異世界とチートな農園主

浅野明

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5巻

5-2

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「ところで、その人たちは?」

 私に聞かれて、ラグナはおじさん二人に視線を向ける。

「あ、ああ。ここの理事長をしている一番上の兄、カロン・ラウロと学園の警備責任者のフューリュー子爵だ」
「よろしく。君の噂は弟から聞いているよ」

 銀の髪をオールバックにしたダンディーなおじさん――カロンは、にっこり笑う。さすがに兄弟だけあって、顔立ちはラグナとそっくりだ。

「よろしくお願いいたします。何やらただならぬ事態とのことですが……?」

 そう言ってクイッとがねを指で押し上げたのは、神経質そうな細身のおじさん、フューリュー子爵。警備責任者というわりには、そんなに強そうじゃないな。細マッチョなのか? もしかして服の下にはもりもりの筋肉が……? いや、責任者ってことは、警備員を管理するだけの人なのかも。

「あ、リンです」

 ルイセリゼとフェリクスはすでにあいさつを済ませていたらしく、私は慌てて名乗った。自己紹介は人間関係の基本だよね。最近じんがいとばっかり会っているせいか忘れがちだけどね!

「セイルーナや」
「ベア子だぜ」

 一応、蚊トンボとベア子もそれくらいの常識は備えていたのか、それぞれ名前のみを告げる。
 カロン・ラウロとフューリュー子爵は蚊トンボとベア子を見てぜんとしていたが、さりげなく目を逸らしたことから察するに、スルーすることにしたようだ。
 あとで聞いたところによると、実は事前にルイセリゼから蚊トンボたちのことは伝えられていたのだとか。それでも実際に目にして驚くのは致し方ないことであろう。
 珍妙なイキモノ対処法としては、とりあえず見なかったことにするのが一番だ、と言われていたらしい。なににひどいな、ルイセリゼ。まあ、否定はしないけどさ。

「早速だが、詳しいことを教えてくれるかね? それに、なぜアイリーンがそこにいるのかも知りたい」

 さらっと爆弾発言をかます理事長、カロン・ラウロ。
 私たちはそろって顔を見合わせ、首を傾げる。

「「「「「アイリーン??」」」」」

 見事に全員の声がハモった。

「うむ、あのアザラシのことだが」

 あ、あのイキモノって、この世界でもやっぱりアザラシなんだ。
 ……じゃなくて。なんですか、その可愛らしい名前。あんなにでっぷりと太って、これでもかと言わんばかりのふてぶてしい顔つきに、ごろごろ寝転ぶたいな姿。
 これでアイリーンって。もはやどこから突っ込むべきなのか。

「ん? ってことは、あのアザラシ、メスか」
「……一番に気にするところはそこなのかい、リン」

 なぜかフェリクスに脱力した口調で突っ込まれてしまった。え、気になるよね?

「いやいや、メスかオスかなんて大して気にならんで。重要なのはそことちゃうやろ」
「どうでもいいのは確かだぜ」

 蚊トンボとベア子にも呆れたように言われてしまった。ルイセリゼに至っては「リンらしいですわね」となまあたたかく微笑んでいる。むう。

「ふむ、アイリーンはメスではないが」

 さらなる爆弾発言が!

「え、オス?」

 オスにアイリーンとかどうなの? ネーミングセンスを疑うわ。

「いや、オスともいえん。性別がないからな」

 ……あれ、アザラシってそんなんだっけ?

「性別はどうでもええっちゅうんや。そんで、結局あのアザラシとやらは何なんや」

 蚊トンボがいい加減にしろと会話をさえぎる。

「おお、アイリーンは……」

 カロンがよくぞ聞いてくれた、となぜかドヤ顔でにやりと笑う。

「私の恋人だ」
「「「「「……」」」」」

 冗談? めっちゃ真顔だけど冗談ですよね。

「あ、兄貴は変態だから」

 なんと反応したらいいかわからない私たちに、ラグナがさらっと爆弾投下。

「変態とは失礼な。アイリーンほど美しく艶々つやつやの肌を持つものは、そうはいないぞ。あのつぶらな瞳。美しい鳴き声。最高の美の結晶といっても過言ではない」

 こうこつとした表情で滔々とうとうと語る彼は、ロマンスグレーの見た目に反してまがうことなき変態であると私は確信した。
 ……もう、帰ってもいいだろうか。
 さすがの蚊トンボとベア子もドン引きしている。
 それにしても、この国は変態率高くないか。大丈夫なんだろうか。色々と。

「ごほん……理事長、それくらいにしておかれたほうがよろしいかと。仮にも理事長であられますし、学園が誤解されるような発言はつつしんでいただきたいものです」

 わざとらしく子爵が咳払いをして、未だ語り足りなそうなカロンを止める。

「む、そうか? たったこれだけでは、アイリーンの素晴らしさをわかってもらえないと思うのだがな」

 そこはかとなく不満そうなカロンであるが、もう充分ですよ。なんでふてぶてしさを前面に押し出しているアザラシの魅力を、延々と聞かねばならんのか。すでにお腹いっぱいです。

「そんなことより」

 サクッとカロンの不満を聞き流し、子爵ががねをクイッと上げて私たちを見る。どうやら時折がねを上げるのが彼のくせのようだ。

「一体何事ですか? 一見したところ、あのたいなアザラシが寝そべっている以外に変わったところはないようです。先ほど伺ったお話では、人が消えたということでしたが……」

 おっと、口調は丁寧だけど「たいなアザラシ」とはなかなかしんらつですね、子爵さん。
 それに、がねの奥の目が「俺が警備責任者をしている学園で変なこと起きるわけないだろ」と言っているみたいに見えるよ。

「あ、ええと……」

 私がどうやって説明しようかと思っていると、フェリクスが割って入ってきた。

「ええ、先ほど軽く説明させていただきましたが、我々と共に来ていた勇者フェイルクラウト、それに食材ギルド所属の冒険者であり冒険者パーティ『吹き抜ける風』のアリスが行方不明です。また、リンの家族であるオルトとグリー、メルも」

 フェリクスの言葉に、カロンと子爵が目を見開く。

「勇者殿と、かの高名な冒険者アリスが!?」

 まあ、確かにレッドドラゴンとか魔王とか正直に言うわけにはいかないよなあ、とフェリクスに感心してしまったが、ちょっと待て。フェイルクラウトはともかく、アリスも有名だったのか?

「アリスって有名人やったんやなあ」

 人間はわからん、と蚊トンボがうなっていると、フェリクスが説明してくれた。

「まあね。アリスはああ見えて、この国に登録している冒険者の中でも十本の指に入る実力者なんだよ。『吹き抜ける風』も有名だしね」

 いい意味ばかりではないけど、と苦笑するフェリクス。それは知ってる。いろんな意味で有名ってことね。少女好きの怪しい集団、とか。
 ともあれ、アリスは王都でも名高いうえ、フェイルクラウトに至っては勇者であり、かつ、この国の王女様の夫だ。重要人物にも程がある。
 ちなみに、フェイルクラウトは特に爵位は持っていない。彼はこの国に所属しているものの、広く人々を守る「勇者」であるため、周辺諸国で協議した結果、特定の国が爵位を与えたりするのはやめようということになったらしい。それでもこの国の王女様と結婚したのは、本人達が望んだからだ。
 今は国王陛下の相談役やら、王都の警備やらで、相変わらず忙しくしている。
 一方、王女様は王家のちょっかつをいくつかもらい、そこを治めているんだとか。
 まあ、特に興味はないので、それ以上の詳しいことは知らないが。
 とにかく、その「勇者」が研究学園で行方不明になっただなんて、絶対に世間に知られてはならないことらしい。まぁ、皆の不安をあおるからね。

「このままではらちが明きませんね。あちらにあずまがありますので、まいりましょうか。どうか、詳しい状況をお聞かせください」

 またもやクイッとがねを押し上げた子爵は、そう言って私たちを中庭の隅にあるあずまへ案内してくれた。
 確かに立ち話もなんだしね。あせってもどうにかなるわけじゃないから、落ち着いて話をするのは賛成だ。
 私たちは子爵に続いてあずまへ向かった。
 歩きながら、実は人が行方不明になるという現象に心当たりはあるが、理由が全くわからないと子爵は正直に話してくれた。
 ちなみにカロン理事長はアイリーンに近づいて、何やら一生懸命話をしてました。
 うん、アザラシの機嫌を取るより、私たちの話を聞いてよね!! 



 3 アイリーンの秘密 


 あずまに腰を落ち着けた私たちを、ラグナは一体何をやらかしたのか、と好奇心溢れるキラキラした目で見ていた。
 ちなみにカロンは未だアイリーンを見つめて愛の言葉をささやき続けている。非常に残念なおじさんだ。見た目は抜群なのになあ。まあ、ほっとこう。

「どういうことですか」

 だがしかし、特に追加で話すことはない。
 どうしたものかと考えていると、私もまた子爵に残念な子を見るような目で見られた。失礼だな、おい。

「どういうことって言われても……気がついたら一緒に来ていた五人がいなくなってて」

 同意を求めてフェリクスたちを見ると、皆も困惑したようにうなずく。
 消えた理由も、そもそもいつ消えたのかすら、よくわからない。気がついた時には、もう姿が見えなくなっていたのである。

「ふ、む。勇者殿やアリス嬢をその場の誰にも悟られずにさらうなど、常識ではまず考えられませんね。もちろん他のお三方も無断で姿をくらますようなことはあり得ないのですよね?」

 もちろんである。特にグリーなど、私が懸命に安全だよと訴えても、初めて行く場所で私から離れることなど絶対にない。
 他の皆も同じ考えなのだろう、力いっぱいうなずいていた。

「ということは、やはりアイリーンに聞いてみるしかなさそうですね。これまでに例はないのですが、あのアザラシならそういったことも可能でしょうし」

 面倒くさいことだ、とため息をつきつつ、子爵は本当に嫌そうにアイリーンに視線を向ける。
 その視線を受けて、アイリーンに熱烈に愛をささやいていたカロンがびくっと肩を揺らした。
 いつまでやってるんだ、と子爵の目が語っている。

「ああ、心配なさらずとも大丈夫ですよ。あの変態……もとい、カロン理事長の行動はアレですが、一応頭の中身はまともなはずですので」
「そうそう、兄貴はああ見えて天才だからな、一応。すぐに原因を突き止めてくれるって。大丈夫さ、リン。まぁ、状況からしてたぶんアイリーンのせいだとは思うけど」

 子爵に続き、ラグナも苦笑してそう言うと、なぐさめるように私の肩をポンと叩いた。
 ……初めは理事長のことを威風堂々としたロマンスグレーの紳士だと思ったけど、なんか二人とも扱いが雑だな。わかる気はするし、別にいいけどさ。

「理事長、いい加減にこちらへ来てください」

 またもやがねをクイッと押し上げて、カロンを手招きする子爵。もはやどちらが上なのかわからない。

「ええと……」

 カロンはアイリーンと私たちの間でしばらく視線を彷徨さまよわせていたが、やがてあきらめたようにため息をつくと、こちらへ歩いてきた。そこは迷うところなんですネ。
 私の目の前で立ち止まり、唐突に頭を下げる。

「その、すまなかったね。ラグナの大切な友人だと聞いていたのに、こんな目にわせてしまって」
「あ、いえいえ」

 さらわれたところでどうこうされるようなやわな連れではないが、まあ、心配は心配だよね。連れ去られた先で何かやらかしているんじゃないか、と。

「事情はアイリーンから聞いて、だいたい把握しているよ」
「「え、本当に!?」」

 どうやら先ほどから私たちを無視してアイリーンに語り続けていたのは、ちゃんと考えがあってのことだったようだ。
 今回の件はアイリーンが原因か、そうでなくとも何か知っているのは間違いないとほぼ確信したカロンは、愛をささやきつつ事情を聞きだしていたらしい。

「ただの変態やなかったんやなあ」
「変態は変態でも、それなりに使えるようだぜ」
「あらあらあら、皆さん失礼ですわよ? カロン理事長の有能ぶりは有名ですわ。もちろん、残念な趣味も含めてですけれど」

 ルイセリゼ、なにに一番しんらつですね。ちょっと黒いオーラが出てますよ。

「え、褒めてくれてありがとう」

 満面の笑みのカロン。いえ、褒めてませんから。

「結局どういうわけであのふてぶてしいアザラシがお客人を連れ去ったのでしょうね、理事長?」

 笑っているのに、がねの奥の瞳はカロンを睨み殺しそうな鋭さである。怖いわ~。
 実はアイリーンのこと嫌いなんじゃないか、子爵。

「え、ちょっと落ち着いてくれるかな、フューリュー子爵」

 カロンも若干引き気味だ。ひたいから冷や汗がとめどなく流れている。

「もしや、第二プールの魚が半減していたこととも関係がありますか?」

 まさかそんなことはありませんよねえ、と笑顔で迫る子爵。
 ラグナがこっそり教えてくれたところによると、アイリーンは時々養殖している魚を食べてしまうらしい。
 だめじゃん!! なんでそんなダメダメなペットをここで飼ってるんだ?

「家で飼えばいいんじゃない?」

 声をひそめてラグナに聞いてみたら、即座に却下された。

「あ、ムリムリ。兄貴がアイリーンと半日以上離れてたら精神に異常をきたす。魔力を暴走させて学園が半壊するかもしれないし」

 たった半日で!? 

「それは理事長としてどうなんだろう」

 さすがのフェリクスも苦笑している。
 理事長としてというより、人としてどうなんだろう。こんな恋人がいたら、うざいことこの上ないなあ。ちょっとアイリーンに同情してしまった。

「はた迷惑やなあ」
「仕方ない。その迷惑な性格を補って余りある能力があるからな」

 いやいや、この迷惑なアザラシ付きでもいいとか、どんだけだ。
 さりげなく子爵が「無能ならさっさとほうちくできるものを」なんて黒いこと呟いている。
 それにしてもラグナの兄弟って……せめて、二番目のお兄さんはまともであると信じよう。フェリクスの「まあ、ラウロ家は次男もあれだからねえ……」とかいう言葉は聞かなかったことにしておくよ。

「で、結局どうなってるの? オルトたちはどこに行っちゃったのさ」
「あ、そうだな。すまないね、巻き込んでしまって」

 なぜか微笑んでそう言ったカロン。本当に悪いと思っているのかな。

「でも、彼らのおかげでアイリーンは元気になったよ。それに……」

 ちらりとフェリクスを見てにっこり笑う。

「貴方の婚約者殿も、お目覚めになるようだよ、フェリクス・ライセリュート」

 その言葉に、フェリクスは大きく目を見開いて絶句したのだった。


   ◆ ◆ ◆


 アイリーンと同じアザラシは、この世界に数えるほどしかいない希少種なのだという。
 一見したところは地球にいたアザラシと変わりないが、実は似て非なる生き物であるらしい。
 この世界のアザラシはせいで、空間を操る特殊能力がある。その能力は魔王ですら捕らえてしまえるほど強力なのだとか。とはいえ、能力の発動にはもちろん様々な条件があり、個体によって使える能力は少しずつ違うそうだ。
 アイリーンの能力は、【空間制御】【異空間創造】【異空間通信】。【異空間創造】で自分の部屋を異空間に作り、普段はそこでくつろいでいるらしい。
 今回は【空間制御】でオルト、グリー、アリス、フェイルクラウト、メルを捕らえ、別の場所に送ったのだとか。
 ちなみにどうやって捕らえたかと言えば、オルトたちの身体に重なるように空間に穴を空け、抵抗する間もなく別空間に取り込んですぐに穴を閉じたのだそうだ。その間、わずか〇・三秒だというから驚きのはやわざである。そりゃ、さすがに気づけないわ。
 さて、問題はなぜアイリーンがあの五人を連れていったのか、ということなのだが。

「アイリーンがこんにしている、【水の管理者】の異名を持つ精霊が目覚めたらしくてね。その精霊からの依頼だったそうなのだが」

 あ、なんか嫌な予感が。

「お嬢……」

 ちょっと、蚊トンボ、やめてくれるかな? そのいかにも残念な子を見るような目は。
 言っとくけど、知らなかったからね? 私のせいじゃないからな。
 ……ホント、黒幕が実は知り合いだったとか笑えない。意味わかんない。
 この間、うちの敷地に水源のある川がれかかるという事件が起こったのだが、その原因を作ったのはシルヴィリアだった。その水の精霊が目覚めたことで、事件は一件落着して……

「リンはその【水の管理者】を知っているのかだぜ?」
「あれ、ベア子は知らないの? スラヴィレートと一緒にいるのに?」

 ベア子はスラヴィレートの使い魔か何かだろうから、当然スラヴィレートと関わりの深いシルヴィリアとも面識があると思っていたのだけど、この反応からすると知らないらしい。
 疑問をぶつけると、ベア子はぬいぐるみの身体で器用に肩をすくめてみせた。

「ちょっと誤解があるみたいだぜ。オレはあくまであのダンジョンの案内人に過ぎないんだぜ。スラヴィレートのことは大して知らないんだぜ」

 実はあのダンジョン、魔王なら誰でも利用できるもので、別にスラヴィレートが造ったわけではないそうだ。
 ベア子が彼女を「マスター」と呼んでいたのは、その時にダンジョンを使っていたのがスラヴィレートだったからで、仮にグリースロウが利用したら彼が「マスター」となるらしい。
 つまり挑戦者をダンジョンに送り込んだ魔王が一時的にそのダンジョンの所有権を持ち、「マスター」となるのだとか。なんかややこしい。
 ちなみに、誰があのダンジョンを造ったのかはベア子も知らないという。
 それにしても、グリーたちがおとなしく捕まったままでいるのはなぜなのか。
 彼らほどの力があれば、たとえ捕まったとしてもアイリーンの作った空間など簡単に壊して脱出できるはずなのだが。
 いや、そもそも一体なぜ【水の管理者】シルヴィリアはグリーたちを捕らえたのだろう。力が必要なら、私に言ってくれれば協力したのに。まあ、無理のない範囲でだけどね?
 こちらとしても魚の養殖に手を貸してもらうつもりなのだから、にはしないよ。

「ふむ、もしかして【水の管理者】と知り合いなのかね。精霊が人と交わることなど、まずないのだがね」

 カロンが驚いたように私を見る。

「そっか、一応リンは人間のくくりだったね」
「あら、そうでしたかしら?」

 非常に失礼なことをフェリクスが言ったかと思えば、ルイセリゼが首を傾げる。
 いや、待て待て。人間だから。一応って何だ、一応って。
 まあ、確かにこの世界だと【しんじん】って種族になってるけど……しんじんだって、人間のくくりだよね? ちょっと自信なくなってきたよ。

「ところで、全然話が進んでない気がするんや」

 蚊トンボからもっともなツッコミが。いや、でもそんなことはないよ。ちょっとは進んでる。黒幕が判明したし。

「くわああああああ~~~。もう、貴方あなたたちったら、なに面倒くさい話をしているのかしらあ~」

 大きなあくびの音と、なんだか気力に欠ける野太いダミ声が聞こえた。

「ん? 今の誰?」
「なんや聞いたことのない声やな」
「お、オレじゃないぜ!?」

 なぜか狼狽うろたえるベア子。大丈夫、誰もベア子だとは思わんから。

「ハハハハハ。もちろん、今の美声は我がいとしのアイリーンに決まっているだろう」

 高笑いをするカロン。そうかもしれないと思いつつ、そうじゃないことを祈っていたのに。
 というかしゃべれたんだ、アザラシ。
 つい遠い目をしてしまった私たちは悪くないだろう。本当に、全部夢であってくれないかな。

「ああもう、そんなことはどうでもいいんだ。結局、どういう経緯で僕の婚約者が目覚めることになるのかな? そもそもなんで彼女のことを知っている、カロン・ラウロ殿」

 にこやかな笑顔を保ちつつも、きっちり説明してもらうよ、とフェリクスがカロンを見つめる。アイリーンのことはさっくり無視する構えのようだ。
 そういえば、フェリクスの婚約者である「月姫」のことは一般には隠されていたんだった。
「月姫」というのは通称で、本名はクリナリーア。この国の第三王女なのだが、夢に関するレアスキル持ちであるために悪い奴に狙われ、一命は取り留めたものの、今も眠ったままである。
 私は彼女を目覚めさせる薬を作るべく、フェリクスに協力しているから別として、「月姫」のことを知っているのは王家の人間と宰相、それにライセリュート家の身内のみのはずだ。
 いくら名門のラウロ家といえども、把握しているわけがない。

「ああ、それはもちろん【水の管理者】からアイリーンが聞いたのだよ。フフ、人間以外の存在には、情報のとくなど何の意味もないからな」

 情報の出どころは多分スラヴィレートで、大本はきっと「月姫」本人だよね。スラヴィレートは夢の中で「月姫」とたびたび会っていて、その時にフェリクスとののろばなしを散々聞かされているって言ってたからなあ。
 ちなみに、スラヴィレートは時々我が家にやってきてはお餅を食べて帰っていく。どうやら餅料理が気に入ったらしい。

「いやあねえ、私を無視するとか、いい度胸じゃなあい~」

 納得いかないわあ~と、またもやあくびするアイリーン。

「ああ、アイリーン。君の美しい声が聞けるだなんて感無量だよ」

 瞳を輝かせて駆け寄るカロンを、容赦なく尾びれ(?)ではたいて吹き飛ばすアイリーン。
 それでも何事もなく起き上がって笑顔でアイリーンに近づくカロンは、ゾンビのようでちょっと怖い。頭から血がだらだら流れているのに、気にする様子もない。大丈夫なのか、この人。

「うざい、うざいわあ~カロン」

 心底うんざりしたようなアイリーンの言葉に、思わずうなずいてしまう一同なのだった。

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