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2巻
2-3
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迷宮都市マーヴェントの地下図書館。
それは我がままな子供に、親が言い聞かせる時によく使われるらしい。
いわく、言うことを聞かない子はマーヴェントの地下図書館に閉じ込めてしまうよ、もしくは、地下図書館から鬼が来て連れて行かれてしまうよ、と。
マーヴェントの図書館は、上はどこにでもある普通の図書館だ。迷宮から得られる本もあり、蔵書はかなり充実している。そこらの小国の王立図書館など軽く上回る量とのこと。当然、珍しい本や稀少本なども多いため、持ち出し禁止のものも多い。そのためか、図書館には常に大勢の人が読書に来ている。
問題は地下である。地下には滅多なことでは人々が足を踏み入れることはない。
何が問題かというと、まず司書である。
司書をしているのは吸血鬼――それも真祖と呼ばれる、古より存在しているモノである。ヒトとは相容れることのない魔物なのだ。
そんなものが守っている地下に入りたいと思う人など、いるだろうか? いや、いるわけがない。通常は上の図書館で事足りるからだ。
なぜ吸血鬼が司書をしているのか、その理由を知る者はいないらしい。
だが、とにかく彼はここで司書をしていて、入館者を選別しているのである。
何があっても、彼が地下図書館から出てくることはない。だからこそ、一般の人々は上の図書館を安心して利用できるのだ。
入館するためには条件があり、司書の吸血鬼が満足するような、力ある魔核を渡さなければならない。
簡単に思えるが、実際は難しい課題。
なぜなら魔核は魔物を倒さないと手に入らず、吸血鬼が満足するような力を持つものなら、最低でもワイバーン級の魔物を狩らねばならない。
実力か財力があれば手に入れるのは難しくはないが、逆に言えば、それがないならすぐに諦めるべきなのだ。
さらに問題がある。
たとえ入館が許可されても、ほぼ九割の人間が入った途端に魔力酔いを起こす。
実のところ、地下図書館に入館者が殆どいない主な理由はこれなのだ。
司書が吸血鬼であることよりも、入館者が選別されることよりも、この魔力酔いという現象こそがヒトを遠ざける一番の要因なのである。
そんな一通りの説明を、フェイルクラウトがしてくれた。
「魔力酔い?」
船酔いみたいなものだろうか、と私が首を傾げれば、皆に一斉に首を横に振られた。
「魔力酔いになると……」
「と?」
フェイルクラウトが重々しく私に告げる。
「酷い頭痛、腹痛、吐き気、発熱、関節の痛み、記憶の混濁、筋力の低下が起こる」
「……なんでわざわざそんなとこに行く」
むしろ入館禁止にしたらいい、と私は思うのだが、なんと進んで行きたがるやつもいるらしい。
「吹き抜ける風」のシオンなんかがいい例だそうだ。
彼はこれまで三度、酔わずに中に入ることに成功している。
今、姿が見えないということは、おそらく図書館に入れたのだろう、と。
「先日の依頼で仕留めた暴発パンダの魔核を持たせていたのは失敗だった」とラティスが苦々しく呟く。
魔力酔いになるかどうかは、実は入館してみないとわからないらしい。魔力酔いしないことだってあるのだ。ただ、なぜ魔力酔いを起こすのか、あるいは酔わないことがあるのかはわかっていない。
一度入って魔力酔いしなかったが、二度目に入った時は魔力酔いした、ということもある。もちろんその反対だってあるという。
入館したその時に魔力酔いを起こすかどうかは、運だと言われているのだそうだ。
そんな危険な地下図書館に、なぜ入館したがるのかと言えば、ひとえに魔法の習得と新しい知識、それに基礎魔力アップのためだ。
地下図書館では、偉大なる先人の記憶や、古代の魔法、現代の有名な魔術師が魔法を使う場面を視聴することができるらしい。習得が非常に困難なスキルの数々、実際に行くことの難しい遠方の地に伝わる魔法や様々な知識といったものを、映像で見られるのだそうだ。
そんな場所は世界広しといえども、ここしかない。
そういうわけで、新しい魔法や知識を覚えたい魔術師がたまに訪れるのだとか。
魔術師とは、知識欲と探究心の塊であるからして。あとは薬士や学者などの知識に貪欲な者たちか。
実際に地下図書館を利用したおかげで、新しい魔法や薬等が開発されたという話も多々あるのだという。
だが、一般人は足を踏み入れようとは思わない。魔力酔いの後遺症で半身不随や、失明、難聴といった身体障害を持ってしまう者も多いのだから。
何度魔力酔いをしてもアタックし続けるのは、ラティスたちから見れば、ただの物好き、変人だ。
「大丈夫ですよ、母上」
一緒に話を聞いていたグリーが、私を見上げてにかっと笑う。どうでもいいが、仔猫サイズのグリーのモフモフは最高だ。
「何が?」
「我々が魔力酔いを起こすことはありません。今日のうちであれば」
「……そうなの?」
「はい、今日は魔力の日なので」
どうやらグリーは詳しいことを知っているようだ。むしろ、何も解明できていない私以外の人間たちをバカにしたような目で見ている。
グリーの説明によると、こうだ。
地下図書館には古代人の結界が張ってある。
結界内に入るには、魔力や筋力、素早さなどの項目を数値化した時に、ある項目の数値が一定以上になっていることが必要。つまり、数値さえクリアしていれば入館は可能である。
どの項目の数値を満たさなければならないのかは、日付によって違う。たとえば、二のつく日は魔力が100以上必要、といった具合に。もし必要数値に足りなければ、別の項目を数値変換して補う。
先ほどの魔力の日でいえば、魔力が100に満たない場合、筋力値から変換される。ただし、魔力以外の項目から数値を補うには、不足分の三倍の数値が必要となるらしい。たとえば魔力が80しかない場合、筋力値で補うには不足している20の三倍で60の数値がなければならない、というわけだ。
しかし別項目による数値補完は、カギが閉まっている扉を力任せに無理矢理こじ開けるようなもの。
そのため、他の項目で補って数値が足りたとしても、体調が悪くなったり、身体に障害が残ったりする。これこそが魔力酔いと呼ばれる現象である。
必要数値が個人で満たせない時には一緒に入館する人全員の数値を合わせたものでクリアすればいいが、その場合は当然、個人の時よりもクリア数値は高く設定されている。
なぜこんな面倒な結界があるのかといえば、地下図書館の知識を未熟者が手に入れるのを防ぐためだ。
今日はまさに魔力の日。クリア数値も低めに設定されているそうで、私やグリーがいるため、このパーティーで入館することに何の問題もないし、魔力酔いも起きない。
だが、明日は運の日で、数値は間違いなく足りないらしい。
「あ、そう」
「母上なら魔核がなくても、ミストは問題なく通してくれると思いますよ」
「……ミスト?」
「地下図書館の司書です」
さらりと言われた言葉に全員が目をむく。
「グリー、知り合い?」
「ええ」
つい忘れがちだが、彼は千年を生きる魔王なのである。結構博識で顔が広い。
魔王サマの言葉を信じて、私たちは地下図書館から迷宮に行くことにした。
グリーの話を聞くまではもちろん、シオンを見捨てて山麓入口から行くつもりだったが。
6 地下図書館の司書
「ひっさしぶり~♪」
地下図書館に足を踏み入れた途端、そう陽気に挨拶してくれたのは、ゴスロリ服を着た少女だった。
地下へ続く階段を下りた先には扉があり、扉を開けると広い部屋になっていた。
部屋の中は縫いぐるみや編みぐるみ、ファンシーな小物類で溢れている。
その部屋の中央に立っていたのが、ゴスロリ少女だった。
私に――というよりは、私に抱かれているグリーに飛びついてきた少女の前で、グリーが即座に結界を展開。
結界にぶつかって床に落下した少女を、冷めた目で見るグリー。
少女はしかし、めげることなく笑顔で立ち上がる。
「久しぶりだねえ、我が心の友よ! しばらく会わない間にちっこくなったね。まあ、ボクはキニシナイよ! 外見なんて些細な問題はね!」
両手を広げ「さあ、胸に飛び込んでおいで!」と言った少女に、高威力の攻撃呪文を叩き込んだグリーには容赦というものがない。
二人がどういう関係なのか、ちょっと気になる。
グリーの攻撃呪文をくらった少女は、しかし全くの無傷であった。
この頑丈さ、間違いなく真祖だ。
彼女がこの地下図書館の司書なのだろう。私はてっきり男性だと思っていたのだが。
ポニーテールにされた美しい漆黒の髪。血のような真っ赤な瞳。瞳と同じくらい赤い唇。歳は十五、六くらいか。美人というよりは、可愛らしいといった顔立ちだ。
その瞳はグリーしか見ていない。
「女の子?」
私が首を傾げると、ギロリと少女に睨まれた。
グリーとそれ以外のヒトを見る目が違いすぎる。はっきり言って、グリー以外は彼女にとってゴミのようなものなのだろう。
「失敬な。どこをどう見たら女に見えるのさ! ボクは男だよ!」
どこからどう見ても少女にしか見えない彼は、見間違えるなんてあり得ないとばかりに首を振る。
間違えられたくないなら、ゴスロリ服とフリフリスカートをやめればいいのに、と思ったのは私だけではあるまい。
「ん? キミ、来訪者だね。グリーと一緒ってことは、昔彼が話してた母君か。じゃあ、赦してあげるよ」
来訪者というのは、私のような異界からこの世界にやって来た者のことだ。
それにしても、ものすごい上から目線である。
だが、少しだけ私を見る目に温度が宿った。
彼にグリーが一体何を話したのか非常に気になるが、とりあえず置いておく。
「まあ、いいや。中に入りたいんだろ? 入っていいよ」
あっさりそう言うと、彼はこの司書室(?)の奥にある重厚な扉に向かって指を鳴らした。
音もなく、扉が開く。
「ここに来るヤツの用って言えば、それしかないからね。それともグリー、ボクにわざわざ会いに来てくれたの?」
「そんなわけがない」
にこやかに尋ねてくる吸血鬼に、グリーが素っ気なく返す。
そうだよね~、と吸血鬼も笑って肩を竦めた。
中に入れるなら何でもいいや、と静観していたものの、私はふと疑問を口にする。
「あれ? 魔核がいるんじゃなかったっけ?」
他のメンバーが呆気にとられている中で、私だけがまともに話している。
吸血鬼の彼とグリーもそのことに気づいたようだが、少し呆れた表情をしただけだった。
「いいんだ。魔核を貰うのは、結局それを手に入れられるだけの実力があると証明してもらうってこと。キミもグリーも、魔核なんて貰うまでもなく実力は充分だからね。キミたちがいれば同行者の安全は保証されたも同然だ。だから入っていいよ。ボクとしては中で死人が出るのは困るんだ」
本当は死人が出る心配さえなければ、勝手に入ってもらっていいんだけど、と言う。
「なんで実力以上の場所に入りたがるんだろ。こっちが面倒でかなわないよ」
人間って意味がわからない、とバカにしたように言う彼は、本当にどうでもよさげだ。
「ふうん?」
なんだかよくわからないが、タダで入れるのだから良しとしよう。
実力があればいいなら、なぜ同じ人でも入る度に魔核を要求するのだろう。
そのことを聞いてみたら、「人間の顔なんていちいち覚えたりするわけないだろ? バカじゃないの?」とのこと。つまり、覚えてないから毎回魔核を要求するのね。
「じゃあ、入館する?」
予想外の事態に全くついていけていないメンバーに、私が問う。
が、意外なところからストップが入った。
「母上、肝心の話がまだです」
「へ?」
マヌケな返事になってしまったのは、仕方があるまい。
私は本当に何のことかわからなかった。他のメンバーも同様だ。
「迷宮『火炎宮』への地図をくれ。それに人間が一人、中に入っているだろう。同行者の連れだ。拾っていくから場所を教えてほしい」
「あ」
ポン、と手を叩く一同。
そういえば、私たちの目的は図書館に入ることじゃなくて、ここから迷宮へ行くことだった、と今さらながらに思い出す。それにシオンのことも。
完全に忘れ去っていた。
私だけでなく、「吹き抜ける風」とフェイルクラウトもすっかり忘れていたらしい。
一体何のためにここに来たのか。
グリーが冷たい目で私以外を見たが、彼らの名誉のために言っておこう。フェイルクラウトはもとより、幼女愛好家であっても「吹き抜ける風」はとても優秀な冒険者である、と。
通常、地下へ下りて来ると、この司書室で魔核の受け渡しがあり、合格すれば勝手に奥の扉が開く。
間違っても真祖の吸血鬼である彼に笑顔で出迎えられるはずもなく、会話をするなど夢のまた夢。そもそも話をしたいという人間も、まずいない。今回のような事態に遭遇するなんてことは、あり得ないのだ。
だが、いつまでも不測の事態に呆けていてはダメだと思ったのだろう。「吹き抜ける風」の面々は、思い思いの方法で気合いを入れ直していた。
「『火炎宮』? いいけど、わざわざここから?」
人間ってわかんない、と司書は肩を竦めたが、空中から一枚の紙を取り出して私に渡した。
「これを持っていれば、迷わずたどり着けるよ。あとこれ」
紙に書いてあったのは、現在地と線が何本か、それと目的地だけの子供の落書きのようなもの。
もう一つ、手のひらサイズの黒くて四角いモノを渡された。シオンに近づいたら音が鳴るらしい。
「今、入館者は一人だけだから。これでいいかな?」
「ああ」
グリーが小さく頷くと、司書は私たちを扉の奥に誘導した。
7 地下図書館と迷宮の入口
「……図書館?」
私が疑問に思ったのも無理はないだろう。
図書館という単語からは、かけ離れた光景が眼前に広がっていたのだから。
視界一面に広がる色とりどりの花々。耳に心地よい小鳥のさえずり。ヒラヒラ舞う蝶の群れ。
ところどころに生えている大きな樹は、昼寝にちょうどよさそうな木陰を作っている。
天井は、と見れば見事な青空に眩しく輝く太陽が二つ。気温は暑くもなく寒くもない。
「いつの間に外に?」
「ここは地下だ。地下図書館。あの青空や太陽がどうやって造られているのかはわからないが、地下には違いない」
フェイルクラウトが隣りを歩きながら言う。
このあり得ない光景と魔力酔いで、再起不能になる者も多いらしい。
「空のあれは幻覚ですよ。母上」
「やっぱり?」
そんな気はした。私は納得してグリーに頷く。
何となく覚えていた違和感が、イベントで強制的に幻覚魔法をかけられた時と同じ感覚だったからだ。
「この花は?」
「あれは記憶草です。ヒトやモノの記憶を食らって花を咲かせる魔物の一種ですよ」
花に手をかざすと、その花が食らった記憶が見えるらしい。つまりはこの花々が本の代わりというわけだ。
だが花は無数にあり、目当ての花を見つけるのは、砂漠に落とした小さな小石を探すよりも困難に思える。
「案内人がいるから大丈夫よ」
先ほどの司書とのやりとりからようやく立ち直ったアリスが教えてくれた。
どうやらそこらを舞っている蝶こそが、この地下図書館の案内人らしい。
実に興味深い図書館である。今度時間がある時にゆっくり来たいものだ。
今日は迷宮へ素材採取に行くという目的があるので、残念だが地下図書館は素通り。
子供の落書きのような適当極まりない地図だが、正しいルートから外れるとなんと音声案内が入る。
「違うよう、違うよう、バカだなあ♪」
非常にイラつく感じの、ヒトをバカにした音声案内ではあるが。
地図に従って歩いていると、今度はシオンを見つけるための小道具から音声が流れた。
この世界では音での案内が流行っているのだろうか?
「いました、いました。見つけましたよう」
そのまま音声で、シオンのもとまで案内してくれた。
ピンクの花を見つめながらニヤニヤしているローブの賢者は、はっきり言って、即刻警察に捕まるべきレベル。怪しさ満点だ。
「近寄りたくないわねえ」
アリスが言えば、マナカも同感とばかりに頷き、ラティスとスレイは苦笑した。
唯一、フェイルクラウトはドン引きしていた。
だが、引いている場合ではない! 早く素材を持ち帰って、完璧な植物栄養剤を作らねばならないのだ! 愛する野菜たちのために!
「さあ、理想の植物栄養剤完成のために早く行こう!」
力強くそう言うと、なぜか全員に微妙な顔をされた。……なぜだ?
ともかく、ここではない何処かに頭がトリップしているシオンを引きずって、私たちは迷宮の入口へ向かった。
道すがらに襲ってくる巨大な蛾や芋虫、昆虫なんかはグリーとフェイルクラウトが次から次へと処分していく。
図書館なのに死人がどうとか司書が言っていた理由がわかったのだった。
迷宮の入口はかなり奥にあった。
道中、「栄養剤~♪ 栄養剤~♪ 栄養満点~♪ すくすく育つよ~♪」と作詞作曲・私の即興の歌を口ずさみながらスキップしてみた。
すると、何とも言えない生暖かい視線を皆から注がれてしまった。
「リン、せめてもっと楽しそうにスキップしなさいよ」
「楽しそうじゃない?」
「無表情でスキップしながら歌う少女……」
ふふふ、と小さく笑って顔を紅潮させるラティス。
うん、今すぐ刑務所行き間違いなしだよ。こんなんばっかりか、このパーティーは!
それにしても、どんだけ広いんだ、この図書館。ついぐちぐち言いたくなるのもムリはないだろう。
歌でも歌わないとやってられない! 実はカラオケ好きだし。
そして、ようやくたどり着いたその場所にあったのは――
「……どこでも行ける扉?」
某漫画で、ロボットの不思議なポケットから出てくる道具に酷似している。
花畑の中に、ぽつんと扉のみがあるのだ。
扉の裏に回っても、見た目は表と同じ。というか、そもそも裏表があるのだろうか。厚みは五センチくらいだ。
何のためらいもなく、ラティスが扉を開ける。私が心の準備をする暇もない。
扉を開けたあとの裏側がものすごく気になる私だったが、あっという間に、スレイとアリスに扉の中に押し込まれてしまった。
扉が開いている時は、花畑をうろついている魔物が寄ってきやすいのだとか。
だから迷宮への扉を開けたら、すぐに迷宮へ渡って扉を閉めるのが常識なのだそうだ。
というわけで、リアル「どこでも行ける扉」を観察する暇もなく、あっという間に迷宮「火炎宮」にたどり着いたのだった。残念。
8 火炎宮と魔人イーフリート
「ここは……」
私たちは妙に明るい洞窟の中に立っていた。
「「「ようこそ、火炎宮へ」」」
戸惑う私に、パーティー「吹き抜ける風」の皆がにこやかに笑いながら、揃ってそう言った。
「リンは相変わらずね」
「何が」
「全然驚いてないし、戸惑ってもないわ。さすがよねえ」
いや、ちょっとアリス、私は戸惑っていますよ? それに驚いてる。表情に出ないだけで。
洞窟の奥――と言っても、二十歩も歩けば着く位置――に地下へ続く階段があった。
その階段をぐるりと囲むように、オレンジ色の炎が壁のごとく床から天井まで立ち上っている。
炎があるのに、なぜそこに階段があることがわかったのか?
簡単だ。いかにもここから入ってくださいと言わんばかりに、一ヵ所だけ、全く炎がない場所があるからだ。
怪しさ満点である。何かがありそうですごくイヤだ。ゲームなら、階段を守る門番のような敵でも出てくるところである。
しかし、ここは現実。実際は何も出てこなかった。
あの炎、何か意味あるのか? いらなくない? 炎のお蔭で洞窟が明るいのは確かだが、正直、光源以外の意味は思いつかない。いや、料理には使えるかも?
「余裕? 大丈夫なの?」
そうフェイルクラウトに聞くと、彼が頷く。
「火炎宮で魔物が出るのは地下一階以降だからな」
ちなみに、なぜにフェイルクラウトに聞くのかと言えば……その理由は明らかだ。
変態(?)たちに何か聞くと、そのたびに妖しい視線を向けられて鬱陶しいからに他ならない。
「下りても大丈夫ですよ、母上。何が出てきても私がおります。母上には指一本触れさせません」
すかさず頼もしくそう言い切る、仔猫サイズの魔王サマ。
異常に高いステータスとはいえ、生産職の私はもちろんグリーを頼りにしている。ちょっとだけ、グリーだと私を守ろうとして面倒なことが起こりがちだから、連れて来るのは妖精たちやオルトにしたほうがよかったかなあ~とか思ったが、それは当然秘密だ。
だがしかし。
「グリー、目的は素材採取だから。必要な素材は残す方向で」
きちんと言っておかないと、すべての魔物が跡形もなく消滅させられてしまう。
やりすぎという言葉は当然の如く、グリーの辞書には存在しない。私のためなら世界さえ滅ぼせるグリーなのである。いや、冗談ではなく。
「わかりました、母上!」
しかし、殺る気満々で頷くグリーの顔を見ると、やはり一抹の不安が……
◆ ◆ ◆
それは我がままな子供に、親が言い聞かせる時によく使われるらしい。
いわく、言うことを聞かない子はマーヴェントの地下図書館に閉じ込めてしまうよ、もしくは、地下図書館から鬼が来て連れて行かれてしまうよ、と。
マーヴェントの図書館は、上はどこにでもある普通の図書館だ。迷宮から得られる本もあり、蔵書はかなり充実している。そこらの小国の王立図書館など軽く上回る量とのこと。当然、珍しい本や稀少本なども多いため、持ち出し禁止のものも多い。そのためか、図書館には常に大勢の人が読書に来ている。
問題は地下である。地下には滅多なことでは人々が足を踏み入れることはない。
何が問題かというと、まず司書である。
司書をしているのは吸血鬼――それも真祖と呼ばれる、古より存在しているモノである。ヒトとは相容れることのない魔物なのだ。
そんなものが守っている地下に入りたいと思う人など、いるだろうか? いや、いるわけがない。通常は上の図書館で事足りるからだ。
なぜ吸血鬼が司書をしているのか、その理由を知る者はいないらしい。
だが、とにかく彼はここで司書をしていて、入館者を選別しているのである。
何があっても、彼が地下図書館から出てくることはない。だからこそ、一般の人々は上の図書館を安心して利用できるのだ。
入館するためには条件があり、司書の吸血鬼が満足するような、力ある魔核を渡さなければならない。
簡単に思えるが、実際は難しい課題。
なぜなら魔核は魔物を倒さないと手に入らず、吸血鬼が満足するような力を持つものなら、最低でもワイバーン級の魔物を狩らねばならない。
実力か財力があれば手に入れるのは難しくはないが、逆に言えば、それがないならすぐに諦めるべきなのだ。
さらに問題がある。
たとえ入館が許可されても、ほぼ九割の人間が入った途端に魔力酔いを起こす。
実のところ、地下図書館に入館者が殆どいない主な理由はこれなのだ。
司書が吸血鬼であることよりも、入館者が選別されることよりも、この魔力酔いという現象こそがヒトを遠ざける一番の要因なのである。
そんな一通りの説明を、フェイルクラウトがしてくれた。
「魔力酔い?」
船酔いみたいなものだろうか、と私が首を傾げれば、皆に一斉に首を横に振られた。
「魔力酔いになると……」
「と?」
フェイルクラウトが重々しく私に告げる。
「酷い頭痛、腹痛、吐き気、発熱、関節の痛み、記憶の混濁、筋力の低下が起こる」
「……なんでわざわざそんなとこに行く」
むしろ入館禁止にしたらいい、と私は思うのだが、なんと進んで行きたがるやつもいるらしい。
「吹き抜ける風」のシオンなんかがいい例だそうだ。
彼はこれまで三度、酔わずに中に入ることに成功している。
今、姿が見えないということは、おそらく図書館に入れたのだろう、と。
「先日の依頼で仕留めた暴発パンダの魔核を持たせていたのは失敗だった」とラティスが苦々しく呟く。
魔力酔いになるかどうかは、実は入館してみないとわからないらしい。魔力酔いしないことだってあるのだ。ただ、なぜ魔力酔いを起こすのか、あるいは酔わないことがあるのかはわかっていない。
一度入って魔力酔いしなかったが、二度目に入った時は魔力酔いした、ということもある。もちろんその反対だってあるという。
入館したその時に魔力酔いを起こすかどうかは、運だと言われているのだそうだ。
そんな危険な地下図書館に、なぜ入館したがるのかと言えば、ひとえに魔法の習得と新しい知識、それに基礎魔力アップのためだ。
地下図書館では、偉大なる先人の記憶や、古代の魔法、現代の有名な魔術師が魔法を使う場面を視聴することができるらしい。習得が非常に困難なスキルの数々、実際に行くことの難しい遠方の地に伝わる魔法や様々な知識といったものを、映像で見られるのだそうだ。
そんな場所は世界広しといえども、ここしかない。
そういうわけで、新しい魔法や知識を覚えたい魔術師がたまに訪れるのだとか。
魔術師とは、知識欲と探究心の塊であるからして。あとは薬士や学者などの知識に貪欲な者たちか。
実際に地下図書館を利用したおかげで、新しい魔法や薬等が開発されたという話も多々あるのだという。
だが、一般人は足を踏み入れようとは思わない。魔力酔いの後遺症で半身不随や、失明、難聴といった身体障害を持ってしまう者も多いのだから。
何度魔力酔いをしてもアタックし続けるのは、ラティスたちから見れば、ただの物好き、変人だ。
「大丈夫ですよ、母上」
一緒に話を聞いていたグリーが、私を見上げてにかっと笑う。どうでもいいが、仔猫サイズのグリーのモフモフは最高だ。
「何が?」
「我々が魔力酔いを起こすことはありません。今日のうちであれば」
「……そうなの?」
「はい、今日は魔力の日なので」
どうやらグリーは詳しいことを知っているようだ。むしろ、何も解明できていない私以外の人間たちをバカにしたような目で見ている。
グリーの説明によると、こうだ。
地下図書館には古代人の結界が張ってある。
結界内に入るには、魔力や筋力、素早さなどの項目を数値化した時に、ある項目の数値が一定以上になっていることが必要。つまり、数値さえクリアしていれば入館は可能である。
どの項目の数値を満たさなければならないのかは、日付によって違う。たとえば、二のつく日は魔力が100以上必要、といった具合に。もし必要数値に足りなければ、別の項目を数値変換して補う。
先ほどの魔力の日でいえば、魔力が100に満たない場合、筋力値から変換される。ただし、魔力以外の項目から数値を補うには、不足分の三倍の数値が必要となるらしい。たとえば魔力が80しかない場合、筋力値で補うには不足している20の三倍で60の数値がなければならない、というわけだ。
しかし別項目による数値補完は、カギが閉まっている扉を力任せに無理矢理こじ開けるようなもの。
そのため、他の項目で補って数値が足りたとしても、体調が悪くなったり、身体に障害が残ったりする。これこそが魔力酔いと呼ばれる現象である。
必要数値が個人で満たせない時には一緒に入館する人全員の数値を合わせたものでクリアすればいいが、その場合は当然、個人の時よりもクリア数値は高く設定されている。
なぜこんな面倒な結界があるのかといえば、地下図書館の知識を未熟者が手に入れるのを防ぐためだ。
今日はまさに魔力の日。クリア数値も低めに設定されているそうで、私やグリーがいるため、このパーティーで入館することに何の問題もないし、魔力酔いも起きない。
だが、明日は運の日で、数値は間違いなく足りないらしい。
「あ、そう」
「母上なら魔核がなくても、ミストは問題なく通してくれると思いますよ」
「……ミスト?」
「地下図書館の司書です」
さらりと言われた言葉に全員が目をむく。
「グリー、知り合い?」
「ええ」
つい忘れがちだが、彼は千年を生きる魔王なのである。結構博識で顔が広い。
魔王サマの言葉を信じて、私たちは地下図書館から迷宮に行くことにした。
グリーの話を聞くまではもちろん、シオンを見捨てて山麓入口から行くつもりだったが。
6 地下図書館の司書
「ひっさしぶり~♪」
地下図書館に足を踏み入れた途端、そう陽気に挨拶してくれたのは、ゴスロリ服を着た少女だった。
地下へ続く階段を下りた先には扉があり、扉を開けると広い部屋になっていた。
部屋の中は縫いぐるみや編みぐるみ、ファンシーな小物類で溢れている。
その部屋の中央に立っていたのが、ゴスロリ少女だった。
私に――というよりは、私に抱かれているグリーに飛びついてきた少女の前で、グリーが即座に結界を展開。
結界にぶつかって床に落下した少女を、冷めた目で見るグリー。
少女はしかし、めげることなく笑顔で立ち上がる。
「久しぶりだねえ、我が心の友よ! しばらく会わない間にちっこくなったね。まあ、ボクはキニシナイよ! 外見なんて些細な問題はね!」
両手を広げ「さあ、胸に飛び込んでおいで!」と言った少女に、高威力の攻撃呪文を叩き込んだグリーには容赦というものがない。
二人がどういう関係なのか、ちょっと気になる。
グリーの攻撃呪文をくらった少女は、しかし全くの無傷であった。
この頑丈さ、間違いなく真祖だ。
彼女がこの地下図書館の司書なのだろう。私はてっきり男性だと思っていたのだが。
ポニーテールにされた美しい漆黒の髪。血のような真っ赤な瞳。瞳と同じくらい赤い唇。歳は十五、六くらいか。美人というよりは、可愛らしいといった顔立ちだ。
その瞳はグリーしか見ていない。
「女の子?」
私が首を傾げると、ギロリと少女に睨まれた。
グリーとそれ以外のヒトを見る目が違いすぎる。はっきり言って、グリー以外は彼女にとってゴミのようなものなのだろう。
「失敬な。どこをどう見たら女に見えるのさ! ボクは男だよ!」
どこからどう見ても少女にしか見えない彼は、見間違えるなんてあり得ないとばかりに首を振る。
間違えられたくないなら、ゴスロリ服とフリフリスカートをやめればいいのに、と思ったのは私だけではあるまい。
「ん? キミ、来訪者だね。グリーと一緒ってことは、昔彼が話してた母君か。じゃあ、赦してあげるよ」
来訪者というのは、私のような異界からこの世界にやって来た者のことだ。
それにしても、ものすごい上から目線である。
だが、少しだけ私を見る目に温度が宿った。
彼にグリーが一体何を話したのか非常に気になるが、とりあえず置いておく。
「まあ、いいや。中に入りたいんだろ? 入っていいよ」
あっさりそう言うと、彼はこの司書室(?)の奥にある重厚な扉に向かって指を鳴らした。
音もなく、扉が開く。
「ここに来るヤツの用って言えば、それしかないからね。それともグリー、ボクにわざわざ会いに来てくれたの?」
「そんなわけがない」
にこやかに尋ねてくる吸血鬼に、グリーが素っ気なく返す。
そうだよね~、と吸血鬼も笑って肩を竦めた。
中に入れるなら何でもいいや、と静観していたものの、私はふと疑問を口にする。
「あれ? 魔核がいるんじゃなかったっけ?」
他のメンバーが呆気にとられている中で、私だけがまともに話している。
吸血鬼の彼とグリーもそのことに気づいたようだが、少し呆れた表情をしただけだった。
「いいんだ。魔核を貰うのは、結局それを手に入れられるだけの実力があると証明してもらうってこと。キミもグリーも、魔核なんて貰うまでもなく実力は充分だからね。キミたちがいれば同行者の安全は保証されたも同然だ。だから入っていいよ。ボクとしては中で死人が出るのは困るんだ」
本当は死人が出る心配さえなければ、勝手に入ってもらっていいんだけど、と言う。
「なんで実力以上の場所に入りたがるんだろ。こっちが面倒でかなわないよ」
人間って意味がわからない、とバカにしたように言う彼は、本当にどうでもよさげだ。
「ふうん?」
なんだかよくわからないが、タダで入れるのだから良しとしよう。
実力があればいいなら、なぜ同じ人でも入る度に魔核を要求するのだろう。
そのことを聞いてみたら、「人間の顔なんていちいち覚えたりするわけないだろ? バカじゃないの?」とのこと。つまり、覚えてないから毎回魔核を要求するのね。
「じゃあ、入館する?」
予想外の事態に全くついていけていないメンバーに、私が問う。
が、意外なところからストップが入った。
「母上、肝心の話がまだです」
「へ?」
マヌケな返事になってしまったのは、仕方があるまい。
私は本当に何のことかわからなかった。他のメンバーも同様だ。
「迷宮『火炎宮』への地図をくれ。それに人間が一人、中に入っているだろう。同行者の連れだ。拾っていくから場所を教えてほしい」
「あ」
ポン、と手を叩く一同。
そういえば、私たちの目的は図書館に入ることじゃなくて、ここから迷宮へ行くことだった、と今さらながらに思い出す。それにシオンのことも。
完全に忘れ去っていた。
私だけでなく、「吹き抜ける風」とフェイルクラウトもすっかり忘れていたらしい。
一体何のためにここに来たのか。
グリーが冷たい目で私以外を見たが、彼らの名誉のために言っておこう。フェイルクラウトはもとより、幼女愛好家であっても「吹き抜ける風」はとても優秀な冒険者である、と。
通常、地下へ下りて来ると、この司書室で魔核の受け渡しがあり、合格すれば勝手に奥の扉が開く。
間違っても真祖の吸血鬼である彼に笑顔で出迎えられるはずもなく、会話をするなど夢のまた夢。そもそも話をしたいという人間も、まずいない。今回のような事態に遭遇するなんてことは、あり得ないのだ。
だが、いつまでも不測の事態に呆けていてはダメだと思ったのだろう。「吹き抜ける風」の面々は、思い思いの方法で気合いを入れ直していた。
「『火炎宮』? いいけど、わざわざここから?」
人間ってわかんない、と司書は肩を竦めたが、空中から一枚の紙を取り出して私に渡した。
「これを持っていれば、迷わずたどり着けるよ。あとこれ」
紙に書いてあったのは、現在地と線が何本か、それと目的地だけの子供の落書きのようなもの。
もう一つ、手のひらサイズの黒くて四角いモノを渡された。シオンに近づいたら音が鳴るらしい。
「今、入館者は一人だけだから。これでいいかな?」
「ああ」
グリーが小さく頷くと、司書は私たちを扉の奥に誘導した。
7 地下図書館と迷宮の入口
「……図書館?」
私が疑問に思ったのも無理はないだろう。
図書館という単語からは、かけ離れた光景が眼前に広がっていたのだから。
視界一面に広がる色とりどりの花々。耳に心地よい小鳥のさえずり。ヒラヒラ舞う蝶の群れ。
ところどころに生えている大きな樹は、昼寝にちょうどよさそうな木陰を作っている。
天井は、と見れば見事な青空に眩しく輝く太陽が二つ。気温は暑くもなく寒くもない。
「いつの間に外に?」
「ここは地下だ。地下図書館。あの青空や太陽がどうやって造られているのかはわからないが、地下には違いない」
フェイルクラウトが隣りを歩きながら言う。
このあり得ない光景と魔力酔いで、再起不能になる者も多いらしい。
「空のあれは幻覚ですよ。母上」
「やっぱり?」
そんな気はした。私は納得してグリーに頷く。
何となく覚えていた違和感が、イベントで強制的に幻覚魔法をかけられた時と同じ感覚だったからだ。
「この花は?」
「あれは記憶草です。ヒトやモノの記憶を食らって花を咲かせる魔物の一種ですよ」
花に手をかざすと、その花が食らった記憶が見えるらしい。つまりはこの花々が本の代わりというわけだ。
だが花は無数にあり、目当ての花を見つけるのは、砂漠に落とした小さな小石を探すよりも困難に思える。
「案内人がいるから大丈夫よ」
先ほどの司書とのやりとりからようやく立ち直ったアリスが教えてくれた。
どうやらそこらを舞っている蝶こそが、この地下図書館の案内人らしい。
実に興味深い図書館である。今度時間がある時にゆっくり来たいものだ。
今日は迷宮へ素材採取に行くという目的があるので、残念だが地下図書館は素通り。
子供の落書きのような適当極まりない地図だが、正しいルートから外れるとなんと音声案内が入る。
「違うよう、違うよう、バカだなあ♪」
非常にイラつく感じの、ヒトをバカにした音声案内ではあるが。
地図に従って歩いていると、今度はシオンを見つけるための小道具から音声が流れた。
この世界では音での案内が流行っているのだろうか?
「いました、いました。見つけましたよう」
そのまま音声で、シオンのもとまで案内してくれた。
ピンクの花を見つめながらニヤニヤしているローブの賢者は、はっきり言って、即刻警察に捕まるべきレベル。怪しさ満点だ。
「近寄りたくないわねえ」
アリスが言えば、マナカも同感とばかりに頷き、ラティスとスレイは苦笑した。
唯一、フェイルクラウトはドン引きしていた。
だが、引いている場合ではない! 早く素材を持ち帰って、完璧な植物栄養剤を作らねばならないのだ! 愛する野菜たちのために!
「さあ、理想の植物栄養剤完成のために早く行こう!」
力強くそう言うと、なぜか全員に微妙な顔をされた。……なぜだ?
ともかく、ここではない何処かに頭がトリップしているシオンを引きずって、私たちは迷宮の入口へ向かった。
道すがらに襲ってくる巨大な蛾や芋虫、昆虫なんかはグリーとフェイルクラウトが次から次へと処分していく。
図書館なのに死人がどうとか司書が言っていた理由がわかったのだった。
迷宮の入口はかなり奥にあった。
道中、「栄養剤~♪ 栄養剤~♪ 栄養満点~♪ すくすく育つよ~♪」と作詞作曲・私の即興の歌を口ずさみながらスキップしてみた。
すると、何とも言えない生暖かい視線を皆から注がれてしまった。
「リン、せめてもっと楽しそうにスキップしなさいよ」
「楽しそうじゃない?」
「無表情でスキップしながら歌う少女……」
ふふふ、と小さく笑って顔を紅潮させるラティス。
うん、今すぐ刑務所行き間違いなしだよ。こんなんばっかりか、このパーティーは!
それにしても、どんだけ広いんだ、この図書館。ついぐちぐち言いたくなるのもムリはないだろう。
歌でも歌わないとやってられない! 実はカラオケ好きだし。
そして、ようやくたどり着いたその場所にあったのは――
「……どこでも行ける扉?」
某漫画で、ロボットの不思議なポケットから出てくる道具に酷似している。
花畑の中に、ぽつんと扉のみがあるのだ。
扉の裏に回っても、見た目は表と同じ。というか、そもそも裏表があるのだろうか。厚みは五センチくらいだ。
何のためらいもなく、ラティスが扉を開ける。私が心の準備をする暇もない。
扉を開けたあとの裏側がものすごく気になる私だったが、あっという間に、スレイとアリスに扉の中に押し込まれてしまった。
扉が開いている時は、花畑をうろついている魔物が寄ってきやすいのだとか。
だから迷宮への扉を開けたら、すぐに迷宮へ渡って扉を閉めるのが常識なのだそうだ。
というわけで、リアル「どこでも行ける扉」を観察する暇もなく、あっという間に迷宮「火炎宮」にたどり着いたのだった。残念。
8 火炎宮と魔人イーフリート
「ここは……」
私たちは妙に明るい洞窟の中に立っていた。
「「「ようこそ、火炎宮へ」」」
戸惑う私に、パーティー「吹き抜ける風」の皆がにこやかに笑いながら、揃ってそう言った。
「リンは相変わらずね」
「何が」
「全然驚いてないし、戸惑ってもないわ。さすがよねえ」
いや、ちょっとアリス、私は戸惑っていますよ? それに驚いてる。表情に出ないだけで。
洞窟の奥――と言っても、二十歩も歩けば着く位置――に地下へ続く階段があった。
その階段をぐるりと囲むように、オレンジ色の炎が壁のごとく床から天井まで立ち上っている。
炎があるのに、なぜそこに階段があることがわかったのか?
簡単だ。いかにもここから入ってくださいと言わんばかりに、一ヵ所だけ、全く炎がない場所があるからだ。
怪しさ満点である。何かがありそうですごくイヤだ。ゲームなら、階段を守る門番のような敵でも出てくるところである。
しかし、ここは現実。実際は何も出てこなかった。
あの炎、何か意味あるのか? いらなくない? 炎のお蔭で洞窟が明るいのは確かだが、正直、光源以外の意味は思いつかない。いや、料理には使えるかも?
「余裕? 大丈夫なの?」
そうフェイルクラウトに聞くと、彼が頷く。
「火炎宮で魔物が出るのは地下一階以降だからな」
ちなみに、なぜにフェイルクラウトに聞くのかと言えば……その理由は明らかだ。
変態(?)たちに何か聞くと、そのたびに妖しい視線を向けられて鬱陶しいからに他ならない。
「下りても大丈夫ですよ、母上。何が出てきても私がおります。母上には指一本触れさせません」
すかさず頼もしくそう言い切る、仔猫サイズの魔王サマ。
異常に高いステータスとはいえ、生産職の私はもちろんグリーを頼りにしている。ちょっとだけ、グリーだと私を守ろうとして面倒なことが起こりがちだから、連れて来るのは妖精たちやオルトにしたほうがよかったかなあ~とか思ったが、それは当然秘密だ。
だがしかし。
「グリー、目的は素材採取だから。必要な素材は残す方向で」
きちんと言っておかないと、すべての魔物が跡形もなく消滅させられてしまう。
やりすぎという言葉は当然の如く、グリーの辞書には存在しない。私のためなら世界さえ滅ぼせるグリーなのである。いや、冗談ではなく。
「わかりました、母上!」
しかし、殺る気満々で頷くグリーの顔を見ると、やはり一抹の不安が……
◆ ◆ ◆
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