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十五歳の夏の旅

サシャの城②

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 僕はクラウスが生きたまま吊るされている場所と同じ階の牢屋に放り込まれる。
 そこにベッドや椅子など贅沢な物はなく、恐らくトイレ代わりの木製のバケツが倒れている。
 ガチャと音がして、後ろで鉄格子の扉に鍵がかかる音がする。
 僕をここに連れてきた二人はくくっと喉で笑うような醜い声を上げながら去っていく。

 ……ひ……る……ふぇ……。

 クラウスが助けを求める声はここでも微かに聞こえる。

 カビの臭いがする牢屋の隅で僕は丸くなり、「ママ」と小さく呟きながら泣いた。
 僕がドイツに引っ越すことに文句ばかり言っていたからバチが当たったのだろうか?
 空港からミュンヘンに行こうとはしないで、素直にベルリンの方向へ歩いていれば、僕は吸血鬼に食い殺される運命ではなかったのかもしれない。
 あの御者を信用せず、馬車に乗り込まなければ――

 考えても仕方がないことが頭の中を渦巻く。

 やがて僕は眠りに落ち、夢の中でもサシャと名乗った吸血鬼に苦しめられる。
 僕は両手足を拷問台に縛られ、サシャはゆっくりと僕の身体を引き伸ばす取っ手を回していく。
 サシャはずっとニヤニヤと僕の身体が引き裂かれるのを見つめている――

 凄まじい痛みを感じて目を覚ます。
 汗をびっしょりかいていた。
 驚いてTシャツを上げて、腹を確かめる。
 まだ全て繋がっていた。
 傷もない。

 廊下の終わりで揺れる松明に照らされる鉄格子を見て、僕は自分が置かれた状況を思い出す。
 悪夢から目覚めてもまた悪夢。

 ……ひ……る……ふぇ……。

 クラウスはいまだに助けてと弱く呻いている。
 なぜ彼はまだ生きているのだろうか?
 いや、もしかしたら石の壁に反響するクラウスの声は空耳なのかもしれない。
 気が狂ってしまうほどの光景を見た後なのだから。

 地下牢には窓がないので、時間が全くわからなかった。
 どのくらい寝ていたのかもわからない。
 五分だったのかもしれないし、まる一日だったのかもしれない。

 しばらくすると黒い服をまとった男が地下牢に降りてきた。
 彼は剣の柄で鉄格子をたたき、ガタガタと音を立てる。
 冷たい床に倒れた僕を起こすためらしい。

「飯だ」男はそう言って茶色いソースがかかった、恐らく豚肉料理を鉄格子の間から中に入れる。

 僕が首を横に振ると、男は怒ったように剣の柄をもう一度鉄格子にたたきつけた。

「食べるんだ。まだおまえには餓死されちゃ困るからな。それに、おまえをできるだけ太らせるように主君に命じられている」

 自分が空腹だとはわかっていたが、もうあまり腹は痛まない。
 どの感触も鈍く伝わってくる。
 頬を擦りつけている石の床も冷たいはずなのに、その温度さえ上手く感じ取れない。

「――それよりクラウスの呻き声をどうにかしてくれないか?」僕は男に言う。

 すると男は笑う。飴色に変色した歯が見えたような気がする。

「それは無理だ、ふふふ。恐怖で震え上がった人間の血の方が主君にとっては美味しいらしいからな」

 というとこの男は吸血鬼ではないのか、と微かに思う。
 しかしそう知ったことでなにかが変わるわけでもない。

「なぜクラウスは生きているんだ?」

「へへへ、獲物を保管するための黒魔法さ。といってもあのデブはもう長くはないがな」

 ――獲物を保管するため。
 つまり、吸血鬼はすでに死んでいる人間の血を飲めないのだろうか?

 ふとそんなことを考えるが、例えそうだとしてもそれもまた無意味な情報。
 
 僕は鉄格子に這い寄り、やはり豚の料理が盛られた皿の隣に置かれたカップから水を飲む。

「ちゃんと食えよ。後で戻ってきて皿が綺麗ではなかったら、おまえの小指を切り取るからな」

 そう言い残して男は地下牢から出ていく。

 僕は豚肉を食べるつもりなんて毛頭なかった。
 ヘンゼルとグレーテルじゃあるまいし、サシャに食い殺されるために太るなどと馬鹿げている。
 どうせ死ぬなら最後までヴィーガニズムを突き通してやる。

 またしばらくするとさっきの男は戻ってきた。
 そして手がついていない皿を見ると、悪態をつき、踵を返して早足に地下牢を出ていった。

 これから僕の指を切り取るナイフを持ってくるのかな、とまるで他人事のように思う。
 意識が朦朧としていて、指を切り取られても痛みなんて感じないんじゃないかと疑う。

 男は、似たような黒い服を着た他の二人を連れて地下牢に戻ってきた。
 ガチャと音が響いて三人の男たちは入ってくる。
 僕は上半身を起こして身構える。
 戦うつもりなんてなかったけど、パンチの一つぐらいは食らわしてやりたかった。

 しかし立ち上がれる前に先頭に立った男に腹を思いっきり蹴られて、僕は床に倒れた。
 息ができなくなる。
 拳を蹴られた腹の部分を押しつけて、僕は上を向く。
 だが薄暗くて三人の男たちがどんな表情で僕のことを見下ろしているのかわからない。

「今度からこんな面倒はかけさせるなよ」三人の内の一人が言う。

 二人の男に僕は両腕を捕まれ、仰向けの体制で床に押しつけられる。

「――や、やめてっ」僕は叫ぶ。
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