上 下
9 / 11
十五歳の夏の旅

サシャの城③

しおりを挟む
 無言で中央の男は僕の顎を掴み、口を開けることを無理強いする。
 その男はフォークに刺した一切れの豚肉を手に持っている。
 嫌だっ、と僕は悲鳴を上げたかったが、顎をガッチリと掴まれているので声にならない呻きしか口から出てこない。

 豚肉を口の中に押し込まれる。
 ソースに潤った豚肉の気持ち悪い味が舌の上に広がる。
 吐き出せないように口を塞がれ、息ができないように鼻をつままれる。
 目を見開いて僕は全力で足掻く。
 こんな胸糞悪い物を飲み込めるはずがない。

「食べるんだ」僕の鼻と口を塞ぐ男は低い声で言う。

 胃がひっくり返りそうだ。
 だが息ができず、胸が苦しい。
 不味いソースが唇の両側から溢れ出す。

 うっ、と僕は豚肉を飲み込む。
 絶対肉を食べないと決めていたのに、反射的に身体がそう動いてしまう。

 三人の男は安心したように僕を押さえつける手を緩める。

「一切れごとにこう暴れるなよ」と豚肉を僕の口に入れた男が言う。「主君に頼んで本当におまえの四肢をノコギリで切り取るからな」

 力尽きて僕は嘲笑を含んだ脅しに反応することができなかった。
 そして――

 僕は思いっきり吐いた。
 ミュンヘン空港を出た時、上空で見かけた火炎を吐く龍のように、全く消化されていない豚肉が口から飛び出してくる。
 豚肉は僕の顎を押さえていた男の顔面に直撃した。

「――こ、このやろっ!」

 男に頬を殴られる。
 唇が切れ、血とソースと唾液が混ざった味がする。

「だめだな、こりゃ」と僕の右腕を床に押しつけていた男が苦笑いする。

「仕方ないな、サシャさまにこいつは断食するつもりだと伝えておこう」反対側の男が言う。

 中央の男は納得がいかないかのように首を振ったが、他の二人に促されて渋々腰を上げる。
 しかし、三人の男は牢屋を出ていく前に、床に倒れた僕を数回蹴った。

 鉄格子の扉が閉まり、悪態をつく男たちの足音が聞こえなくなると、僕は痛む脇腹を押さえて、牢屋の隅にうずくまる。
 そこで僕は軽く微笑む。
 なぜかあの男たちを怒らせたことで、なにかを勝ち取ったような気がする。
 
 しかし、頭も蹴られたので、酷く頭痛がして、上手く考えることができない。
 同時にその方がいいのかもしれないとも思う
 地下牢は決して静寂ではなく、耳を済ませればクラウスの叫び声が聞こえてくるのだから。

 ……ひ……る……ふぇ……、と。

 また数時間すると――多分それは数時間だったと思う――汚い灰色のボロ着を身にまとった老人が地下牢に連れてこられた。
 老人は両側から二人の男に支えられ、僕とは斜向かいの牢屋に放り込まれた。

 身体さえ起こす元気はなかったが、僕は片目を開け、じっと老人が牢屋に押し込まれる光景を眺めていた。
 そして男たちが僕の視界から出ていき、老人のことを直視すると、僕は息を呑んだ。

 老人の手は切り取られている。
 手首に巻かれた包帯のせいですぐには気づかなかったが、間違いない。
 包帯は乾いた血の色に染まっている。
 その上、老人は目隠しのような布を頭につけている。
 嫌な予感がした。
 老人は男たちが去っても目隠しを取ろうとしない。
 まさかサシャに目をくり抜かれたのではないか、と僕は思い、壁の方を向く。

「――だ、誰かそこにいるのではないか?」老人が僕の方向に訊く。

 しかし答える力は僕にはなかった。
 どうせ二人とも死ぬ運命。話しても意味がない。
 手と目を失った老人と両親に見知らぬ土地に一人にされた十五歳の僕。
 この二人になにができる?

 老人は僕が立てた音は幻聴だと思ったのか、僕に話す気力がないと悟ったのか、それ以上なにも言わなかった。

 僕は再び悪夢から悪夢へと落ちる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

すべての世界の平行で

MIYU1996
ファンタジー
この世界では、平行世界などに行くことができる。 その時、勇者の後継者と言われ全属性魔法や魔眼を持っている主人公ハジメ二葉は、別の世界で、冒険者になることを目指す。 初めは、1人での旅のはずだったが、幼馴染のススムと世界を越えて旅立つ。

嗤うゴシックロリータ

うさぎ猫
ファンタジー
それは、落ちこぼれ少女の復讐の物語。 少年がそれに気づいたとき初めて少女を愛おしくおもった。力になりたいと願った。何故ならば、自分も同じだったから。 世界がこの世ならざるものを無視し、存在を否定しても、それは確実にそこにあった。 だからこそ彼女たちもそこに存在する。 だがそれが黒衣に身をまとった世界の守護神なのか、あるいは破滅を望む小悪魔なのか、今はまだ誰にもわからない。 言えることは、ただひとつ。 「世界を信用するな」

峻烈のムテ騎士団

いらいあす
ファンタジー
孤高の暗殺者が出会ったのは、傍若無人を遥かに超えた何でもありの女騎士団。 これは彼女たちがその無敵の力で世界を救ったり、やっぱり救わなかったりするそんなお話。 そんな彼女たちを、誰が呼んだか"峻烈のムテ騎士団"

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...