上 下
4 / 49

目が合わなければ、恋は始まらない。

しおりを挟む
 気が付けば、目線が斜め前に座るクラスメイト、三田晶子の方に行ってしまう。

 ゲームの途中に入るストーリーのように、視点がずれる。そっちを見たくも無いのに見させられている、そんな感覚。魅了の魔法か、呪いにでもかけられたのだろうかと、理人は頭を抱えた。


(それもこれも岡ちゃんが変なことを言ったせいだ。)


 理人だって、その理由はわかっているのだ。三田を意識している自分がいることを認めたくないだけで。

 窓から外を見下ろせば、次が体育らしい岡ちゃんが、クラスメイトと追いかけっこのようなことをして、ふざけているのが見えた。
 岡ちゃんは、いつだって多くの友達に囲まれている。だからといって、それが羨ましいというわけではないし、岡ちゃんもそれをわかって理人に誰かを紹介することもない。小学校からそれなりに仲良くやってこれたのは、そういったところなのかもしれないと、理人は頬杖をつきながら現実逃避をする。


「でさぁ、朝の話なんだけどね。」


 相変わらずちょっと高めな森の声が聞こえて、再び現実に戻される。声が大きすぎて、聞きたくも無いのに耳に入って来るそれは、その話の内容までだだ洩れだ。登校時に会った隣の高校の男子生徒が格好良かったのだと、その話の内容まで理解している自分に理人は呆れる。今日の森は、朝から休み時間の度にその話をしているのだ。よく飽きないものだと、またしても思わずちらりとそちらを見てしまった。

「何、こっち見てんのよ。」と森に睨まれて、理人は慌てて目線を逸らした。


(なんでそんな怖えんだよ。)


 目線を上にあげないようにするために、携帯電話を机に隠すようにして開いた。昨日から妙に癖のようになってしまったSNSを覗く。昨日の夜も、呟くでもなく、気が付けばそれを開いていた。配信中でさえそれが気になったのは初めてだ。


(本当に三田だったんだろうか?)


 そんな疑問が理人の頭を過る。待ち受け画面は確かに自分だったけれど、理人にとって癒しのフォロワーである「ミコ」と三田が、同一人物かどうかは確認できていない。


(偶然が重なっただけじゃないのか?)


 ふと思い立ち、理人は何かを呟くことにした。


『今日は、いつもより頑張る。』


 何も思いつかなくて、ひどく格好悪い中途半端な文章になってしまった気がするが、ちらりと一度三田を見てから、理人はそれっと送信を押した。目線を下げたまま、三田の動きを視界の隅で必死で捉える。彼女は森と話しているだけで、携帯電話を取り出すような動きは全くしない。


(やっぱり、違かったんじゃないか?)


 なぜか、少しがっかりしたような気分になりながら、理人は手に持った携帯電話を一度確認する。まだ何も返信の無いそれの画面を消して、小さく溜息をつきながらポケットに隠した。




 ――――――――――


 学校を出てすぐにあるバス停。理人が乗るバスは、道路を挟んだ向こう側だ。帰宅の途につく同じ学校の学生の列の中、理人がバスを待っていると、いつものように岡ちゃんがやってきた。


「理人!どう?確認できた?例のやつ。」
「まだ。」


 暗に三田のことを言っているということはわかったが、妙に癪に障るというか、少しイライラした気分になる。


「何?なんかあった?」


 それを察したのか、岡ちゃんが理人の顔を覗き込んできた。勘が良いのか、空気を読むのが上手いのか。なぜか昔から岡ちゃんは、理人の思っていることをよく当てる。


「何も…無い。」


 イライラする理由など何も無い。反抗期特有のイライラみたいなものだろうか?なんとなく自分の気持ちが自分のものでないような、嫌な感覚だった。

 その時、校門から歩いてくる三田が見えた。今日も森は一緒ではないようだ。もしかしたら、格好良いと騒いでいた男子を見に、隣の高校へ行ったのかもしれない。


(そういうのは一緒にいかないんだな。)


 妙にホッとした気持ちになって、思わずふっと笑う。


「あいつ?理人が言ってた子。」


 岡ちゃんも気づいたようで、顎で三田の方を指した。三田は校門を出るなり、携帯電話を手に取って、それを見ながら歩いて行く。駅の方向に向かうのだ。

 その時、三田が立ち止まった。


(どうした?)


 三田はその場で、携帯電話を額に付けながら天を仰いだ。そして、一人何か悶えているようだった。


「あれ、何やってるんだ?」


 岡ちゃんが理人の方を向いて聞いてきた。「わからん。」と言って、理人は首を横に振る。
 三田は、その場で立ち止まったまま、今度は携帯電話を何か操作した後、それをポケットに入れて再び駅の方に歩き出した。スキップしそうなほどに足取りが軽い。理人と岡ちゃんは並んでそれを見ていた。


「なんだったんだろうな。」
「なあ、理人。ちょっとSNS開いてみろよ。」


 岡ちゃんに言われたことの意味がよくわからないまま、理人は手に持っていた携帯電話でSNSを開く。すると、先ほど呟いた理人のつまらない呟きに、既についていたコメントの中、『楽しみにしてます!』というコメントが今まさに付いたばかりだった。
 書いたのは、癒しのフォロワー「ミコ」。


「当たり?」
「当たり、かも?」


 呆然としたままそれを見ていたら、岡ちゃんが肘で小突いてきた。


「モテ期、来たんじゃね?」
「いや、でも。」
「付き合っちゃえば良いんじゃね。」

 いや、でもちょっと待て。――――と理人は思う。


「でも、彼女、まさか俺だと思ってない。」
「あ。」


 岡ちゃんが、理人の顔をじっと見る。もっさり猫背のそれに、岡ちゃんが完全に困ったような顔をした。理人はそれを見て苦笑する。陽キャと、陰キャ。それは交わらざるものだ。ヒエラルヒーの頂点と、枠外。王を目指すものと孤高を貫くもの。


「だろ?」
「うーん。」


 岡ちゃんが、諦められないかのように腕を組み何かを考え始めた。周りがそわそわと動き出したのを感じて、バスが来たのだとわかる。三田が去って行った方向とは逆の方向から、バスが近づいてくる。特有の匂いがしてバスが止まり、そのドアが開いた。


「うーん。」
「岡ちゃん、もういいよ。」


 そう言って、二人はバスに乗り込んだ。続々と乗り込んでくる同じ制服の固まりに押されながら、理人は三田が去って行った方向が見える側の席の取っ手を持つ。岡ちゃんがその横に立って、先頭の方を覗き込んだ。


「理人も電車にしたら?」
「一駅だし、その後またバスに乗るのか?」


 岡ちゃんが口をへの字にしたのを見て、理人は苦笑した。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

私が消えた後のこと

藍田ひびき
恋愛
 クレヴァリー伯爵令嬢シャーロットが失踪した。  シャーロットが受け取るべき遺産と爵位を手中にしたい叔父、浮気をしていた婚約者、彼女を虐めていた従妹。  彼らは自らの欲望を満たすべく、シャーロットの不在を利用しようとする。それが破滅への道とも知らずに……。 ※ 6/3 後日談を追加しました。 ※ 6/2 誤字修正しました。ご指摘ありがとうございました。 ※ なろうにも投稿しています。

お見合い相手は極道の天使様!?

愛月花音
恋愛
恋愛小説大賞にエントリー中。  勝ち気で手の早い性格が災いしてなかなか彼氏がいない歴数年。  そんな私にお見合い相手の話がきた。 見た目は、ドストライクな クールビューティーなイケメン。   だが相手は、ヤクザの若頭だった。 騙された……そう思った。  しかし彼は、若頭なのに 極道の天使という異名を持っており……? 彼を知れば知るほど甘く胸キュンなギャップにハマっていく。  勝ち気なお嬢様&英語教師。 椎名上紗(24) 《しいな かずさ》 &  極道の天使&若頭 鬼龍院葵(26歳) 《きりゅういん あおい》  勝ち気女性教師&極道の天使の 甘キュンラブストーリー。 表紙は、素敵な絵師様。 紺野遥様です! 2022年12月18日エタニティ 投稿恋愛小説人気ランキング過去最高3位。 誤字、脱字あったら申し訳ないありません。 見つけ次第、修正します。 公開日・2022年11月29日。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

新居に旦那の幼馴染が住みついていたので、私も幼馴染を住まわせてみた件

とうや
恋愛
祖父同士の口約束で商家の娘シンディーは、伯爵家の五男であるモーリスと結婚した。数回会っただけで結婚なんて…とは思うが、愛情はこれから育てれば良い。……と思った私が馬鹿だった。 新居にはなんと、すでにモーリスの幼馴染であるエミリエンヌが住んでいたのだ。 旦那に苦情を言うと逆ギレしてくる始末。 「いいわ、ここに住んでも」 7話で完結です。毎日17時に更新します。 タイトルがすでに物語の概要です。流行りの妹(幼馴染)の方が大切系男を書いてみたかっただけです。一晩で書き上げたものですので深く考えずにサクッと読み流してください。 泥沼ヒューマンドラマではありません。ザマァにもなりませんでした。浮気も略奪も相手を見てやりましょうってお話です。 **********************************************          ATTENTION ********************************************** ※普段BL書いてるくせにというお言葉が怖いのでコメント欄はクローズです_(:3 」∠︎)_

処理中です...