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第4章 あやまちと後悔を積み重ねた城で
突入
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2機の復刻機が、金属の光沢を帯びた銅色の床に降り立つ。
天井と壁には同じく銅色の大小さまざまなパイプが絡み合っている。
さながら、ねじれた鋼鉄の樹の根に覆われた機械の森だ。
多すぎる犠牲を払って、舞奈とレナは魔砦の上層区画へと辿り着いた。
「ここが魔砦の入口か。なんか人が住む場所って感じがしないな」
外部モニターを見やりつつ舞奈はひとりごちる。
視線の先には鋼鉄の獣道が続く。
『そりゃ人が住む場所じゃないもの。居住区画やハンガーは下層区画にあるわ。でなきゃどうやって出撃するのよ?』
「ま、そりゃそうか」
『でも何度か来たことはあるし、地図もあるから魔帝のいる中枢まで案内できるわ』
「さんきゅ。そっちは頼むよ。けど、その前に――」
通信モニターのレナに何食わぬ表情で答えつつ、舞奈は照準を引き寄せる。
スクワールは脚の球体を手にとる。
栗鼠の手の中で、鋼鉄の胡桃は展開し、伸張する。
そして2本の砲身を持ったライフルへと変化する。
大型ヴリル・ブースターの余剰出力を利用したプラズマ砲だ。
2本の砲身の隙間に紫電が宿り、プラズマ砲が火を吹く。
獣道の奥で装脚艇が爆ぜる。
爆炎にまぎれて新たな機影があらわれる。
避けたスクワールの頭部をビームがかすめる。
「加粒子砲? ソードマンじゃ出力不足で撃てないんじゃなかったっけ」
『新型のスピアマンだと思う。持ってるヤリにもPKドライブが内蔵されてて、遠距離ではビーム攻撃ができるの』
「へえ、そりゃ便利だ」
『……っ!! 気をつけて! 近くに――』
間近に気配を感じて撃つと、車体に風穴を開けた敵機が出現する。
「【偏光隠蔽】だろ?」
舞奈は残骸を見やる。
これがスピアマンという機体であろう。
角張った容姿はソードマンに似ている。
機体の色は通路と同じ銅色で、自身の背丈より長いライフルを手にしている。
ヤリというより銃剣に近い代物なのだろう。
爆発するスピアマンの背後から多数の機影が近づいてくる。
舞奈は舌打ちする。
スクワールはランドオッタの前に立ちふさがる。
両手のプラズマ砲で手近な2機を墜とす。
「レナ、頼む!」
『最初からそのつもりよ!』
返事と同時に、殺到する集団のまん中に金属片が撃ちこまれる。
レナが「松明」と叫ぶと、熱光が群がる敵機すべてを飲みこむ。
「イィィィィィヤァッヘィ!! こりゃすごいグレネードが撃ち放題か!」
軽薄に叫ぶ。
ボーマンがいた空を振り返らないように、レナが紡いだ爆炎を見やる。
撃破をまぬがれた敵機を、スクワールのプラズマ砲で片づける。
瞬時に敵を屠って無人になった通路を、2機の装脚艇は悠々と進む。
『ねえ舞奈』
「……スマンはしゃぎすぎた」
ぼそりとつぶやくマナに小さく詫びる。
『そうじゃなくて。あなた、魔術師と組んで戦ってたことがあるでしょ?』
続く問いに、舞奈の口元に乾いた笑みが浮かぶ。
舞奈の記憶の多くを占める、かつて背中を預けた黒髪の少女。
彼女の話を、肌を重ねたばかりのレナにするのを少しばかり躊躇した。
それに明日香のことを過去のこととして話すことで、ほんとうにそうなってしまうような気がして嫌だった。だから、
「どうしてそう思う?」
『攻撃魔法の長所と短所を理解してるから』
問いに問いをかぶせて誤魔化す。
だがレナは特に気にせず答える。
『魔法使いと戦い慣れてるだけだって思ってたけど、今の動きを見て違うと分かった。わたしの得意な位置の敵を残して、魔術が完成するまで盾になろうとしたでしょ?』
「それならおまえだって同じだ。さっきの一撃、いきなり集団の奥にぶちこんだ。反撃されたら守りにくい近くの敵を放っておいてな。そんな戦い方、誰に教わった?」
『さっきも言ったけど、わたしに戦い方を教えてくれたのは魔帝よ。ゴートマンと連携するための戦術って聞いてたんだけど』
「ふうん。あいつと連携ね……」
問答の中で逆にレナの技術の出所を探ろうとする。
そんな舞奈に対し、
『白兵戦の訓練もしたのよ』
「それは見りゃわかる」
レナが続けた言葉に思わず笑う。
華奢な身体の要所にしっかりと筋肉がついていることは、先日ベッドで確認済みだ。
レナのなだらかな肩は細いだけでなくしなやかで、小ぶりな尻も締まっていた。
その感触を思い出して微笑む舞奈に、通信モニターの中の彼女は1丁の拳銃をかざしてみせる。華奢な手に似合わぬ大口径の拳銃を見て、
「撃てるのか?」
舞奈はひとりごちる。
「できるわよ!」
レナは目をつり上げて叫ぶ。
『このてっぽうだって、射撃の腕を見こまれて魔帝から賜ったんだから!』
「て、てっぽう? ……そうか、そりゃすごいな」
生返事を返しつつ、
「魔帝、か」
ひとりごちる。
レナの動きに、黒髪の友人の影を感じていた。
魔術師として他者との連携を考慮すると似たような動きになるのかもしれないが。
そんなことを考えながら――
「――!」
スクワールはランドオッタに体当たりし、共に地面を転がる。
『な、何よ!?』
怒号に答えるように、2機の背後に、剣を振り下ろした装脚艇があらわれた。
寸前までレナがいた場所だ。
『敵機を捕捉。【摩利支天法】による魔術的なジャミングにより当機のレーダー及び外部モニターを欺瞞していたものと推測されます』
「不意打ちって普通に言えばいいだろ」
声に答えつつ、機体の態勢を立て直して振り返る。
その目前に、もはや馴染みになった6本腕の装脚艇がいた。
『魔帝に歯向かうゲリラの小娘ぇぇぇ!! 魔帝を裏切った反逆者の小娘ぇぇぇ!!』
「来やがったな、ヤギ野郎」
『魔帝を害する不届き者はぁ、滅! 殺! 滅殺してくれるぅぅぅ!!』
通信モニターの中でゴーントマンが狂ったように笑う。
同時に釈尊の全身から護摩が噴き出す。
次の瞬間、世界は変容した。
空は紅蓮に燃え上がり、壁という壁は首のない108体の仏像を彫りこんだレリーフへと変わる。
『【地蔵結界法】と推測。結界です』
「あんだけぶっ壊れたのに、もう元通りかよ。まったく魔帝の科学力は最高だな!」
知の宝珠の声を聞き流しながら軽薄に笑う。
外部モニターに映しだされた機影を改めて見やる。
ボーマンの【戦士殺し】でお釈迦になったはずの異形は、以前と変わらぬ漆塗りの角張った砲塔から6本腕を生やし、金の縁取りやオカルトじみた数珠で飾られている。
『先手必勝よ! 太陽! 知神!』
通信モニターの中でレナが叫ぶ。
『味方機が大魔法の準備を開始しました。【グングニルの魔槍】と推測』
『小娘ぇぇぇ!! 貴様のぉ! 貴様の手のうちなど知っておるわぁぁぁ!!』
大魔法を行使すべく動きの止まったランドオッタに、剣を構えた釈尊が迫る。
「逃げた女の尻追っかけてないで、あたしとも遊んでけよ! ヤギ公!」
スクワールは2丁の拳銃で威嚇する。
やがてランドオッタの頭上がまばゆく輝く。
光がおさまった後には、2体の異形が浮かんでいた。
何枚もの歪な羽根を蠢かせた、ドゥームラットに似た小型機だ。
「……ったく、正解は剣でも槍でもなくて、ドローンなんじゃないか」
レナが作り出したドローンを見やり、舞奈は口元を寂しげに歪める。
『交代よ!』
「おうよ! プラズマ砲セット! スーパーチャージ開始だ!」
スクワールはプラズマ砲を腰だめに構える。
2本の砲身の隙間にいくつもの紫電が走り、やが隙間を埋め尽くす雷光の嵐と化す。
『さぁぁぁせぇるかぁぁぁ!』
チャージ中で動けないスクワールに狙いをさだめ、釈尊は4本の腕を蠢かせる。
『それはこっちの台詞よ! 氷!!』
ランドオッタは金属片を放ち、氷の棘で釈尊を縛める。
ドローンを創り終えたレナが、先ほどとは逆に舞奈のフォローに回ったのだ。
「チャージが終わった! 行くぞ!」
『オーケー!!』
プラズマ砲の2本の砲身の合間から放電する光の束が放たれる。
続けて2機のドローンが全身のハッチを開いて加粒子砲を斉射する。
『ひょっ! ひょっ! ひょっ!』
2つの強大なプラズマの光。
降り注ぐビームの雨。
それでも釈尊はしばし不可視の障壁で持ちこたえる。
だがドローンの猛攻と、挙句の自爆特攻には耐えられなかった。
『ひょっひょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?』
『敵機の偏向装置を破壊』
通信モニターの中で、ゴーントマンが身に着けていた数珠が砕け飛ぶ。
次の瞬間、通信が途絶する。
同時に釈尊の砲塔がプラズマの濁流に飲まれて爆発する。
『おのぉれぇぇぇ! 小娘ぇぇぇぇぇ!!』
世界は再び銅色の森へと変容する。
術者が戦闘不能になると結界は消える。
『やったわ!』
だが、光と爆炎が止んだ後、釈尊は立っていた。
それでも機体は無残に焼けただれ、砲塔の上半分は消し飛んでいる。
結印用の4本の腕は根元からねじ折ている。
むき出しになったコックピットの中で、人影が立ちあがった。
ゴートマンだ。
妖術師の額を覆う山羊の角が付いた仮面が、割れる。
「おまえ!?」
面の下からあらわれた銀髪を見やって驚愕する。
舞奈は彼に見覚えがあった。
21年前の情景が脳裏をよぎる。
あの日、タンクローリーに惹かれそうになっていた少女を救おうと飛び出した。
だがそれは少女ではなく、少年だった。
「後藤マサルか……」
ひとりごちる。
21年たった今、あの銀髪の少年は、やつれて狂った中年男になっていた。
男の額には黒く小さな骸骨が埋めこまれている。
「何でおまえが?」
「魔帝はわたしに力を下さったのだぁ! わたしに生きる意味を下さったのだぁ! だからわたしは魔帝にぃ! 魔帝に忠誠を誓ったぁぁぁぁぁぁぁ!」
ゴーントマン――後藤マサルは叫ぶ。
同時に釈尊が、辛うじて全壊をまぬがれた右腕を動かす。
巨大な拳がスクワールに向けられる。
「魔帝に逆らうものに滅びあれぇぇぇ! 我が釈尊がただ修復されたと思うなぁ!!」
手の甲が開き、無数の弾丸が放たれる。
「――なにっ!?」
『危ない!』
次の瞬間、ランドオッタがスクワールに体当たりし、共に射線を逃れる。
『さっきの借りは返したわよ』
通信モニターの中でレナはニヤリと笑う。
『……ゴートマンはもうひとつの斥力場で自分自身を守ってると思う』
「さっきの【不動行者加護法】って奴か。じゃ、対処法も同じだな」
『……ええ』
モニター越しに、舞奈とレナは笑みを交わす。
スクワールはプラズマ砲を胡桃に戻し、代わりに2丁の拳銃を構える。
そして2機の復刻機は、示し合わせたように掃射する。
スクワールの拳銃から砲弾が、ランドオッタの双眸の加粒子砲が、ゴートマン本体を守る不可視の障壁を貫かんと放たれる。
「っひょ? っひょ? っひょ? っひょ? っひょ!?」
銀髪のゴートマンが吠える。
力場がビームを、砲弾を防ぐたびに、袈裟が内側から弾ける。
中年男の身体に埋めこまれた黒い骸骨が、数珠と同じ役割を果たしているらしい。
「っひょ!? っひょ!? だが我が身体は108の髑髏本尊と共にあぁるぅ! 魔帝から賜ったこの黒い宝石こそがぁ、我が力ぁ! 我が命ぃ! 我が誓いぃぃぃ!!」
叫ぶ最中、骸骨のひとつが弾け、赤い飛沫を散らす。
「そうかい」
舞奈は口元を歪めてボタンを押す。
スクワールはプラズマ砲とは別の胡桃を手に取り、拳銃の砲口に取り付ける。
ランドオッタは全身のハッチを開き、スリットから金属片を放出する。
拳銃から放たれたグレネードと、【雷弾】による荒れ狂うビーム。
巨人が放つ2つの暴力が、生身のゴートマンを打ち据える。
「ひょひょっ! びょぉぉぉぉぉぉぉ!!」
悲鳴とともに、不可視の障壁がはじけた。
同時にガラスが割れるような乾いた音をたてて、ゴートマンの全身に埋めこまれた骸骨が一斉に破裂する。
外部モニターの中で尻餅をついたゴートマンに、舞奈は照準を合わせる。
「バーンやピアース、スプラに会う準備はできたか?」
スクワールはプラズマ砲の砲口を、身を守る術を失ったゴートマンに向ける。
「待ってくれ……」
銀髪の男は弱々しい瞳でスクワールを見やる。
砕けた額の骸骨から赤い何かがしたたる。
「俺は魔帝に操られていたんだ。そう……そうだ、すべて魔帝の仕業だ」
「……なんだと?」
舞奈はスクワールを寝かせ、コックピットハッチを開いて姿をさらす。
手には使い慣れたアサルトライフル。
そんな舞奈の姿を見やってゴーントマン――後藤マサルは驚愕する。
「おまえ……まさか志門か? 志門舞奈なのか!?」
絶叫する。
「なんで今ごろここに!? あの時のままここにいる!?」
いっそ狂っていたゴーントマンとは真逆に、狂った世界に放り出されたばかりの市井の人のように混乱し、後藤マサルは怯えて叫ぶ。
「ま、待ってくれ、仕返しに俺を殺すのか? 同じ学校の! 先輩の!!」
憑き物が落ちたかのように狼狽する。
舞奈は冷ややかに見やる。
「……おまえ、今まで何人ゲリラを焼いたよ?」
「お、俺のせいじゃない! だいたいおまえだって殺しただろ! 安倍だって……安倍明日香だって!! そうだ、あいつは魔女なんだ! あの黒髪の魔女が俺を……!!」
舞奈は無言のままアサルトライフルの銃口を向ける。ゴートマンに。いや――
「――後藤マサルさんよ」
男の瞳を見やり、つぶやく。
「おまえは終わりだ。バババババン」
そして、引鉄を引くことなくアサルトライフルの銃口を下げる。
男の表情が安堵にゆるむ。
だが次の瞬間、その双眸が見開かれた。
男の身体が石のようにこわばり、無数の亀裂が入る。
「な……んで……?」
問いかける最中にその身体は塵となり、崩れ去った。
「おまえ、魔法で身体を作り変えてただろ? さっき割れた骸骨を埋めこんでな。だから魔法が消えると、おまえの身体も消えちゃうんだ」
ずっと昔に黒髪の魔術師から聞いたうんちくをひとりごちる。
そしてコックピットに戻り、口元に笑みを作って通信モニターを見やる。
「待たせたな、お姫様。あとは魔帝との決戦だ。抜かるなよ」
『ええ……』
レナは唇を笑みの形にゆがめ、小さく答える。
『……あんたは先に行ってて。その……ゴートマンの後始末をしてから追いかけるわ。中枢までの道順はデータにして送っておいたから、迷うこともないはずよ』
「そっか、いちおう仲間だったもんな」
舞奈の言葉に、レナは弱々しい笑みで答える。
『……志門舞奈』
「なんだよ」
『ありがとう。……あんた、思ったより良い奴ね』
レナは笑う。
舞奈が「よせやい」と言うより早く、通信が切られた。
舞奈は操縦桿を握る。
スクワールはランドオッタに背を向け、通路の奥へ向かう。
ふとレナの弱々しい笑みが脳裏をよぎる。
胸騒ぎを覚え、背後を見やる。
ランドオッタは車体を前に倒し、猫だるまのように座りこむ。
「レナ!」
舞奈は強引に通信をつなぐ。
『……!?』
通信モニターに、驚きに目を見開いたレナが映しだされて――
――口の端から赤いものが漏れた。
――――――――――――――――――――
予告
全てを失くし、それでも掴んだ大事な何かを握り続けた。
喪失の傷跡を時が癒し、こわばった拳をゆっくりと開いた。
だが賽の河原で小石の塔が崩されるように、全てが再び指の隙間からこぼれ落ちる。
次回『再会』
それでも、その先にあるものを求めずにはいられない。
天井と壁には同じく銅色の大小さまざまなパイプが絡み合っている。
さながら、ねじれた鋼鉄の樹の根に覆われた機械の森だ。
多すぎる犠牲を払って、舞奈とレナは魔砦の上層区画へと辿り着いた。
「ここが魔砦の入口か。なんか人が住む場所って感じがしないな」
外部モニターを見やりつつ舞奈はひとりごちる。
視線の先には鋼鉄の獣道が続く。
『そりゃ人が住む場所じゃないもの。居住区画やハンガーは下層区画にあるわ。でなきゃどうやって出撃するのよ?』
「ま、そりゃそうか」
『でも何度か来たことはあるし、地図もあるから魔帝のいる中枢まで案内できるわ』
「さんきゅ。そっちは頼むよ。けど、その前に――」
通信モニターのレナに何食わぬ表情で答えつつ、舞奈は照準を引き寄せる。
スクワールは脚の球体を手にとる。
栗鼠の手の中で、鋼鉄の胡桃は展開し、伸張する。
そして2本の砲身を持ったライフルへと変化する。
大型ヴリル・ブースターの余剰出力を利用したプラズマ砲だ。
2本の砲身の隙間に紫電が宿り、プラズマ砲が火を吹く。
獣道の奥で装脚艇が爆ぜる。
爆炎にまぎれて新たな機影があらわれる。
避けたスクワールの頭部をビームがかすめる。
「加粒子砲? ソードマンじゃ出力不足で撃てないんじゃなかったっけ」
『新型のスピアマンだと思う。持ってるヤリにもPKドライブが内蔵されてて、遠距離ではビーム攻撃ができるの』
「へえ、そりゃ便利だ」
『……っ!! 気をつけて! 近くに――』
間近に気配を感じて撃つと、車体に風穴を開けた敵機が出現する。
「【偏光隠蔽】だろ?」
舞奈は残骸を見やる。
これがスピアマンという機体であろう。
角張った容姿はソードマンに似ている。
機体の色は通路と同じ銅色で、自身の背丈より長いライフルを手にしている。
ヤリというより銃剣に近い代物なのだろう。
爆発するスピアマンの背後から多数の機影が近づいてくる。
舞奈は舌打ちする。
スクワールはランドオッタの前に立ちふさがる。
両手のプラズマ砲で手近な2機を墜とす。
「レナ、頼む!」
『最初からそのつもりよ!』
返事と同時に、殺到する集団のまん中に金属片が撃ちこまれる。
レナが「松明」と叫ぶと、熱光が群がる敵機すべてを飲みこむ。
「イィィィィィヤァッヘィ!! こりゃすごいグレネードが撃ち放題か!」
軽薄に叫ぶ。
ボーマンがいた空を振り返らないように、レナが紡いだ爆炎を見やる。
撃破をまぬがれた敵機を、スクワールのプラズマ砲で片づける。
瞬時に敵を屠って無人になった通路を、2機の装脚艇は悠々と進む。
『ねえ舞奈』
「……スマンはしゃぎすぎた」
ぼそりとつぶやくマナに小さく詫びる。
『そうじゃなくて。あなた、魔術師と組んで戦ってたことがあるでしょ?』
続く問いに、舞奈の口元に乾いた笑みが浮かぶ。
舞奈の記憶の多くを占める、かつて背中を預けた黒髪の少女。
彼女の話を、肌を重ねたばかりのレナにするのを少しばかり躊躇した。
それに明日香のことを過去のこととして話すことで、ほんとうにそうなってしまうような気がして嫌だった。だから、
「どうしてそう思う?」
『攻撃魔法の長所と短所を理解してるから』
問いに問いをかぶせて誤魔化す。
だがレナは特に気にせず答える。
『魔法使いと戦い慣れてるだけだって思ってたけど、今の動きを見て違うと分かった。わたしの得意な位置の敵を残して、魔術が完成するまで盾になろうとしたでしょ?』
「それならおまえだって同じだ。さっきの一撃、いきなり集団の奥にぶちこんだ。反撃されたら守りにくい近くの敵を放っておいてな。そんな戦い方、誰に教わった?」
『さっきも言ったけど、わたしに戦い方を教えてくれたのは魔帝よ。ゴートマンと連携するための戦術って聞いてたんだけど』
「ふうん。あいつと連携ね……」
問答の中で逆にレナの技術の出所を探ろうとする。
そんな舞奈に対し、
『白兵戦の訓練もしたのよ』
「それは見りゃわかる」
レナが続けた言葉に思わず笑う。
華奢な身体の要所にしっかりと筋肉がついていることは、先日ベッドで確認済みだ。
レナのなだらかな肩は細いだけでなくしなやかで、小ぶりな尻も締まっていた。
その感触を思い出して微笑む舞奈に、通信モニターの中の彼女は1丁の拳銃をかざしてみせる。華奢な手に似合わぬ大口径の拳銃を見て、
「撃てるのか?」
舞奈はひとりごちる。
「できるわよ!」
レナは目をつり上げて叫ぶ。
『このてっぽうだって、射撃の腕を見こまれて魔帝から賜ったんだから!』
「て、てっぽう? ……そうか、そりゃすごいな」
生返事を返しつつ、
「魔帝、か」
ひとりごちる。
レナの動きに、黒髪の友人の影を感じていた。
魔術師として他者との連携を考慮すると似たような動きになるのかもしれないが。
そんなことを考えながら――
「――!」
スクワールはランドオッタに体当たりし、共に地面を転がる。
『な、何よ!?』
怒号に答えるように、2機の背後に、剣を振り下ろした装脚艇があらわれた。
寸前までレナがいた場所だ。
『敵機を捕捉。【摩利支天法】による魔術的なジャミングにより当機のレーダー及び外部モニターを欺瞞していたものと推測されます』
「不意打ちって普通に言えばいいだろ」
声に答えつつ、機体の態勢を立て直して振り返る。
その目前に、もはや馴染みになった6本腕の装脚艇がいた。
『魔帝に歯向かうゲリラの小娘ぇぇぇ!! 魔帝を裏切った反逆者の小娘ぇぇぇ!!』
「来やがったな、ヤギ野郎」
『魔帝を害する不届き者はぁ、滅! 殺! 滅殺してくれるぅぅぅ!!』
通信モニターの中でゴーントマンが狂ったように笑う。
同時に釈尊の全身から護摩が噴き出す。
次の瞬間、世界は変容した。
空は紅蓮に燃え上がり、壁という壁は首のない108体の仏像を彫りこんだレリーフへと変わる。
『【地蔵結界法】と推測。結界です』
「あんだけぶっ壊れたのに、もう元通りかよ。まったく魔帝の科学力は最高だな!」
知の宝珠の声を聞き流しながら軽薄に笑う。
外部モニターに映しだされた機影を改めて見やる。
ボーマンの【戦士殺し】でお釈迦になったはずの異形は、以前と変わらぬ漆塗りの角張った砲塔から6本腕を生やし、金の縁取りやオカルトじみた数珠で飾られている。
『先手必勝よ! 太陽! 知神!』
通信モニターの中でレナが叫ぶ。
『味方機が大魔法の準備を開始しました。【グングニルの魔槍】と推測』
『小娘ぇぇぇ!! 貴様のぉ! 貴様の手のうちなど知っておるわぁぁぁ!!』
大魔法を行使すべく動きの止まったランドオッタに、剣を構えた釈尊が迫る。
「逃げた女の尻追っかけてないで、あたしとも遊んでけよ! ヤギ公!」
スクワールは2丁の拳銃で威嚇する。
やがてランドオッタの頭上がまばゆく輝く。
光がおさまった後には、2体の異形が浮かんでいた。
何枚もの歪な羽根を蠢かせた、ドゥームラットに似た小型機だ。
「……ったく、正解は剣でも槍でもなくて、ドローンなんじゃないか」
レナが作り出したドローンを見やり、舞奈は口元を寂しげに歪める。
『交代よ!』
「おうよ! プラズマ砲セット! スーパーチャージ開始だ!」
スクワールはプラズマ砲を腰だめに構える。
2本の砲身の隙間にいくつもの紫電が走り、やが隙間を埋め尽くす雷光の嵐と化す。
『さぁぁぁせぇるかぁぁぁ!』
チャージ中で動けないスクワールに狙いをさだめ、釈尊は4本の腕を蠢かせる。
『それはこっちの台詞よ! 氷!!』
ランドオッタは金属片を放ち、氷の棘で釈尊を縛める。
ドローンを創り終えたレナが、先ほどとは逆に舞奈のフォローに回ったのだ。
「チャージが終わった! 行くぞ!」
『オーケー!!』
プラズマ砲の2本の砲身の合間から放電する光の束が放たれる。
続けて2機のドローンが全身のハッチを開いて加粒子砲を斉射する。
『ひょっ! ひょっ! ひょっ!』
2つの強大なプラズマの光。
降り注ぐビームの雨。
それでも釈尊はしばし不可視の障壁で持ちこたえる。
だがドローンの猛攻と、挙句の自爆特攻には耐えられなかった。
『ひょっひょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?』
『敵機の偏向装置を破壊』
通信モニターの中で、ゴーントマンが身に着けていた数珠が砕け飛ぶ。
次の瞬間、通信が途絶する。
同時に釈尊の砲塔がプラズマの濁流に飲まれて爆発する。
『おのぉれぇぇぇ! 小娘ぇぇぇぇぇ!!』
世界は再び銅色の森へと変容する。
術者が戦闘不能になると結界は消える。
『やったわ!』
だが、光と爆炎が止んだ後、釈尊は立っていた。
それでも機体は無残に焼けただれ、砲塔の上半分は消し飛んでいる。
結印用の4本の腕は根元からねじ折ている。
むき出しになったコックピットの中で、人影が立ちあがった。
ゴートマンだ。
妖術師の額を覆う山羊の角が付いた仮面が、割れる。
「おまえ!?」
面の下からあらわれた銀髪を見やって驚愕する。
舞奈は彼に見覚えがあった。
21年前の情景が脳裏をよぎる。
あの日、タンクローリーに惹かれそうになっていた少女を救おうと飛び出した。
だがそれは少女ではなく、少年だった。
「後藤マサルか……」
ひとりごちる。
21年たった今、あの銀髪の少年は、やつれて狂った中年男になっていた。
男の額には黒く小さな骸骨が埋めこまれている。
「何でおまえが?」
「魔帝はわたしに力を下さったのだぁ! わたしに生きる意味を下さったのだぁ! だからわたしは魔帝にぃ! 魔帝に忠誠を誓ったぁぁぁぁぁぁぁ!」
ゴーントマン――後藤マサルは叫ぶ。
同時に釈尊が、辛うじて全壊をまぬがれた右腕を動かす。
巨大な拳がスクワールに向けられる。
「魔帝に逆らうものに滅びあれぇぇぇ! 我が釈尊がただ修復されたと思うなぁ!!」
手の甲が開き、無数の弾丸が放たれる。
「――なにっ!?」
『危ない!』
次の瞬間、ランドオッタがスクワールに体当たりし、共に射線を逃れる。
『さっきの借りは返したわよ』
通信モニターの中でレナはニヤリと笑う。
『……ゴートマンはもうひとつの斥力場で自分自身を守ってると思う』
「さっきの【不動行者加護法】って奴か。じゃ、対処法も同じだな」
『……ええ』
モニター越しに、舞奈とレナは笑みを交わす。
スクワールはプラズマ砲を胡桃に戻し、代わりに2丁の拳銃を構える。
そして2機の復刻機は、示し合わせたように掃射する。
スクワールの拳銃から砲弾が、ランドオッタの双眸の加粒子砲が、ゴートマン本体を守る不可視の障壁を貫かんと放たれる。
「っひょ? っひょ? っひょ? っひょ? っひょ!?」
銀髪のゴートマンが吠える。
力場がビームを、砲弾を防ぐたびに、袈裟が内側から弾ける。
中年男の身体に埋めこまれた黒い骸骨が、数珠と同じ役割を果たしているらしい。
「っひょ!? っひょ!? だが我が身体は108の髑髏本尊と共にあぁるぅ! 魔帝から賜ったこの黒い宝石こそがぁ、我が力ぁ! 我が命ぃ! 我が誓いぃぃぃ!!」
叫ぶ最中、骸骨のひとつが弾け、赤い飛沫を散らす。
「そうかい」
舞奈は口元を歪めてボタンを押す。
スクワールはプラズマ砲とは別の胡桃を手に取り、拳銃の砲口に取り付ける。
ランドオッタは全身のハッチを開き、スリットから金属片を放出する。
拳銃から放たれたグレネードと、【雷弾】による荒れ狂うビーム。
巨人が放つ2つの暴力が、生身のゴートマンを打ち据える。
「ひょひょっ! びょぉぉぉぉぉぉぉ!!」
悲鳴とともに、不可視の障壁がはじけた。
同時にガラスが割れるような乾いた音をたてて、ゴートマンの全身に埋めこまれた骸骨が一斉に破裂する。
外部モニターの中で尻餅をついたゴートマンに、舞奈は照準を合わせる。
「バーンやピアース、スプラに会う準備はできたか?」
スクワールはプラズマ砲の砲口を、身を守る術を失ったゴートマンに向ける。
「待ってくれ……」
銀髪の男は弱々しい瞳でスクワールを見やる。
砕けた額の骸骨から赤い何かがしたたる。
「俺は魔帝に操られていたんだ。そう……そうだ、すべて魔帝の仕業だ」
「……なんだと?」
舞奈はスクワールを寝かせ、コックピットハッチを開いて姿をさらす。
手には使い慣れたアサルトライフル。
そんな舞奈の姿を見やってゴーントマン――後藤マサルは驚愕する。
「おまえ……まさか志門か? 志門舞奈なのか!?」
絶叫する。
「なんで今ごろここに!? あの時のままここにいる!?」
いっそ狂っていたゴーントマンとは真逆に、狂った世界に放り出されたばかりの市井の人のように混乱し、後藤マサルは怯えて叫ぶ。
「ま、待ってくれ、仕返しに俺を殺すのか? 同じ学校の! 先輩の!!」
憑き物が落ちたかのように狼狽する。
舞奈は冷ややかに見やる。
「……おまえ、今まで何人ゲリラを焼いたよ?」
「お、俺のせいじゃない! だいたいおまえだって殺しただろ! 安倍だって……安倍明日香だって!! そうだ、あいつは魔女なんだ! あの黒髪の魔女が俺を……!!」
舞奈は無言のままアサルトライフルの銃口を向ける。ゴートマンに。いや――
「――後藤マサルさんよ」
男の瞳を見やり、つぶやく。
「おまえは終わりだ。バババババン」
そして、引鉄を引くことなくアサルトライフルの銃口を下げる。
男の表情が安堵にゆるむ。
だが次の瞬間、その双眸が見開かれた。
男の身体が石のようにこわばり、無数の亀裂が入る。
「な……んで……?」
問いかける最中にその身体は塵となり、崩れ去った。
「おまえ、魔法で身体を作り変えてただろ? さっき割れた骸骨を埋めこんでな。だから魔法が消えると、おまえの身体も消えちゃうんだ」
ずっと昔に黒髪の魔術師から聞いたうんちくをひとりごちる。
そしてコックピットに戻り、口元に笑みを作って通信モニターを見やる。
「待たせたな、お姫様。あとは魔帝との決戦だ。抜かるなよ」
『ええ……』
レナは唇を笑みの形にゆがめ、小さく答える。
『……あんたは先に行ってて。その……ゴートマンの後始末をしてから追いかけるわ。中枢までの道順はデータにして送っておいたから、迷うこともないはずよ』
「そっか、いちおう仲間だったもんな」
舞奈の言葉に、レナは弱々しい笑みで答える。
『……志門舞奈』
「なんだよ」
『ありがとう。……あんた、思ったより良い奴ね』
レナは笑う。
舞奈が「よせやい」と言うより早く、通信が切られた。
舞奈は操縦桿を握る。
スクワールはランドオッタに背を向け、通路の奥へ向かう。
ふとレナの弱々しい笑みが脳裏をよぎる。
胸騒ぎを覚え、背後を見やる。
ランドオッタは車体を前に倒し、猫だるまのように座りこむ。
「レナ!」
舞奈は強引に通信をつなぐ。
『……!?』
通信モニターに、驚きに目を見開いたレナが映しだされて――
――口の端から赤いものが漏れた。
――――――――――――――――――――
予告
全てを失くし、それでも掴んだ大事な何かを握り続けた。
喪失の傷跡を時が癒し、こわばった拳をゆっくりと開いた。
だが賽の河原で小石の塔が崩されるように、全てが再び指の隙間からこぼれ落ちる。
次回『再会』
それでも、その先にあるものを求めずにはいられない。
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