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第4章 あやまちと後悔を積み重ねた城で
魔帝
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――ひさしぶりだな、明日香。
それが決戦の合図となった。
ヘッジホッグは最下段の2本の腕が持っていた巨大なコンテナをこちらに向ける。
コンテナが開き、みっしりと敷き詰められた球体があらわになる。
その全てが一斉に発射される。
白煙を並べ、折り重なる風切り音をたててスクワールめがけて襲いかかる。
『敵機が多連装ミサイルを射出。危険』
「見えてる!」
レーダーの画面がミサイルを示す無数の光点に覆い尽くされる。
舞奈は操縦桿をひねり、スロットルを力まかせに引きしぼる。
スクワールは脚部の推進装置を急噴射。
加えて機動輪で疾走しながら頭部の機銃を掃射する。
間近に迫ったミサイルが迎撃されて爆発する。
避けたミサイルが床を、壁を穿つ。
スクワールは勢いのままジグザグに地を駆け、ヘッジホッグめがけて突き進む。
「なあ、トーラーさんよ」
風切り音が止み、ミサイルの反応がひとつ残らず消えたのを確認し、舞奈はスクワールを走らせたままコンソールパネルの隅に視線を巡らせる。
「魔帝の本名が安倍明日香だって、あたしに知られると不都合でもあったのか?」
『重要度の低い情報であるとの判断によるものです』
「……そうかい」
(知らされてなかった訳じゃないってことか)
口元に皮肉な笑みを浮かべる。
思えば舞奈は、最初から彼女の影を見つけていた。
魔帝はレナにルーン魔術を教え、ゴートマンに真言を操る魔力を与えた。
明日香は真言と魔術語を併用する独自の魔術を修めていた。
魔帝は侵攻に際して周到に準備した。
その上で、策など無用なほど圧倒的な力で世界をねじ伏せた。
それは舞奈の知る黒髪の少女と同じ種類の生真面目さだった。
舞奈が手にした力の宝珠こと涙石は、明日香と分け合った2つの石の片割れだ。
なにより、自分の進む先に彼女がまったくの無関係だなんてことはありえない。
舞奈がいて、園香の娘がいて、レインがいたこの世界に、明日香だけがいない理由なんて思いつかないし、考えたくもない。
いつの間にか、明日香は自分にとっての半身になっていた。
操縦桿を握りしめ、舞奈は笑う。
この灰色の世界で、舞奈が見つけて守ろうとしたものは全部壊れて消えた。
守りたかったものは、気づいた時にはなくなっていた。
だが、この機甲艇の中には明日香がいる。
この戦闘を終わらせて、コックピットハッチをこじ開けて黒髪の友人を抱きしめれば自分は全てを失ったわけじゃないと確かめることができる。
それが、たぶん舞奈の望む未来だ。
21年経った彼女がどんな女性になっているか、想像すらできなかった。
だから口元を笑みの形に歪め、舞奈は拳銃の引鉄をたぐり寄せる。
鋼鉄の栗鼠の腕がプラズマ砲を脚のラックに戻し、腰の拳銃を握る。
両腕に拳銃を構えたスクワールは、牽制代わりに頭部の機銃を乱射しながら近接距離まで接近する。
ヘッジホッグは迎え撃つ。
最上段の腕で構えた2丁のサブマシンガンと、全身の機銃を掃射する。
ばら撒かれる無数の砲弾を、スクワールは推進装置の急噴射で避ける。
そのままジグザグに後退する。
栗鼠が怯んだ隙を逃さず、ヘッジホッグは中段の腕で保持した巨大な杖を突き出す。
杖の先に氷の塊が出現した。
氷塊は周囲の水分を取りこんで膨らむ。
そして見る間に部屋を分割して2機を隔てる巨大な氷の壁と化す。
『データベースに存在しない魔術です。【氷壁】の発展系と推測されます』
「……そう来ると思ってたよ」
声を無視してひとりごちる。
舞奈はその魔術の名を【氷壁・弐式】と聞いている。
明日香が多用した防御魔法のひとつだ。
元素の壁を創り出す魔術は、防御手段であると同時に行動を制限する手段でもある。
所詮は高性能な装脚艇にすぎないスクワールと、魔術を操るヘッジホッグ。
互いに射線を塞がれた状態で、有利なのがどちらかは明白だ。
推進装置を吹かしてジャンプすれば跳び越せない高さではない。
だが敵は無防備に跳んだスクワールに集中砲火を浴びせようと待ち構えている。
だが舞奈の口元には不敵な笑みが浮かぶ。
スクワールは拳銃の砲口に鋼鉄の胡桃を取りつける。
射角を手動で入力し、引鉄を引く。
斜め上に構えた拳銃から放たれたグレネードは、弧を描いて壁の向こう側に落ちる。
ゴートマンの斥力場をも破壊したグレネードの爆音が響き渡り、氷の壁を揺らした。
氷の壁が溶け、蒸発する。
術者が魔術を維持できなくなれば、魔術の壁は消える。だが、
『後方に敵機の反応を確認。速やかな回避を――』
――進言します、との警告と同時に避けたスクワールの残像を無数の砲弾が穿つ。
推進装置を吹かして振り返ったスクワールの前方。
そこに、ぐんじょう色の装脚艇は浮かんでいた。
4個所のスリットから焦げた金属片が吐き出される。
機体に一切の損傷はない。
『交戦中の敵機との同一性を確認。近距離転移による回避と推測されます』
響く知の宝珠の声に、だが舞奈は驚かない。
被弾を3度まで無力化する【反応的移動】。
氷の壁と同様、明日香が得手とする防御魔法だ。
通常の手段でヘッジホッグを墜とすには、最低限あと3発の砲弾が必要になる。
1回ごとに安全圏まで転移するので、散弾でまとめて潰すような裏技は通用しない。
それはいい。
そんなことより不可解なことがある。
魔帝が所有し、魔帝に知識をもたらしていた知の宝珠が、その魔帝が用いる魔術について何も知らないことだ。
確かに明日香の魔術は前大戦中に軍が開発したものであると聞いている。
宇宙から伝えられたものではないから知の宝珠が知らないのも無理はない。
だが、それは魔帝が知の宝珠に手のうちを明かしていない理由にはならない。
舞奈と同じように、魔帝は知の宝珠を信頼してはいなかったのだ。
そしてもうひとつ――
『――警告。敵機が無人兵器を放出しました』
声にせかされるように外部モニターを見やる。
「何だ? こいつらは」
『ウォーダン・ワークスのピジョンと推測されます。対人殲滅用のドローンです』
モニターの中で、ヘッジホッグの背からドローンが次々に飛び立つ。
鋼鉄の翼を広げた鳩を思わせる白い機体だ。
レナが【グングニルの魔槍】で召喚した代物よりひと回り小さい。
そんな群れなす鋼鉄の鳩は、一斉にスクワールめがけて飛来する。
『軽微な被弾を確認。ピジョンからの銃撃からと推測されます』
「糞ったれ! こりゃ、とんだ平和の象徴だ」
見やると、鳩は腹に抱えている機銃で撃ってきているらしい。
しかし、と舞奈は考える。
鳩が撃ってくるのはせいぜい大口径の機銃だ。
非装甲の脂虫あたりをミンチにするにはうってつけだろう。
だが装脚艇の、まして復刻機の装甲が相手ではノック程度の効果しかない。
だが、あの黒髪の魔術師が、そんな無駄な行為をするとは思えない。
そう思った瞬間、ヘッジホッグが突き出した杖の先から紫電が放たれた。
紫電はスクワールに群がる鳩のうち手近な1機を穿ち、そこからさらに別の1機めがけて突き進む。稲妻の鎖はそうやって5機の鳩を貫き、四散させる。
「く……!! そういうことか!」
口元を歪める。
5機の鳩は破壊される。
だが同時に、稲妻の鎖はその中心にいたスクワールを4回襲い、2回貫いた。
無人機を目印代わりに使った全周囲からの攻撃である。
周囲にまとわりつく無人機を対象にして放たれた稲妻の鎖は、スクワールを囲う雷の檻といったところか。
『データに無い魔術です。【雷弾】の発展系と――』
「――【鎖雷】だ」
苛立たしげに声を遮り、舞奈はスロットルを引きしぼる。
スクワールは機動輪を回して鳩の群を振り切りつつ、ヘッジホッグに向き直る。
そのまま突き進む。
ヘッジホッグは杖の先から続けざまに稲妻を放つ。
轟く紫電の鎖が、栗鼠の背後で激しい稲妻のアートを創りあげる。
「明日香ぁぁぁ!」
舞奈は叫ぶ。
飛行用に増設された大型ヴリルースターを吹かして半ば宙に浮きながら、目前のヘッジホッグめがけて激突も辞さない猛スピードで突き進む。
「何故この場所に魔砦を建てた!?」
ヘッジホッグに肉薄し、拳銃を乱射しながら舞奈は叫ぶ。
「覚えてるか? 明日香!」
叩きつけるように吠える。
「ここは21年前、りんごの島商店街があった場所だ! 商店街なんざ、お嬢ちゃんのおまえは滅多に寄りつきゃしなかった! 恨みも執着もないはずだろ!?」
だがヘッジホッグは無言のまま、機銃の合間に増設された推進装置を吹かして回避しつつ、機銃とサブマシンガンで応戦する。
地に降りた栗鼠は推進装置と機動輪を駆使して掃射を避ける、
そのまま弾幕の薄い個所に喰らいつく。
「返事くらいしやがれってんだ! 畜生! 何が魔帝だ! あたしがおまえに気づかないなんて、本気で思ってる訳じゃないんだろ!?」
通信回線を無理やりに開こうとするが、繋がらない。
だから聞いているのかも定かでない明日香に向かって舞奈は叫ぶ。だが、
『魔帝は魔砦の制御システムと同化しています。交渉は不可能と推測されます』
操縦桿を固く握りしめた拳が、痙攣するようにびくりと震える。
「おめぇにゃ聞いてねぇ! 何でそんなことになってる!?」
『魔帝自身の判断によるものです』
声と同時にサブマシンガンの掃射がスクワールの頭部をかすめる。
片側の機銃を削り取る。
だが同時にスクワールの拳銃がヘッジホッグを捉える。
砲声。
2回目の【反応的移動】を消費。残りは1回。
部屋の中央に出現したヘッジホッグが、動く。
中段の、杖を握っていない側の腕が手にしていたコンテナを天にかざす。
コンテナが開き、無数の金属片が宙に向かって放たれる。
そして、頭上に散った金属片は一斉に雷光と化す。
『データに無い魔術です。【雷弾】の発展系と推測されます。危険』
モニターに映しだされた予測被害範囲は、部屋全体。
次の瞬間、弧を引く幾筋もの電光が雨のように降りそそぐ。
無数のプラズマの砲弾が、戦場を真昼の如く光の色に染めあげる。
稲妻の雨を降らせる【雷嵐】。
明日香がたびたび用いていた必殺の魔術であり、そして魔帝侵攻の要でありレジスタンスに何度も致命的な打撃を与えた破壊の雨の正体でもある。
紫電の雨は怪異の群を薙ぎ払い、荒野を一瞬で更地に変える。
その凄まじい様を、舞奈は過去に何度も目にしていた。
「バリア展開だ!」
音声によるコマンドに応じてスクワールの周囲を電磁シールドが覆う。
電磁シールドの強度も、大型ヴリル・ブースターの余剰出力を利用することによって以前より上がっている。
バリアに守られたスクワールは無数の雷に撃たれる。
消しきれない衝撃と轟音がコックピットを揺らす。
魔帝最強の攻撃を何とか防いだ。そう思った瞬間、
『全ヴリル・ドライブの過負荷が限界に達しました。電磁シールド、消滅します』
「ちょっと待て!」
無常な声に思わず叫ぶ。
稲妻の嵐はまだ止んでいない。
慌てて車体を前に倒し、尻尾を傘にして機体を守る。
栗鼠の尻尾が幾筋もの落雷に穿たれ、ついに根元を砕かれて吹き飛ぶ。
そして稲妻が腕の1本をもぎ取ったところで、雨は止んだ。
落雷が床をえぐって巻きあがる砂煙の中。
スクワールは尻尾と片腕をもがれた満身創痍の体で立ちあがる。
アラームとモニターの表示が耳障りな警告を発する。
ヴリル・ドライブの出力が最低レベルまで低下しているらしい。
今のスクワールでは回避行動すらままならない。
舞奈はコンソールパネルを操作して蓋を開ける。
ケース内にせり上がってきた力の宝珠を見やる。
涙の形をした黒ずんだ石は、まだ十分な魔力を蓄えていない。
『現在、力の宝珠は魔力王を守護する能力を行使できません』
「……ああ、最初っからあてになんかしてないよ」
スロットルを引きしぼる。
片耳の機銃と片腕の拳銃を撃ちながらヘッジホッグめがけて突き進む。
魔帝からの応答はない。
敵機を守る【反応的移動】は残り1回。
通常の手段で撃破するには最低2発の砲弾が必要だ。
だから舞奈は――
――ヘッジホッグの目前に、立ちこめる砂煙を斬り裂いてスクワールがあらわれる。
鋼鉄の栗鼠は片耳と片腕、尻尾を失い、全身に焼けた弾痕を刻まれ酷い有様だ。
スクワールは、ヘッジホッグめがけて一直線に突き進む。
ヘッジホッグはサブマシンガンを敵機に向け、発砲する。
スクワールは回避しない。
無数の砲弾は拳銃を構えた腕を、機銃を撃つ頭部を砕く。
スクワールは止まらない。
片足が砕かれ、コックピットを内蔵する車体も無数の弾丸に貫かれる。
そしてコックピットハッチが千切れ飛んだ。
スクワールは倒れ、そして次なる掃射によって爆発した。
爆炎が鋼鉄の栗鼠を弔うがごとく立ち昇る。
その様子を、ヘッジホッグのカメラは悼むように静かに見やり――
――銃声。
伏兵の姿を求めてヘッジホッグのカメラが動く。
だがその光が不意に消える。
下面に露出したヴリル・ドライブから、白煙が立ちのぼっていた。
「――だから気をつけろって言ったろ?」
光を失ったカメラのレンズに何かが映りこむ。
「おまえのそれ、破魔弾には効かないってさ……」
それは砂煙の中からゆっくりと歩み寄る少女の姿。
少女は片手で拳銃を構えていた。
口元に乾いた笑みを浮かべてヘッジホッグを一瞥し、銃口の煙を吹き消す。
志門舞奈である。
決死の特攻の直前、舞奈は砂煙にまぎれてコックピットを抜け出していた。
そしてスクワールを自動航行モードで突撃させ、撃破するヘッジホッグの隙をうかがっていたのだ。
――――――――――――――――――――
予告
救国の英雄と称えられ、
天上の王と祀られ、
数多の友の屍を越えて辿り着いた先は全てが死に絶えた不毛の地。
嘘と誤魔化しが骸の如く崩れ去り、今、全ての思惑と真実が暴かれる。
次回『魔力王』
そして舞奈は最後の決断を下す。
それが決戦の合図となった。
ヘッジホッグは最下段の2本の腕が持っていた巨大なコンテナをこちらに向ける。
コンテナが開き、みっしりと敷き詰められた球体があらわになる。
その全てが一斉に発射される。
白煙を並べ、折り重なる風切り音をたててスクワールめがけて襲いかかる。
『敵機が多連装ミサイルを射出。危険』
「見えてる!」
レーダーの画面がミサイルを示す無数の光点に覆い尽くされる。
舞奈は操縦桿をひねり、スロットルを力まかせに引きしぼる。
スクワールは脚部の推進装置を急噴射。
加えて機動輪で疾走しながら頭部の機銃を掃射する。
間近に迫ったミサイルが迎撃されて爆発する。
避けたミサイルが床を、壁を穿つ。
スクワールは勢いのままジグザグに地を駆け、ヘッジホッグめがけて突き進む。
「なあ、トーラーさんよ」
風切り音が止み、ミサイルの反応がひとつ残らず消えたのを確認し、舞奈はスクワールを走らせたままコンソールパネルの隅に視線を巡らせる。
「魔帝の本名が安倍明日香だって、あたしに知られると不都合でもあったのか?」
『重要度の低い情報であるとの判断によるものです』
「……そうかい」
(知らされてなかった訳じゃないってことか)
口元に皮肉な笑みを浮かべる。
思えば舞奈は、最初から彼女の影を見つけていた。
魔帝はレナにルーン魔術を教え、ゴートマンに真言を操る魔力を与えた。
明日香は真言と魔術語を併用する独自の魔術を修めていた。
魔帝は侵攻に際して周到に準備した。
その上で、策など無用なほど圧倒的な力で世界をねじ伏せた。
それは舞奈の知る黒髪の少女と同じ種類の生真面目さだった。
舞奈が手にした力の宝珠こと涙石は、明日香と分け合った2つの石の片割れだ。
なにより、自分の進む先に彼女がまったくの無関係だなんてことはありえない。
舞奈がいて、園香の娘がいて、レインがいたこの世界に、明日香だけがいない理由なんて思いつかないし、考えたくもない。
いつの間にか、明日香は自分にとっての半身になっていた。
操縦桿を握りしめ、舞奈は笑う。
この灰色の世界で、舞奈が見つけて守ろうとしたものは全部壊れて消えた。
守りたかったものは、気づいた時にはなくなっていた。
だが、この機甲艇の中には明日香がいる。
この戦闘を終わらせて、コックピットハッチをこじ開けて黒髪の友人を抱きしめれば自分は全てを失ったわけじゃないと確かめることができる。
それが、たぶん舞奈の望む未来だ。
21年経った彼女がどんな女性になっているか、想像すらできなかった。
だから口元を笑みの形に歪め、舞奈は拳銃の引鉄をたぐり寄せる。
鋼鉄の栗鼠の腕がプラズマ砲を脚のラックに戻し、腰の拳銃を握る。
両腕に拳銃を構えたスクワールは、牽制代わりに頭部の機銃を乱射しながら近接距離まで接近する。
ヘッジホッグは迎え撃つ。
最上段の腕で構えた2丁のサブマシンガンと、全身の機銃を掃射する。
ばら撒かれる無数の砲弾を、スクワールは推進装置の急噴射で避ける。
そのままジグザグに後退する。
栗鼠が怯んだ隙を逃さず、ヘッジホッグは中段の腕で保持した巨大な杖を突き出す。
杖の先に氷の塊が出現した。
氷塊は周囲の水分を取りこんで膨らむ。
そして見る間に部屋を分割して2機を隔てる巨大な氷の壁と化す。
『データベースに存在しない魔術です。【氷壁】の発展系と推測されます』
「……そう来ると思ってたよ」
声を無視してひとりごちる。
舞奈はその魔術の名を【氷壁・弐式】と聞いている。
明日香が多用した防御魔法のひとつだ。
元素の壁を創り出す魔術は、防御手段であると同時に行動を制限する手段でもある。
所詮は高性能な装脚艇にすぎないスクワールと、魔術を操るヘッジホッグ。
互いに射線を塞がれた状態で、有利なのがどちらかは明白だ。
推進装置を吹かしてジャンプすれば跳び越せない高さではない。
だが敵は無防備に跳んだスクワールに集中砲火を浴びせようと待ち構えている。
だが舞奈の口元には不敵な笑みが浮かぶ。
スクワールは拳銃の砲口に鋼鉄の胡桃を取りつける。
射角を手動で入力し、引鉄を引く。
斜め上に構えた拳銃から放たれたグレネードは、弧を描いて壁の向こう側に落ちる。
ゴートマンの斥力場をも破壊したグレネードの爆音が響き渡り、氷の壁を揺らした。
氷の壁が溶け、蒸発する。
術者が魔術を維持できなくなれば、魔術の壁は消える。だが、
『後方に敵機の反応を確認。速やかな回避を――』
――進言します、との警告と同時に避けたスクワールの残像を無数の砲弾が穿つ。
推進装置を吹かして振り返ったスクワールの前方。
そこに、ぐんじょう色の装脚艇は浮かんでいた。
4個所のスリットから焦げた金属片が吐き出される。
機体に一切の損傷はない。
『交戦中の敵機との同一性を確認。近距離転移による回避と推測されます』
響く知の宝珠の声に、だが舞奈は驚かない。
被弾を3度まで無力化する【反応的移動】。
氷の壁と同様、明日香が得手とする防御魔法だ。
通常の手段でヘッジホッグを墜とすには、最低限あと3発の砲弾が必要になる。
1回ごとに安全圏まで転移するので、散弾でまとめて潰すような裏技は通用しない。
それはいい。
そんなことより不可解なことがある。
魔帝が所有し、魔帝に知識をもたらしていた知の宝珠が、その魔帝が用いる魔術について何も知らないことだ。
確かに明日香の魔術は前大戦中に軍が開発したものであると聞いている。
宇宙から伝えられたものではないから知の宝珠が知らないのも無理はない。
だが、それは魔帝が知の宝珠に手のうちを明かしていない理由にはならない。
舞奈と同じように、魔帝は知の宝珠を信頼してはいなかったのだ。
そしてもうひとつ――
『――警告。敵機が無人兵器を放出しました』
声にせかされるように外部モニターを見やる。
「何だ? こいつらは」
『ウォーダン・ワークスのピジョンと推測されます。対人殲滅用のドローンです』
モニターの中で、ヘッジホッグの背からドローンが次々に飛び立つ。
鋼鉄の翼を広げた鳩を思わせる白い機体だ。
レナが【グングニルの魔槍】で召喚した代物よりひと回り小さい。
そんな群れなす鋼鉄の鳩は、一斉にスクワールめがけて飛来する。
『軽微な被弾を確認。ピジョンからの銃撃からと推測されます』
「糞ったれ! こりゃ、とんだ平和の象徴だ」
見やると、鳩は腹に抱えている機銃で撃ってきているらしい。
しかし、と舞奈は考える。
鳩が撃ってくるのはせいぜい大口径の機銃だ。
非装甲の脂虫あたりをミンチにするにはうってつけだろう。
だが装脚艇の、まして復刻機の装甲が相手ではノック程度の効果しかない。
だが、あの黒髪の魔術師が、そんな無駄な行為をするとは思えない。
そう思った瞬間、ヘッジホッグが突き出した杖の先から紫電が放たれた。
紫電はスクワールに群がる鳩のうち手近な1機を穿ち、そこからさらに別の1機めがけて突き進む。稲妻の鎖はそうやって5機の鳩を貫き、四散させる。
「く……!! そういうことか!」
口元を歪める。
5機の鳩は破壊される。
だが同時に、稲妻の鎖はその中心にいたスクワールを4回襲い、2回貫いた。
無人機を目印代わりに使った全周囲からの攻撃である。
周囲にまとわりつく無人機を対象にして放たれた稲妻の鎖は、スクワールを囲う雷の檻といったところか。
『データに無い魔術です。【雷弾】の発展系と――』
「――【鎖雷】だ」
苛立たしげに声を遮り、舞奈はスロットルを引きしぼる。
スクワールは機動輪を回して鳩の群を振り切りつつ、ヘッジホッグに向き直る。
そのまま突き進む。
ヘッジホッグは杖の先から続けざまに稲妻を放つ。
轟く紫電の鎖が、栗鼠の背後で激しい稲妻のアートを創りあげる。
「明日香ぁぁぁ!」
舞奈は叫ぶ。
飛行用に増設された大型ヴリルースターを吹かして半ば宙に浮きながら、目前のヘッジホッグめがけて激突も辞さない猛スピードで突き進む。
「何故この場所に魔砦を建てた!?」
ヘッジホッグに肉薄し、拳銃を乱射しながら舞奈は叫ぶ。
「覚えてるか? 明日香!」
叩きつけるように吠える。
「ここは21年前、りんごの島商店街があった場所だ! 商店街なんざ、お嬢ちゃんのおまえは滅多に寄りつきゃしなかった! 恨みも執着もないはずだろ!?」
だがヘッジホッグは無言のまま、機銃の合間に増設された推進装置を吹かして回避しつつ、機銃とサブマシンガンで応戦する。
地に降りた栗鼠は推進装置と機動輪を駆使して掃射を避ける、
そのまま弾幕の薄い個所に喰らいつく。
「返事くらいしやがれってんだ! 畜生! 何が魔帝だ! あたしがおまえに気づかないなんて、本気で思ってる訳じゃないんだろ!?」
通信回線を無理やりに開こうとするが、繋がらない。
だから聞いているのかも定かでない明日香に向かって舞奈は叫ぶ。だが、
『魔帝は魔砦の制御システムと同化しています。交渉は不可能と推測されます』
操縦桿を固く握りしめた拳が、痙攣するようにびくりと震える。
「おめぇにゃ聞いてねぇ! 何でそんなことになってる!?」
『魔帝自身の判断によるものです』
声と同時にサブマシンガンの掃射がスクワールの頭部をかすめる。
片側の機銃を削り取る。
だが同時にスクワールの拳銃がヘッジホッグを捉える。
砲声。
2回目の【反応的移動】を消費。残りは1回。
部屋の中央に出現したヘッジホッグが、動く。
中段の、杖を握っていない側の腕が手にしていたコンテナを天にかざす。
コンテナが開き、無数の金属片が宙に向かって放たれる。
そして、頭上に散った金属片は一斉に雷光と化す。
『データに無い魔術です。【雷弾】の発展系と推測されます。危険』
モニターに映しだされた予測被害範囲は、部屋全体。
次の瞬間、弧を引く幾筋もの電光が雨のように降りそそぐ。
無数のプラズマの砲弾が、戦場を真昼の如く光の色に染めあげる。
稲妻の雨を降らせる【雷嵐】。
明日香がたびたび用いていた必殺の魔術であり、そして魔帝侵攻の要でありレジスタンスに何度も致命的な打撃を与えた破壊の雨の正体でもある。
紫電の雨は怪異の群を薙ぎ払い、荒野を一瞬で更地に変える。
その凄まじい様を、舞奈は過去に何度も目にしていた。
「バリア展開だ!」
音声によるコマンドに応じてスクワールの周囲を電磁シールドが覆う。
電磁シールドの強度も、大型ヴリル・ブースターの余剰出力を利用することによって以前より上がっている。
バリアに守られたスクワールは無数の雷に撃たれる。
消しきれない衝撃と轟音がコックピットを揺らす。
魔帝最強の攻撃を何とか防いだ。そう思った瞬間、
『全ヴリル・ドライブの過負荷が限界に達しました。電磁シールド、消滅します』
「ちょっと待て!」
無常な声に思わず叫ぶ。
稲妻の嵐はまだ止んでいない。
慌てて車体を前に倒し、尻尾を傘にして機体を守る。
栗鼠の尻尾が幾筋もの落雷に穿たれ、ついに根元を砕かれて吹き飛ぶ。
そして稲妻が腕の1本をもぎ取ったところで、雨は止んだ。
落雷が床をえぐって巻きあがる砂煙の中。
スクワールは尻尾と片腕をもがれた満身創痍の体で立ちあがる。
アラームとモニターの表示が耳障りな警告を発する。
ヴリル・ドライブの出力が最低レベルまで低下しているらしい。
今のスクワールでは回避行動すらままならない。
舞奈はコンソールパネルを操作して蓋を開ける。
ケース内にせり上がってきた力の宝珠を見やる。
涙の形をした黒ずんだ石は、まだ十分な魔力を蓄えていない。
『現在、力の宝珠は魔力王を守護する能力を行使できません』
「……ああ、最初っからあてになんかしてないよ」
スロットルを引きしぼる。
片耳の機銃と片腕の拳銃を撃ちながらヘッジホッグめがけて突き進む。
魔帝からの応答はない。
敵機を守る【反応的移動】は残り1回。
通常の手段で撃破するには最低2発の砲弾が必要だ。
だから舞奈は――
――ヘッジホッグの目前に、立ちこめる砂煙を斬り裂いてスクワールがあらわれる。
鋼鉄の栗鼠は片耳と片腕、尻尾を失い、全身に焼けた弾痕を刻まれ酷い有様だ。
スクワールは、ヘッジホッグめがけて一直線に突き進む。
ヘッジホッグはサブマシンガンを敵機に向け、発砲する。
スクワールは回避しない。
無数の砲弾は拳銃を構えた腕を、機銃を撃つ頭部を砕く。
スクワールは止まらない。
片足が砕かれ、コックピットを内蔵する車体も無数の弾丸に貫かれる。
そしてコックピットハッチが千切れ飛んだ。
スクワールは倒れ、そして次なる掃射によって爆発した。
爆炎が鋼鉄の栗鼠を弔うがごとく立ち昇る。
その様子を、ヘッジホッグのカメラは悼むように静かに見やり――
――銃声。
伏兵の姿を求めてヘッジホッグのカメラが動く。
だがその光が不意に消える。
下面に露出したヴリル・ドライブから、白煙が立ちのぼっていた。
「――だから気をつけろって言ったろ?」
光を失ったカメラのレンズに何かが映りこむ。
「おまえのそれ、破魔弾には効かないってさ……」
それは砂煙の中からゆっくりと歩み寄る少女の姿。
少女は片手で拳銃を構えていた。
口元に乾いた笑みを浮かべてヘッジホッグを一瞥し、銃口の煙を吹き消す。
志門舞奈である。
決死の特攻の直前、舞奈は砂煙にまぎれてコックピットを抜け出していた。
そしてスクワールを自動航行モードで突撃させ、撃破するヘッジホッグの隙をうかがっていたのだ。
――――――――――――――――――――
予告
救国の英雄と称えられ、
天上の王と祀られ、
数多の友の屍を越えて辿り着いた先は全てが死に絶えた不毛の地。
嘘と誤魔化しが骸の如く崩れ去り、今、全ての思惑と真実が暴かれる。
次回『魔力王』
そして舞奈は最後の決断を下す。
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