26 / 49
その想い、髪と共に消え。
しおりを挟む
バスを降りた学生達が、一気に駆け出していく。
朝だというのに既にベットリとした暑さの中、理人はチャイムが鳴り終わるギリギリに教室に駆け込んだ。何も変わらない一週間の始まりに、沸き上がる感情は面倒臭さでしかない。
教室に入り、自分の席に一直線に向かいながら、ある違和感に理人は顔をしかめる。
(ん?三田?)
見間違えか?と思った。違和感の塊がそこにあった気がした。もう一度確認したいが、三田の姿は理人の席からでは振り返らないと見えない。理人が自分の椅子に座ったと同時に「起立」の号令がかかり、朝のホームルームが始まってしまい、その機会を伺うしかなかった。
提出物がある生徒が数人が立ち上がったのを見計らい、理人はちらりと振り返る。三田の席に、三田が座っていた。当たり前のことだが、何かが違う。
(────んなっ!?)
一瞬、何が起こったのかわからなかった。見間違えかと思い、もう一度振り返って見れば、三田のあのくすぐるようなポニーテールが無くなっていた。
提出物を教師が確認しているらしく、教室内のざわざわが大きくなってくる。理人が言葉なく呆然としていると、同じようにギリギリに教室に飛び込んだらしい森が振り返り、「酒井、おは。」と言った。走って来た名残か、今更ながら首筋に汗が滴る。
「なぁ。」
「ん?え?あれ?」
理人が言うより早く、森も気がついたらしい。大きく見開いた目が、その驚きっぷりを表していたが、それ以上に口許は楽しそうに上がっていた。
「何それ!超可愛い!」
ホームルームが終わり、森の声で振り返れば、そこには森の背中に隠れた三田の姿がちらりと見えた。理人は体を少しずらして、それを見ようとするが、はっきりとは見えない。邪魔な森に、少し怒りを覚えた。ただ間違いなく、三田の髪は短くなっている。理人の気持ちを擽る髪先が、無くなってしまっていた。休み時間の度に目に入るショートカットの三田はとても幼く感じられた。
長かった髪をばっさり切るって、そんな簡単なことじゃないだろう?―――理人には、三田がひどく不安そうにしているように見えた。
(まさか?三田には好きな奴がいるのか?彼氏とか?)
母親たちの時代にもあったとされる『長い髪を切る←失恋』の図式は今でも健在だ。今まで考えもしなかったことが急に浮上して、目の前が真っ暗になっていくかのような感覚。
(そうか。いてもおかしくないよな。そうだよな。)
妙に納得してしまい、時間が経てば経つほど心が重く沈んでいくようだった。
理人は、授業中も全く心ここにあらずで、思い出したように板書をとるだけの時間が過ぎていく。いつものように眠ってしまっていないだけ、まともとも言えたが。
昨夜も遅くまで配信に参加していたのだが、それでも驚きとショックに負けたらしい眠気は、とうとう昼休みになるまでやってこなかった。
昼休み。いつものようにお弁当を持った三田がこちらにやってきた。正しくは、森の席に、だ。
「酒井!見て見て!」
森が立ち上がり、近寄って来た三田の手を引っ張って、理人の方にその身体を向けた。
とっくに知ってるわ!―――と、理人は心の中で悪態をつく。森にそれを言う勇気は、相変わらず無い。
「どっか、置いてきた?」
重たい気持ちを押しやって、ふざけたように聞いてみれば、あははと楽しそうに三田が笑った。あまり深刻そうでないそれに、少し肩透かしをくらったような気持ちになる。
「変、かな?」
「いや、…すごい似合ってる。」
「え、あ、ありがとう。」
赤くなって、少しだけ俯いた三田をじっと見ていた。
似合っている。それは理人の心の底から出た言葉だ。正面から見たショートカットの三田は、本当に可愛かった。言葉に出せるわけはないのだが!
「思いきったねぇ!」
森が、相変わらずキンキン声で言いながら、三田のその髪をつまんだ。それを羨ましいと思いながら、理人は見ていたのだが。
「失恋しちゃって。」
三田はそう言って舌をペロリと出した。
聞きたくなかった言葉に、心臓がぐわしっと掴まれるような苦しさを感じた。蹲りたくなるのを必死で堪えた。
(やべぇ、泣いちゃうかも。)
「カイリ?」
気が付けば俯き気味になっていた理人を呼ぶかのように、聞き慣れた名前が森の口から飛び出した。一瞬自分が呼ばれたのかと思って顔を上げたが、森は三田の方を見ていた。
「気になる人がいるんだって。」
困ったように肩を竦めて、三田が寂しそうに笑った。
(え?え?どゆこと?俺が?なんだって?)
まさかそこで、もう一人の自分の名前が出て来るとは思わなかった。昨日、俺は何を呟いたっけ?三田のショートカットに全ての記憶がぶっ飛んでしまっていた。
(そうだ。確かに昨日呟いた。『気になる子がいる』って書いた。それで?髪を?)
「なんてね。」と三田は言って、再び肩を竦めて笑った。
「本当は昔から短い髪が好きだったんだけど、高校入るのに合わせて少し伸ばしていたんだぁ。でもやっぱり夏は暑いし、面倒で。」
(なんだ。この可愛い生き物は。)
泣きそうだったことも忘れて、どうやらじっと三田を見ていたらしい。
「酒井、大丈夫?どしたの?」
三田が、理人の顔の前で手を振る。
その時、ミコからの返信が理人の頭を過った。―――気がした。だからだろうか。今までだったら絶対に出なかったであろう言葉が、口から飛び出した。
「あ、いや。すごい、可愛い、です。」
言った後に後悔しても、もう遅い。理人の顔はきっと真っ赤で、一気に猛暑がやってきたかのように暑い。慌てて逸らした目線を、何の反応も無いことに恐る恐る再び戻してみれば、三田の顔が耳まで真っ赤になっていて、その顔を見れば、理人の後悔も薄れた。
気がつけば森は、こちらを向くように自分の椅子を逆向きに跨ぐように座り、理人の席に頬杖をついて楽しそうに笑っていただけだった。
朝だというのに既にベットリとした暑さの中、理人はチャイムが鳴り終わるギリギリに教室に駆け込んだ。何も変わらない一週間の始まりに、沸き上がる感情は面倒臭さでしかない。
教室に入り、自分の席に一直線に向かいながら、ある違和感に理人は顔をしかめる。
(ん?三田?)
見間違えか?と思った。違和感の塊がそこにあった気がした。もう一度確認したいが、三田の姿は理人の席からでは振り返らないと見えない。理人が自分の椅子に座ったと同時に「起立」の号令がかかり、朝のホームルームが始まってしまい、その機会を伺うしかなかった。
提出物がある生徒が数人が立ち上がったのを見計らい、理人はちらりと振り返る。三田の席に、三田が座っていた。当たり前のことだが、何かが違う。
(────んなっ!?)
一瞬、何が起こったのかわからなかった。見間違えかと思い、もう一度振り返って見れば、三田のあのくすぐるようなポニーテールが無くなっていた。
提出物を教師が確認しているらしく、教室内のざわざわが大きくなってくる。理人が言葉なく呆然としていると、同じようにギリギリに教室に飛び込んだらしい森が振り返り、「酒井、おは。」と言った。走って来た名残か、今更ながら首筋に汗が滴る。
「なぁ。」
「ん?え?あれ?」
理人が言うより早く、森も気がついたらしい。大きく見開いた目が、その驚きっぷりを表していたが、それ以上に口許は楽しそうに上がっていた。
「何それ!超可愛い!」
ホームルームが終わり、森の声で振り返れば、そこには森の背中に隠れた三田の姿がちらりと見えた。理人は体を少しずらして、それを見ようとするが、はっきりとは見えない。邪魔な森に、少し怒りを覚えた。ただ間違いなく、三田の髪は短くなっている。理人の気持ちを擽る髪先が、無くなってしまっていた。休み時間の度に目に入るショートカットの三田はとても幼く感じられた。
長かった髪をばっさり切るって、そんな簡単なことじゃないだろう?―――理人には、三田がひどく不安そうにしているように見えた。
(まさか?三田には好きな奴がいるのか?彼氏とか?)
母親たちの時代にもあったとされる『長い髪を切る←失恋』の図式は今でも健在だ。今まで考えもしなかったことが急に浮上して、目の前が真っ暗になっていくかのような感覚。
(そうか。いてもおかしくないよな。そうだよな。)
妙に納得してしまい、時間が経てば経つほど心が重く沈んでいくようだった。
理人は、授業中も全く心ここにあらずで、思い出したように板書をとるだけの時間が過ぎていく。いつものように眠ってしまっていないだけ、まともとも言えたが。
昨夜も遅くまで配信に参加していたのだが、それでも驚きとショックに負けたらしい眠気は、とうとう昼休みになるまでやってこなかった。
昼休み。いつものようにお弁当を持った三田がこちらにやってきた。正しくは、森の席に、だ。
「酒井!見て見て!」
森が立ち上がり、近寄って来た三田の手を引っ張って、理人の方にその身体を向けた。
とっくに知ってるわ!―――と、理人は心の中で悪態をつく。森にそれを言う勇気は、相変わらず無い。
「どっか、置いてきた?」
重たい気持ちを押しやって、ふざけたように聞いてみれば、あははと楽しそうに三田が笑った。あまり深刻そうでないそれに、少し肩透かしをくらったような気持ちになる。
「変、かな?」
「いや、…すごい似合ってる。」
「え、あ、ありがとう。」
赤くなって、少しだけ俯いた三田をじっと見ていた。
似合っている。それは理人の心の底から出た言葉だ。正面から見たショートカットの三田は、本当に可愛かった。言葉に出せるわけはないのだが!
「思いきったねぇ!」
森が、相変わらずキンキン声で言いながら、三田のその髪をつまんだ。それを羨ましいと思いながら、理人は見ていたのだが。
「失恋しちゃって。」
三田はそう言って舌をペロリと出した。
聞きたくなかった言葉に、心臓がぐわしっと掴まれるような苦しさを感じた。蹲りたくなるのを必死で堪えた。
(やべぇ、泣いちゃうかも。)
「カイリ?」
気が付けば俯き気味になっていた理人を呼ぶかのように、聞き慣れた名前が森の口から飛び出した。一瞬自分が呼ばれたのかと思って顔を上げたが、森は三田の方を見ていた。
「気になる人がいるんだって。」
困ったように肩を竦めて、三田が寂しそうに笑った。
(え?え?どゆこと?俺が?なんだって?)
まさかそこで、もう一人の自分の名前が出て来るとは思わなかった。昨日、俺は何を呟いたっけ?三田のショートカットに全ての記憶がぶっ飛んでしまっていた。
(そうだ。確かに昨日呟いた。『気になる子がいる』って書いた。それで?髪を?)
「なんてね。」と三田は言って、再び肩を竦めて笑った。
「本当は昔から短い髪が好きだったんだけど、高校入るのに合わせて少し伸ばしていたんだぁ。でもやっぱり夏は暑いし、面倒で。」
(なんだ。この可愛い生き物は。)
泣きそうだったことも忘れて、どうやらじっと三田を見ていたらしい。
「酒井、大丈夫?どしたの?」
三田が、理人の顔の前で手を振る。
その時、ミコからの返信が理人の頭を過った。―――気がした。だからだろうか。今までだったら絶対に出なかったであろう言葉が、口から飛び出した。
「あ、いや。すごい、可愛い、です。」
言った後に後悔しても、もう遅い。理人の顔はきっと真っ赤で、一気に猛暑がやってきたかのように暑い。慌てて逸らした目線を、何の反応も無いことに恐る恐る再び戻してみれば、三田の顔が耳まで真っ赤になっていて、その顔を見れば、理人の後悔も薄れた。
気がつけば森は、こちらを向くように自分の椅子を逆向きに跨ぐように座り、理人の席に頬杖をついて楽しそうに笑っていただけだった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
隠れ御曹司の愛に絡めとられて
海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた――
彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。
古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。
仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!?
チャラい男はお断り!
けれども彼の作る料理はどれも絶品で……
超大手商社 秘書課勤務
野村 亜矢(のむら あや)
29歳
特技:迷子
×
飲食店勤務(ホスト?)
名も知らぬ男
24歳
特技:家事?
「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて
もう逃げられない――
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
お見合い相手は極道の天使様!?
愛月花音
恋愛
恋愛小説大賞にエントリー中。
勝ち気で手の早い性格が災いしてなかなか彼氏がいない歴数年。
そんな私にお見合い相手の話がきた。
見た目は、ドストライクな
クールビューティーなイケメン。
だが相手は、ヤクザの若頭だった。
騙された……そう思った。
しかし彼は、若頭なのに
極道の天使という異名を持っており……?
彼を知れば知るほど甘く胸キュンなギャップにハマっていく。
勝ち気なお嬢様&英語教師。
椎名上紗(24)
《しいな かずさ》
&
極道の天使&若頭
鬼龍院葵(26歳)
《きりゅういん あおい》
勝ち気女性教師&極道の天使の
甘キュンラブストーリー。
表紙は、素敵な絵師様。
紺野遥様です!
2022年12月18日エタニティ
投稿恋愛小説人気ランキング過去最高3位。
誤字、脱字あったら申し訳ないありません。
見つけ次第、修正します。
公開日・2022年11月29日。
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?
おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。
『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』
※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
あなたが望んだ、ただそれだけ
cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。
国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。
カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。
王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。
失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。
公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。
逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。
心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる