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第1章

悪役令嬢は転生したことを知る。

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 少年に手を引かれ、エリザベスがまずされたことは、先ほど壮年の女性が出て来た部屋に連れて行かれて、鏡を見せられたことだった。
 人が数名しか入れないような狭い部屋に、鏡と流しのような場所がある。しかし、そこに入った瞬間に気が付いた。


(顔が。わたくしの、顔が。)


 あまりの驚きに、エリザベスは鏡に近づく事さえできなかった。鏡の中には、漆黒の色を纏った少女がいる。彼女は、ひどく驚いたように目を見開いて、口元をはくはくとさせながらこちらを見ていた。明らかに、エリザベスが今いる場所で。
 思わず手を顔に添えてみれば、鏡の中の少女も同じように顔にその手を添える。手を開いて見せてみれば、少女も当然のように開いてみせる。

 エリザベスは、おそるおそる鏡に近づいて、その少女をじっと見た。鏡に映るその黒い瞳にも、その少女が映っている。少女の後ろで、壁に寄りかかるようにしてこちらを見ていた少年が、困ったように笑った。


「本当に異世界転生しちゃうとはね。お姉ちゃんならやりかねないとは、思っていたけど。」


(いせかいてんせい?)


 聞き慣れない言葉に、エリザベスは首を傾げた。鏡を見れば写る、自分らしき少女。そこでエリザベスは、その顔が少年ととても似ていることに気が付いた。「まあ、正しくは入れ替わり?」などと、ぶつぶつ呟いている彼に鏡越しに問う。


「あなた様は? …彼女の弟?」

「はぁああああ?」


 明らかに怒りを含んだような反応に、エリザベスはびくりと身体を揺らす。エリザベスの背中側で鏡越しに合った少年は、「もう、何それ。」と呟きながら、寄りかかっていた身体を起こした。しかし、その目に怒りは浮かんでおらず、彼女は困った子供でも見るかのようにして、頭を掻いた。


「私は妹! 友梨ゆり! あんたは、絵梨えり! 佐伯絵梨さえきえり! 私のお姉ちゃん!」


 そう言って、エリザベスの肩を軽く小突いた。さっぱりと切られた黒い髪に、小さなマントを付けたような上着。そして、貴族の子息が履くような短いズボンを履いていたので、エリザベスはてっきり少年だと思っていた。それが、まさか女性だったなんて。

 エリザベスは、しばらく納得いくまで鏡を覗いた後、先ほどまでいた部屋、エリザベスが目を覚ました場所に連れて行かれた。ドアを開けば、全体が見えてしまうほどに狭い部屋。ここが絵梨の部屋だと、友梨が説明してくれた。
 友梨は、机の上に積まれた小さな書物の中から1冊を取り出すと、それをエリザベスに差し出した。


「まず、これ読んで。字、読める?」


 友梨と名乗った少年…もとい、妹の手にある本の色鮮やかな表紙を見てみれば、見たことも無いカクカクとした文字のようなものが書かれていた。数か国語は読めるし話せるエリザベスであったが、こんな文字は全く見たことが無い。
 読めるはずが無いと恐る恐る手に取ってみたエリザベスだったが、驚いたことにそれが読める気がした。


『JK異世界転生。~婚約者がヤンデレ皇太子なんて聞いてない。~』


 文字は読めるが、その意味が理解できない。——―そんな言葉が並んでいた。JKとは? 異世界転生とは? ヤンデレって、何?
「?」の答えを探すかのように色鮮やかな表紙をよく見れば、エリザベスが通う学園の制服を着たプラチナブロンドの髪色の少女が、アッシュグレーの髪色をして深い青色の目を持つ皇子殿下のような格好をした男性に後ろから抱きすくめられて、困った顔をしている。姿絵とも違う、ずいぶんと変わった絵だとエリザベスは思った。
 こんなに色鮮やかで艶やかな絵を、エリザベスは生まれてこのかた見たことが無い。表紙をなぞってみれば、つるりとした表面に、その絵がそこに直接描かれたものではないのだと気が付いて、目を見開いた。


「これは、どういう仕組みでできているのでしょうか? 印刷技術というものが先日発明されたとは聞きましたが、まさかこんな有色のものまで?」

「驚くの、そこ?」


 そう言って、友梨が困ったように笑う。どうやら、見当違いな反応をしてしまったらしいと、エリザベスは頬が赤くなるのを感じた。いつもなら言い返して、言い返し過ぎて後悔しそうな状況なのに、友梨には言い返す気が起きないのは、彼女が今自分にとって唯一の救いであるからだろうか。


「ていうか、文字は読めた?」


 口許は笑ったままだったが、呆れたように言う友梨に、エリザベスは「え、ええ。読めますわ。見たことも無い文字ですけれど。」と、胸を張って答えた。友梨は、それを聞いて「やっぱりね。」と、うんうん頷いた。


「じゃあさ、この人達。誰かに似ていると思わない?」


 そう言って彼女が指差したのは、表紙の中の少女と皇子らしき人だ。友梨がニヤリと笑ったことも気になった。再び表紙に目を落とし、しばらくその二人を眺めるエリザベス。アッシュグレーの髪。深いブルーの瞳。———あれ?と気が付いて、エリザベスが顔を上げると、嬉しそうな友梨と目が合った。


「…フィリップ皇太子殿下?」


 思わずと言ったようにその尊き名を口にしてみれば、友梨は正解と言わんばかりに笑ってくれた。
 もう一度、手元に視線を落とす。そんな不敬があって良いものかと、あまりの恐れ多さに身体が震える。皇太子殿下とわかるように描くなど、依頼された宮廷絵師以外では、あってはならないことだ。


「こ、こんな、不敬な!」

「まあ、まあ。この本を読めばわかるから、まずは読んでみて。話はそれから。」


 焦ったように言うエリザベスを窘めるようにそう言ってから、友梨は「何か飲み物取って来るよ。」と言って、部屋を出て行ってしまった。誰もいない部屋にひとり取り残されたエリザベスだったが、この恐れもしらぬ書物を読むのには、うってつけの状況と言えた。誰かの目に留まれば、エリザベスさえも不敬罪として囚われてしまいかねない状況だからだ。


(謀反者の一味だとしても、まずは証拠を確保しなければならないわ。)


 エリザベスはそう自分を鼓舞しながら、恐る恐るページをめくる。見慣れない文字なのに読めるという違和感はあるが、まずは読まなければ始まらないとエリザベスは集中する。
 書物を読むことは、決して苦ではない。幼少のころから、皇太子妃になるべく教育を受けて来たエリザベスにとって、この小さな本を読むことは容易なことだと思っていたのだが。

 それはなんとも目を覆いたくなるような、卑猥な内容だった。






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