異世界とチートな農園主

浅野明

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2巻

2-1

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 1 野菜はできたけど


 私がハマっていた【楽しもう! セカンドライフ・オンライン】というVRMMOゲームによく似た世界に、アバターのリンの姿でトリップしてから色々なことがあった。
 親切な商人のフェリクスと出会って広大な土地を手に入れ、王都から離れた場所で農園を開始。
 ゲーム内のリンのステータスを引き継いだ私は高レベルスキルで楽々野菜作りをし、豊作すぎて売るにも困っちゃう! ……はずだったのだが。
 なぜかうまく育たなかったり、変な同居人が増えて悩まされたり、面倒ごとに巻き込まれたりして、なかなか落ち着いて農業できなかったんだよね。
 しまいには、魔王復活騒動まで起こったものの、その魔王が実は私がゲームをプレイしてた時に飼ってた虎の魔物の化身ということが発覚し、私に懐いて世界崩壊は回避。
 そんなトンデモ展開に一番驚いているのは、もちろん私自身だ。
 あれからあっという間に時は流れて、一年が過ぎた。
 リビングの椅子に座り、私はお茶を飲みながらこの一年を振り返ってみた。
 魔王騒ぎの後に農業を再開して、準備段階だったようほうも始めることができた。
 ナヴィア蜂の巣はドワーフのヴィクターに加工してもらって手に入れられたものの、蜜を集める花――ナヴィリア花をどうやって入手し、育てるかが問題だったのだが。
 それは私と契約している妖精の一人、メルティーナのおかげでなんとかなった。
 メルによれば、ナヴィリア花は、まあ、魔化植物だけあって見た目も生態も特殊ではあるが、妖精の王族にとっては大事な花らしく、栽培もしているとのことだった。
 実は思ったよりも高位の妖精だったメルが妖精の女王様と交渉してくれて、種と専用肥料、それに詳しい育て方の本までもらってきてくれたのだ。
 そんな気のきくメルとは反対に、蚊トンボ――不本意にも契約してしまったおっさん妖精のセイルーナ――は、何の役にも立ちはしなかった。なんでも、妖精国には帰れない事情があるのだとか。


 ……もしかして犯罪者とか?
 メルには笑って否定されたが、いまいち信用ならない。私は思わず蚊トンボに疑惑の目を向けるのだった。
 ナヴィア蜂は、ブラックドラゴンのメロウズが約束通りバッチリ捕まえてきてくれた。女王蜂がメロウズにしきりにまとわりついていたのが印象的だ。
 ヴィクターが完璧な巣と遠心分離機まで作ってくれていたので、ようほうは思ったよりもうまくいき、先日、第一段の美味しい蜂蜜が採れた。
 私は非常に満足。ヴィクターのお役立ち度が素晴らしい。恥ずかしがり屋でほとんど人と会話できない彼のために、一時本気で蚊トンボを伝書鳩代わりに使ってくれと引き渡そうと思ったほどだ。双方から抗議と断りを受けたため断念したが。
 これまた私と契約しているレッドドラゴンのオルトは、この一年常時召喚状態。
 はっきり言おう。迷惑極まりない。
 いや、だって竜って妖精と違って召喚中は常に魔力を消費し続けないといけないんだよ? 魔力があり余ってる私にとっては別に痛くもかゆくもないけど、何となく納得いかないよね!
 メロウズは契約もしていないのに、ナゼか未だに私の家にいる。
 二人の関係は、メロウズがオルトを一方的にからかって、構い倒しているという感じだ。
 もう、お前らいい加減に帰れよと思う。
 ちなみに、何度か「帰れば?」と言ったが、右から左に聞き流されてしまった。主にメロウズに。
 オルトは「メロウズがいる限り帰れない」とかたくなにに帰るのを拒んでいる。メロウズが苦手なくせに、何やら思うところがあるらしい。
 うん、本当に迷惑だよ。家は狭くなるしね!
 蚊トンボとメルは相変わらず。農園の手伝いをしてくれるのはいいんだけど……
 蚊トンボはその存在だけで私をイラっとさせる。どれだけ役に立とうが、私の中で蚊トンボの地位が向上することは絶対にない。主にその見た目と口調で。妖精は外見がすべてです(私基準)。
 ヴィクターも結局、私の家に住み着いてしまった。
 彼は悪人にだまされて、師匠から受け継いだという大事な店兼家を失ってしまったし、たとえ店を再建しようが、また潰す未来しか見えない。
 だってそうだろう。そもそも接客がほぼできないのに、よく店をやろうと思ったものだ。
 まあ、そんな感じでなしくずし的にヴィクターはここにいる。なんと、家主の私の前にも滅多にその姿を現すことはない。筋金入りである。
 ひとつ屋根の下に住んでいるのに三日間顔も合わせないとか、おかしくない? 恥ずかしがり屋ってそういうもん?
 かつて私が飼っていた虎の魔物、魔王グリースロウは、私のそばから離れることが滅多にない。
 私の言うことは何でも聞くし、私にあだなすモノは決して許さない。
 私を「母上」と呼んで甘え、また守ろうとするグリーは、図体が大きいだけの子供である。
 とはいえ、その力は一夜でこの国くらいなら容易たやすく吹き飛ばしてしまえるのだが。
 ここ一年を振り返って私は首を傾げる。
 何かがおかしい。
 農園の雇い人といえば農夫とか農婦とか、農家の子供とか……とにかく妖精や竜や魔王ではないはずだ。ヴィクターに至っては、鍛冶屋である。
 目指している方向とは微妙に違う気がする。

「いやいや、そんなことないよね!」

 よく考えれば、野菜はすでに七種類も収穫できているし、栽培が難しいと言われるこうせきだねも試しに三つ植えてみたが順調に育っている。ようほうだって成功していると言えるだろう。
 だったら、方向性は間違っていないということだ。
 ムダに過剰戦力ではある。だがしかし。特段、戦闘をするわけではなくとも戦力があって困ることもないし、その辺はどうでもいいだろう。
 皆ちゃんと農園に役立つスキル、持ってるしね!

「なんだ、バッチリじゃないか」

 農園は順調に拡大中だ。
 今後は動物を飼って牛乳とか卵とか取ってみたいし、花も育ててみたいし、羊みたいなのを飼って布や毛糸も自給できるといいな……夢が膨らみますね!
 ただ、問題は肝心の野菜である。
 ケサ芋はどんな環境でもそれなりに育つ強い芋だし、こうせきだねはそもそも魔力をかてとしているのでなかなか気づけなかったのだが……どうやら他の野菜の育ちが悪いようなのだ。
 できることはできるのだが、どうも小ぶりだとか、味が薄いとか、収穫数が少ないとか。
 植物学者のメイスンに相談してみたところ、植物栄養剤を作ってみるといいと、いくつか既存の栄養剤のレシピを提供してもらったのですよ。

「こういうのはやっぱりアレンジが大事だよね」

 ゲーム時代はどれだけうまくアレンジできるかで、製品の効果もかなり違ったものだ。

「いやいや、レシピ通りに作ったほうがええで? 下手に手を加えるとろくなことにならへんよ。特にお嬢は」

 独り言に突っ込みが入った。
 気づけば、いつの間にか目の前に来ていた蚊トンボが、呆れたように私を見ている。

「大抵料理でもそうなんや。失敗するヤツは分量を適当にしているか、いらんアレンジ加えとんのや」

 レシピ通りに作れば成功するのになんでや、と遠い目になった彼には、過去に何かあったようだ。あえて聞きはしないが。
 しかし、誰に向かってモノを言っているのか。ゲームをしていた時には、仮にも「調合の神」とまで言われた私に対して失礼ではないか。

「うっさいな。調合の腕前は完璧なんだから、そこらの調薬士の適当なアレンジとは違うの。まあ、見ててよ。完璧なオリジナル植物栄養剤を作ってみせるから」

 ふふん、と胸を張る私に、蚊トンボは天を仰いだのだった。


 植物栄養剤のレシピは、実は私もある程度持っている。当然だろう。ゲーム時代は調合をきわめた私である。ないほうがおかしい。何度も作った経験があるし、アレンジもしたことがある。
 ゲームで農業していた時も、随分と植物栄養剤には気を遣ったものだ。
 思い起こしてみれば、与える植物栄養剤のランクで野菜の格も確かに変わった。植物栄養剤を全く与えていない物と、最上の植物栄養剤を与えた物とでは、同じ野菜でも出荷時の値段が三倍近く違ったものだ。
 植物栄養剤のストックは残してなかったので、アイテムボックスには入っていないが問題ない。レシピは残っているのだから、作ればいい。
 蚊トンボに大きなことを言ったのは、当然ながら、私にはきちんとそれだけの根拠と自信があるからなのだ。蚊トンボの心配はゆうである。
 というわけで、早速作成を開始すべく、私は作業部屋に向かった。
 これから植えるものにはもちろん、間に合うなら今植えてある野菜たちにも与えたいところだ。製作は急ぐに越したことはない。野菜を最高品質で作りたいと思うのは、農園主として当然のこだわりである。
 まずはアイテムボックスから、オリジナルレシピの中で最も効果の高い自信作を取り出した。
 テーブルに向かい、ペンを手にレシピとにらめっこする。

「うーん、このままでも悪くないけど、もう少し手を加えたらもっといい感じにならないかな?」

 ウンウンうなって思考すること八時間。
 その間、周囲をうるさく飛び回る蚊トンボは、当然ながら無視である。うざい時は、魔法や特製ハエたたきで撃退しようとした。すべて回避されたが。
 ……回避系スキルでもきわめているのだろうか? 驚きの回避率である。まあ、それはどうでもいい。
 ともかく、製作のかなめはレシピだ。当然ここでかける時間を惜しんだりはしない。

「やっぱりここはウレンの根よりもクロスの葉を入れて、ミスクローじゃなくて神龍のうろこの粉末に、クスコの実とヘイレスの根を追加してっと……」

 ようやく完成した新レシピを見直して、私は頷く。これで満足のいく植物栄養剤が作れるに違いない。
 神龍のうろこの粉末は持っているので、それ以外の素材を揃えるべく蚊トンボを呼ぶ。悔しいが、素材の採取場所について、農園メンバーの中で一番詳しいのは彼だった。意外と博識な蚊なのである。
 まずは素材がこの世界に存在するかどうかを確認する。ここはゲームと似ていても全く同じというわけではないので、私の知っているアイテムでも存在しない可能性があるからだ。
 レシピの素材のうち、今手元にないものを一つ一つ確認する。
 すべての素材が存在するとわかった時には、思わずガッツポーズをした。

「……お嬢、何考えとんねん、戦争でもする気か?」
「何バカなこと言ってるの? 植物栄養剤を作るんだって。それで、どこに行けば手に入る?」

 難しい顔で「自白剤が」とか「爆薬が」と呟く蚊トンボ。
 あんたこそ何を考えているんだ。というか、なんでそんな物騒なもの作らなきゃならないんだ?
 私はあくまで、ただの農園主なのだ。野菜の育成に必要なものしか作らないよ。

「発想が物騒すぎるよ、蚊トンボ」

 思わず特製ハエたたき三号を取り出す私。
 慌てて飛び退き、私から距離を取る蚊トンボ。
 うん、可愛くないから。柱の陰からこっそり顔をのぞかせて、目をうるませて上目遣いに見ても、ちっとも可愛くないから。


 この時、私は決して忘れていたわけではない。ただうっかりしていただけだ。
 ここがゲームの中でないことを、もちろんちゃんと覚えていた。
 問題なのは、植物栄養剤の効果もゲームと違うかもしれないということ、そもそも素材の効果だって異なる可能性があるということに気づけなかったことである。
 ゲームの知識はこの世界では半分程度しか役に立たないのだという事実が、私の頭からキレイに抜け落ちていたのだった。



 2 必要な素材は一ヵ所で


「迷宮に行きたい?」

 冒険者パーティー「吹き抜ける風」のメンバーであり、食材ギルドの受付も務めるアリスが驚いたような声をあげた。
 ここは食材ギルドの近くにあるカフェ。内装は女性好みで可愛らしく、季節のフルーツケーキが人気である。使われているフルーツは新鮮でみずみずしく、ケーキの生地もとても美味しくて、私もお気に入りだ。テイクアウトできるので、王都に来ると必ずここのフルーツケーキを買って帰ることにしている。
 まぁそれはいいとして。
 植物栄養剤の素材について、蚊トンボが変な顔をしながらも教えてくれたところによると、必要なものはすべて一ヵ所で集められるらしい。
 なんとも都合のいい話だが、一応理由はある。
 私が求めている素材は、どれも火系統の魔素を持っていて、かつ素材ランクが近いのだとか。
 実は魔素には、RPGなどではお決まりの地・水・火・風・空・時・光・闇といった属性を持つものがあるという。もっとも、大半は無属性なのだが。属性の性質は様々ではあるものの、火系統の魔素持ちは、魔物であれ素材であれ、火系統の迷宮に集まるのだそうだ。
 つまり、そこに行けば今回必要な素材をすべて揃えられるというわけである。
 火系統の魔素持ちの素材は云々と、相変わらずブツブツ言っていた蚊トンボは、華麗にスルーしました。
 しかし、そんな話、ゲームにはなかったような……?
 とはいえ、都合がいいのは確かなので、まぁいいか、とあっさり流すことにした。
 火系統の迷宮で素材が揃うとわかったものの、私はまだ年齢が足りないため迷宮に行くことができない。
 今は食材ギルドに所属しているが、まだ未成年なのであくまで仮登録だ。迷宮に行くには成人後に本登録し、さらにギルド員としてのランクも上げなくてはならないのである。
 しかし、今行きたい。
 冒険者ギルドか迷宮ギルドに素材調達の依頼を出すという手もあるが、やはり素材は自分の目で見て、自分の手で採取するに限る。
 というわけで、私はパーティー「吹き抜ける風」に護衛依頼をすることにした。やや子供が好き過ぎる変態だが、実害はないし、腕は確かだ。
 護衛がつけば、私一人では許可の下りない迷宮にも行くことができる。ただし、護衛たちが普段もぐれる迷宮ランクより一つ下のところまでだ。護衛対象という名の足手まといがいるから、安全面を考慮してそう決められているらしい。
 もちろん、ともに魔王騒動を収めたクリフたち――パーティー「はみ出し者たち」――でもよかったのだが、あいにく彼らは長期の依頼で少し遠くに出ていて、帰って来るのはまだ二ヵ月も先とのことだった。
「吹き抜ける風」も忙しいらしく、結局こうしてアリスと話をするのに、植物栄養剤のレシピができてから一週間も待った。
 本当は今日も仕事が入っていたらしいのだが、今回の仕事は明日には終わる上に危険もほとんどない。だから一人くらい抜けても大丈夫とのことで、私に最も馴染みのあるアリスが話を聞くと言って来てくれたのだ。
 季節のフルーツケーキを食べながら、アリスは難しい顔をして考え込んでいる。

「どうしたの?」
「火系統の魔素持ちの素材を集めたいのよね? それも素材ランク4から2の」
「そう。近くにそういう素材が集まる迷宮はないの?」
「いいえ、王都から馬車で三時間行ったところに迷宮都市マーヴェントがあるわ。そこが有する迷宮『火炎宮』なら完璧に条件を満たしている」

 難しい顔しているから、てっきりちょうどいい迷宮が近場にないのかと思いきや、そうではないようだ。
 近くて素材が揃う迷宮なら、何も言うことはない。
 なのに、アリスは一体どうして考え込んでいるのだろうか。

「ただ、ランクの問題があるのよ。あそこは迷宮ランク2だもの。護衛依頼だと、通常より迷宮ランクを下げて申請しないと通らないし、私たちだと護衛依頼でランク2の迷宮には許可が下りないわ」
「……そうなの?」

 なんてこった。Aランクのパーティーでもダメだなんて。
 すっかり行ける気でいた私は、アリスの言葉にがっくり肩を落としたのだが――

「ええ、王族とか大貴族の特別許可が得られれば別だけど、私たちのランクは……」
「ちょっと待って」
「リン?」

 アリスの言葉を遮る。
 今、何と言った?

「王族の許可が取れればいいの?」
「ええ、そうね。でも王族の許可なんて、そう簡単には取れないわ」
「取れたら、この依頼引き受けてもらえる?」

 確実に引き受けてもらえるなら、数少ないつてを駆使して許可をもぎ取りますとも!

「もちろん、他でもないリンの依頼ですもの。貴女あなたは決して足手まといにはならないし、むしろ貴重な戦力だわ。護衛対象がリンであれば、ランク2の迷宮でも実力的には何の問題もないしね」
「わかった。だったら許可取る」
「……貴女あなたが言うと、とても簡単に聞こえるわね。なんだかもう、どこから突っ込めばいいのかわからないわ」

 苦笑して、それでもアリスは約束してくれた。
「吹き抜ける風」はここのところ忙しくしていたので、ちょうど明後日から二週間の休みを取ることにしていたのだとか。その間であれば、私の依頼を受けられると言ってくれた。

「リンとの素材採取なら、皆喜んで引き受けるわ」

 ……微妙にリアクションのしづらいお言葉をいただきました。
 彼らのあやしい趣味さえなければ素直に喜べるのだが。


 王族へのつてといえばもちろん、この国のストル王子だろう。
 王位継承の儀式に必要な素材を一緒に取りに行ったり、魔王復活騒動をともにくぐったりしたが、王子のわりには気さくだったし、きっと私の話を聞いてくれるに違いない。
 早速家に戻ってサクサク手紙を書くと、少し考えて蚊トンボに手紙を届けさせることにした。
 だが、蚊トンボはなかなか帰って来ない。

「うーん、やっぱりグリーに行かせればよかったかなあ」

 しかしながら、グリーでは思わぬ事態を招く可能性がある。彼は私の言うこと以外は聞かないし、私の言いつけを守るためなら平気で街一つ廃墟にしてもおかしくない。
 グリーの世界は私を中心に回っていて、私以外はどうでもいいのである。さすがに何が起こるか予測不可能のため、危なくて王宮にはお使いに行かせられないのだ。
 蚊トンボはウザいが、あれで常識は心得ていて、無駄なトラブルは起こさない。
 一応信頼はしているのだ。これで外見と口調がまともなら言うことなしなのに。
 なぜおっさんなのだろう。いや、本当に。どうにも納得がいかない。
 ぐるぐる下らないことを考えていると、ようやく蚊トンボが帰ってきた。おまけも一緒に。

「お使い行ってきたで! バッチリ許可もらってきたで!」
「……それはいいけど、なんで彼までいるのさ」

 蚊トンボが連れてきたのは、フェイルクラウト。ストル王子と仲のいい勇者である。

「しゃあないやん、王子に許可もらいに行ったらおったんや」
「いやいやいや」

 部屋にいたから、というだけで連れては来ないだろう。はっきり言って邪魔である。
 何考えてんだ。蚊トンボよ。元引きこもりの私の対人スキルが低いの、知ってるくせに。

「迷宮に行く理由言ったら王子と勇者が変な顔しおってなあ。まあ、あの王子、素材や調合にやたら詳しかったから、そんな顔するのも納得なんやけどな? とにかく、迷宮行くんは構わんけど、そういう理由やったら勇者連れてけ言われたんや。勇者の同行があかんのやったら、許可が出せんのやと」
「何だそれ、ワケわかんないな。まあいいや。別に一人くらい同行者が増えても問題はないしね」

 いや、私の精神には多少問題アリだが、この際仕方あるまい。
 とにかく迷宮に行く許可が下りないと、素材集めすらかなわないのだから。
 なんとか許可も取れたことだし、早速アリスに連絡して出発日時の調整をしよう。
 ウキウキと浮かれながら今後に思いをせる私の横で、蚊トンボが変な顔をしている。

「何?」
「お嬢。浮かれとんのやったら、そういう顔しようや。なんでそんなに表情ないんや。呪われとんのか?」

 うっさいわ。これが地だよ!
 余計なことを言う蚊トンボである。これでも気にしてんのよ?
 じろりとにらんで、さっと特製ハエたたきを取り出すと、瞬時に射程範囲外に離脱する蚊トンボ。
 無駄に素早い。これはハエたたきも改良の必要ありだな。

「それにしても、ホンマにわからんなあ。なんであの素材合わせて植物栄養剤なんや?」

 特製ハエたたきの改良で頭がいっぱいの私にとって、蚊トンボの呟きなんてどうでもいい。

「なんか色々間違ってないか?」

 私と蚊トンボの会話を聞いていたフェイルクラウトの何気ない呟きに、蚊トンボは何度も頷くのだった。
 こうして私たちは植物栄養剤の素材を求めて、高ランクの迷宮に行くことになったのである。



 3 迷宮に行く準備


 そもそも迷宮とは何なのか、それが問題だ。
 私がリビングに皆を集めてそう言うと、ナゼか全員に変な顔をされてしまった。
 顔ぶれはいつもの通り、オルト、メロウズ、フードを深く被ったヴィクター、蚊トンボにメル、グリースロウ、それに特別ゲストの勇者フェイルクラウトだ。
 目的の迷宮への出発は「吹き抜ける風」のメンバーの都合で三日後となった。それまで勇者はここに泊まるらしい。はっきり言って迷惑だが……仕方ない。
 とにかく、私は今さらながらに、迷宮とは何なのか詳しく知らないことに気づいて、皆に聞いてみようと思ったのだった。

「で、迷宮って何なの?」
「君はバカ……」

 最後まで言い終えることなく、勇者はグリーによって床に沈められた。一応死なない程度には力を抜いたようだ。
 手加減できるようになったなんて素晴らしい! 私の教育のたまものだろう。満足である。

「ちいと待ってや、お嬢。お嬢は迷宮【妖精の楽園】に来とったやないか。そん時に聞かんかったんか?」
「え……だって、あの時は癒し兼農園要員確保で頭が一杯で」

 つまりは迷宮の詳しいことなど二の次、三の次。ぶっちゃけ、どうでもよかったと。
 ゲーム中でも、迷宮が何なのかという説明は特になかった気がする。ゲームなんだし、迷宮とかダンジョンは当たり前にあるものだと思っていた。
 以前クリフに説明された時も、大して気にしていなかったので話半分にしか聞いていなかったし、迷宮都市ナセルに行った時も迷宮に用があったわけではなかったから、特に調べたりはしなかったのだ。興味のないことは、わりとどうでもいいのである。

「あ、そうなん」

 ゲーム云々は抜きにしてそう説明すると、口をポカンと開けて黙ってしまった蚊トンボ。
 最近、このくたびれたおっさん顔の妖精を少し見慣れてきてしまっている。どうしよう。いや、イラっとすることには変わりないんだけどね。
 ため息をつく私の横で、メロウズが実に愉快だ、と笑う。

「なかなかどうして面白い。迷宮に行くのに全く情報を集めなかったなんて。なあ、オルト。やはり主人を我に譲らぬか?」
「冗談はやめてください。それより迷宮というのは……」
「あれは神々の箱庭だ」

 笑い続けるメロウズをにらんで説明しようとしたオルトを遮り、突然真顔になったメロウズが言う。セリフを奪われたオルトは若干落ち込んでいる。

「箱庭?」
「本当のところ、詳しくはわかっておらん。迷宮を造ったのは古代の神々だとも、恐ろしいほどの力を持った異界からの来訪者だとも言われている。だが、造るところを見た者は一人としていない。古い迷宮は時々前触れもなく姿を消し、新しい迷宮もやはり突然姿を現す。だが、その理由も周期も不明だ。次にどの迷宮が消失するのか、誰にもわからない」

 そのため迷宮都市は移動都市とも呼ばれていると、メロウズが笑った。
 よく笑う竜である。笑いすぎて、顔の筋肉痛くないのかな?
 その豊かな表情筋、半分分けてもらえないだろうか、と思わず真剣に考えてしまった。

「都市が移動するの?」
「迷宮によって潤っている迷宮都市は、迷宮がなくなれば経済が立ち行かない。だから迷宮都市は、迷宮が一つもなくなった場合に備えて、新たに現れた迷宮の近くに都市ごと移動できる仕掛けを持っている。そのために迷宮都市だけは国に属しながらも自治権を認められているのだ。新たな迷宮が別の国であれば、さすがに諦めるしかないようだが」

 そう淡々と説明してくれたのは、早くも復活を遂げた勇者である。
 この復活力は勇者の保有スキルの効果だろうか。さすが勇者。あなどれない。

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