3 / 15
第1章
悪役令嬢は転生したことを知る。
しおりを挟む
少年に手を引かれ、エリザベスがまずされたことは、先ほど壮年の女性が出て来た部屋に連れて行かれて、鏡を見せられたことだった。
人が数名しか入れないような狭い部屋に、鏡と流しのような場所がある。しかし、そこに入った瞬間に気が付いた。
(顔が。私の、顔が。)
あまりの驚きに、エリザベスは鏡に近づく事さえできなかった。鏡の中には、漆黒の色を纏った少女がいる。彼女は、ひどく驚いたように目を見開いて、口元をはくはくとさせながらこちらを見ていた。明らかに、エリザベスが今いる場所で。
思わず手を顔に添えてみれば、鏡の中の少女も同じように顔にその手を添える。手を開いて見せてみれば、少女も当然のように開いてみせる。
エリザベスは、おそるおそる鏡に近づいて、その少女をじっと見た。鏡に映るその黒い瞳にも、その少女が映っている。少女の後ろで、壁に寄りかかるようにしてこちらを見ていた少年が、困ったように笑った。
「本当に異世界転生しちゃうとはね。お姉ちゃんならやりかねないとは、思っていたけど。」
(いせかいてんせい?)
聞き慣れない言葉に、エリザベスは首を傾げた。鏡を見れば写る、自分らしき少女。そこでエリザベスは、その顔が少年ととても似ていることに気が付いた。「まあ、正しくは入れ替わり?」などと、ぶつぶつ呟いている彼に鏡越しに問う。
「あなた様は? …彼女の弟?」
「はぁああああ?」
明らかに怒りを含んだような反応に、エリザベスはびくりと身体を揺らす。エリザベスの背中側で鏡越しに合った少年は、「もう、何それ。」と呟きながら、寄りかかっていた身体を起こした。しかし、その目に怒りは浮かんでおらず、彼女は困った子供でも見るかのようにして、頭を掻いた。
「私は妹! 友梨! あんたは、絵梨! 佐伯絵梨! 私のお姉ちゃん!」
そう言って、エリザベスの肩を軽く小突いた。さっぱりと切られた黒い髪に、小さなマントを付けたような上着。そして、貴族の子息が履くような短いズボンを履いていたので、エリザベスはてっきり少年だと思っていた。それが、まさか女性だったなんて。
エリザベスは、しばらく納得いくまで鏡を覗いた後、先ほどまでいた部屋、エリザベスが目を覚ました場所に連れて行かれた。ドアを開けば、全体が見えてしまうほどに狭い部屋。ここが絵梨の部屋だと、友梨が説明してくれた。
友梨は、机の上に積まれた小さな書物の中から1冊を取り出すと、それをエリザベスに差し出した。
「まず、これ読んで。字、読める?」
友梨と名乗った少年…もとい、妹の手にある本の色鮮やかな表紙を見てみれば、見たことも無いカクカクとした文字のようなものが書かれていた。数か国語は読めるし話せるエリザベスであったが、こんな文字は全く見たことが無い。
読めるはずが無いと恐る恐る手に取ってみたエリザベスだったが、驚いたことにそれが読める気がした。
『JK異世界転生。~婚約者がヤンデレ皇太子なんて聞いてない。~』
文字は読めるが、その意味が理解できない。——―そんな言葉が並んでいた。JKとは? 異世界転生とは? ヤンデレって、何?
「?」の答えを探すかのように色鮮やかな表紙をよく見れば、エリザベスが通う学園の制服を着たプラチナブロンドの髪色の少女が、アッシュグレーの髪色をして深い青色の目を持つ皇子殿下のような格好をした男性に後ろから抱きすくめられて、困った顔をしている。姿絵とも違う、ずいぶんと変わった絵だとエリザベスは思った。
こんなに色鮮やかで艶やかな絵を、エリザベスは生まれてこのかた見たことが無い。表紙をなぞってみれば、つるりとした表面に、その絵がそこに直接描かれたものではないのだと気が付いて、目を見開いた。
「これは、どういう仕組みでできているのでしょうか? 印刷技術というものが先日発明されたとは聞きましたが、まさかこんな有色のものまで?」
「驚くの、そこ?」
そう言って、友梨が困ったように笑う。どうやら、見当違いな反応をしてしまったらしいと、エリザベスは頬が赤くなるのを感じた。いつもなら言い返して、言い返し過ぎて後悔しそうな状況なのに、友梨には言い返す気が起きないのは、彼女が今自分にとって唯一の救いであるからだろうか。
「ていうか、文字は読めた?」
口許は笑ったままだったが、呆れたように言う友梨に、エリザベスは「え、ええ。読めますわ。見たことも無い文字ですけれど。」と、胸を張って答えた。友梨は、それを聞いて「やっぱりね。」と、うんうん頷いた。
「じゃあさ、この人達。誰かに似ていると思わない?」
そう言って彼女が指差したのは、表紙の中の少女と皇子らしき人だ。友梨がニヤリと笑ったことも気になった。再び表紙に目を落とし、しばらくその二人を眺めるエリザベス。アッシュグレーの髪。深いブルーの瞳。———あれ?と気が付いて、エリザベスが顔を上げると、嬉しそうな友梨と目が合った。
「…フィリップ皇太子殿下?」
思わずと言ったようにその尊き名を口にしてみれば、友梨は正解と言わんばかりに笑ってくれた。
もう一度、手元に視線を落とす。そんな不敬があって良いものかと、あまりの恐れ多さに身体が震える。皇太子殿下とわかるように描くなど、依頼された宮廷絵師以外では、あってはならないことだ。
「こ、こんな、不敬な!」
「まあ、まあ。この本を読めばわかるから、まずは読んでみて。話はそれから。」
焦ったように言うエリザベスを窘めるようにそう言ってから、友梨は「何か飲み物取って来るよ。」と言って、部屋を出て行ってしまった。誰もいない部屋にひとり取り残されたエリザベスだったが、この恐れもしらぬ書物を読むのには、うってつけの状況と言えた。誰かの目に留まれば、エリザベスさえも不敬罪として囚われてしまいかねない状況だからだ。
(謀反者の一味だとしても、まずは証拠を確保しなければならないわ。)
エリザベスはそう自分を鼓舞しながら、恐る恐るページをめくる。見慣れない文字なのに読めるという違和感はあるが、まずは読まなければ始まらないとエリザベスは集中する。
書物を読むことは、決して苦ではない。幼少のころから、皇太子妃になるべく教育を受けて来たエリザベスにとって、この小さな本を読むことは容易なことだと思っていたのだが。
それはなんとも目を覆いたくなるような、卑猥な内容だった。
人が数名しか入れないような狭い部屋に、鏡と流しのような場所がある。しかし、そこに入った瞬間に気が付いた。
(顔が。私の、顔が。)
あまりの驚きに、エリザベスは鏡に近づく事さえできなかった。鏡の中には、漆黒の色を纏った少女がいる。彼女は、ひどく驚いたように目を見開いて、口元をはくはくとさせながらこちらを見ていた。明らかに、エリザベスが今いる場所で。
思わず手を顔に添えてみれば、鏡の中の少女も同じように顔にその手を添える。手を開いて見せてみれば、少女も当然のように開いてみせる。
エリザベスは、おそるおそる鏡に近づいて、その少女をじっと見た。鏡に映るその黒い瞳にも、その少女が映っている。少女の後ろで、壁に寄りかかるようにしてこちらを見ていた少年が、困ったように笑った。
「本当に異世界転生しちゃうとはね。お姉ちゃんならやりかねないとは、思っていたけど。」
(いせかいてんせい?)
聞き慣れない言葉に、エリザベスは首を傾げた。鏡を見れば写る、自分らしき少女。そこでエリザベスは、その顔が少年ととても似ていることに気が付いた。「まあ、正しくは入れ替わり?」などと、ぶつぶつ呟いている彼に鏡越しに問う。
「あなた様は? …彼女の弟?」
「はぁああああ?」
明らかに怒りを含んだような反応に、エリザベスはびくりと身体を揺らす。エリザベスの背中側で鏡越しに合った少年は、「もう、何それ。」と呟きながら、寄りかかっていた身体を起こした。しかし、その目に怒りは浮かんでおらず、彼女は困った子供でも見るかのようにして、頭を掻いた。
「私は妹! 友梨! あんたは、絵梨! 佐伯絵梨! 私のお姉ちゃん!」
そう言って、エリザベスの肩を軽く小突いた。さっぱりと切られた黒い髪に、小さなマントを付けたような上着。そして、貴族の子息が履くような短いズボンを履いていたので、エリザベスはてっきり少年だと思っていた。それが、まさか女性だったなんて。
エリザベスは、しばらく納得いくまで鏡を覗いた後、先ほどまでいた部屋、エリザベスが目を覚ました場所に連れて行かれた。ドアを開けば、全体が見えてしまうほどに狭い部屋。ここが絵梨の部屋だと、友梨が説明してくれた。
友梨は、机の上に積まれた小さな書物の中から1冊を取り出すと、それをエリザベスに差し出した。
「まず、これ読んで。字、読める?」
友梨と名乗った少年…もとい、妹の手にある本の色鮮やかな表紙を見てみれば、見たことも無いカクカクとした文字のようなものが書かれていた。数か国語は読めるし話せるエリザベスであったが、こんな文字は全く見たことが無い。
読めるはずが無いと恐る恐る手に取ってみたエリザベスだったが、驚いたことにそれが読める気がした。
『JK異世界転生。~婚約者がヤンデレ皇太子なんて聞いてない。~』
文字は読めるが、その意味が理解できない。——―そんな言葉が並んでいた。JKとは? 異世界転生とは? ヤンデレって、何?
「?」の答えを探すかのように色鮮やかな表紙をよく見れば、エリザベスが通う学園の制服を着たプラチナブロンドの髪色の少女が、アッシュグレーの髪色をして深い青色の目を持つ皇子殿下のような格好をした男性に後ろから抱きすくめられて、困った顔をしている。姿絵とも違う、ずいぶんと変わった絵だとエリザベスは思った。
こんなに色鮮やかで艶やかな絵を、エリザベスは生まれてこのかた見たことが無い。表紙をなぞってみれば、つるりとした表面に、その絵がそこに直接描かれたものではないのだと気が付いて、目を見開いた。
「これは、どういう仕組みでできているのでしょうか? 印刷技術というものが先日発明されたとは聞きましたが、まさかこんな有色のものまで?」
「驚くの、そこ?」
そう言って、友梨が困ったように笑う。どうやら、見当違いな反応をしてしまったらしいと、エリザベスは頬が赤くなるのを感じた。いつもなら言い返して、言い返し過ぎて後悔しそうな状況なのに、友梨には言い返す気が起きないのは、彼女が今自分にとって唯一の救いであるからだろうか。
「ていうか、文字は読めた?」
口許は笑ったままだったが、呆れたように言う友梨に、エリザベスは「え、ええ。読めますわ。見たことも無い文字ですけれど。」と、胸を張って答えた。友梨は、それを聞いて「やっぱりね。」と、うんうん頷いた。
「じゃあさ、この人達。誰かに似ていると思わない?」
そう言って彼女が指差したのは、表紙の中の少女と皇子らしき人だ。友梨がニヤリと笑ったことも気になった。再び表紙に目を落とし、しばらくその二人を眺めるエリザベス。アッシュグレーの髪。深いブルーの瞳。———あれ?と気が付いて、エリザベスが顔を上げると、嬉しそうな友梨と目が合った。
「…フィリップ皇太子殿下?」
思わずと言ったようにその尊き名を口にしてみれば、友梨は正解と言わんばかりに笑ってくれた。
もう一度、手元に視線を落とす。そんな不敬があって良いものかと、あまりの恐れ多さに身体が震える。皇太子殿下とわかるように描くなど、依頼された宮廷絵師以外では、あってはならないことだ。
「こ、こんな、不敬な!」
「まあ、まあ。この本を読めばわかるから、まずは読んでみて。話はそれから。」
焦ったように言うエリザベスを窘めるようにそう言ってから、友梨は「何か飲み物取って来るよ。」と言って、部屋を出て行ってしまった。誰もいない部屋にひとり取り残されたエリザベスだったが、この恐れもしらぬ書物を読むのには、うってつけの状況と言えた。誰かの目に留まれば、エリザベスさえも不敬罪として囚われてしまいかねない状況だからだ。
(謀反者の一味だとしても、まずは証拠を確保しなければならないわ。)
エリザベスはそう自分を鼓舞しながら、恐る恐るページをめくる。見慣れない文字なのに読めるという違和感はあるが、まずは読まなければ始まらないとエリザベスは集中する。
書物を読むことは、決して苦ではない。幼少のころから、皇太子妃になるべく教育を受けて来たエリザベスにとって、この小さな本を読むことは容易なことだと思っていたのだが。
それはなんとも目を覆いたくなるような、卑猥な内容だった。
0
お気に入りに追加
150
あなたにおすすめの小説
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
平和的に婚約破棄したい悪役令嬢 vs 絶対に婚約破棄したくない攻略対象王子
深見アキ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢・シェリルに転生した主人公は平和的に婚約破棄しようと目論むものの、何故かお相手の王子はすんなり婚約破棄してくれそうになくて……?
タイトルそのままのお話。
(4/1おまけSS追加しました)
※小説家になろうにも掲載してます。
※表紙素材お借りしてます。
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
心の傷は癒えるもの?ええ。簡単に。
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢セラヴィは婚約者のトレッドから婚約を解消してほしいと言われた。
理由は他の女性を好きになってしまったから。
10年も婚約してきたのに、セラヴィよりもその女性を選ぶという。
意志の固いトレッドを見て、婚約解消を認めた。
ちょうど長期休暇に入ったことで学園でトレッドと顔を合わせずに済み、休暇明けまでに失恋の傷を癒しておくべきだと考えた友人ミンディーナが領地に誘ってくれた。
セラヴィと同じく婚約を解消した経験があるミンディーナの兄ライガーに話を聞いてもらっているうちに段々と心の傷は癒えていったというお話です。
【完結】君の世界に僕はいない…
春野オカリナ
恋愛
アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。
それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。
薬の名は……。
『忘却の滴』
一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。
それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。
父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。
彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。
ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる