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十五歳の夏の旅
サシャの城③
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無言で中央の男は僕の顎を掴み、口を開けることを無理強いする。
その男はフォークに刺した一切れの豚肉を手に持っている。
嫌だっ、と僕は悲鳴を上げたかったが、顎をガッチリと掴まれているので声にならない呻きしか口から出てこない。
豚肉を口の中に押し込まれる。
ソースに潤った豚肉の気持ち悪い味が舌の上に広がる。
吐き出せないように口を塞がれ、息ができないように鼻をつままれる。
目を見開いて僕は全力で足掻く。
こんな胸糞悪い物を飲み込めるはずがない。
「食べるんだ」僕の鼻と口を塞ぐ男は低い声で言う。
胃がひっくり返りそうだ。
だが息ができず、胸が苦しい。
不味いソースが唇の両側から溢れ出す。
うっ、と僕は豚肉を飲み込む。
絶対肉を食べないと決めていたのに、反射的に身体がそう動いてしまう。
三人の男は安心したように僕を押さえつける手を緩める。
「一切れごとにこう暴れるなよ」と豚肉を僕の口に入れた男が言う。「主君に頼んで本当におまえの四肢をノコギリで切り取るからな」
力尽きて僕は嘲笑を含んだ脅しに反応することができなかった。
そして――
僕は思いっきり吐いた。
ミュンヘン空港を出た時、上空で見かけた火炎を吐く龍のように、全く消化されていない豚肉が口から飛び出してくる。
豚肉は僕の顎を押さえていた男の顔面に直撃した。
「――こ、このやろっ!」
男に頬を殴られる。
唇が切れ、血とソースと唾液が混ざった味がする。
「だめだな、こりゃ」と僕の右腕を床に押しつけていた男が苦笑いする。
「仕方ないな、サシャさまにこいつは断食するつもりだと伝えておこう」反対側の男が言う。
中央の男は納得がいかないかのように首を振ったが、他の二人に促されて渋々腰を上げる。
しかし、三人の男は牢屋を出ていく前に、床に倒れた僕を数回蹴った。
鉄格子の扉が閉まり、悪態をつく男たちの足音が聞こえなくなると、僕は痛む脇腹を押さえて、牢屋の隅にうずくまる。
そこで僕は軽く微笑む。
なぜかあの男たちを怒らせたことで、なにかを勝ち取ったような気がする。
しかし、頭も蹴られたので、酷く頭痛がして、上手く考えることができない。
同時にその方がいいのかもしれないとも思う
地下牢は決して静寂ではなく、耳を済ませればクラウスの叫び声が聞こえてくるのだから。
……ひ……る……ふぇ……、と。
また数時間すると――多分それは数時間だったと思う――汚い灰色のボロ着を身にまとった老人が地下牢に連れてこられた。
老人は両側から二人の男に支えられ、僕とは斜向かいの牢屋に放り込まれた。
身体さえ起こす元気はなかったが、僕は片目を開け、じっと老人が牢屋に押し込まれる光景を眺めていた。
そして男たちが僕の視界から出ていき、老人のことを直視すると、僕は息を呑んだ。
老人の手は切り取られている。
手首に巻かれた包帯のせいですぐには気づかなかったが、間違いない。
包帯は乾いた血の色に染まっている。
その上、老人は目隠しのような布を頭につけている。
嫌な予感がした。
老人は男たちが去っても目隠しを取ろうとしない。
まさかサシャに目をくり抜かれたのではないか、と僕は思い、壁の方を向く。
「――だ、誰かそこにいるのではないか?」老人が僕の方向に訊く。
しかし答える力は僕にはなかった。
どうせ二人とも死ぬ運命。話しても意味がない。
手と目を失った老人と両親に見知らぬ土地に一人にされた十五歳の僕。
この二人になにができる?
老人は僕が立てた音は幻聴だと思ったのか、僕に話す気力がないと悟ったのか、それ以上なにも言わなかった。
僕は再び悪夢から悪夢へと落ちる。
その男はフォークに刺した一切れの豚肉を手に持っている。
嫌だっ、と僕は悲鳴を上げたかったが、顎をガッチリと掴まれているので声にならない呻きしか口から出てこない。
豚肉を口の中に押し込まれる。
ソースに潤った豚肉の気持ち悪い味が舌の上に広がる。
吐き出せないように口を塞がれ、息ができないように鼻をつままれる。
目を見開いて僕は全力で足掻く。
こんな胸糞悪い物を飲み込めるはずがない。
「食べるんだ」僕の鼻と口を塞ぐ男は低い声で言う。
胃がひっくり返りそうだ。
だが息ができず、胸が苦しい。
不味いソースが唇の両側から溢れ出す。
うっ、と僕は豚肉を飲み込む。
絶対肉を食べないと決めていたのに、反射的に身体がそう動いてしまう。
三人の男は安心したように僕を押さえつける手を緩める。
「一切れごとにこう暴れるなよ」と豚肉を僕の口に入れた男が言う。「主君に頼んで本当におまえの四肢をノコギリで切り取るからな」
力尽きて僕は嘲笑を含んだ脅しに反応することができなかった。
そして――
僕は思いっきり吐いた。
ミュンヘン空港を出た時、上空で見かけた火炎を吐く龍のように、全く消化されていない豚肉が口から飛び出してくる。
豚肉は僕の顎を押さえていた男の顔面に直撃した。
「――こ、このやろっ!」
男に頬を殴られる。
唇が切れ、血とソースと唾液が混ざった味がする。
「だめだな、こりゃ」と僕の右腕を床に押しつけていた男が苦笑いする。
「仕方ないな、サシャさまにこいつは断食するつもりだと伝えておこう」反対側の男が言う。
中央の男は納得がいかないかのように首を振ったが、他の二人に促されて渋々腰を上げる。
しかし、三人の男は牢屋を出ていく前に、床に倒れた僕を数回蹴った。
鉄格子の扉が閉まり、悪態をつく男たちの足音が聞こえなくなると、僕は痛む脇腹を押さえて、牢屋の隅にうずくまる。
そこで僕は軽く微笑む。
なぜかあの男たちを怒らせたことで、なにかを勝ち取ったような気がする。
しかし、頭も蹴られたので、酷く頭痛がして、上手く考えることができない。
同時にその方がいいのかもしれないとも思う
地下牢は決して静寂ではなく、耳を済ませればクラウスの叫び声が聞こえてくるのだから。
……ひ……る……ふぇ……、と。
また数時間すると――多分それは数時間だったと思う――汚い灰色のボロ着を身にまとった老人が地下牢に連れてこられた。
老人は両側から二人の男に支えられ、僕とは斜向かいの牢屋に放り込まれた。
身体さえ起こす元気はなかったが、僕は片目を開け、じっと老人が牢屋に押し込まれる光景を眺めていた。
そして男たちが僕の視界から出ていき、老人のことを直視すると、僕は息を呑んだ。
老人の手は切り取られている。
手首に巻かれた包帯のせいですぐには気づかなかったが、間違いない。
包帯は乾いた血の色に染まっている。
その上、老人は目隠しのような布を頭につけている。
嫌な予感がした。
老人は男たちが去っても目隠しを取ろうとしない。
まさかサシャに目をくり抜かれたのではないか、と僕は思い、壁の方を向く。
「――だ、誰かそこにいるのではないか?」老人が僕の方向に訊く。
しかし答える力は僕にはなかった。
どうせ二人とも死ぬ運命。話しても意味がない。
手と目を失った老人と両親に見知らぬ土地に一人にされた十五歳の僕。
この二人になにができる?
老人は僕が立てた音は幻聴だと思ったのか、僕に話す気力がないと悟ったのか、それ以上なにも言わなかった。
僕は再び悪夢から悪夢へと落ちる。
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