白と黒

るい

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 緊張した雰囲気が漂う部屋には正装で着飾った七人が座っていた。上座にはなんとも貫禄のあるこの国の王がおり、その者の左手側には王子シルファと元老二人が、そして向かって右側には雪のように白い髪を持つこの国の公爵兼騎士ヴェルトと別の爵位持ち二人が座っていた。

「さて、今日集まったのは隣国の争いの兆しについて皆に意見を聞かせてもらおうと思った次第」

 シルファが通る声でその内容を言うがその事に驚く者はおらず皆知っているようだった。そしてそれすらも分かっていたかのようにシルファがまた口を開く。

「まず、私から意見をします。今回の件は丁度いいものではないかと私は思っております。今作は彼方が不況と聞く中でのこの流れ、こちらは万全の状態で迎える事が出来るでしょう」

 シルファは迎え撃とうという意見のようだったが隣に控える元老が「彼方には黒騎士がいたはずでは?」と口を挟んだ。しかしそれに対して返したのはヴェルトであった。

「黒騎士なら問題ないでしょう。彼方が勝手に潰してくれるのを待つかこちらも加勢したら簡単に終わりでしょうから」

 ヴェルトは目を伏せて話したが一拍置くとその元老を見やり、続けた。

「しかしそれでも心配なら私が向かいましょうか?」

 なんとも簡潔的かつ挑発的に言い終えるとそのまま自分の意見はシルファと一緒だという態度で傍観の姿勢をとる。その後は皆、シルファに賛成するというつまらない流れでそのまま解散となった。しかし部屋にはそのまま座るヴェルトとシルファの姿があり、シルファは窓の外を見ながら独り言のように語る。

「黒騎士と白騎士がとうとう一戦交えるかと思えば内輪で落ちるとは、残念だ」

 それに対してヴェルトが視線のみシルファに向け、今知ったような口調で合いの手を入れた。

「それほどに王子が期待していたとは初耳ですね」
「なに、こちら側の者は皆どちらが首を取るか気になるところだったろうに。しかし白騎士であるお前は黒騎士と戦わずして勝利を得る事に安心か?」
「いいえ、私も彼と戦ってみたかったですよ。しかし内輪で終わるようなら私は手出しが出来ませんからね、いっそ攫いでもしますか」
「ハハ、それは面白そうだ」

 シルファは結局、何が言いたかったのかは分からないがそう言うと部屋を後にする。一方、ヴェルトは相変わらずそこから動こうとはしなかった。しかし胸元を一度服の上から撫でると俯き目を閉じ、そして彼の口が弧を描く。

「やっとこの花を返す時か……」

 彼の呟くその声色はなんとも複雑な感情が入り混じるものだったがそれを問う者はそこにはいなかった。
 
 あれから日も傾き辺りが夜の顔に移り変わる頃、ヴェルトの部下は彼が今いるであろう訓練所に足を運んでいた。

「ヴェルト様、鍛錬の中、失礼ですが少しよろしいでしょうか」

 部下である青年はやはり訓練所にいたヴェルトを見つけると美しい所作で彼に声を掛ける。一方でヴェルトは青年の気配に気付いているにもかかわらず振り向かず無表情で手に握る剣を数回振り、最後は華麗に剣を舞わせ鞘に戻した。そしてやっと青年へ向き直る時、彼の顔は少し機嫌が悪そうだったが返事をする為に口を開く。

「ああ、この時は外せと教えたはずだが来たんだ、余程のことなんだろう?」
「大変申し訳ありません。あまり時間のない用件だったため」
「まあいい、それで用件は?」
「はい、それが今日の夜会に急遽ヴェルト様を呼ぶよう私に知らせが来まして、その報告を」
「……分かった、向かうと返しておいてくれ。私は準備に一度戻る」
「承知しました」

 ヴェルトの返事に青年は一礼すると急ぎめで去っていくが反対にヴェルトはゆったりとした速度で彼はどこかへ向かった。
 

 辺りは騒然としていた、それは何故か簡単である。この国の白騎士と呼ばれるヴェルトが突然厩舎に現れたのだ。そして皆、誰が彼の相手をするか言葉にはせず視線のみで押し付けあっていたが一人の勇気ある女性が前にでると彼に一礼した。

「これは白騎士様、遅い中ご苦労様です」

 ヴェルトは声をかけてきた女性に目を向けると近づくので様子を伺う周りはなんだなんだと思い思いに盛り上がっていた。

「そちらもご苦労。それで、突然で悪いが馬を一頭借りたい、至急屋敷に戻る必要がある」
「かしこまりました。すぐに用意致します」

 彼女はヴェルトの要望を聞くと近くにいた少年に声をかけ鞍を持ってくるよう命じ、彼女は馬を連れてくるためか彼のもとを離れる。ヴェルトはそれをさも当たり前のように待っていたがまだ彼を伺う者達に冷ややかな視線を一度だけ送り、それを受けた者達は蜘蛛の子散らすようにいなくなった。
 それから少し経った頃、先程の彼女が鞍をつけた白馬を連れて戻ってきたのにヴェルトは気づく。

「お待たせ致しました。白毛のティリーです。大人しいですが速さは保証します」
 
 彼女の説明通り、とても優しそうな瞳でヴェルトを見つめていたので彼もそれに合わせそっと馬の顔に触れる。

「ティリー、よろしく頼む」

 その場を切り取れば名画のように美しい様だがすぐにヴェルトは彼女にお礼を言い軽やかに馬に跨る。そして馬を走らすと城を後にするため城門に向かってしまう。
 そんな中、この一連の騒動に関わった彼女は周りからよくやったと勇者だと褒められていたが彼女自身は緊張しすぎて記憶が曖昧だとヴェルトを乗せたティリーに話しかけているのが目撃されたとか。


 馬で駆けてくる白騎士に城門もまた同じように騒がしかったがヴェルトは気にせず門を抜け自分の屋敷まで騎士に恥じない走りで向かう。辺りはもう暗く住宅街のためか人はおらず街の方では騒ぎにならなかったが数少ない目撃者は皆、夢でも見たのだろうという考えになる程さまになった姿だった。
 こうしてヴェルトが屋敷に着いた頃、突然屋敷の主人が帰還するので彼に雇われていた使用人達は慌てていた。しかし肝心の彼はそのまま馬を労い降りると近くの者に手綱を渡し、すぐに屋敷へ入って行く。

「おかえりなさいませ、ご主人様。今日は随分とお早いですが何かありましたでしょうか?」

 屋敷に入ってすぐブロンドが美しい女性がヴェルトを迎える。

「ああ、急遽夜会へ呼ばれた。用意を頼む」
「承知しました……」

 ヴェルトが悪びれずに言う内容に彼女は急にそんな事を言ってくるなといった顔でしぶしぶ了承すると指示を出す。

「馬車を用意して下さい。後、予備の正装を部屋に。それからご主人様の借りた馬は休ませるよう」

 てきぱきと指示を出す彼女にならい周りも動き出すが肝心のヴェルトはここまで来る時の急ぎはなりを潜め、部屋のある二階へ続く階段をのんびり上っていた。

「ご主人様、時間は刻々と迫っています。開催時間が変わらずのままならですが」
「そうだな。だが今回の夜会はどうも私に遅刻をしてこいと言っているようなんだ」
「そうですか。でしたらどうぞごゆっくり、私はお先に部屋でお待ちしておりますので」

 階段で器用に礼をして二階に消える彼女を見送るヴェルトだったが実は彼なりに準備で迷惑をかける屋敷の者には早く知らせてあげようとこうして馬を走らせてまで来たのだったがその意図に気づいている者はこの屋敷にいたのか謎であった。

 その後ヴェルトも結局すぐに部屋に入り、夜会に着ていくものを数人で着せてもらう。いつもはおろしている前髪も上げてオールバックにし、最後に装飾品のピアスやリングなどをつけていく。彼はこういった衣装にはもう慣れているので新鮮味もなくただただ鏡にうつる自分の深い青の瞳を見つめ終わるのを待った。

「お疲れ様でした。もうすぐさま出発なさいますか?」
「そうだな、ちょうどいい時間だろう」

 こういった衣装は大変着るのに時間がかかるのであれからだいぶ時間が経っていて部屋の時計を見るにはもう夜会は始まる寸前の時間だった。

「ルルーナ達には迷惑をかけた。ゆっくり休むといい、私はまた夜中に戻る」
「はい、お気をつけて」

 そして馬車に乗り込むため部屋を出て、使用人全員に見送られながら屋敷を後にする。
 馬車は程よい速さで夜会が開かれる城に向かうがヴェルトは一人になった馬車の中で外を眺める。しかし実際、彼は眺めているようで頭の中で今回の事を整理していた。そもそも今回の夜会をヴェルトは断っており、それを当日のギリギリに部下にやはり出席するよう知らせるという不可解な流れがあった。何か彼が必要な理由があり、加えて遅刻で注目浴びなければいけない訳があるのだが今のところ彼には確信できるものが浮かばないでいた。

「そういえばロワエラの元老が来ていたな……」

 思い出したようにこぼすと再び思考の間にヴェルトは入る。

「……なるほど、確かに私がいるはずだ」

 ヴェルトは今回の理由が分かり、一人笑みをこぼした。

「演じてあげるさ、皆の求める白騎士とやらを……」

 そう小さく呟く彼は、それから流れる景色を到着するまで眺め続けた。

 あれから漸く馬車が目的地に着くと扉が開けられヴェルトは礼を言って会場に向かう。もちろん遅刻しているので彼と一緒に向かう者はおらず一人コツリコツリと彼の革靴が音を響かすだけであった。そしてとうとう扉の前に来ると中には沢山の人がいる気配があり、楽器による演奏も聞こえてきた。扉の横にいる使用人は彼に気づいたのか扉を開けようとするのでヴェルトは視線を前に向けた。
 外の暗さから豪華絢爛な部屋の眩しさに少し目を細めるがやはり皆、突然の参加者に目を向けるようで一斉にヴェルトを見る。すぐにヴェルトは流れるような所作で礼をし、美しい笑みの顔をあげた。それからは呆気なく皆は遅刻したはずの彼を非難する事なく頬を染めて迎え入れる。

「突然の呼び出しに答えて頂き、感謝します」
「お気になさらず。私が必要ならばいつでもお呼び下さい、シルファ王子」

 すぐに声をかけてきたのはシルファで公務用のねこをかぶってお前を呼んだのは私だと白状してきた。予想はついていたのでヴェルトは当たり障りなく返すとやはりロワエラの元老がいる輪に連れて行かれる。

「カシエテ様、こちらが我が国を支える白騎士です。どうでしょうか黒騎士と比較して」

 カシエテと呼ばれる元老にシルファは見せびらかすようにヴェルトを前に出すので最上級に良い微笑を顔にのせ、元老の値踏みするかのような視線に耐える。

「なかなかそちらも素晴らしいな。此方の黒騎士と並べたら映えるだろう」
「それはそれは」
「しかし白騎士の活躍はあまりロワエラまで届かぬが技量は如何程に?」
 
 元老の言葉に周りが一斉に静かになる。ヴェルトは笑みの下でまたも予想通りに進む事にいっそここは舞台の上ではないのかと思うほどだった。しかしヴェルトを見て問われたからには黙っているわけにもいかず、ヴェルトは口を開く。

「黒騎士様のご活躍、私も聞き及んでおります。私も見習い日々励んでおりますがまだまだ遠いようですね」
「そうだな。白騎士ではなく赤騎士にならぬよう精進するのだな」

 面と向かってやられて血だるまにならないようになと侮辱を言われたヴェルトだが美しい微笑みで返す。

「それは面白いですね。しかしそうならぬよう肝に銘じておきます」
 
 この元老は下に出れば勝手に調子に乗るので扱いやすく、シルファの望む流れに出来ただろうと会話を譲るため、にこりとシルファに再び微笑んでおいた。するとやはり合っていたようですぐに会話の主導権をシルファはずらした。ヴェルトはそんな二人を眺めていたが元老の周りにいた者から声を掛けられた。

「白騎士様、先程の発言は申し訳ありません。なにせカシエテ様は黒騎士様を気に入っておられますので……」

 流石にまずいと思ったのか本人に代わって謝罪してきた事にヴェルトは内心呆れながらも表情は人の良さそうなままで気にしていない事を伝える。それに相手は安心したのか新たな話題を振ってくるが拒む理由もないため話に乗る。

「噂では聞いておりましたが本当にお美しいですね。まるで対の如く白い」
「ありがとうございます。対は黒騎士様のことですか?」
「ああ、はい! 良く言われるのでしょうか?」
「まあ、対として比較されますので……」
「そ、そうでしたか。申し訳ありません」

 なんとも申し訳なさそうにする相手にヴェルトは苦笑いになるもいつもの事なので心は無だった。実際に試したこともないがあまり情報のない白騎士に対して情報の豊富な黒騎士の方が強いなどと周りは思っているようでよく下にされるのである。しかし間近で白騎士を知る者はその話には難色を示しどちらかは決めかねるようだった。

「気にしないで下さい。私も気負わせるような返答を選んでしまってすみません」
「い、いえ。しかし噂もすべては当てになりませんね。白騎士様はとても冷酷と聞いていましたので恐ろしい方だと思っておりました」
「そんな噂が……」
「はい、なので白騎士様が会場に入ってこられた時はとても驚きました。想像と違い」

 その噂はヴェルトの部下などが聞けば合ってると肯定しただろうがこの場には事を上手く運びたい者しかいないため訂正せず、このままその噂は違うとロワエラに流されるだろうとヴェルトは確信した。結局、今回呼ばれたのは白騎士のイメージを誤解させるためなのだろうとヴェルトは予想していたが正解の行動をとれているようだった。遅刻のお陰で強制的に視界に入るのも話を聞く限り上手くいっているようで安心する。

「そうでしたか。なら私の想像する黒騎士様も違っているかもしれませんね」
「そうですか? 黒騎士様は概ね噂通りのように我々は思っていますが」
「強くて優しい騎士ですか?」
「はい! そうです、大丈夫ですよ白騎士様の想像は合っています」
「それはよかったです」

 それから何事もなく夜会は終わり解散となった。しかし、シルファに少し残っているように言われ片付けの進む会場に一人待っていると見送りの終わったシルファが戻ってきた。そして空き部屋に促されるので黙ってついていき部屋に入るとシルファが振り返る。

「期待通りの演技だった、白騎士はやめて役者になったらどうだ」
「それは考えておきます」
「ハハ、それにしてもあれほど言われてよく手が出なかったな。いつもなら確実に出ているか嫌味で返すお前が」
「あれは予想していましたし、むしろ扱いやすかったのでなんとも思いませんでしたよ」
「確かにそれには同意するな。まあ、よくやった、無事にお前はロワエラでは人畜無害で優しそうな白騎士だ」

 シルファは満足のいく流れになった事にとても気分がいいようだった。しかしヴェルトとしてはきちんと計画を教えておいてほしいもので大変面倒くさい夜会だったなと感想を抱いてしまった。

「それにしても何故こちらは冷酷で彼方は優しいになるのか。お前、実は対を楽しんでいないか?」
「私はこれでも優しいつもりですがね」
「それは恐ろしい事実を聞いた。しかしあの様子だとすぐ仕掛けるだろう、準備しておけ」
「承知しました」
 


 
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