異世界とチートな農園主

浅野明

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1巻

1-3

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 ギルドに並ぶ商品のほとんどは、ゲーム内で序盤のフィールドに出てくる物だった。だが、ちらほら珍しい食材があり、時間も忘れて見入ってしまう。
 フェリクスの存在などすっかり頭から消え、夢中になっていると肩を叩かれた。
 振り向けば、生暖かい目をしたフェリクスの顔。
 やめて! その「まあ子供だから仕方ないよね。微笑ましいよ」みたいな視線は!
 これでも中身が大人な私には、「虫とりに夢中になる子供を温かく見守る大人」的視線には耐えられないの! や~め~て~。

「……ごめん」
「いいよ、うん、いいけどね。僕がいることも忘れないでくれるとうれしいかな」

 忘れていたことがばれていた。

「う……悪かった」

 とりあえず謝る。店に未練はあるが、そのうちじっくり見にこよう。
 それでも後ろ髪を引かれ、フェリクスを待たせることしばし。

「お待たせです」
「うん、待ったよ。合計で三時間は待った」
「ええと……ごめん」

 笑顔が怖いです。フェリクスの額に青筋が見えるのは、私の目の錯覚ではあるまい。

「まあいいよ。ちょうどお昼時だし、そこで昼食にしよう」

 フェリクスが指したのは、食材ギルドの奥にある休憩スペース。どうやら、食材ギルドには食堂が併設されているらしい。
 当然、私に異論があるはずもなく、素直に頷く。
 メニューには見たことのない食材を使った料理がたくさん載っていた。今回は、火鳥の照り焼き定食を頼む。
【セカンドライフ】には満腹度システムが導入されていたし、開発者のこだわりによって味覚の再現にもかなり力が入っていた。ダイエットはしたいけど美味おいしいものをたくさん食べたい、という女子に人気だったらしい。
 食堂で注文を済ませ、この後のことをフェリクスに話す。

「まだ時間があるなら、依頼を見てみたい」

 次は、この世界の常識を身につけなければならない。フェリクスから、ある程度必要な情報を仕入れたが、足りないところも多々あるだろう。
 だが、何が足りないのか。今の時点ではそれすらも分からない。
 それに食材や魔道具の価値なども把握しておく必要がある。
 さっきっと(三時間)見ただけでも、ゲームでは極簡単に手に入る物が意外な高値で売られていた。そうかと思えば、珍しい物が安価だったりしたのだ。
 そのあたりの価値の感覚を身につけておいたほうがいい。でないと、いつかとんでもない失敗をしそうな気がする。
 そして、それを把握するには依頼を受けるのが一番だと思ったのだ。
 依頼を一通りこなせば、大体の物の相場が分かるからね!

「そうだな。まあまだお昼だし、いいかもな。今日の残りの予定は、土地を見に行くだけだしね。リンは食材や薬草なんかにも詳しいようだから、採取系の依頼ならいいんじゃないかな?」

 フェリクスも、もしよさそうな依頼があったら受けてみるといい、と言ってくれたので、私は素直に頷く。
 ちなみに、今夜もフェリクスの屋敷にお泊りの予定だ。家が手に入るまでは、屋敷に泊めてくれると昨日夕食会の時にフェリクス父が言ってくれた。
 宿屋を探す必要がないので、そのぶん時間も自由になるし、知らない人と接触することも少なくなるのでとても助かる。
 そんなことを考えていると料理が運ばれてきたので、フェリクスとともに食事をとった。
 昼食を終え、早速依頼を見に行く。


 ・ネスロ魚の卵……報酬:一匹分で五〇〇〇クロム/推奨ランクF
 ・風切り鳥の羽……報酬:四枚で二〇〇〇クロム/推奨ランクG
 ・ホルト鳥の卵……報酬:三個六〇〇クロム/推奨ランクG
 ・おとり草の採取……報酬:十本で一五〇〇クロム/推奨ランクG
 ・チェチェ草の採取……報酬:十本で一〇〇〇クロム/推奨ランクH
 ・緑虫の粘液の採取……報酬:一匹分で一〇〇クロム/推奨ランクH


 以上がFからHランクの依頼だ。
 一番難度が高いのはネスロ魚だろうか。これはゲームでは迷宮にのみ出てくる魚で、私も初心者の頃に釣りに行ったことがある。
 ごく序盤の迷宮、それも一階層にある湖で釣れるのだが、その湖が安全地帯にあるわけではないので、モンスターをさばきながら釣りをしなくてはならなかった。
 そのせいで、そこそこレベルが必要なわりには報酬が安い、と不人気な依頼だった気がする。

「この中なら、チェチェ草だな。土地を見に行く途中に採取できそうな場所があるから、寄り道すればいいし、報酬も悪くない。採取場所はそこまで街から離れてないから、モンスターも滅多に出ない。どうかな」
「いいと思う」

 依頼票を一通り見ていたフェリクスの提案に、私は頷く。確かにざっと見た限り、他にこれといってよさそうなのがない。
 おとり草もチェチェ草も、草の採取という作業内容は同じだが、おとり草はほとんど陽の射さない森の奥にしか生えないのだ。断然、草原地帯で採取可能なチェチェ草のほうがよい。
 報酬は十本で一〇〇〇クロムと雀の涙ほどだが、そもそも報酬目当てでもないので問題ない。
 私は依頼票をはがし、受付のお姉さんに教えられた通り、依頼専用のカウンターまで持っていく。

「チェチェ草の採取ですね。これは百本まで依頼が出されていまして、十本単位で買い取ります」

 私のギルドカードを受け取り、カードと依頼票を重ねてかざした依頼受付のおじさんが、にこやかに教えてくれる。

「他にもう一組、同じ依頼を受けられた方がいらっしゃいます。報酬受取は早い者勝ちですので、ご了承ください」

 五分ほどで依頼票が消え失せ、カードだけになった。

「同じ依頼を二組が受けられるの?」

 ゲーム内でそんなシステムはなかった気がする。

「依頼にもよりますね。依頼票のこの部分」

 そう言っておじさんは、別の依頼票を取り出して右下の部分を示す。

「ここに青文字で、『1P』と書いてあります。これは請負可能人数を表していて、この依頼は一パーティー、もしくは個人で受付終了ということです」

 頷く私を見て、おじさんは説明を続ける。

「先ほどの依頼票には、もともとここに『2P』……つまり、二組が受けられると書いてありました。でも、先ほど持ってこられた時には、赤文字で『1P』と書いてあったはずです。赤文字は、すでに別のパーティーもこの依頼を請け負っている、という意味ですね。採取量が多かったり急ぎだったりすると、複数パーティーで早く完了させて欲しいと依頼されることもあるのです」
「へえ~」

 そういえば、赤い文字が書いてあったような? そんなに細かく見ていなかったので、首を傾げるしかない。とりあえず、依頼票もハイテク、ということは分かった。

「では、お気をつけて。依頼は三日以内に達成願います。もし達成不可となりますと、違約金として一万クロムいただきますのでご注意ください」
「分かった」

 私達はおじさんに礼を言うと、食材ギルドを出て街の南区に向かったのだった。



 7 理想の始まり


 街の南側の門を抜けて少し進むと、草原が広がっていた。
 チェチェ草の採取には特別な技術など必要ない。なのに依頼が出されているのは、チェチェ草がまばらに生えている上に特徴が少ないかららしい。つまり、採取に時間がかかるのだ。しかも、栽培するのは非常に困難。
 チェチェ草は精製すると甘味料になる。サトウキビのようなものだ。
 ただ、精製するのにも時間と手間がかかるため、甘味料は大量生産できず、チェチェ糖は一般市民にはなかなか手に入らない高級品なのだという。
 というわけで、採取の手間だけでも省くため、食材ギルドや冒険者ギルドには定期的に採取の依頼が寄せられるのだ。
 チェチェ草の採取は大した危険がないのと、他の採取依頼と同時に受けられるため、主に私のような未成年登録者が依頼を受けるようだ。

「さっそく探そうか」

 かがみ込んで採取しようとしたフェリクスを、彼の服の裾を引っ張って止める。

「リン?」

 いぶかしげに見てくるフェリクス。

「【採取】スキル使う」

 私が素敵な提案をしたというのに、なぜかフェリクスには不思議そうな顔をされた。
 便利スキルがあるのだから、使ったほうが効率もいいし簡単なのに。

「【採取】スキルって確か……レベルが上がると採取したい薬草とかが光って見えるっていう、あれだろ? 幼いのに、何でそんなにレベルが高いのか分からないけど……それがあるならリンはすぐに採取できるな」

【採取】スキルがないフェリクスは、「大した役には立たないけど、いないよりはましだろうから、やっぱり手伝うよ」とにこやかに付け加えた。
 本当にいい人だなあ、と思わずしみじみしてしまう。
 可愛い彼女ができるように、祈っていてあげよう……って違う!
 今はそんな話じゃなくて、スキルを使ってチェチェ草を採取しようってことだ。
 フェリクスにスキルがなくても問題ないと伝えなければ。

「スキルレベル、100以上ある」
「……100? 冗談だろ」

 フェリクスは口を半開きにして私を凝視している。
 やっぱり言わないほうがよかっただろうか?
 フェリクスとはこれからも付き合っていくつもりだから、ある程度は伝えておいたほうがいいと思ったのだが。
 不安に思ってフェリクスをちらりと見ると、私に対する嫌悪とか警戒とか疑念とか、そういったものはなさそうに見える。ただ純粋に驚いた、という感じだ。
 ほっとして、私は言葉を続ける。

「本当。だから大丈夫」
「大丈夫って言われても……」

 彼はきっと、採取系のスキルを持っていないから分からないのだろう。
 というより、この反応からすると、レベル100以上あると何ができるか一般に知られていないのかも。レベル100以上ある人は、滅多にいないのだろうか。
 それはさておき。百聞は一見に如かず、ということでやって見せたほうが早い。
 早速もらったばかりのギルドカードを使い、スキルスロットの入れ替えを念じてみると、できた。便利だわあ、これ。
【料理】スキルを外し、【採取】をセットして特技を発動させる。

「【パーティー採取:チェチェ草】」

 私の体が淡い赤色の光に包まれ、特技が発動した。そして、草原のあちこちで一斉に赤い光がまたたく。

「な……」

 フェリクスがきょうがくに目を見張る。

「何が起こった?」
「【採取】スキルは、レベルが100を超えると、【パーティー採取】っていう複数人で採取できる特技を覚えられるの。これを使うとフェリクスにも目的の草の在処ありかが光って見えるようになるから、楽」

 ぼっちの私は使ったことがない無用の特技であった。
 しかし、意外なところで役に立った。これで採取効率はぐっと上がるはずだ。

「いや、いやいや、そもそもレベル100とかどこの英雄だよ。いないから。それに、ないから。そこまで高レベルの【採取】の特技とか」
「やっぱりそうなのか」

【採取】や【伐採】といった所謂いわゆる生産に属するスキル。これらは上位派生のないスキルながら、わりと便利であるため、100レベルくらいまでなら上げているプレイヤーもいたのだ。
 一パーティーに一人くらいはいると便利なんですって。ま、私はパーティーなんて組んだことございませんけどもね。
 ちなみに、上位派生スキルは、複数のスキルを一定レベルまで上げると覚えられる。【剣術】系のスキルと【魔法】系のスキルをそれぞれ30まで上げると、【魔法剣】が使えるようになるとか、そういうやつね。
 だが、あくまでそれはゲームでの話。現実となると、確かにそこまで上げるのは難しいかもしれない。
【剣術】とかなら、傭兵や冒険者などをなりわいにしていれば比較的上がりやすいかもしれないが、【採取】スキルは上げにくそうだ。

「まあ、細かいことは気にしないってことで。とりあえず採取終わらせようよ」
「……そうだな。何かいちいち気にするのが馬鹿らしくなってきたよ」
「そうそう」

 肩をすくめて苦笑するフェリクスに私も頷く。
 彼は、じっと私を見ていたが、「詮索はしない」と初めに言ったことをできる限り守ろうとしてくれている。私に多少規格外なことがあったとしても、流してくれる度量の大きな人だ。きっと商人として大成するに違いない。
 ただし、他の人には決してスキルのレベルは知られるなよ、と釘は刺されたが。
 私たちは赤く発光する草を片端から摘んでいった。

「まさか、ほんの一時間程度でチェチェ草百本を集め終わるとはね」
「初めて使ったけど、人数がいる時にはなかなか使い勝手のい……」

 ふと、ある気配に気づく。

「リン?」

 途中で言葉を切って周囲を警戒する私に、フェリクスも何事かと周囲を見渡す。
 私は【索敵】のスキルは持っていないが、右手に装備している月のリングに、【索敵】【生物鑑定】の効果がついている。ダンジョン「神々の迷宮」の一つで手に入れた、神遺産級のアイテムだ。

「モンスターだ。まだ遠いけど。スケルトンだね。所有スキルは【不死】【剣術】【盾】【光弱体(微)】【闇耐性(微)】。うーん、ごく普通」

 月のリングは【索敵】の範囲内に入ると自動的に【生物鑑定】の効果も上乗せされ、種族から保有スキルまでバッチリ分かる優れモノだ。
 最もレア度の高い「神遺産級」の装備は便利すぎて、わりとバランスブレイカーになるものが多い。その分、入手難易度は半端なく高いが。

「スケルトンだって!? あり得ない!」
「この辺には出ない敵なの?」

 動揺していたフェリクスだったが、冷静な私の様子に即座に気持ちを立て直したようだ。
 子供の前で動揺している姿は見せられない、ということかもしれないが。たとえ虚勢だとしても、すぐにクールダウンできるのは凄いと思う。

「ああ。この辺には出てもせいぜい低級の魔物、スライムやゴブリンくらいだ。それだって森近くでなければほとんど現れない。王都の近くに頻繁に魔物が出たら安心して暮らせないから、定期的に騎士団が巡回して退治しているし。スケルトンはゴブリンより強い魔物で、奴らのような不死系の魔物は古戦場跡か墓地か迷宮くらいにしか出ないよ。この辺りだと東の草原の向こうの地下墳墓が一番近いけど……ともかく、スケルトンなんてしょっちゅう出てきたら、冒険者か傭兵くらいしか王都の外に出られないさ」

 それもそうだ。
 私が納得していると、フェリクスは眉間にシワを寄せて逃げきれるだろうかと呟いた。
 なぜ逃げる必要があるのだろう。

「一体だけだし、倒せばいい」

 さらりと言ったのだが、フェリクスにぜんとされてしまった。

「スケルトンだって言ったよな」
「そう、近づいて来てるね」
「倒すって」
「大丈夫。来たよ」

 視認できる距離まで迫って来たスケルトンに、私はかんはつれず、【光魔法:浄化】を発動させる。
 スキル【光の才能】を持っていれば、光魔法が使える。私の【光の才能】のレベルは低く、八級の魔法までしか使えないが、それでもただのスケルトンくらいなら余裕だ。
 初心者から中級者に差し掛かった頃の経験値稼ぎに適当なスケルトン程度なら、九級の【浄化】で十分倒せるだろう。
【浄化】の光に包まれたスケルトンは、案の定一発で灰になる。
 横を見ると、フェリクスが口をぽかんと開けてほうけていた。

「どうしたの」
「今の光魔法か」
「うん」
「はあ、本当に非常識だな」

 ため息をつかれてしまった。
 フェリクスいわく、九級光魔法の【浄化】など、高位の神官か聖女くらいしか使えないという。
 魔法は、一番強力な超級から、特級、一級と続き、十三級が初歩魔法だ。
 他のほのおや水などの系統の魔法も、一般的な冒険者や魔術師が使えるのはせいぜい十級まで。
 八級以上が使える魔術師は数えるほどで、大抵はAランク以上の冒険者か国のお抱え魔術師だという。
 それを聞いて私は少し考えた。
 この世界では、思ったよりも全面的にスキルレベルが低いようだ。
 まさか【浄化】でここまで驚かれるとは。ゲームでは、クエストで必要になるため八割くらいのプレイヤーが習得していたほどメジャーな魔法だったのに。
 もしかすると、超級魔法もいくつか使えるなんてことは言わないほうがいいかも。
 しかし超級魔法のことを口にするまでもなく、スキルと魔法についてフェリクスに懇々こんこんと諭されました。
 草原に正座で一時間だよ。あんたはおかんか!


   ◆ ◆ ◆


 なぜかすっきり清々すがすがしい顔のフェリクスと、主に精神面でぼろぼろになった私はようやく目的の土地にたどり着いた。
 ここで断言しておこう。
 私は別に、冒険者として依頼をこなしまくって名をあげたいわけでも、魔物と戦いたいわけでもない。
 ただただ野菜や果物を作り、家畜を育てたい。それだけなのだ。
 そして今、目の前には理想の土地が広がっている。
 栄養たっぷりの肥えた土。家だけでなく、畑に家畜小屋、池までできそうなほどの満足いく広さの土地。

「ゆ、夢だ! 夢が現実になったんだ」

 感動のあまり、踊りだしそうなほど嬉しい。
 六年前のあの時、本当は田舎に行って農業したかった。
 諸々の事情でそれはかなわなかったが、ついに私はこれから理想の生活を手に入れるのだと実感したのだった。



 8 お勉強なさいませ


 土地を見に行ってから、早二週間が過ぎた。
 一体この二週間何をしていたのか?
 土地を購入した? 否。
 家を建てた? 否
 農業? いや、全く。
 では何をしていたのかというと、ただひたすらに勉強して、依頼をこなしていました。
 一体なぜこんなことになったのか――


   ◆ ◆ ◆


 土地を見に行ったあの日。

『チェチェ草を食材ギルドに納品するにはあまりにも早すぎる』

 フェリクスに懇々こんこんと説教されてそう告げられた私は、他の冒険者やギルドに変に目をつけられても面倒なので、次の日の夕方に納品しに行くことにした。
 その日はそのまま屋敷に帰り、フェリクスとその姉ルイセリゼと一緒にソファでくつろいで、たわいもない話をしていた。すると、ルイセリゼが突然叫び出したのだ。

「ダメですわ! 貴女あなた、常識がないにもほどがありますわ!」
「は? えっと……」

 隣を見ると、フェリクスも呆気にとられている。

「フェリクス、貴方あなたも何をしていたのです? 知識とは財産ですのよ。リンのように自分の力で生きていきたいというのならば、なおさら知識が必要なのです。特に常識はなくてはならないものですわ。だというのに、貴方あなたは何も考えていないのですか。聞けば、早速土地を手に入れて農業をするとか。ですが、その前にしなければならないことがあるのではなくて? 思いつきすらしなかったのですか? まったく、我が弟だというのになんと気の利かない。情けないこと」
「は、いえ、申し訳ありません」

 立て板に水のごとく、流れるように言葉を紡ぐルイセリゼに、フェリクスはなぜか平謝りしている。
 ルイセリゼも、フェリクス同様に私の能力の異常性を深く聞いてはこない。
「可愛いは人類の財産ですわ!」とかわけの分からないことを叫んでいたが、少なくとも私を気に入ってくれているのは確かだ。
 そんな彼女は、私の常識のなさが気になって仕方ないらしい。

「よろしいですわ。リンには家庭教師をつけましょう」
「家庭教師?」

 いい思いつきだと一人頷くルイセリゼに、私は首を傾げる。
 私はこの世界に来て一週間にもならないので、常識がないという自覚はある。当然といえば当然だ。
 とはいえ、自分の異常性を隠して普通に生活をするには、このままではマズイという危機感もあった。
 実際、ここはゲームに似た世界であっても、ゲームとは違うということは食材ギルドに行ったときに痛感した。
 ゲーム内で見かけた食材もあったが、ごく普通に流通していた食材や種がなかったり、逆に見たことも聞いたこともないようなものが並んでいたり。
 それに、ちらっと見たEランク以上の依頼票には、やはり聞いたことのない食材が多々あった。
 これから農業を始めるにしても、まずはこの世界にどんな食材があるのか知る必要があるだろう。

「そうですわ。こうしてはいられません、早速クリフに連絡しなくては」

 ルイセリゼは、私やフェリクスのことなど意に介さず、優雅に立ち上がる。と思ったら、さっさと部屋を出ていってしまった。

「……フェリクス?」
「すまない、姉は思い立ったらすぐ行動の人なんだ。でも確かに勉強するのはいいと思うよ」
「うん、まあ、それは助かるけど。自分でも必要だと思ってたし。ところで、クリフって誰?」
「クリフ・エスタージャは姉さんの婚約者だよ。Bランクの冒険者で、パーティー『はみ出し者たち』のリーダー。腕は確かだし、人柄も保証するよ。冒険者だから色々詳しいし、案外適任かもな。僕が教えてあげられるとよかったけど、明日からは店に出ないといけないし」

 残念そうに言うフェリクス。彼が人柄を保証すると言うなら、きっとクリフはいい人なのだろう。

「そう、分かった」

 未だ人に慣れない私は、ライセリュート家の面々と話をするだけでも疲れてしまう。
 あまり新しい人に積極的に会いたいとは思わないのだが、それでもこの世界で暮らしていくなら勉強しなければならない。
 私は素直に頷いた。


   ◆ ◆ ◆


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