あの方のお力が大きいですね。ルーシ様が持ち帰ってくださる珍しい魚介類や宝石、鉱石などで海に関する研究もだいぶ進みましたし、新しい薬も開発されております」
評価高い。カロンと同じ兄弟と思えないくらいの絶賛。カロン理事長、いらなくない?
いや、その前にもう一度確認するけど、お兄さんだよね?
「まあ、あの熱さはラウロ家の特徴でしょうかね。あまりに暑苦しいので、学園に常駐などされたらたまりませんが」
あれ、さっきまでルーシの評価は高かったのに。
子爵の言葉に私が首を傾げていると、傷ついた生徒たちはいつの間にかいなくなっており、代わりに別の生徒が十人ほど中央に並んでいた。
「ああ、そろそろ出てきますよ」
子爵が私の視線に気づいて軽く微笑む。
「え?」
何が、と聞こうとしたとき、それが黄色い扉の向こうから現れた。
生徒たちが一気に緊張し、見守りの教師もさっと武器を構える。
何か来た。
「あれって……」
明らかに街中の学校にいていい生き物じゃないよね。なんか色々アウトだよね。
「なあお嬢、あっしの見間違いかしらんが、あれって……」
冷や汗を流しつつ蚊トンボがそれを指さす。
「幻覚だぜ、オレは何も見なかったぜ」
あり得ない、とベア子がサングラスを掛け代えた。何の意味があるのかと聞けば、今掛けたサングラスは視界がぼやけて前が見づらくなるタイプとのこと。つまり、現実逃避ですね。
なぜベア子がサングラスを掛けているのかずっと謎だったが……今まさに必要なわけだ。
認めたくないことや見たくないことって、世の中に意外と多いよね、わかります。
思わずベア子の心境に同意を返す私である。
「うわあ、さすがの僕もあれは御伽話でしか聞いたことがないよ」
「そうですわね。お肉は美味だと古文書にありましたけれど」
さすがのフェリクスとルイセリゼも引いている。
「あなた方はとても運がよろしいですよ? あれの育成具合を確認するのは三年に一度くらいですからね」
にこやかに言う子爵が一番怖いです。
何度も言うけどないよね? あれはないよね?
だって今、私たちの目の前にいるソレは。
所謂海の悪魔。
クラーケンと呼ばれる怪物だったのだから。
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