異世界とチートな農園主

浅野明

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2巻

2-2

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「迷宮を失った迷宮都市は、ほぼ間違いなく衰退の道をたどる。もともと他に産業といえるものがないのだから、唯一の資源である迷宮がなくなれば稼ぐ手段もなくなり、人も離れて行くしな。とはいえ、迷宮が消失するなんて百年に一度くらいの珍事だが」

 椅子に座り直した勇者は、そこでお茶を一口飲んだ。

「でも迷宮失くして都市が衰退したかて、新しい迷宮の近くにはまた別の都市ができるんやろ?」
「そうだな。人のそういうところには感心する。とてもたくましい種族だ」

 蚊トンボとメロウズが頷き合う。何やら通じるモノがあったようだ。

「大体わかったけど……」
「けど?」

 首を傾げる私に、メルは同じように首を傾げる。
 うん、メル可愛い。やっぱりこれでこそ妖精だよね! 蚊トンボがだんだん普通に見えてきたなんて、毒されすぎだ、私。しっかりするんだ!

「どうして何もわかってないのに、神々の箱庭なんて呼ばれてるの? 神様が造ったかどうかもわからないんでしょ?」

 そもそも本当にいるのか、神様。

「さあ?」
「さあって……」

 きょとんとするメルに、私は思わず呆れてしまった。

「ホンマなんでやろうな?」
「さて。諸説あるらしいってのは聞いたけどな?」
「知っているか?」
「いえ……」

 蚊トンボ、フェイルクラウト、メロウズ、オルトが次々に顔を見合わせる。

「なんでかはわからんが、昔からそう呼ばれとんのや」

 結局皆が首を傾げる中、蚊トンボがそう締めくくった。

「ふーん、謎だね」

 でも、謎というのは気になるので、今度時間ができたら調べてみるのもいいかもしれない。
 しかし、あまり有益な情報は得られなかったなぁ……と思っていたら、フェイルクラウトがいいことを教えてくれた。

「今度行くのは『火炎宮』だろう? あそこは変異型の迷宮だな。固定型と違って中の地形がコロコロ変わるから、難易度が高い。それに、ほのおタイプは攻撃力の高い魔物が多いからな。油断しているとろくな目にわん。準備はしっかりしておいたほうがいい。特に各種回復アイテムは過剰だと思うくらい持って行け。バッドステータスや能力低下デバフ系スキルを使ってくる奴も多いからな。体力回復アイテムだけでは、あっという間に殺されてしまうぞ」
「了解です」

 フェイルクラウトの言葉に私は肩をすくめて頷く。
 私のステータスで、そうそう遅れを取ることはないとは思うが、確かに念のため、スキルと装備は見直したほうがいいだろう。
 農家のおばちゃん的スタイルで、高レベル迷宮をクリアできるとはさすがに思えない。迷宮をめているにもほどがある。


 その日、和やかな(?)夕食を終えたあと、私は久しぶりにスキルと装備を見直すことにした。
 六年間ひたすらゲームをやり続けただけあって、どのスキルも高レベルで数も結構多い。だんだん管理が大変になってきた。
 今はがっつり農業用の構成にしているが、さすがに高レベルの迷宮に出向くとなれば、戦闘用に切り替えなくてはならないだろう。
 とはいえ、私はあくまで生産職。戦闘は苦手だし、いざとなれば勇者を盾にする所存。
 まあ、グリーがいればスキル構成がこのままでも余裕でクリアできそうではあるが。

「……なんかすごいムダなことしてる気分になってきた」

 グリーを思い出した途端に、もう準備とかいらないんじゃなかろうか、と真剣に悩む。
 それでも一応、農業用のスキルを控えにまわし、弓術総合と体術総合、それに魔法関係の才能を入れる。あとは隠密とか? 素材を手に入れるには、採取と採掘は残したほうがいいか。


【スキルスロット】
  弓術総合:80  体術総合:80
  水の才能:94  風の才能:83
  光の才能:42  焔の才能:66
  土の才能:130 採取:120
  採掘:122   召喚:94 

 [サポートスキル]
  魔力:200   魔術の心得:80
  生産の心得:82 言語学:68
  隠密:60

【待機スキル】
  合成術:90     細工:44
  錬金術:110    付加:95
  農業の心得:183  裁縫:67
  伐採:132     調薬:92
  料理:150     貿易の心得:83
  看破:77      友好:85
  鍛冶:78      商人の心得:72
  植物の才能:170  木工:72
  水泳:83      解体の心得:72 

【パッシブスキル】
  全状態異常耐性   無詠唱
  魔力消費減少(大)


「うん、なんかもう適当でいいかな」

 やる気の大半を失いつつ、うつろな目で装備とアイテムを確認していく私がそう呟いたとて、一体誰に責められようか。
 ちなみに、装備は私の自作したモノの中でも中級プレイヤーなら手に入れられるような、ほどほどのものにしておきました。



 4 迷宮都市マーヴェント


「火炎宮」――それは迷宮都市マーヴェントが抱える迷宮の中でも、最も高ランクの迷宮である。
 十年から十五年に一度、内部の構造が変わる。
 宮、と言いながらも、別に建物があるわけではなく、地下洞窟のようなものだ。
 マーヴェント近くのウィウィラさんろくに入口があり、そこから地下へ続く階段を下りると、火炎宮にたどり着く。他にも経路はあるが、さんろくの入口を通るのが一般的である。
 今のところ地下五十階までは確認されているが、さらに下層があるとも言われている。
 ただ、五十階最奥の部屋にいる魔人イーフリートが強すぎて、その先に進めた者がいないのだ。
 数多あまたの英雄や勇者がイーフリートの前にその命を散らしていった。
 どれほど内部の構造が変わっても、五十階のイーフリートだけは常にそこにいて、侵入者の行く手を阻むのである。
 そんな話を、アリスは迷宮都市マーヴェントまでの道中にしてくれた。
 今回はただの素材採取のため、二十階までしか行かない予定。
 火炎宮には攻撃力の高い魔物が多く、攻略目的でない限り、安全ラインの二十階まで進んで、換金しやすい素材を採取して引き返すパーティーがほとんどだそうだ。
 かくいう私も無理をするつもりはなく、一回でダメなら二度、三度迷宮にもぐってもいいと思っている。敵が段違いに強くなるという二十一階以下に行く気はない。
 たとえ慣れているパーティーでも、常に大怪我、下手すれば全滅の危険性がある。迷宮、特に変異型は決して油断してはいけないところなのだ。
 迷宮の話を聞いたあと、こっそりグリーにイーフリートに勝てるかと聞いたら、「瞬殺できます!」と非常にイイ笑顔で言われたのは、他のメンバーには内緒である。
 ところで、農園の充実に忙しかった私は、実は迷宮都市マーヴェントを訪れるのは今回が初めてである。というより、しょうの私は王都以外の都市にほとんど行ったことがない。
 元の世界では引きこもり歴六年だったため、家から出なくても全く気にならないのだ。
 旅行などもしたことがない。いや、別に嫌いなわけではなく、ただ出かけるのが面倒なだけ。まぁ、素材集めとか必要な時には出るけど。
 そんなわけで迷宮都市にたどり着いた私は、以前少し立ち寄った迷宮都市ナセルとはまた違った都市の雰囲気に圧倒されていた。

「ふわー、全然違うねえ」

 ポカンと口を開けて立ち止まってしまった私を、「吹き抜ける風」のメンバーもフェイルクラウトもグリースロウも生暖かい眼差しで見守っている。
 普通の子供らしいところもあるんだな、とフェイルクラウトが妙に感心していた。
「吹き抜ける風」は、リーダーの剣闘士ラティス、聖騎士スレイ、レンジャーのアリス、賢者シオン、召喚士マナカの五人。皆そろって、微笑ましそうに私を見ている。
 ちなみにグリーは騒ぎにならないよう仔猫サイズになって、私の腕の中に大人しく収まっている。
 メロウズ、オルト、蚊トンボ、メル、ヴィクターは留守番。
 オルト、蚊トンボ、メルは、ないとは思うが、いざという時には召喚石で呼び出すことになっている。もっとも、グリーがいるので戦力的な不安は皆無であるが。
 本当はグリーを置いて、蚊トンボとメルを連れて来たかった。
 蚊トンボはウザいが、それなりに使える。魔王であるグリーの気配で、倒す予定の魔物が逃げてしまっては何の意味もないから、蚊トンボくらいがちょうどいいと思ったのだ。
 だが、どうしてもついて行くというグリーに、可愛らしい笑顔で押しきられてしまった。
 彼は私との同行だけは譲らない。お使い程度なら行ってくれるが、基本的に私のそばから離れないのだ。とはいえ、説得の結果、最近は王都くらいならついて来なくなったけどね!

「リン、まずは宿を取りましょう。そのあとで街を歩いてみない? それともすぐに迷宮に行く?」

 準備はバッチリだからどっちでもいいけど、とアリスに言われて我に返った私は、勢いよく振り返った。

「今日は街を見たい!」

 今はまだ午前中。せっかくなので今日一日ゆっくり街を見学し、明日迷宮に行くのがいい。
 私がそう言うと、アリスたちが満面の笑みで案内を申し出てきた。
 そんな彼らに若干引気味なフェイルクラウトはしかし、彼らの笑顔に何かしら不穏なモノを感じたようで、引きつった顔で同行すると言ってきた。
「吹き抜ける風」のメンバーたちが、「別に取って食いやしないのに……」とブツブツ呟いていたが、スルーした私はさりげなくフェイルクラウトの後ろに隠れる。
 彼がいてくれてよかったと、フェイルクラウトを派遣してくれたストル王子に思わず感謝する私であった。


   ◆ ◆ ◆


 宿は、「吹き抜ける風」がこの街に来る度に利用するという定宿「青い小鳥亭」が取れたので、早速街に繰り出すことに。
 特に行きたいところがあるわけではない……と言いつつ、甘味処と食材ギルド、食材屋は外せない。ついでに迷宮都市ならではの場所があれば、そこに行きたい。
 そんな私のために、まずはパーティーの頭脳、甘味をこよなく愛する無口な賢者シオンが案内してくれたのは、隠れた名店だという「甘味処かくれや」。

「まず甘味なんだ。しかもかくれやって……」

 ありがたいながらも呆れてしまった私は、シオンについて街中を歩く。
 大通りから細い路地裏に入り、さらに二、三回道を曲がったところにある小さな民家のような店。
 まさに隠れている。というか、隠れすぎだろう。客、来るのか?
 シオンのおすすめなだけあって、フルーツタルトの味は絶品でした。
 女神のごとき美貌の女将も目の保養。素晴らしい!
 なのになぜコイツら――「吹き抜ける風」の面々は十二歳の女将似の娘ばかり見ているんだ? 確かにとても可愛らしい少女であるが。
 と思ったら、女将がさりげなく少女に用事を言いつけて二階に行かせた。
 ナイス、女将!
 だが、同情と憐れみに満ちた目で私を見るのはやめてほしいと思うのだった。


 パーティーの良識、召喚士マナカが案内してくれたのは、迷宮都市名物の「ダンジョン塔」と迷宮探索者養成学校だった。

「……何これ」

 街の中央にそびえ立つ十六階建ての塔。その一階には様々な施設があった。迷宮ギルド、情報交換の場でもあるロビーに、食材屋、武器屋、防具屋、地図屋、それにレストランや喫茶店。
 二階は探索者養成のための場で、六つの教室と三つの広い実習場がある。
 三階以上が迷宮になっていて、人工的に作り出した擬似迷宮らしく、なんと魔物も出る。
 だが、練習用の迷宮なので、素材採取はできるが二階に下りてくると手に入れた素材は消失してしまうとのこと。あくまで授業の一環であり、素材の種類や採取方法を知るためのものだからだ。素材を持ち帰るのが目的ではない、ということらしい。
 迷宮探索者養成学校に年齢制限はなく、お金さえ払えば誰でも入学できる。
 二年で卒業で、卒業試験に受かれば晴れて探索者だ。落ちれば再挑戦は不可であり、探索者になるのは諦めるしかない。

「挑戦できるのは一回限りなの? 厳しい」
「そうでもないわよ~。命のかかった仕事だもの~。何度もやり直すわけにはいかないわ~。命は一つしかないもの~」
「うーん、そうか」

 確かにそうかもしれない。何度も挑戦できるからといって試験で油断するようでは、いざという時にもその油断が出てしまう可能性はある。

「にしてもマナカ、詳しいね」
「私はここの卒業生なのよ~。召喚士は苦労の多い職業だけど、この養成学校のおかげでいっぱしになれたわ~」

 どこにでもいるおばちゃんにしか見えないマナカだが、その実力は折り紙つきだ。が、そんな彼女も駆け出しの頃はかなり苦労したらしい。
 召喚士は召喚体を捕まえて契約しなければ何もできない。しかも、その契約の儀式を成功させるのは難しく、儀式に必要な契約石の経費もバカにならないのだ。
 だから、ゲームの中でも不遇職ランキングで常に上位にランクインしていた。もちろん、召喚体を手に入れれば非常に強い戦力になるのだが。
 きっと、マナカも召喚体と契約するまでは大変だったのだろう。
 ちなみにダンジョン塔には申請さえすれば誰でも入れるらしい。塔内で死ぬことはないとか。一体どういう仕組みなんだろう。


「ふふふ、次は私の番ね?」

 塔の見学が終わると、あやしい笑みを浮かべてアリスがそう言った。
 正直、ちょっと行きたくない。
 アリスの笑いにドン引きしているフェイルクラウトに、思わず視線で助けを求めてしまった私は悪くないと思う。

「待て待て待てー! どこに連れて行く気よ!」

 さらに言えば、今、アリスがうっかり誘拐犯(変態?)と間違われて衛兵に捕まりかけているのも、断じて私のせいではないのだ。
 誰が悪いのかといえば、もちろん人徳のないアリス本人が悪い。たぶん、きっと。
 いや、さっきのは本当に悪人顔だったよ? 子供が見たら泣き出すよ?
 そして誤解の解けたアリスを先頭に、街中を歩くこと十分少々。

「ここよ!」

 アリスが連れて来たのは、大通りに面した街の中心地にある建物……なのか?
 目の前のこれは一体何だろう、と私は首を傾げる。
 てっきりアリスのことだから、食材ギルドに案内してくれると思っていたのだが。

「これ何?」
「え……?」

 予想外のことを聞かれた、とアリスが目を点にして私を見てくる。

「やあね、私が案内するところといえばもちろん、食材ギルドに決まってるじゃない」

 私はもう一度、目の前のものを見る。

「……ここが、食材ギルド?」
「そうよ、変なこと聞くわね?」

 首を傾げるアリス。

「いや、この場合、リンの反応は正常だ」
「そうだね」
「……」

 ラティスがため息交じりに言えば、スレイとシオンも頷く。

「そうよ~知らない人が見たらわからないわよ~」

 マナカも苦笑している。

「もう、何よ皆して」

 アリスは膨れるが、目の前の建物はどう見ても食材ギルドとは思えない。
 ぶっちゃけ、ただの段ボールハウスである。
 いや、ただの、と言うとへいがある。眼前のソレは、巨大な段ボールハウスであった。
 どれくらい巨大かというと、三階建てのちょっとしたビルくらい。元の世界でも段ボールで色々作るのが流行はやっていたが、これは大作にもほどがあるだろう。
 しかし、どれだけ大きくてもしょせんは段ボール。嫌だよね! 段ボールハウスのギルドって!

「建物の素材は何? 何でできてるの?」

 段ボールにしか見えないが、この世界に段ボールなんて存在するのだろうか? 少なくとも私は見たことがない。

「よくぞ聞いてくれました! あれはニヴィという植物なのよ」

 なぜか胸を張って得意気に言うアリス。
 ニヴィという植物は木で、幹が真四角に育つ。大きいものは、それこそ街一つ軽くおおえるくらいに枝が伸びるとか。見た目はまさに私の知る段ボールそのものだが、強度は鋼鉄並み。ファンタジー!
 特殊な技術を用いて中を加工すれば、建物としても利用できる。加工しても、なんとまだ生きているらしい。しっかり根を張っているのだそうだ。目が点になるとは、まさにこのこと。
 ちなみに、ニヴィは断熱、防音に優れ、耐久性も抜群。この辺りでは家や食材ギルドのような施設によく利用されているという。家として利用する場合は、外見を個人の好みに合わせて装飾しているらしい。だから気づかなかったのか。
 便利ではあるが、ニヴィはこの辺りにしか存在しない。もともと、マーヴェント付近にある迷宮「湖底洞窟」に自生する植物で、「湖底洞窟」から離れすぎるとすぐに枯れて使い物にならなくなってしまうのだそうだ。
 だから、ニヴィの建造物はマーヴェント周辺以外では見ることができず、この建物を見るためだけにこの地を訪れる観光客もいるのだとか。

「へえ」

 たとえどれだけ性能がよくても、どれだけ利点があっても、そのままだと段ボールハウスだし。
 住みたくはないなあ、と思う私なのだった。


 次にラティスとスレイが案内してくれた子供服&雑貨専門店にドン引きしたのは、私だけではあるまい。フェイルクラウトが氷のような冷たい眼で二人を見ていたのも頷けるというものだ。
 なぜあえてここを選んだんだ、と言いたい。
 彼らが言うには、マーヴェントの子供服&雑貨専門店「リン」は、なんと、最近ルイセリゼがオープンさせた店らしい。
 ルイセリゼは、私がこの世界にやって来たばかりの時にお世話になった親切商人フェリクスのお姉さんだ。確か、彼女もあやしい趣味の持ち主だった気がする……
 店の名前からもわかるように、私をモデルにした作品を置いているとか。
 焼いてもイイデスカ? 店ごと燃やしてもイイデスカ?
 フェイルクラウトが「この変態が」と吐き捨てた。もっと言ってやってください。
 まあ、いい人たちだけどね? 別に実害はないけどね!? 他のメンバーも興味津々で店をのぞき込むのは止めて!
 グリースロウが「人間って意外と面白いですね。見習うべきかな」と呟いていたが、「吹き抜ける風」のメンバーを見るその目は、ギラギラと輝いていた。グリーよ、変態は見習わなくてもいいと思うよ?


 ラティスとスレイを締めたフェイルクラウトはプラネタリウムに案内してくれた。
 ニヴィの建物の中で魔法を駆使した星空を見られるという、最近できた観光名所らしい。
 彼もこの施設は初めてだそうで、この機会に下見して、良かったら王女サマを連れて来ると言った。どうやらプラネタリウムの情報は王女サマから聞いたもののようだ。


 意外とマーヴェントは観光名所が多かった。
 迷宮独特の特産物も多く、見ているうちに、あっという間に日が暮れてしまった。

「今日はありがとう。楽しかった」
「どういたしまして。私たちも楽しかったわ~」

 やり遂げた、という爽やかな笑顔のメンバーたちにフェイルクラウトが一言。

「お前ら、子供好きをもう少し自重しろ」

 激しく同意した私だった。



 5 地下図書館の秘密


 翌日。迷宮に向けて出発……する前に点呼された。
 ん?
 私も宿の前の通りに集まったメンバーを見回し、シオンがいないことに気づく。

「シオンはどうしたのかしら~?」

 マナカの問いに首を傾げる一同。

「地下図書館じゃない?」

 アリスのひどく嫌そうな声に、一行の中で唯一といっていい常識人フェイルクラウトは、生のカエルを丸呑みしたかのような物凄い顔をした。一体何事だろうか。

「おい、確かにあそこからも『火炎宮』には行けるが、ウィウィラさんろくの入口から行くって話だったよな。なぜ貴様らの仲間が地下図書館にいる?」

 わざとなのか、とフェイルクラウトが射殺しそうな視線で「吹き抜ける風」の面々を順ににらみつける。

「いや、たぶん、シオンは話を聞いてなかったんだな」
「そうね~」
「地下図書館なんて、私たちだって行きたくないわよ」
「だな。その態度からして、あんたもわかっているんだろう。魔法に熱中してる魔術師以外、あそこに行きたいやつなどいやしない」

 スレイの言葉に、フェイルクラウトが納得したように頷いた。

「確かにそうだな。しかし……そこのリーダーが言ったように、本当に聞いてなかったと? そんなことがあるのか?」
「ここはマーヴェントだからな」

 着く前からもう図書館で頭が一杯だったのだろう、とラティスが苦々しく吐き捨てる。

「そうね~、いつにも増してハイテンションだったもの」

 シオンのいつもと変わらぬ口数の少なさと、大して表情のない顔を思い出しながら、「あれで?」と私は首を傾げる。自分も人のことは言えないが。
 まぁ、マナカがそう言うならその通りなのだろう。
 ともあれ、「吹き抜ける風」の面々はもっと気をつけておくべきだった、と消沈していた。
 フェイルクラウトも相変わらず苦々しい顔だ。
 私だけは、何が何やらさっぱり。火炎宮に行けるなら、別にその図書館からでもいいのでは? と思っている。
 しかし数十分後、地下図書館を知った私は反省した。
 確かにわざわざここから行きたいやつなどいないだろう。
 ムダに研究熱心か、新しい魔法が欲しい魔術師以外は。


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