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第3章 装脚艇輸送作戦
知の宝珠
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「へえ。街の地下に、こんなでっかいトンネルがあったなんてな」
開けっ放しのコックピットハッチから頭を出し、舞奈は左右の壁を見渡す。
非戦闘時における移動中のスクワールは砲塔と一体化した車体を前に倒した状態だ。
そして手足を4本の脚のように使って地下通路を進んでいる。
尻尾状の武器ラックを持ち上げて歩く様は栗鼠に似ている。
そんな状態だと、他の装脚艇と同じく背面に位置するハッチは上向きに開く。
舞奈はそこから乗り出しながら、超巨大トンネルの見物と洒落こんでいた。
「下水道とかそういうレベルじゃないぞ」
コンクリートで固められた高い天井を見やって目を丸くする。
そんな舞奈のスクワールと歩を合わせ、レジスタンスたちは巨大な地下通路を進む。
リンボ基地を早々に破棄したレジスタンス。
つまりスクワールの舞奈、カリバーンのスプラとピアース、それぞれバイクや車両に乗ったボーマンや他のレジスタンスの勇士たち。
一行の次なる目的地はトゥーレ基地。
魔帝軍の本拠地であるアヴァロン地点に最も近いレジスタンスの拠点だ。
以前から他の拠点との交流も多々あったらしい。
そこで魔砦攻略に備えた最終調整をするのだそうな。
ちなみにサコミズ主任は一足先にトゥーレ基地に向かったので、この場にはいない。
そうこうするうちに、レジスタンスの一行は広間に差しかかる。
「こりゃすごい!」
舞奈は驚愕のあまり叫ぶ。
先ほどまでも広くて大きかった地下建造物。
それが今度は信じられないくらいのスケールで視界一面に広がったのだ。
高い高い天井から謎の照明が広間一帯を照らしている。
なのに左右の壁がうっすらとしか見えない。
「こいつを造ったのも魔帝だっけ。奴は装脚艇でバスケでもするつもりだったのか?」
「魔帝がバスケ好きかは知らないけど、確かにこの通路は装脚艇が使うためのものさ」
側をバイクで並走するボーマンが答えた。
さらにその隣の半装軌輸送車の荷台で、レジスタンスたちもうなずく。
武装したレジスタンスたちは3台の輸送車で移動している。
そのうち1台の荷台には機関砲が鎮座している。
21年前どころか前大戦中に使われていた代物だ。
トゥーレ基地の前身は民間軍事会社の倉庫だったらしい。
なのでビンテージの軍用品がたんまり納められていたのだそうな。
ボーマンが乗っているサイドカーつきバイクの出所もそこだ。
前大戦からさほど変化のないバイクからは、機体を倒していても戦車ほど大きなスクワールのコックピットは見上げる位置になる。
「……落ちるよ」
ボーマンは物珍しさにハッチから身を乗り出す舞奈に声をかけ、
「侵攻当初に、こういう通路を使って攻撃部隊を展開する計画を立ててたらしいんだ」
苦笑しながら語る。
「でも地上の制圧はあっという間に終わっちまって、普通に兵站を維持できるようになったから使われなくなったんだよ」
「なんか、情けない話だな……」
『そうだな。あえて「どっちが」とは言わないが』
前を歩くカリバーンから、ピアースが拡声器ごしにため息をもらす。
2号機の破損した右腕には応急修理がを施されている。
理知的な眼鏡の青年は、パートナーを失ったショックから立ち直りつつある。
『「どっちが」っていうか、「どっちも」だね』
こちらは新たにスプラの乗機となった4号機【装甲硬化】だ。
先頭を歩くカリバーンの肩や腕にも、あふれたレジスタンスが乗っている。
輸送車の数には限りがあるからだ。
だがスクワールの流線型のボディは激しくゆれる。
そんなものにしがみついていられる剛の者はいない。
なので鋼鉄の栗鼠に乗っているのはコックピットの舞奈だけだ。
『魔帝も、おまえにだけは言われたくないだろうな』
『ちょっ!? そりゃないよピアース!』
スプラのうわずった声に、レジスタンスたちから笑いが漏れる。
彼は年下の子供にプロポーズして泣きながら逃げ帰った
そんな微笑ましい事件は、翌朝にはレジスタンスのメンバー全員に広まっていた。
あまつさえ彼には『おもらし君』という素敵な2つ名がつけられていた。
「気にすることはないさ。4号機の……以前に4号機に乗ってた奴も、デカい図体して臆病でさ、初めて敵の面を拝んだときに、恐くて洩らしちまったのさ」
ボーマンがフォローする。
フォローかな……?
「それ以来、そいつは戦う前に雄叫びをあげるようになった。オリャリャーッてさ」
そう言って、ボーマンは笑う。
だが舞奈は、その口元が乾いた笑みの形に歪んでいるのに気づいた。
スプラを慰めるつもりで自身の古傷に触れてしまったか。
舞奈がこの時代に来た時には、4号機に専属のパイロットはいなかった。
「何やってるんだか」
舞奈は肩をすくめ、何食わぬ顔で話題を戻す。
「けど、そんなところを大人数で進んだら、すぐに見つかっちゃうんじゃないのか?」
「安心しな、その可能性は限りなく低い」
ボーマンが答える。
楽観論を口にするにしては沈痛な口調だ。
その違和感に首をかしげる舞奈を見やり、
「……10年前、魔帝軍が侵攻を開始してから地上が制圧されるまでが、どれだけだったと思ってるんだい。本当にあっという間だったんだよ」
ボーマンはとうとうと語る。
「この通路も完成前に不要になっちまって、工事が中断したまま忘れられてるのさ」
「な、なんかごめん……」
割と笑えない魔帝に対する人類の弱さを再確認し、舞奈は静かに目を逸らす。
「それに何かのはずみで戦闘になったとしても、地上よりはましさ。広いったって所詮は通路だ。物量で攻めるには無理がある。対して、こっちは復刻機に、防御性能に優れる【装甲硬化】と【氷霊武器】があるんだ。簡単にやられはしないさ」
「本当にそうならいいんだけどな」
ボーマンの精いっぱいの楽観論に、生返事を返す。
そしてハッチから頭を引っこめる。
大広間を抜け、広いとはいえ通路に戻ったからだ。
通路の天井も装脚艇が立って余裕で歩ける程度に高い。
だが大広間ほど荘厳ではないから見ていても別に楽しくはない。
標識代わりか数字や記号が描かれているが、読み方がわからない。
なので舞奈は大人しくシートに座りこむ。
コートのポケットからビスケットを取り出す。
レジスタンスの食生活は、主要施設に備蓄されていた食料で賄われている。
魔帝が世界を滅ぼして、今でも人を狩り続けているから、生き残っている人間は備蓄で10年食いつなげるほど少ない。
その中に、21年前からの知人はひとりもいなかった。
賞味期限などとうに過ぎたビスケットを平らげる。
そして胸元からロケットを取り出して、見やる。
写真の中で、大人びたふんわりボブカットの少女が優しげに微笑んでいた。
園香である。
舞奈もつられて微笑む。
だが明日香の写真は持っていない。
レジスタンスとして1年過ごした今、彼女の顔もはっきりとは思い出せない。
舞奈はふと、地下通路を作った魔帝の意図を想う。
圧倒的に優勢な状況で策を練るものの、苦もなく勝利し策は無駄になる。
そんな生真面目さ、ある種の頭の悪い几帳面さ。
そんな性向は姿を見ることすら叶わない黒髪の友人を思い出させる。
(……そうでもないか)
思い直して笑う。
(あいつが魔帝の立場だったら、作ったもの忘れて放っぽりだしたりしないもんな)
口元を無理やりに笑みの形に歪め、気持ちに意思を強制しようとする。
けど上手くいかなかった。
明日香が恋しかった。
もちろん園香も。
仕事人として最後の仕事で出会った金髪の少女も。
それ以前に出会った少女たちも。
彼女たちを抱きしめたかった。
声を聞きたかった。
だが舞奈が不在のまま21年が経った今となっては、叶わぬ夢だ。
だから、もうすぐ魔帝を倒し、この戦いを終わらせられるのだとしたら、その後に有り余るであろう時間を使って彼女らの行方を捜したい。
そんなことを考えて口元に笑みを浮かべたその時、
『舞奈。聞こえてる……?』
通信機から少年の声が漏れた。
4号機からだ。
彼の好意を受け入れる余裕などないが、さりとて嫌う理由もないので、
「スプラか。今度はクソでも洩らしたか?」
フランクに笑みを返す。
『ボク、さ。その……キミのこと、諦めてないから』
「……ああ?」
『キミは今でも21年前の世界を見てるんじゃないのか? だからボクのこと……!!』
おもらし君は唐突に語り始めた。
『でも、それじゃダメなんだ! 過去じゃなくて、未来を見なきゃダメなんだ! ボク待ってるから! キミがボクのことを男として見てくれるまで、ボク待ってるから!!』
「おう、好きにしろよ」
叩きつけるように言った後、舞奈の返事も終わらぬうちに一方的に通信が切られた。
「ボーマンか爺さんが入れ知恵したな。ったく年配ぶって好き勝手言いやがって」
舞奈はやれやれと肩をすくめる。
「……分かってるよ、そんなこと」
そのまま固いシートの背もたれに沈みこむ。
どれだけ過去を想っても、時間が逆向きに流れる事などない。
人は生きている限り、前を見据えて進むしかない。
そんなことは、言われるまでもなく理解しているつもりだ。
バカな舞奈は、その理を覆す方法を思いつかないからだ。
だから、目を閉じて目先の問題に頭を切り替えようとする。
(そういや、あの娘も可愛かったな)
まっ先に思い出すのは、猫を象った復刻機のことだ。
そして【猫】を操る少女のこと。
長いツインテールと、幼い顔立ち。
そして不思議と威圧感を感じさせないつり目を脳裏に描く。
現金なもので、目前に餌を釣られた舞奈の口元に笑みが浮かぶ。
もちろん彼女も抱きしめたい。
彼女の「舞奈を殺す」と言った唇を無理やりにふさいでみたい。
そうしたら彼女はどんな表情をするだろうか。
そう思ったところで我に返り、
「……じゃなくて、あの金ピカの【猫】は何なんだろうな。スクワールと同じ復刻機ってことは、ボーマンの言ってた……なんだっけ、宇宙戦争の機体なのか?」
『メモリーに記録された画像情報から地上用オッタと推測されます。惑星同盟に属する諸惑星が汎用機甲艇オッタをベースに共同で開発した装脚艇です』
声が響いた。
出所はコックピットの何処か。
だが通信機からではない。
『正確には、そのレプリカを魔術師用にカスタマイズした特機であると推測されます』
「スプラ……じゃないな。誰だ?」
動揺を声に出さないように問う。
聞いたことのない声だ。
レジスタンスの他のメンバーでもない。
そもそも通信回線はオフになっているのだから、外部からの通信ではない。
『知の宝珠とお呼びください。私は魔力王が持つ力の宝珠を通じて語りかけています』
「そうかい」
声は答える。
舞奈は生返事を返す。
いちおう正体不明な相手からの通信(?)という異常事態ではある。
だが、舞奈の身辺は1年前からずっと異常だ。
そんな中で、今度の異常事態がとりたて危険なようにも思えない。
特に興味もないがヒマなので、
「じゃ、こいつはどうなんだ?」
そこら辺を雑に指差しながら尋ねてみる。
『魔力王が搭乗している機体は、星間連合のスクワールと推測されます』
「へぇ」
『ミルディン・インダストリアが開発し、惑星降下部隊の現用機を採用するためのトライアルに提出された装脚艇です』
「そりゃすごいな」
(さっぱりわからん)
言葉の半分も理解できずに生返事を返す。
「なんだ、その、どっかで宇宙戦争でもやってて、それに使われてたってことか?」
『使われていません。連合軍は降下用の機体としてウォーダン・ワークスのラーテを正式採用しました。スクワールは大戦終結後に少数のみ製造されるに留まりました』
「へぇ、そうかい」
ムスッと答え、それっきり黙りこむ。
例によって言っている言葉の意味がちっとも理解できない。
加えて機体にケチをつけられた気がしたからだ。
そもそも、自分の知らない空の上で戦争しようが何しようが、知ったことではない。
(こういうの、明日香のやつが好きそうなのにな)
生真面目な友人を思い出す。
かつて共にいた黒髪の友人は、魔術師の例に漏れず貪欲なまでに知識を求めていた。
情報の取捨選択は彼女の役目だった。
彼女なら宇宙の智慧を語る知の宝珠から喜々として情報を引き出したであろう。
「……あ、そうだ。宇宙にも女っているのか? 漫画に出てくるタコとかトカゲとかじゃなくってさ、おっぱいがボンってなったお姉ちゃんが」
残念ながら、舞奈が思いつくのはこの程度の疑問だ。
だが声は生真面目に、
『検索/照合の結果、該当する身体的特徴が最も顕著なのは――』
『――舞奈、止まってくれ!』
聞きなれた地上の女の声が通信機から響いた。
舞奈は知の宝珠を黙らせる。
宇宙の巨乳より目前の巨乳だ。
ボーマンの胸はとても大きくて母性を感じさせるが、バイクからの通信なので映像がないのが残念だ。
「なんだい? ボーマンもいっしょに乗るかい?」
『トラブルだ。どうやら先客がいたらしい。それより止まれ! ストップだ!!』
ボーマンの声は切羽詰っていて、コンソールパネルにも警告が出ていた。
なのでスイッチを押して自動航行モードを手動に戻し、スクワールの歩みを止める。
自動航行はパターンを入力してモードを切り替えておけば自動で歩いてくれる便利な機能だが、急なアクシデントへの対処にひと手間かかるのが難点だ。
外部カメラを見やる。
間一髪で前足キックを免れた輸送車の荷台でレジスタンスたちが中指を立てていた。
スクワールには本来なら人を踏みそうになると止まる安全装置が組みこまれている。
だが戦闘に支障がでるので外したのだ。
「めんごめんご」
舞奈は拡声器に向かって詫びる。
反省の色など微塵もない。
「……それにしても、先客って、忘れられた通路じゃなかったのか?」
首をかしげつつ、ハッチを開けて身を乗り出す。
見やると、薄汚い格好の男たちが一行の行く手を阻むようにたむろっていた。
レジスタンスの何人かが対話を試みているらしい。
だが、うまくいっている様子ではない。
――――――――――――――――――――
予告
レジスタンスを包囲する、滅びたはずの怪異の群。
舞奈はひとり敵の巨兵に勝負を挑む。
人と怪異。
鋼鉄と鋼鉄。
砲火と異能が飛び交う戦場で、少女の喉元に突きつけられるは過去という名の刃。
次回『強襲』
全てを貫く鋭き槍も、
何者をも通さぬ堅牢な盾も、
己が心を相手取るには役者不足。
開けっ放しのコックピットハッチから頭を出し、舞奈は左右の壁を見渡す。
非戦闘時における移動中のスクワールは砲塔と一体化した車体を前に倒した状態だ。
そして手足を4本の脚のように使って地下通路を進んでいる。
尻尾状の武器ラックを持ち上げて歩く様は栗鼠に似ている。
そんな状態だと、他の装脚艇と同じく背面に位置するハッチは上向きに開く。
舞奈はそこから乗り出しながら、超巨大トンネルの見物と洒落こんでいた。
「下水道とかそういうレベルじゃないぞ」
コンクリートで固められた高い天井を見やって目を丸くする。
そんな舞奈のスクワールと歩を合わせ、レジスタンスたちは巨大な地下通路を進む。
リンボ基地を早々に破棄したレジスタンス。
つまりスクワールの舞奈、カリバーンのスプラとピアース、それぞれバイクや車両に乗ったボーマンや他のレジスタンスの勇士たち。
一行の次なる目的地はトゥーレ基地。
魔帝軍の本拠地であるアヴァロン地点に最も近いレジスタンスの拠点だ。
以前から他の拠点との交流も多々あったらしい。
そこで魔砦攻略に備えた最終調整をするのだそうな。
ちなみにサコミズ主任は一足先にトゥーレ基地に向かったので、この場にはいない。
そうこうするうちに、レジスタンスの一行は広間に差しかかる。
「こりゃすごい!」
舞奈は驚愕のあまり叫ぶ。
先ほどまでも広くて大きかった地下建造物。
それが今度は信じられないくらいのスケールで視界一面に広がったのだ。
高い高い天井から謎の照明が広間一帯を照らしている。
なのに左右の壁がうっすらとしか見えない。
「こいつを造ったのも魔帝だっけ。奴は装脚艇でバスケでもするつもりだったのか?」
「魔帝がバスケ好きかは知らないけど、確かにこの通路は装脚艇が使うためのものさ」
側をバイクで並走するボーマンが答えた。
さらにその隣の半装軌輸送車の荷台で、レジスタンスたちもうなずく。
武装したレジスタンスたちは3台の輸送車で移動している。
そのうち1台の荷台には機関砲が鎮座している。
21年前どころか前大戦中に使われていた代物だ。
トゥーレ基地の前身は民間軍事会社の倉庫だったらしい。
なのでビンテージの軍用品がたんまり納められていたのだそうな。
ボーマンが乗っているサイドカーつきバイクの出所もそこだ。
前大戦からさほど変化のないバイクからは、機体を倒していても戦車ほど大きなスクワールのコックピットは見上げる位置になる。
「……落ちるよ」
ボーマンは物珍しさにハッチから身を乗り出す舞奈に声をかけ、
「侵攻当初に、こういう通路を使って攻撃部隊を展開する計画を立ててたらしいんだ」
苦笑しながら語る。
「でも地上の制圧はあっという間に終わっちまって、普通に兵站を維持できるようになったから使われなくなったんだよ」
「なんか、情けない話だな……」
『そうだな。あえて「どっちが」とは言わないが』
前を歩くカリバーンから、ピアースが拡声器ごしにため息をもらす。
2号機の破損した右腕には応急修理がを施されている。
理知的な眼鏡の青年は、パートナーを失ったショックから立ち直りつつある。
『「どっちが」っていうか、「どっちも」だね』
こちらは新たにスプラの乗機となった4号機【装甲硬化】だ。
先頭を歩くカリバーンの肩や腕にも、あふれたレジスタンスが乗っている。
輸送車の数には限りがあるからだ。
だがスクワールの流線型のボディは激しくゆれる。
そんなものにしがみついていられる剛の者はいない。
なので鋼鉄の栗鼠に乗っているのはコックピットの舞奈だけだ。
『魔帝も、おまえにだけは言われたくないだろうな』
『ちょっ!? そりゃないよピアース!』
スプラのうわずった声に、レジスタンスたちから笑いが漏れる。
彼は年下の子供にプロポーズして泣きながら逃げ帰った
そんな微笑ましい事件は、翌朝にはレジスタンスのメンバー全員に広まっていた。
あまつさえ彼には『おもらし君』という素敵な2つ名がつけられていた。
「気にすることはないさ。4号機の……以前に4号機に乗ってた奴も、デカい図体して臆病でさ、初めて敵の面を拝んだときに、恐くて洩らしちまったのさ」
ボーマンがフォローする。
フォローかな……?
「それ以来、そいつは戦う前に雄叫びをあげるようになった。オリャリャーッてさ」
そう言って、ボーマンは笑う。
だが舞奈は、その口元が乾いた笑みの形に歪んでいるのに気づいた。
スプラを慰めるつもりで自身の古傷に触れてしまったか。
舞奈がこの時代に来た時には、4号機に専属のパイロットはいなかった。
「何やってるんだか」
舞奈は肩をすくめ、何食わぬ顔で話題を戻す。
「けど、そんなところを大人数で進んだら、すぐに見つかっちゃうんじゃないのか?」
「安心しな、その可能性は限りなく低い」
ボーマンが答える。
楽観論を口にするにしては沈痛な口調だ。
その違和感に首をかしげる舞奈を見やり、
「……10年前、魔帝軍が侵攻を開始してから地上が制圧されるまでが、どれだけだったと思ってるんだい。本当にあっという間だったんだよ」
ボーマンはとうとうと語る。
「この通路も完成前に不要になっちまって、工事が中断したまま忘れられてるのさ」
「な、なんかごめん……」
割と笑えない魔帝に対する人類の弱さを再確認し、舞奈は静かに目を逸らす。
「それに何かのはずみで戦闘になったとしても、地上よりはましさ。広いったって所詮は通路だ。物量で攻めるには無理がある。対して、こっちは復刻機に、防御性能に優れる【装甲硬化】と【氷霊武器】があるんだ。簡単にやられはしないさ」
「本当にそうならいいんだけどな」
ボーマンの精いっぱいの楽観論に、生返事を返す。
そしてハッチから頭を引っこめる。
大広間を抜け、広いとはいえ通路に戻ったからだ。
通路の天井も装脚艇が立って余裕で歩ける程度に高い。
だが大広間ほど荘厳ではないから見ていても別に楽しくはない。
標識代わりか数字や記号が描かれているが、読み方がわからない。
なので舞奈は大人しくシートに座りこむ。
コートのポケットからビスケットを取り出す。
レジスタンスの食生活は、主要施設に備蓄されていた食料で賄われている。
魔帝が世界を滅ぼして、今でも人を狩り続けているから、生き残っている人間は備蓄で10年食いつなげるほど少ない。
その中に、21年前からの知人はひとりもいなかった。
賞味期限などとうに過ぎたビスケットを平らげる。
そして胸元からロケットを取り出して、見やる。
写真の中で、大人びたふんわりボブカットの少女が優しげに微笑んでいた。
園香である。
舞奈もつられて微笑む。
だが明日香の写真は持っていない。
レジスタンスとして1年過ごした今、彼女の顔もはっきりとは思い出せない。
舞奈はふと、地下通路を作った魔帝の意図を想う。
圧倒的に優勢な状況で策を練るものの、苦もなく勝利し策は無駄になる。
そんな生真面目さ、ある種の頭の悪い几帳面さ。
そんな性向は姿を見ることすら叶わない黒髪の友人を思い出させる。
(……そうでもないか)
思い直して笑う。
(あいつが魔帝の立場だったら、作ったもの忘れて放っぽりだしたりしないもんな)
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けど上手くいかなかった。
明日香が恋しかった。
もちろん園香も。
仕事人として最後の仕事で出会った金髪の少女も。
それ以前に出会った少女たちも。
彼女たちを抱きしめたかった。
声を聞きたかった。
だが舞奈が不在のまま21年が経った今となっては、叶わぬ夢だ。
だから、もうすぐ魔帝を倒し、この戦いを終わらせられるのだとしたら、その後に有り余るであろう時間を使って彼女らの行方を捜したい。
そんなことを考えて口元に笑みを浮かべたその時、
『舞奈。聞こえてる……?』
通信機から少年の声が漏れた。
4号機からだ。
彼の好意を受け入れる余裕などないが、さりとて嫌う理由もないので、
「スプラか。今度はクソでも洩らしたか?」
フランクに笑みを返す。
『ボク、さ。その……キミのこと、諦めてないから』
「……ああ?」
『キミは今でも21年前の世界を見てるんじゃないのか? だからボクのこと……!!』
おもらし君は唐突に語り始めた。
『でも、それじゃダメなんだ! 過去じゃなくて、未来を見なきゃダメなんだ! ボク待ってるから! キミがボクのことを男として見てくれるまで、ボク待ってるから!!』
「おう、好きにしろよ」
叩きつけるように言った後、舞奈の返事も終わらぬうちに一方的に通信が切られた。
「ボーマンか爺さんが入れ知恵したな。ったく年配ぶって好き勝手言いやがって」
舞奈はやれやれと肩をすくめる。
「……分かってるよ、そんなこと」
そのまま固いシートの背もたれに沈みこむ。
どれだけ過去を想っても、時間が逆向きに流れる事などない。
人は生きている限り、前を見据えて進むしかない。
そんなことは、言われるまでもなく理解しているつもりだ。
バカな舞奈は、その理を覆す方法を思いつかないからだ。
だから、目を閉じて目先の問題に頭を切り替えようとする。
(そういや、あの娘も可愛かったな)
まっ先に思い出すのは、猫を象った復刻機のことだ。
そして【猫】を操る少女のこと。
長いツインテールと、幼い顔立ち。
そして不思議と威圧感を感じさせないつり目を脳裏に描く。
現金なもので、目前に餌を釣られた舞奈の口元に笑みが浮かぶ。
もちろん彼女も抱きしめたい。
彼女の「舞奈を殺す」と言った唇を無理やりにふさいでみたい。
そうしたら彼女はどんな表情をするだろうか。
そう思ったところで我に返り、
「……じゃなくて、あの金ピカの【猫】は何なんだろうな。スクワールと同じ復刻機ってことは、ボーマンの言ってた……なんだっけ、宇宙戦争の機体なのか?」
『メモリーに記録された画像情報から地上用オッタと推測されます。惑星同盟に属する諸惑星が汎用機甲艇オッタをベースに共同で開発した装脚艇です』
声が響いた。
出所はコックピットの何処か。
だが通信機からではない。
『正確には、そのレプリカを魔術師用にカスタマイズした特機であると推測されます』
「スプラ……じゃないな。誰だ?」
動揺を声に出さないように問う。
聞いたことのない声だ。
レジスタンスの他のメンバーでもない。
そもそも通信回線はオフになっているのだから、外部からの通信ではない。
『知の宝珠とお呼びください。私は魔力王が持つ力の宝珠を通じて語りかけています』
「そうかい」
声は答える。
舞奈は生返事を返す。
いちおう正体不明な相手からの通信(?)という異常事態ではある。
だが、舞奈の身辺は1年前からずっと異常だ。
そんな中で、今度の異常事態がとりたて危険なようにも思えない。
特に興味もないがヒマなので、
「じゃ、こいつはどうなんだ?」
そこら辺を雑に指差しながら尋ねてみる。
『魔力王が搭乗している機体は、星間連合のスクワールと推測されます』
「へぇ」
『ミルディン・インダストリアが開発し、惑星降下部隊の現用機を採用するためのトライアルに提出された装脚艇です』
「そりゃすごいな」
(さっぱりわからん)
言葉の半分も理解できずに生返事を返す。
「なんだ、その、どっかで宇宙戦争でもやってて、それに使われてたってことか?」
『使われていません。連合軍は降下用の機体としてウォーダン・ワークスのラーテを正式採用しました。スクワールは大戦終結後に少数のみ製造されるに留まりました』
「へぇ、そうかい」
ムスッと答え、それっきり黙りこむ。
例によって言っている言葉の意味がちっとも理解できない。
加えて機体にケチをつけられた気がしたからだ。
そもそも、自分の知らない空の上で戦争しようが何しようが、知ったことではない。
(こういうの、明日香のやつが好きそうなのにな)
生真面目な友人を思い出す。
かつて共にいた黒髪の友人は、魔術師の例に漏れず貪欲なまでに知識を求めていた。
情報の取捨選択は彼女の役目だった。
彼女なら宇宙の智慧を語る知の宝珠から喜々として情報を引き出したであろう。
「……あ、そうだ。宇宙にも女っているのか? 漫画に出てくるタコとかトカゲとかじゃなくってさ、おっぱいがボンってなったお姉ちゃんが」
残念ながら、舞奈が思いつくのはこの程度の疑問だ。
だが声は生真面目に、
『検索/照合の結果、該当する身体的特徴が最も顕著なのは――』
『――舞奈、止まってくれ!』
聞きなれた地上の女の声が通信機から響いた。
舞奈は知の宝珠を黙らせる。
宇宙の巨乳より目前の巨乳だ。
ボーマンの胸はとても大きくて母性を感じさせるが、バイクからの通信なので映像がないのが残念だ。
「なんだい? ボーマンもいっしょに乗るかい?」
『トラブルだ。どうやら先客がいたらしい。それより止まれ! ストップだ!!』
ボーマンの声は切羽詰っていて、コンソールパネルにも警告が出ていた。
なのでスイッチを押して自動航行モードを手動に戻し、スクワールの歩みを止める。
自動航行はパターンを入力してモードを切り替えておけば自動で歩いてくれる便利な機能だが、急なアクシデントへの対処にひと手間かかるのが難点だ。
外部カメラを見やる。
間一髪で前足キックを免れた輸送車の荷台でレジスタンスたちが中指を立てていた。
スクワールには本来なら人を踏みそうになると止まる安全装置が組みこまれている。
だが戦闘に支障がでるので外したのだ。
「めんごめんご」
舞奈は拡声器に向かって詫びる。
反省の色など微塵もない。
「……それにしても、先客って、忘れられた通路じゃなかったのか?」
首をかしげつつ、ハッチを開けて身を乗り出す。
見やると、薄汚い格好の男たちが一行の行く手を阻むようにたむろっていた。
レジスタンスの何人かが対話を試みているらしい。
だが、うまくいっている様子ではない。
――――――――――――――――――――
予告
レジスタンスを包囲する、滅びたはずの怪異の群。
舞奈はひとり敵の巨兵に勝負を挑む。
人と怪異。
鋼鉄と鋼鉄。
砲火と異能が飛び交う戦場で、少女の喉元に突きつけられるは過去という名の刃。
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