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第2章
【2.2.0】 そこは、浦島太郎のいた世界。
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「飛ばす前に、ひとこと言え。」と、倫太郎の耳元でクロが怒っている。
その声が聞こえているのか、聞こえていないのか、「人間は、面白いな。」と、銀色の髪の毛を太陽の光にキラキラと輝かせながら、その頭の後ろで手を組んで、ギンが言った。その銀色の視線の先には、大海原が広がっている。
誰もいない、船も無い、足元にペットボトルも落ちていない、そんな海。
お岩さんは、「うわぁ。」と妙にうっとりとした声をあげ、まわりを見回しているようだ。が、その姿は倫太郎からは見えない。彼女は倫太郎の頭の上に立っているからだ。
座っていた棚が無くなってしまって、クロとお岩さんは気が付けば倫太郎の所に移動していた。よほど美味しい何かが出ているのだろうかと、倫太郎が自分の腕を持ち上げてくんくんと匂いを嗅いでみれば、ほんのりと潮の香りがするそれに驚いた。嗅いだ腕は、着物に覆われた小さな腕だったのだ。日焼けか汚れているのか、黒ずんだ手の甲は、どうやら子供のそれらしい。
「ど、どうゆうこと?」
足元で、同じように着古された着物を着ている子供が目を丸くしている。きっとこれは、岸間だろう。彼女は地べたに座ったまま、倫太郎を見上げて言った。どうやら、再び腰を抜かしたらしい。
「ここも、気の溜まり場?」
「そうだ。人間達が、何年もかけて作り出した世界だ。そして、それを倫太郎が具現化したものだ。」
倫太郎の疑問に対して、ギンは辺りを見回しながら満足そうに言った。銀色の瞳が細められている。「さすがだ。」と呟いたクロが、尻尾をゆらりと揺らし、倫太郎の首筋をくすぐった。
「僕が?具現化?」
難しい言葉が出て、倫太郎が首を傾げるが、ギンはそれについて説明する気はないようだ。子供の身体になってしまったせいで、ギンの顔がすぐ横の高さにあることが、とても不思議だった。
「ここまではっきりと見せることのできる人間は、もうほとんどいないだろうな。お前、本当に人間か?」
ギンが、ニヤリと笑いながら言った。いたずらが成功したようなその顔は、子供のようなそれだ。それに対して、倫太郎は何も言い返せずに考え込む。
人間だとは思うが、自信を持って「人間に決まっているだろう!」と言い返せない。昨日は少しの時間ではあったが、猫にもなった。殻が変わってしまえば、中身が人間かどうかなんて、わかりはしないのではないだろうか。
本当に、自分は、人間なのだろうか。
「自分が何者かなんて、本来どうでも良いことだ。」
ごにょごにょと考え事をしている倫太郎に、ギンは困ったように笑って言った。太陽の光を浴びた銀色の髪の毛は、白く光っているようにも見える。太陽がもう一つあるような、そんな不思議な感覚だ。
「精霊も、人間も、そんなことばかり考えているから、今こんな状況になっているんだろう?」
いつもの少しいたずらな雰囲気はなりを潜め、銀色の瞳が揺らめいて何かを訴えているかのようにも見える。滅びゆく精霊を、憐れんでいるのだろうか。無気物に汚染されながら、形あるものに縛られている人間を、情けないと思っているのだろうか。
彼はこちらに来た理由を、「ただの暇つぶしだ。」と言っていた。本当に、そうなのだろうか。
「倫太郎のそうぞう力は素晴らしいのね。」
お岩さんが、頭の上から覗き込むようにして声をかけてきた。うっとりとしたような、非常に満足そうな声だった。頭の上から垂れ下がっているお岩さんの長い髪の毛が、おでこをくすぐる。
そうぞう力とは、想像力のことだろうか、創造力のことだろうか。漢字にしなければわからないそれは、自分がまだ言葉に囚われているせいだろうかと、倫太郎は少し肩を落とした。
「気にするな。精霊にとっては、どっちも同じようなものだ。」
形無き想像と、形ある創造。しかし、形を必要としない精霊たちにとってそれは、同じような意味だということだろうか。想像も、創造も、生み出すという意味では一緒という事か。
その時だった。砂浜の向こうの方で、わあわあと騒ぐ子供の声が聞こえてきた。
「行ってみるか。」とギンが言うが早いか歩き出す。それについて行くようにして、倫太郎もそちらの方に足を向ける。いつもならさっさと走って行ってしまいそうなギンが、倫太郎の足並みに合わせて歩いて行く。何かあるのだろうか。
子供たちが気が付くか、気が付かないか、それぐらいの位置から様子を覗いてみれば、どうやら子供たちが、円になって何かを取り囲んでいるようだった。
「あれ、倫太郎にも亀に見えるか?」
「え?亀じゃないの?」
亀だと思い込んでいた。浦島太郎の世界で、子供たちがいじめているとなれば、亀以外に何があると言うのだろう。
「昔、人間の中にも精霊や殻を持たない下等動物を見ることのできるものがいたんだ。特に、子供は多かった。殻を出てしまえば、下等動物はみんなただの魂でしかない。あれは誰かが亀だとでも言ったんだろう。」
つまりは、亀に見えるそれは、なんらかの下等動物の魂ということらしい。子供たちは、それを亀と信じていじめているのか、それとも魂と知っていて、未知なものであるが故の気持ち悪さからいじっているのか。
子供たちが魂を魂として認識しているのなら、もしかしたら後者の可能性の方が高いのではないかと倫太郎は思った。
ギンが、一直線にそこに向かわなかったのも、もしかしたら子供たちに気付かれてしまうのを嫌がったからだろうか。
そこからもう少し近づいたところで、倫太郎たちに気が付いたらしい子供たちが、その手を止めた。彼らが、睨むように倫太郎を見る。やはり、倫太郎には亀をいじめているようにしか見えなかった。一度抱いてしまった考えを、しかも子供の頃に植え付けられてしまったそれを覆すことは、ひどく難しいことらしい。
絵本に描かれた、あの場面のようであり、そうではないことに、倫太郎は不思議な気持ちで彼らを見ていた。
「あなたたち、やめなさいよ!」
口火を切ったのは、子供の姿をした岸間だ。今までの、ギンと倫太郎の会話は聞いていなかったのだろうか。呆れたように倫太郎が岸間を見れば、「あいつの頭の中は、異世界転生って言葉しかなかったぞ。」と、クロが耳元でぼそりと教えてくれた。
なるほど。彼女にはきっとその亀が、亀にしか見えていないだろう。もちろん、倫太郎も同じくなのだが。
その時だった。
「おい、何をしている。」
倫太郎達とは反対の方角からやってきたらしい腰蓑を身に着けた若者が、子供たちの輪に入って来た。
ああ、これぞ浦島太郎だ。
その声が聞こえているのか、聞こえていないのか、「人間は、面白いな。」と、銀色の髪の毛を太陽の光にキラキラと輝かせながら、その頭の後ろで手を組んで、ギンが言った。その銀色の視線の先には、大海原が広がっている。
誰もいない、船も無い、足元にペットボトルも落ちていない、そんな海。
お岩さんは、「うわぁ。」と妙にうっとりとした声をあげ、まわりを見回しているようだ。が、その姿は倫太郎からは見えない。彼女は倫太郎の頭の上に立っているからだ。
座っていた棚が無くなってしまって、クロとお岩さんは気が付けば倫太郎の所に移動していた。よほど美味しい何かが出ているのだろうかと、倫太郎が自分の腕を持ち上げてくんくんと匂いを嗅いでみれば、ほんのりと潮の香りがするそれに驚いた。嗅いだ腕は、着物に覆われた小さな腕だったのだ。日焼けか汚れているのか、黒ずんだ手の甲は、どうやら子供のそれらしい。
「ど、どうゆうこと?」
足元で、同じように着古された着物を着ている子供が目を丸くしている。きっとこれは、岸間だろう。彼女は地べたに座ったまま、倫太郎を見上げて言った。どうやら、再び腰を抜かしたらしい。
「ここも、気の溜まり場?」
「そうだ。人間達が、何年もかけて作り出した世界だ。そして、それを倫太郎が具現化したものだ。」
倫太郎の疑問に対して、ギンは辺りを見回しながら満足そうに言った。銀色の瞳が細められている。「さすがだ。」と呟いたクロが、尻尾をゆらりと揺らし、倫太郎の首筋をくすぐった。
「僕が?具現化?」
難しい言葉が出て、倫太郎が首を傾げるが、ギンはそれについて説明する気はないようだ。子供の身体になってしまったせいで、ギンの顔がすぐ横の高さにあることが、とても不思議だった。
「ここまではっきりと見せることのできる人間は、もうほとんどいないだろうな。お前、本当に人間か?」
ギンが、ニヤリと笑いながら言った。いたずらが成功したようなその顔は、子供のようなそれだ。それに対して、倫太郎は何も言い返せずに考え込む。
人間だとは思うが、自信を持って「人間に決まっているだろう!」と言い返せない。昨日は少しの時間ではあったが、猫にもなった。殻が変わってしまえば、中身が人間かどうかなんて、わかりはしないのではないだろうか。
本当に、自分は、人間なのだろうか。
「自分が何者かなんて、本来どうでも良いことだ。」
ごにょごにょと考え事をしている倫太郎に、ギンは困ったように笑って言った。太陽の光を浴びた銀色の髪の毛は、白く光っているようにも見える。太陽がもう一つあるような、そんな不思議な感覚だ。
「精霊も、人間も、そんなことばかり考えているから、今こんな状況になっているんだろう?」
いつもの少しいたずらな雰囲気はなりを潜め、銀色の瞳が揺らめいて何かを訴えているかのようにも見える。滅びゆく精霊を、憐れんでいるのだろうか。無気物に汚染されながら、形あるものに縛られている人間を、情けないと思っているのだろうか。
彼はこちらに来た理由を、「ただの暇つぶしだ。」と言っていた。本当に、そうなのだろうか。
「倫太郎のそうぞう力は素晴らしいのね。」
お岩さんが、頭の上から覗き込むようにして声をかけてきた。うっとりとしたような、非常に満足そうな声だった。頭の上から垂れ下がっているお岩さんの長い髪の毛が、おでこをくすぐる。
そうぞう力とは、想像力のことだろうか、創造力のことだろうか。漢字にしなければわからないそれは、自分がまだ言葉に囚われているせいだろうかと、倫太郎は少し肩を落とした。
「気にするな。精霊にとっては、どっちも同じようなものだ。」
形無き想像と、形ある創造。しかし、形を必要としない精霊たちにとってそれは、同じような意味だということだろうか。想像も、創造も、生み出すという意味では一緒という事か。
その時だった。砂浜の向こうの方で、わあわあと騒ぐ子供の声が聞こえてきた。
「行ってみるか。」とギンが言うが早いか歩き出す。それについて行くようにして、倫太郎もそちらの方に足を向ける。いつもならさっさと走って行ってしまいそうなギンが、倫太郎の足並みに合わせて歩いて行く。何かあるのだろうか。
子供たちが気が付くか、気が付かないか、それぐらいの位置から様子を覗いてみれば、どうやら子供たちが、円になって何かを取り囲んでいるようだった。
「あれ、倫太郎にも亀に見えるか?」
「え?亀じゃないの?」
亀だと思い込んでいた。浦島太郎の世界で、子供たちがいじめているとなれば、亀以外に何があると言うのだろう。
「昔、人間の中にも精霊や殻を持たない下等動物を見ることのできるものがいたんだ。特に、子供は多かった。殻を出てしまえば、下等動物はみんなただの魂でしかない。あれは誰かが亀だとでも言ったんだろう。」
つまりは、亀に見えるそれは、なんらかの下等動物の魂ということらしい。子供たちは、それを亀と信じていじめているのか、それとも魂と知っていて、未知なものであるが故の気持ち悪さからいじっているのか。
子供たちが魂を魂として認識しているのなら、もしかしたら後者の可能性の方が高いのではないかと倫太郎は思った。
ギンが、一直線にそこに向かわなかったのも、もしかしたら子供たちに気付かれてしまうのを嫌がったからだろうか。
そこからもう少し近づいたところで、倫太郎たちに気が付いたらしい子供たちが、その手を止めた。彼らが、睨むように倫太郎を見る。やはり、倫太郎には亀をいじめているようにしか見えなかった。一度抱いてしまった考えを、しかも子供の頃に植え付けられてしまったそれを覆すことは、ひどく難しいことらしい。
絵本に描かれた、あの場面のようであり、そうではないことに、倫太郎は不思議な気持ちで彼らを見ていた。
「あなたたち、やめなさいよ!」
口火を切ったのは、子供の姿をした岸間だ。今までの、ギンと倫太郎の会話は聞いていなかったのだろうか。呆れたように倫太郎が岸間を見れば、「あいつの頭の中は、異世界転生って言葉しかなかったぞ。」と、クロが耳元でぼそりと教えてくれた。
なるほど。彼女にはきっとその亀が、亀にしか見えていないだろう。もちろん、倫太郎も同じくなのだが。
その時だった。
「おい、何をしている。」
倫太郎達とは反対の方角からやってきたらしい腰蓑を身に着けた若者が、子供たちの輪に入って来た。
ああ、これぞ浦島太郎だ。
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