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第1章
悪役令嬢は婚約破棄される。
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プスップスッと、頭から音がしているかのようだった。茹った頭は、既に思考を止めてしまっている。小さな机に付随しているらしい椅子に座り、最初は姿勢よく読んでいたエリザベスだったが、最後のページを読み終えた時には机に突っ伏していた。
(これは、拷問か。)
皇太子妃教育の一環として、閨の教育が無かったわけではないが、それだってここまで具体的だったことはない。最終的には、「何事にも恐れず皇太子殿下にお任せすること」と言われて終了したようなものだった。
顔が真っ赤になっているのが、鏡を見ないでもわかる。なんなら首筋まで真っ赤になっているのではなかろうかと、エリザベスは髪が短くなったせいで涼しくなった首元をさする。
エリザベスが本を読んでいる間、先ほどエリザベスが目を覚ましたベッドの上で壁に寄りかかって似たような書物を読んでいた友梨が、エリザベスが読み終えたことに気が付いて顔を上げた。
「どう? 面白かったでしょ?」
非常に楽し気な表情に、思わずぎろりと睨んでしまう。しかし、きっとその目は涙目だ。しかも、中身は妹と自分の婚約者の恋愛模様だ。誰が、そんな二人の逢瀬を見て喜ぶだろうか。
「おも、おもしろくなんかありません! こ、こんな、卑猥な!」
「卑猥? 題名の割に、全然エッチじゃ無い方だよ。これ。」
そう言って、友梨はベッドの上で胡坐をかいた。女性としてはあるまじき座り方ではあるが、もしかしたら文化の違いもあるのかもと、エリザベスは喉まで出かけた言葉をぐっと飲み込んだ。
「で? その本に出て来るエリザベスが、エリザベスってことで良いの?」
友梨の質問に、エリザベスがみるみる肩を落とす。そうなのだ。この小説に出て来る主人公の少女に、厳しく当たる姉エリザベス。その状況、その台詞を見る限り、それが自分であると気が付いたのは小説でもかなり序章の方だった。
「ええ、納得いかない部分は多々ありますけれども、概ねそのようですわ。」
項垂れたままそう答えれば、「やっぱりね!」と、友梨の嬉しそうな声がした。エリザベスにとっては全く嬉しくないものではあったが、友梨の笑顔に彼女が喜んでいるらしいことがわかり、少し泣きそうになりながら笑い返した。その内容は、エリザベスがさも意地の悪い人物の様に書かれていたはずなのに、友梨は自分のことをどうやらそう見ていないらしいということにホッとしたのだ。
「で? エリザベスはどの辺でこっち来たの? 学園入学の頃? 婚約破棄されるところ?」
前のめりで聞いてくる友梨の嬉しそう顏が憎めず、思わず困ったように笑ってしまう。しかも、私の未来を読んでしまったかのような今の状況である。なんとも不思議な感覚ではあるが、どうやら私は「助かったらしい」ということに安堵もしていた。この小説の内容が私にこれから起こる未来であったなら、これから起こる不幸な未来から逃げることができたかのような、そんな今の状況にじわじわと感動すら覚えた。
「婚約破棄されたところ、だったと思います。」
小説は、主人公がその姉に叩かれるところから始まる。その姉は、後に皇太子妃となることが約束された女性であった。普段から厳しく主人公にあたる、姉——エリザベス。
両親は、皇太子妃となる姉にばかりにかかりきりで、妹である主人公にはおざなりな対応しかしてくれない。家の中で唯一まともに話してくれる存在は姉だけであり、彼女は優しくはあったが、かなり厳しい人でもあった。
姉の名前は、エリザベス・ヴァリエール。
そして、主人公の名前はマーガレット・ヴァリエール。
まさに、エリザベスの妹マーガレットと同じ名前であり、話の中で描かれている邸宅は、我が家を見てきたのかというほどに詳細に、そして正しく描かれていた。
「じゃあ、お姉ちゃんは、転生した瞬間に婚約破棄か。うはぁ、まじでか。まあ、喜んで!とか言っちゃってそうだけど。」
そう言って、友梨はハハッと笑った。どうやら、エリザベスのこの身体の本来の持ち主である姉を心配しているといったことは、全く無いようだ。
小説の中では、エリザベスが先ほどまで見ていた「悪夢だと思っていたもの」が、全く違う視点で描かれていた。エリザベスはまだ混乱していはいたが、それでも自分以外の人間から見たエリザベス・ヴァリエールという存在が、自分が想像していたのとは全く違った印象であることに驚いていた。
皇太子妃、後は国母としてあるために、それは当たり前だと思っていたのに、どうやら他の人には冷酷で誰にでも厳しい、そんな人間に思われていたようだ。
(だって、そうあれと教わったのに。)
なんだか、泣きたい気持ちだった。そんな気持ちになるのは、いつぶりだろうか。厳しい皇太子妃教育の中で何度か泣いたこともあったけれど、それすらも良くないことだと教わってきた。それなのに。
「で? どう思った? マーガレットちゃんと皇太子の愛ってやつ。」
殿下に対して恐れ多くも!と思ってしまったのは、これまでに教え込まれた教育の賜物だ。しかし、この世界ではそんなものは必要の無いものだということも、エリザベスにももう薄々わかってきてはいた。
一度、溜息をついて、その「愛」とやらを考える。
全てが姉を中心にまわる家。家令も侍女も、皆エリザベスに気を遣い、家の中はマーガレットにとって、心休まる場所ではなかった。そんな主人公にある時、違う世界の女子高生(これがJKなのね!と気が付いたその瞬間だけはテンションがあがった。)の記憶、つまり前世の記憶が流れ込む。そして、彼女はもう一人の自分、真子の記憶に後押しされながら、皇太子との愛を育んでいくのだ。
「私が思っていたものとは、全く違うものでしたわ。」
自分の婚約者にもたれかかるようにして腕をからめていた妹、マーガレット。恥ずかしそうな初心な笑顔を自分の婚約者に向け、エリザベスに対して困ったような視線を向けていたその口元には、侮蔑の笑みがのっていたように見えた。でも、本当にそうだったのだろうか。皇太子妃の座を奪われそうになって、そう見えただけでは無かったか?
マーガレットのためを思って、日々厳しくあたっていたはずだったが。才能のある姉というコンプレックスを抱えた彼女にとっては、常にその差を感じさせる辛いものでしか無かったのだとしたら。それに気づくことも無かった自分が、ひどく情けないもののように思えた。
「なんだか、私がしてきたことは全て無駄だったのではないかと、そう思ってしまいます。」
そういった途端、エリザベスの口からいよいよ大きな溜息が出た。
(これは、拷問か。)
皇太子妃教育の一環として、閨の教育が無かったわけではないが、それだってここまで具体的だったことはない。最終的には、「何事にも恐れず皇太子殿下にお任せすること」と言われて終了したようなものだった。
顔が真っ赤になっているのが、鏡を見ないでもわかる。なんなら首筋まで真っ赤になっているのではなかろうかと、エリザベスは髪が短くなったせいで涼しくなった首元をさする。
エリザベスが本を読んでいる間、先ほどエリザベスが目を覚ましたベッドの上で壁に寄りかかって似たような書物を読んでいた友梨が、エリザベスが読み終えたことに気が付いて顔を上げた。
「どう? 面白かったでしょ?」
非常に楽し気な表情に、思わずぎろりと睨んでしまう。しかし、きっとその目は涙目だ。しかも、中身は妹と自分の婚約者の恋愛模様だ。誰が、そんな二人の逢瀬を見て喜ぶだろうか。
「おも、おもしろくなんかありません! こ、こんな、卑猥な!」
「卑猥? 題名の割に、全然エッチじゃ無い方だよ。これ。」
そう言って、友梨はベッドの上で胡坐をかいた。女性としてはあるまじき座り方ではあるが、もしかしたら文化の違いもあるのかもと、エリザベスは喉まで出かけた言葉をぐっと飲み込んだ。
「で? その本に出て来るエリザベスが、エリザベスってことで良いの?」
友梨の質問に、エリザベスがみるみる肩を落とす。そうなのだ。この小説に出て来る主人公の少女に、厳しく当たる姉エリザベス。その状況、その台詞を見る限り、それが自分であると気が付いたのは小説でもかなり序章の方だった。
「ええ、納得いかない部分は多々ありますけれども、概ねそのようですわ。」
項垂れたままそう答えれば、「やっぱりね!」と、友梨の嬉しそうな声がした。エリザベスにとっては全く嬉しくないものではあったが、友梨の笑顔に彼女が喜んでいるらしいことがわかり、少し泣きそうになりながら笑い返した。その内容は、エリザベスがさも意地の悪い人物の様に書かれていたはずなのに、友梨は自分のことをどうやらそう見ていないらしいということにホッとしたのだ。
「で? エリザベスはどの辺でこっち来たの? 学園入学の頃? 婚約破棄されるところ?」
前のめりで聞いてくる友梨の嬉しそう顏が憎めず、思わず困ったように笑ってしまう。しかも、私の未来を読んでしまったかのような今の状況である。なんとも不思議な感覚ではあるが、どうやら私は「助かったらしい」ということに安堵もしていた。この小説の内容が私にこれから起こる未来であったなら、これから起こる不幸な未来から逃げることができたかのような、そんな今の状況にじわじわと感動すら覚えた。
「婚約破棄されたところ、だったと思います。」
小説は、主人公がその姉に叩かれるところから始まる。その姉は、後に皇太子妃となることが約束された女性であった。普段から厳しく主人公にあたる、姉——エリザベス。
両親は、皇太子妃となる姉にばかりにかかりきりで、妹である主人公にはおざなりな対応しかしてくれない。家の中で唯一まともに話してくれる存在は姉だけであり、彼女は優しくはあったが、かなり厳しい人でもあった。
姉の名前は、エリザベス・ヴァリエール。
そして、主人公の名前はマーガレット・ヴァリエール。
まさに、エリザベスの妹マーガレットと同じ名前であり、話の中で描かれている邸宅は、我が家を見てきたのかというほどに詳細に、そして正しく描かれていた。
「じゃあ、お姉ちゃんは、転生した瞬間に婚約破棄か。うはぁ、まじでか。まあ、喜んで!とか言っちゃってそうだけど。」
そう言って、友梨はハハッと笑った。どうやら、エリザベスのこの身体の本来の持ち主である姉を心配しているといったことは、全く無いようだ。
小説の中では、エリザベスが先ほどまで見ていた「悪夢だと思っていたもの」が、全く違う視点で描かれていた。エリザベスはまだ混乱していはいたが、それでも自分以外の人間から見たエリザベス・ヴァリエールという存在が、自分が想像していたのとは全く違った印象であることに驚いていた。
皇太子妃、後は国母としてあるために、それは当たり前だと思っていたのに、どうやら他の人には冷酷で誰にでも厳しい、そんな人間に思われていたようだ。
(だって、そうあれと教わったのに。)
なんだか、泣きたい気持ちだった。そんな気持ちになるのは、いつぶりだろうか。厳しい皇太子妃教育の中で何度か泣いたこともあったけれど、それすらも良くないことだと教わってきた。それなのに。
「で? どう思った? マーガレットちゃんと皇太子の愛ってやつ。」
殿下に対して恐れ多くも!と思ってしまったのは、これまでに教え込まれた教育の賜物だ。しかし、この世界ではそんなものは必要の無いものだということも、エリザベスにももう薄々わかってきてはいた。
一度、溜息をついて、その「愛」とやらを考える。
全てが姉を中心にまわる家。家令も侍女も、皆エリザベスに気を遣い、家の中はマーガレットにとって、心休まる場所ではなかった。そんな主人公にある時、違う世界の女子高生(これがJKなのね!と気が付いたその瞬間だけはテンションがあがった。)の記憶、つまり前世の記憶が流れ込む。そして、彼女はもう一人の自分、真子の記憶に後押しされながら、皇太子との愛を育んでいくのだ。
「私が思っていたものとは、全く違うものでしたわ。」
自分の婚約者にもたれかかるようにして腕をからめていた妹、マーガレット。恥ずかしそうな初心な笑顔を自分の婚約者に向け、エリザベスに対して困ったような視線を向けていたその口元には、侮蔑の笑みがのっていたように見えた。でも、本当にそうだったのだろうか。皇太子妃の座を奪われそうになって、そう見えただけでは無かったか?
マーガレットのためを思って、日々厳しくあたっていたはずだったが。才能のある姉というコンプレックスを抱えた彼女にとっては、常にその差を感じさせる辛いものでしか無かったのだとしたら。それに気づくことも無かった自分が、ひどく情けないもののように思えた。
「なんだか、私がしてきたことは全て無駄だったのではないかと、そう思ってしまいます。」
そういった途端、エリザベスの口からいよいよ大きな溜息が出た。
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